96.第十六重狂相曲
──翌日 フェアニミタスタ城下町
城下町で一晩を過ごした3人は、シルドの拠点があるデカルダへ戻るため、馬を引き連れて門の近くに来ていた。
門には兵士が何人か来ており、険しい顔で門番と話しているのが伺えた。
「何かあったのかしらね?」
「昨日の夜は、特に何も無かったと思うが…」
なかなか進まない列で待っていると、列の前の方から抜け出してきたのであろう複数人が、話しながら通り過ぎた。
「魔物が多数発生中って、それだけで通行止めなんてもらうか?」
「俺達は中級冒険者だから、いつもなら警告だけなんだけどな」
「やべぇ魔物でも居たのかもな?」
(魔物が多数発生か……)
シルドも初耳の事だが、軍関係者としての縁での救援要請は来ていない。
そのまま並んで待っていると、1人の兵士が列に並んでいる者達に向けて話し始めた。
「今日の出入りは、上級冒険者以外は禁止だ!上級冒険者は、門番に直接話をしてから出入りの許可を貰え!」
その言葉に、列に並んでいた者達からは、困惑や不満の声が洩れ出ていた。
気づけば、シルド達以外の人間は、その場から居なくなっていた。
「し、シルド様…!」
最後まで残っていたシルド達を認識した若い兵士は、極端に緊張しながら事情の説明を始めた。
どうやら現在、フェアニミタスタ城下町を囲うように魔物が出没しているらしく、近衛兵が出動するほどの数が出ているのだとか。
ちなみに、出動している近衛兵は、ロズテッサらしい。
(彼女も大変だな…)
魔物達は城下町に近づいているわけでもなく、状況としては異常な事この上ないので、混乱を防ぐために城下町の出入りを制限する判断を下し、今に至るとのこと。
「ロズテッサ様が出動したおかげで、反対側の魔物はかなり片付いたようですが…こちらでは、未だにいつ片付くのか、目途が立っていない状況です」
「聞く限り、ただ魔物の数が多いというだけみたいだが、それで間違いないか?」
「え、ええ。何を目的にしているのかが判明していないため、ロズテッサ様でも掃討の命令は下っていないようですが…」
シルドは少し考えた後に、改めて城下町を出る意を示した。
それと同時に、ある条件を自ら進んで付け加えた。
──フェアニミタスタ城下町 門の外
「シルド様!援護の兵士達は、本当によろしいのですか…!?」
門の上から、声を張って確認を取る兵士に、シルドは落ち着いて答えた。
「大丈夫だ。それより、魔物の動きの観察は頼んだぞ」
鞘から剣を抜き、横一列に並んでいる魔物の群れに向かって歩き始める。
「エル、エラ。俺のラッシュ・アウトが知りたいなら、よく見ていろ」
魔物は、木々の隙間や、茂みの中からもシルドを睨んでいる。
今、目の前に見えている以上の数が、あちらこちらの日陰に潜んでいる。
「───……!」
一体の魔物がシルドを視認すると、興奮した様子で突っ込んできた。
まだ、シルドと魔物の間には距離がある。
「切り札ではないが、それに限りなく近いものを披露してみせよう」
魔物が姿を現しては、続々とシルドに向かって走っている。
もはや、シルドの向かう方面に、フェアニミタスタの風景は無くなっていた。
「これは、力の誇示だ」
「────!!」
「あの場所に戻ると決めた以上、俺は死力を尽くして成長し、死力を尽くして魔王を倒すつもりだ」
「なら、何が相手だろうと、常に全力の技を繰り出し、来る戦いまでに感覚を研ぎ澄まし、完成品の更にその先を目指す」
シルドの雰囲気が変わる。
今までとは違う雰囲気だ。獣でも、それ以外の何でもない。
(…鳥肌が立つ)
まだ何も見ていない。それこそ、今となってはシルドの顔さえ見えていない。
勇ましい背中しか見えていない。
「目指すは混沌の打倒。立つは四牙の一頭」
訳の分からぬものに身震いし、1人のエルフは悟りを得た。
(……詠唱?)
「"キリステアン・メリウルス"」
そう。
それはまるで、魔法のようだった。
木の葉が舞い上がり、木々が揺れ、雲が退く。
空は青く、陽光は地を照らし、風が吹いた。
その間、エルもエラも、誰も瞬きをしていなかった。
する猶予が与えられなかった。
城の中に居る者も、また同じ。
「…ジュリア様」
「………」
一国の王は、それを理解できなかった。
王族として、稽古で並外れた剣術を会得していても、一般の域を出ないその者の目には、何が起きたのか映らなかったのだ。
「……貴方のその様子を見れば、何が起こったのか分かる気がします。チェンバス」
(…あれは、今になっても……)
異常規模での攻撃。
それでいながら、無駄なものには攻撃を当てない正確さ。
それを、”魔法という名の借り物”で行うのではなく、人外染みた身体能力によって繰り出しているのだ。
「貴方を近衛兵筆頭の位置に付かせてからは、戦闘からも遠ざけてしまいましたね…やはり、その歳になってもまだ、戦意は絶えないのですか?」
「……いいえ。私を戦闘から退かせ、後の近衛兵達への教鞭に徹させるという考えは、至極真っ当なものです」
その答えを聞いたジュリアは、特に反応を示さず、魔物の跡と空を見た。
地上には、魔物によって塞がれていたフェアニミタスタの光景が広がり、空には裂かれた雲がある。
「あれが、彼の全盛ではないと?」
チェンバスは、俯いて記憶を遡らせた後に、ジュリアと同じ方向を眺めた。
「…はい」
前線で戦闘するには厳しい齢に見えるチェンバスだが、丁度1年前までは前線にて魔王軍との戦闘に貢献していた。
その際に、シルドが放つ”本当のラッシュ・アウト”を目にしていたのだ。
「”鐘の音”が、聞こえませんでしたので」
人類には過ぎる業を放った者は、その場に留まり、自分の攻撃を噛み締めていた。
それは愉悦などではなく、力不足を感じていた。
(…掠りはしたが、やはり難しいな)
右手に握られた剣を見ながら、少しだけ悩み、悔やんでいた。
しかし、長くは留まらなかった。
振り返り、エル達が待つ方へ戻っていく。
振り返りざまに見たエルの顔は、意外にも平然としていた。
「…ちゃんと見たか?」
エルの元に戻ると同時に、そう聞いてみる。
「ええ」
エルは、一切の間もなく答えた
「冷静だな。どこまで見えた?」
「………」
この質問に、少しの間沈黙する。
「何も見えなかったわ。剣の動きも、斬った瞬間も、何ひとつもね」
意外な回答が返ってきた。
今回は、シルドの方が意表を突かれることが多いようだ。
なら、尚更何故冷静なままなのかと、シルドの頭の中で疑問が浮かぶ。
「でも、これでハッキリしたわ」
「私は、貴方には追い付けない。あのラッシュ・アウトは、真似するものではないのだと、ようやく気付けたわ」
シルドは、呆気に取られたような表情になった。
何故なら、エルの放った言葉は、ラッシュ・アウトの継承を諦めるにも等しい発言だったからだ。
だが、そんな不安はすぐに取り除かれた。
「…だから、私はシルドの真似をするんじゃなくて、私が思い描くラッシュ・アウトを目指すわ」
「!」
シルドの考えていた言葉ではなかったが、想像していたよりも嬉しい言葉だった。
「もし完成したら、貴方のラッシュ・アウトよりも強くなるかもしれないわよ?」
「……ははっ」
無意識な笑いが洩れる。
それを生意気だとは思わない。
考えてみれば、当然のことだ。
(自分でも理解できていない技を継承しろだなんて…無茶の押し付けだな)
それは、レシピが不明な料理を作れと言っているようなもの。
近づくことはできても、完全に同じ味、質にはなれないだろう。
「…楽しみだ。いつでも練習相手になろう」
エルは頷き、別のラッシュ・アウトを探求することを決意した。
「………」
シルドは、珍妙な面持ちでずっと黙っている、エラの方を見た。
目を丸くしていて、驚きで固まっている猫のようでもある。
「…メリウルス、聖なる言葉」
「知っているのか」
驚きながら聞くと、エラはこくりと頷いた。
「私も気になったわ。確か、祈りの後に唱える言葉なんでしょ?」
「そうなんだが……」
シルドは、辺りに居るフェアニミタスタの兵士達を見た。
兵士達はどこかソワソワしており、気まずい空気が流れていた。
「…とりあえず、町を出よう。歩きながら説明する」
そして、3人はそそくさと城下町から離れていった。
兵士達は、何らかの報酬をと途惑っていたが、それを断ってでも足早に去っていった。
城の中に居る者は、その3人の背中を眺めていた。
「…ジュリア様」
「はい?」
「近い内に、気晴らしに戦地へ赴いてみるのはどうでしょう」
チェンバスは、突拍子もない事を言いだした。
「…何故、戦地へ?」
チェンバスの意図を見抜いているのか、ジュリアは少し笑みを浮かべていた。
「奴が鳴らす”鐘の音”は、魔除けの加護とも呼ばれていました。それは、その音が聞こえた時、辺りから魔物が消え失せることから来ています」
ジュリアは笑みを浮かべたまま、黙ってチェンバスの話に耳を傾ける。
「…ですので、今現在魔物の災難に遭っている我々としては、その恩恵に与るのも悪くないのかもしれません」
話し終わった後、チェンバスは自分が何を言っているのかと、自身のことながら呆れていた。
「まぁ、そうですね…近頃は内政ばかりで、外に出ることもままならない状況だったので、”気が向いたら”戦地への視察も良いかもしれませんね」
まさか、肯定的な答えが返ってくるとは思わず、チェンバスは戸惑った。
ジュリアはそれを見て、笑いを堪えて体を震わせるのだった。
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