99.共通点
次の日。
朝から町へ出かけて買い物をしたシルドだが、たったの1時間で袋一杯に物を詰めて帰ってきた。
大きな袋を2つ、肩から掛けるように持って道を歩いていると、何かの風切り音が聞こえてくる。
(この音は…矢か?)
聞こえた方向からして、エルが射撃の練習でもしているのだろう。
丸一日動けそうにないと昨日言っていたはずだが、どういう風の吹き回しか。
一定間隔で射撃していることから、集中して矢を射っていることは分かった。
「……ん。シルド、帰ってきた」
段差を上っていると、エラがぬるりと目の前に現れた。
「ああ。弓の練習か?」
「私は見てただけ」
もう少し段差を上がると、弓を構えたエルの姿が見えた。
的に木の棒を使っているようで、その難易度は言うまでもない。
棒は5本立てられていて、全ての中部と上部に1本ずつ矢が刺さっていた。
人間で言うところの、腹部と頭部を狙っての射撃なのだろう。
「………」
静かに矢を番えたと思いきや、数秒の後に放った。
そして、さも当然の様に命中する。
「………」
射撃を終えた後ですら、その集中を切らす様子は無く、しばらく的を見詰めていた。
「ずっと、こんな感じ」
「…あ、おかえり」
エラの言葉に反応して、ようやくこちらに振り返る。
「あれだけ細い物を的にしておきながら、構えて数秒で命中させられるのか…」
シルドは驚きもあったが、それよりも感心していた。
ちゃんとした環境でエルの射撃を見たことは無かったが、改まって見てみると、途轍もない精巧さを有している。
魔王討伐部隊に属していた頃のシルドは様々な武具を操り、その中には弓も含まれている。
しかし、あの細い木の棒に当てろと言われたら、当てられる自信は無い。
隻腕の今だからという事ではなく、全盛期を条件にしてでも、構えてから数秒で当てられるとは思えなかった。
「曲芸みたいなものよ。実戦はここまで都合良くないし…というかその袋、凄いことになってるわね。運ぶの手伝うわよ」
その精巧さは当人に自覚が無いようで、有無を言わさず片方の袋を取られる。
「おっっも……なにこれ…」
「手伝う?」
「い、いえ…大丈夫よ」
酷く重苦しそうに段差を上がり始めた。
(剣でラッシュ・アウトを受け継いで、弓であれができるとは)
それは、半分自問自答だった。
「将来が楽しみだな」
「な、なんて…?」
「?」
突拍子もなく、思わず言葉にしてしまった。
シルドがかつて通った道を、エルは既に辿り始めている。
もう全盛期を超えることはないシルドとは違い、まだ伸びしろだらけだ。
シルドが見れなかった景色を、エルはいずれシルドを乗り越えて見せてくれるのかもしれない。
(剣と弓のレンジャー…いや、魔法もそうか…胸が躍るな)
その未来があるのなら、シルドが成すべきことは決まっている。
可能な限り、自身の状態を全盛期まで近づけて、その姿をエルの目に焼き付けること。
もし戦って生きる事を決めた時に、何を目指せばいいのか迷わなくなるほどの姿を見せつける。
弟子を持つ者として、至極当然のことだ。
(………)
死ぬ可能性を否定できない戦闘が控えている所為か、誰にも分からない先の事を想像してしまう。
もし戦争が終わったら、世界はどうなるのだろうか?
魔王討伐部隊は解散し、次に何をするのだろうか?
平和になった世界で、共に戦った仲間達は連絡を取り合うのだろうか。
シルドは終わりのない想像を膨らませながら、2人と共に家の中へと戻っていった。
数時間後。
シルドが少しストレッチをしていると、メッセンジャーが来ていることに気づいた。
それは、ベルニーラッジから送られてきたものだった。
(こんなに早く返ってくるものなのか…?)
そう思いながら再生すると、思わぬ内容が記録されていた。
『魔王討伐部隊が、魔王城への侵入に成功しました』
「………」
思わず、目を見開いてしまった。
その前に伝えられた、参戦の許可と契約書を送る話などは無かったように、その言葉だけが頭の中でこだました。
『貴方の後に合流した2人を戦場に慣らす過程で、シルビュートとアルサールの練度は向上しています。しかし──』
しかし、魔王の練度も上がっているはずだ。
それこそが、シルドがずっと感じていた負い目の一つでもある。
魔王は誕生した瞬間から成長が始まり、討伐するまでに時間が掛かれば掛かるほど厄介になる。
実際、近代の魔王討伐部隊は魔王を誕生から3年以内に倒しており、加えて討伐に時間が掛かった時ほど苦戦したか、敗れたという情報がある。
(ということは、つまり…)
『魔王討伐部隊の勝算は、幾分か下がっている状態です』
当然だ。
混沌の根源にして、その頂点に位置する者。それが魔王。
その存在自体が魔力のようなもので、他生物との魔力量も、成長速度も比ではない。
そのため、どれだけ少なかろうと、魔王討伐部隊には最低でも3人を配置し、その後必要に応じて戦力の派遣を行う形を取っている。
しかし、3人だけで魔王の討伐を達成した例は少なく、そのどれもが短期間での討伐となっている。
現在、今の魔王がこの世界に誕生してから、4年が経とうとしている。
(俺が、行かないと……必ず)
それも驕りではなく、当然のことだ。
単純に数が足りていない。
間もなくして、メッセンジャーの再生は終わった。
今すぐにでもトレーニングを始めたい気持ちを抑えて、エルとエラが居るリビングへと戻る。
エルはソファに座っていた。
「今、ベルニーラッジから連絡があった。既に契約書を発送したらしい」
「早いわね。2週間くらいで手続き終わっちゃうんじゃない?」
「そうかもな。エラに確認しておきたいんだが…」
「?」
エラはエルの膝を枕にしていて、その状態のまま顔を覗かせた。
「俺達は王都に向かうが、エラには巡礼の旅の続きがある。ベルニーラッジで別行動になるわけだが、1人で大丈夫…なのか?」
かなりの実力があるとはいえ、エラの実年齢を知ってしまった以上、1人で行動させることに不安を感じる。
「何よシルド?エラとお別れするのが寂しいの?」
エルがにやけ顔で煽る。
「あくまでも、エラはまだ子供だろう。子供1人での旅路を案じて何が悪い?」
「まぁ~私もお別れは悲しいけど、今までも1人で旅をしてきたわけだし、特別不安に感じる必要はないと思うわよ」
シルドの話を聞いているのかいないのか、絶妙な形で話を進めてきた。
とりあえず、要点をエラに伝えておく。
「旅で必要になるものがあれば、何でも用意する。遠慮なく言ってくれ」
「んー……特にない」
「そうか…」
本当に何も必要ないのかと疑問が残るが、これは行き過ぎた不安によるものだろう。
「シルド、寂しいの?」
「いや、そうじゃない──」
言い掛けるシルドに構わず、エラは上体を起こし、腕を広げた。
「おいで」
「………?」
エラは、シルドに向けてそう言った。
シルドは困惑した。
「おいでって…」
それは、ペットや庇護下の何か対する物言いだった。
無理にでも人間関係で表すなら、弟を甘やかす姉の構図にかろうじて見えなくもない。
エラの方が年下なので、実際は違うのだが。
「………」
「ん」
それを拒否しようか迷っていると、エラが急かすように体を揺らした。
「……………」
幼子にしか見えない者を相手に、親族でもなんでもない男が抱擁を交わすとは、倫理的な部分で引っ掛かるところがあった。
しかし、幼子の頼みを拒絶をするのも同じく、倫理的に引っ掛かるところが出てきてしまう。
断れないと悟ったシルドは結局、エラの傍に立ち、肩を抱くように抱擁を交わした。
「あらぁ~」
変な声を出すエルを無視して断行する。
「何か、変。あんまり温かくない…」
「深い仲ではないのだから、これくらいが十分だろう」
エラはその応えに、かなり不満そうだった。
「…やだ」
ふわりとした感じの抱擁が一変し、シルドの背中に回している手に力が入る。
ちょっと力を入れたくらいでは離してくれそうにないので、諦めてエラの頭に手を乗せた。
「………」
何となくやったことだが、シルドにとってはそれが一番しっくり来る感じがした。
エラも満足しているのか、背中に回している腕の力が弱まった。
「んん…」
頬を擦り付けてくる姿が、子供らしくて愛らしい。
「私も混ぜて~」
「うっ……」
エルが2人に抱き着いた。
シルドにとっては重くてたまらない状態だが、無邪気な2人を見てそれ以外に思うことがあった。
(…妹が居たら、こんな感じなのだろうか)
エラと見比べると、エルがシルドと同い年に見えてくる。
人間換算で言うと、実際の年齢はシルドと1歳差だが、エラが横に並ぶと話が変わる。
(俺に兄弟は居るのか…?)
あくまで表現として妹と例えたが、自身の来歴のほとんどを知らないシルドは、家族構成について思いを馳せた。
考えるだけ無駄と分かってはいるが、可能性はあるため悶々とする。
そうして、出立前最後の休暇をゆっくりと過ごすのだった。
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