表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/105

99.共通点


次の日。


朝から町へ出かけて買い物をしたシルドだが、たったの1時間で袋一杯に物を詰めて帰ってきた。


大きな袋を2つ、肩から掛けるように持って道を歩いていると、何かの風切り音が聞こえてくる。


(この音は…矢か?)


聞こえた方向からして、エルが射撃の練習でもしているのだろう。


丸一日動けそうにないと昨日言っていたはずだが、どういう風の吹き回しか。


一定間隔で射撃していることから、集中して矢を射っていることは分かった。


「……ん。シルド、帰ってきた」


段差を上っていると、エラがぬるりと目の前に現れた。


「ああ。弓の練習か?」


「私は見てただけ」


もう少し段差を上がると、弓を構えたエルの姿が見えた。


的に木の棒を使っているようで、その難易度は言うまでもない。


棒は5本立てられていて、全ての中部と上部に1本ずつ矢が刺さっていた。


人間で言うところの、腹部と頭部を狙っての射撃なのだろう。


「………」


静かに矢を番えたと思いきや、数秒の後に放った。


そして、さも当然の様に命中する。


「………」


射撃を終えた後ですら、その集中を切らす様子は無く、しばらく的を見詰めていた。


「ずっと、こんな感じ」


「…あ、おかえり」


エラの言葉に反応して、ようやくこちらに振り返る。


「あれだけ細い物を的にしておきながら、構えて数秒で命中させられるのか…」


シルドは驚きもあったが、それよりも感心していた。


ちゃんとした環境でエルの射撃を見たことは無かったが、改まって見てみると、途轍もない精巧さを有している。


魔王討伐部隊に属していた頃のシルドは様々な武具を操り、その中には弓も含まれている。


しかし、あの細い木の棒に当てろと言われたら、当てられる自信は無い。


隻腕の今だからという事ではなく、全盛期を条件にしてでも、構えてから数秒で当てられるとは思えなかった。


「曲芸みたいなものよ。実戦はここまで都合良くないし…というかその袋、凄いことになってるわね。運ぶの手伝うわよ」


その精巧さは当人に自覚が無いようで、有無を言わさず片方の袋を取られる。


「おっっも……なにこれ…」


「手伝う?」


「い、いえ…大丈夫よ」


酷く重苦しそうに段差を上がり始めた。


(剣でラッシュ・アウトを受け継いで、弓であれができるとは)


それは、半分自問自答だった。


「将来が楽しみだな」


「な、なんて…?」


「?」


突拍子もなく、思わず言葉にしてしまった。


シルドがかつて通った道を、エルは既に辿り始めている。


もう全盛期を超えることはないシルドとは違い、まだ伸びしろだらけだ。


シルドが見れなかった景色を、エルはいずれシルドを乗り越えて見せてくれるのかもしれない。


(剣と弓のレンジャー…いや、魔法もそうか…胸が躍るな)


その未来があるのなら、シルドが成すべきことは決まっている。


可能な限り、自身の状態を全盛期まで近づけて、その姿をエルの目に焼き付けること。


もし戦って生きる事を決めた時に、何を目指せばいいのか迷わなくなるほどの姿を見せつける。


弟子を持つ者として、至極当然のことだ。


(………)


死ぬ可能性を否定できない戦闘が控えている所為か、誰にも分からない先の事を想像してしまう。


もし戦争が終わったら、世界はどうなるのだろうか?


魔王討伐部隊は解散し、次に何をするのだろうか?


平和になった世界で、共に戦った仲間達は連絡を取り合うのだろうか。


シルドは終わりのない想像を膨らませながら、2人と共に家の中へと戻っていった。



数時間後。


シルドが少しストレッチをしていると、メッセンジャーが来ていることに気づいた。


それは、ベルニーラッジから送られてきたものだった。


(こんなに早く返ってくるものなのか…?)


そう思いながら再生すると、思わぬ内容が記録されていた。


『魔王討伐部隊が、魔王城への侵入に成功しました』


「………」


思わず、目を見開いてしまった。


その前に伝えられた、参戦の許可と契約書を送る話などは無かったように、その言葉だけが頭の中でこだました。


『貴方の後に合流した2人を戦場に慣らす過程で、シルビュートとアルサールの練度は向上しています。しかし──』


しかし、魔王の練度も上がっているはずだ。


それこそが、シルドがずっと感じていた負い目の一つでもある。


魔王は誕生した瞬間から成長が始まり、討伐するまでに時間が掛かれば掛かるほど厄介になる。


実際、近代の魔王討伐部隊は魔王を誕生から3年以内に倒しており、加えて討伐に時間が掛かった時ほど苦戦したか、敗れたという情報がある。


(ということは、つまり…)


『魔王討伐部隊の勝算は、幾分か下がっている状態です』


当然だ。


混沌の根源にして、その頂点に位置する者。それが魔王。


その存在自体が魔力のようなもので、他生物との魔力量も、成長速度も比ではない。


そのため、どれだけ少なかろうと、魔王討伐部隊には最低でも3人を配置し、その後必要に応じて戦力の派遣を行う形を取っている。


しかし、3人だけで魔王の討伐を達成した例は少なく、そのどれもが短期間での討伐となっている。


現在、今の魔王がこの世界に誕生してから、4年が経とうとしている。


(俺が、行かないと……必ず)


それも驕りではなく、当然のことだ。


単純に数が足りていない。


間もなくして、メッセンジャーの再生は終わった。


今すぐにでもトレーニングを始めたい気持ちを抑えて、エルとエラが居るリビングへと戻る。


エルはソファに座っていた。


「今、ベルニーラッジから連絡があった。既に契約書を発送したらしい」


「早いわね。2週間くらいで手続き終わっちゃうんじゃない?」


「そうかもな。エラに確認しておきたいんだが…」


「?」


エラはエルの膝を枕にしていて、その状態のまま顔を覗かせた。


「俺達は王都に向かうが、エラには巡礼の旅の続きがある。ベルニーラッジで別行動になるわけだが、1人で大丈夫…なのか?」


かなりの実力があるとはいえ、エラの実年齢を知ってしまった以上、1人で行動させることに不安を感じる。


「何よシルド?エラとお別れするのが寂しいの?」


エルがにやけ顔で煽る。


「あくまでも、エラはまだ子供だろう。子供1人での旅路を案じて何が悪い?」


「まぁ~私もお別れは悲しいけど、今までも1人で旅をしてきたわけだし、特別不安に感じる必要はないと思うわよ」


シルドの話を聞いているのかいないのか、絶妙な形で話を進めてきた。


とりあえず、要点をエラに伝えておく。


「旅で必要になるものがあれば、何でも用意する。遠慮なく言ってくれ」


「んー……特にない」


「そうか…」


本当に何も必要ないのかと疑問が残るが、これは行き過ぎた不安によるものだろう。


「シルド、寂しいの?」


「いや、そうじゃない──」


言い掛けるシルドに構わず、エラは上体を起こし、腕を広げた。


「おいで」


「………?」


エラは、シルドに向けてそう言った。


シルドは困惑した。


「おいでって…」


それは、ペットや庇護下の何か対する物言いだった。


無理にでも人間関係で表すなら、弟を甘やかす姉の構図にかろうじて見えなくもない。


エラの方が年下なので、実際は違うのだが。


「………」


「ん」


それを拒否しようか迷っていると、エラが急かすように体を揺らした。


「……………」


幼子にしか見えない者を相手に、親族でもなんでもない男が抱擁を交わすとは、倫理的な部分で引っ掛かるところがあった。


しかし、幼子の頼みを拒絶をするのも同じく、倫理的に引っ掛かるところが出てきてしまう。


断れないと悟ったシルドは結局、エラの傍に立ち、肩を抱くように抱擁を交わした。


「あらぁ~」


変な声を出すエルを無視して断行する。


「何か、変。あんまり温かくない…」


「深い仲ではないのだから、これくらいが十分だろう」


エラはその応えに、かなり不満そうだった。


「…やだ」


ふわりとした感じの抱擁が一変し、シルドの背中に回している手に力が入る。


ちょっと力を入れたくらいでは離してくれそうにないので、諦めてエラの頭に手を乗せた。


「………」


何となくやったことだが、シルドにとってはそれが一番しっくり来る感じがした。


エラも満足しているのか、背中に回している腕の力が弱まった。


「んん…」


頬を擦り付けてくる姿が、子供らしくて愛らしい。


「私も混ぜて~」


「うっ……」


エルが2人に抱き着いた。


シルドにとっては重くてたまらない状態だが、無邪気な2人を見てそれ以外に思うことがあった。


(…妹が居たら、こんな感じなのだろうか)


エラと見比べると、エルがシルドと同い年に見えてくる。


人間換算で言うと、実際の年齢はシルドと1歳差だが、エラが横に並ぶと話が変わる。


(俺に兄弟は居るのか…?)


あくまで表現として妹と例えたが、自身の来歴のほとんどを知らないシルドは、家族構成について思いを馳せた。


考えるだけ無駄と分かってはいるが、可能性はあるため悶々とする。


そうして、出立前最後の休暇をゆっくりと過ごすのだった。


https://x.com/Nekag_noptom

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ