98.現在地
──デカルダ シルドの拠点近くにて
陰気な末っ子令嬢魔法使いと、ほぼ家出で貴族の疑いがある勇者の昔話を終えた後、部隊での旅の思い出を話しながら、デカルダへと戻ってきた。
ゴレモドについても話すべきか悩んだが、ゴレモドはあくまで旅を一緒にしただけの一般人だ。
旅を長く一緒にしたのは事実だが、変に話すべきではないと考えたシルドは、”共に旅をした腕の立つ鍛冶師”と言って誤魔化した。
「何だか新鮮ね~。ひと月前まではここで寝泊まりしてたのに…何でかしら?」
「あれが、シルドのお家?」
そう言ってエラが指をさす場所には、確かにログハウスが見えた。
シルドが頷くと、エラはそこに繋がる坂道を足早に上って行った。
「全く汚れてないわね。屋内は…多分掃除しないとだろうけど」
エルは、丸太で作られた家の屋内に籠った空気を想像して、顔を歪ませた。
木の香りはリラックスできるものとして知られているが、それが閉じ込められたままひと月も放置されていたと考えると、エルの反応は無理もないだろう。
「留守の間は、人を雇って家の管理を任せておいた。むしろ、出発した時よりも綺麗な状態だと思うぞ」
施錠を外すと、籠った空気特有の鼻に刺さるような匂いはしなかった。
シルドが言った通り、全体的に綺麗になっているように見える。少なくとも、定期的に掃き掃除はされていたみたいだ。
「埃っ気が無くて助かるわ~…」
エルは、どかっとソファに腰掛けた。
エラは探検のつもりなのか、家の色々な所にある扉を開けて回っている。
シルドはリビングの窓を開けて、数多くの装備や装飾品も外し、水が入ったコップを用意してから椅子に座った。
「はぁ……」
流石のシルドも疲労を感じているのか、背もたれに体を預けると共に、自然と溜息を吐いてしまう。
コップに手を伸ばし、水をひと口飲んでから口を開いた。
「これで遠征はひと区切りなわけだが、ひと月もしない内に、今度はベルニーラッジに行くことになる」
「そうねー……準備ができ次第行かないとよねぇ…」
「軍隊に戻るから、国家との契約が必要になる。準備が必要なのはそうだが、先ずは向こうと連絡を取らないといけない」
最初に、メッセンジャーでベルニーラッジに連絡を取り、その後ベルニーラッジから直接送られてくる契約書に記名し、それをベルニーラッジに送り返し、向こうから確認のメッセンジャーと招待状が届いてから、ベルニーラッジへ向かう…そんな手順だろうか。
「どれだけ早くても、2週間はかかるはずだ。疲れが溜まっているのなら数日休んで、それからまた戦えに行けばいい」
「明日は丸一日動けそうにないわぁ…」
──その日の夜
エルとエラは既に眠っており、シルドも自室で寝る支度を済ませていた。
エラはまだ子供ということもあり、エルと同じ部屋で寝てもらっている。
まだ寝ていないシルドは何をしているのかというと、ベルニーラッジにメッセンジャーを送っている所だった。
(軍を抜けてから1年で戻るだなんて…向こうからしたら、振り回されているような気分だろうな)
実際、メッセンジャーを送る際は緊張していた。
ただ”魔王討伐への参戦を希望する”と伝えるだけなのに、出て行った立場を顧みると、中々踏み出しづらいものがあった。
(明日は町に出かけて、大量に食料を買いこまないとな…)
遠征に行っていたのだから、保存の利く食料以外はほとんど残っていない。
拠点に帰ってくるまでに買っていた分が無かったら、今日の夕飯は塩漬け肉だけになる所だった。
ベッドに腰掛け、何を買うべきかを考えてみる。
(何もかもが足りないから、必要なものは全部買うとして…エラには、何か菓子でも買ってやった方がいいだろうか。常に口が寂しい年ごろだろうし……)
ベッドの柔らかさに眠気を誘われ、だんだん思考が付いてこなくなる。
ふと、壁に立て掛けている二振りの剣に視線が行った。
「………」
ゆっくりとベッドから立ち上がり、その片方を手に取る。
手に取ったのは、ヴィアヴェルベイパロとの戦いで壊れてしまった方で、やはり損壊の激しい剣身の部分が目に留まる。
表裏共に隅々まで確認した後、柄に巻かれていた革を解いた。
”Golemod”
革を解いた柄には、そう彫られていた。
「………」
その銘をしばらく見つめた後、シルドは再びメッセンジャーを起動した。
── 数時間前 魔王城付近 魔王軍との戦争地点にて
「うおおおおおおお─────!!!!」
「──────!!!!」
これ以上無いほどの人間の群れと、有象無象の魔物の群れが衝突している。
その地域の空には魔法が飛び交い、戦っている者達からは青空を拝めないほどだった。
その魔法は、人間側では仲間に当たることを避けて局所的に行使しているものの、魔物側は仲間に当たる可能性を一切考慮せずに魔法を行使している。
事実、魔物の放った魔法が別の魔物に当たり、消滅する様を兵士達は何度も目にしている。
そんな混沌とした戦場の最前線で、魔王討伐部隊は戦っていた。
「ウォーサイト!」
重厚な装備に身を包んだ男が前に立ち、地面に盾を突き立てた。
その男の左右から魔法の盾が連続して発現し、後ろにいる他の隊員を庇うように陣地が形成された。
「───!!!」
魔物達はその壁に阻まれながらも、自身の体を押し付けながら破ろうとしている。
「ツインズ!」
魔法使いがそう唱えると、空中に2つの魔法陣が現れ、そこから眩い光線が放たれた。
その強力な光線は前方を塞いでいた魔物達を薙ぎ払い、魔王城の入口を覗かせるほど魔物達を消し去った。
「入口が見えた!あと少しだ!」
盾と剣を構えた男が、共に戦っている連合軍の兵士達に呼びかける。
魔王討伐部隊と同じ前線で戦っているのは、各国から派遣された近衛兵やそれに近しい、腕の立つ者達ばかりだ。
そんな者でも、無尽蔵に現れる魔物を倒し続けていれば、疲弊が隠し切れなくなっている。
「龍気一槍っ!」
勢いよく槍が飛んで行き、円を描くように辺りの魔物を一掃して、持ち主の元に戻ってくる。
槍の持ち主は、装飾が施された軽装を身に纏っていた。
「次の一掃で魔王城に入る!皆、もう一度だけ耐えてくれ!!」
勇者の言葉に、兵士達は吠えて応えた。
その様子を、魔王は城の中から眺めていた。
「………」
表情を見るに、どこかつまらなさそうに感じる。
「連携力は素晴らしいですが、やはり面白みがありませんね…」
やけに丁寧な言葉使いで、”人間のように見える”。
黒を主調としたフォーマルな服を着こなしており、今から社交場にでも行くのかと思えてしまう。
「魔王様」
そこに、黒いドレスを纏った女の悪魔が声をかけた。
「何かな?」
「偵察に回している3人から情報が。あの男が、自らの拠点に戻ったそうです」
それを聞いた魔王は、口角が上がった。
「そうですか。では、いずれここに来ると?」
「はい。越境の鏡は、そう示しています」
「そうですか、そうですか……!」
余程嬉しいのか、思わず笑みを零した。
「ああ…良かった。本当に良かった!いっそのことと見限らず、粘り続けていた甲斐があった…!」
「………」
拳を握り、喜びを噛み締めている魔王を見て、悪魔もまた微笑んでいる。
「──おっと、いけないいけない…」
喜びのあまり、身だしなみが崩れた自分を見て、魔王は冷静さを取り戻す。
「では、”エマ”。この後も計画通りにお願いしますよ」
「はい。”ジョン”様」
そうして、2人は勇者パーティーを迎える準備をするのだった。
しかし、魔王はどうしてもその喜びを隠しきれない。
胸が躍っているのだ。
「もう少しだけ、粘らなくては」
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