92.参戦その1
「そういえば、シルド様はこちらで用意したボディプレートを装備され続けているようですが…よろしければ、もう少し実用的な物をご用意しましょうか?」
「いや、これを無償で貰っただけでも充分すぎるくらいだ。防御性能は確かだし、何より自分の体格によく合っている。自分で用意する時は、よく測定から入っていたからな」
ツナジリヤの襲撃があった際、それまでシルドが装備していた軽量ボディプレートは、ツナジリヤの攻撃によって砕かれた。
そうなると、シルドは主要部分の装備を失っているわけで、それを見かねたロズテッサ及びフェアニミタスタは、余り物という貞で軍隊仕様に加工前のボディプレートを特別に用意し、軽装加工をしてシルドに無償で渡していたのだ。
そこには、ロズテッサの純粋な善意があったが、フェアニミタスタとしては恩を売るという目的もあった。
小さな恩かもしれないが、シルドとのトラブルを極力避けたいフェアニミタスタとしては、どれだけ小さな恩でも売っておくのが吉と考えていた。
「それじゃあ、俺はそろそろ帰らないと。弟子と、旅仲間を待たせているのでな」
「旅仲間…エルフという種族ですら初めは信じ難かったのですが、ダークエルフという種族までもが実在するとは…思ってもいませんでした」
検問の情報を耳にしているのか、ロズテッサはエラのことも何となく知っているようだった。
「俺も、急に出会ったかと思えば、今度は旅に同行したいと言われたからな。何が何なのか分からないまま、共に旅をしている」
シルドは席を立ち、軽く身なりを整える。
「良い間食だった。次に来る時は、手土産を用意しよう」
「ええ………」
そう言うと、シルドはロズテッサに背を向け、歩き始めた。
その背中を見て、ロズテッサは色々と考えてしまった。
今の時期に軍に戻るということは、魔王軍との戦争の第一線に戻るということ。
第一線に戻るということは、これ以上ない程の死を覚悟するということ。
だというのに、毅然として別れを切り出す所が、ロズテッサの記憶に突っかかっていた。
(”あの場所”に赴く者ならば、誰一人として毅然とした態度は保てない。保てる者は、皆…)
…皆、死に場所を求めているだけだった。
第一線に向かわされることが、まるで自身の解放に繋がっているかのような、安堵にも近しい表情を見せる者も居た。
生きることを願う者は、暗い表情へと変わる。決して、良い表情をする者はいない。
ロズテッサの目には、シルドの死相が見えていた。
「あっ、あの……!」
不安が極まったロズテッサは、形振り構わずに席を立ち、別れを済ませたシルドに声を掛けた。
突き飛ばされるように下がった椅子が、荒い音を立てながら倒れる。
「何だ。どうした?」
「っ………」
振り返ったシルドの顔は、純然そのものだった。
だからこそ、その顔を見たロズテッサは、更にシルドが読めなくなった。
「わ、私も、御供いたします!そして、共に魔王軍を撲滅しましょう…!」
「………??」
そう言われたシルドは、何を言っているのか分からないというような顔をしていた。
間もなくして、ロズテッサは情に揺さぶられ、口走ってしまった自身の行動を恥じていた。
「魔王軍との戦争にか…?君には、王の側近として、国を守る役割があるはずだが」
「シルド様が出陣なさると言うのなら、あの戦線は1週間足らずで終結するかもしれません!いくら激務とはいえ、1週間分の業務量くらい、他の者に分配すれば何とか…」
自身の立場からして、本音など言えるはずがない。
絶対なる忠誠を誓う身だと言うのに、よくもここまで虚言が出るものだ。
「…まぁ、現役で近衛兵の君が戦うと言うのなら、戦えるのか。なら、次に会うのは戦場だな」
「えっ。はい…」
突如、考えることを放棄したかのような発言をしたシルドに、ロズテッサは追及から解放された安心感と、余地が残っていながら追及を諦めたことに対して困惑した。
「変に聞こえるかもしれないが、実は戦場に戻ることを楽しみにしている所がある。戦地に置いてきた、友との再会を期待しているんだ」
「………」
そう語るシルドを、ロズテッサは少し腑抜けた表情で眺めていた。
「何せ、1年以上は顔を合わせていないし、メッセンジャーでのやり取りだって無かったからな。胸が躍るような感覚と言うべきか、ここまでもどかしさを感じるのは久しぶりだ」
その素振りを見たロズテッサは、それまで抱いていた疑いが全て間違いだったことに気づかされた。
今までのシルドが偶像だったとすれば、今のシルドは実年齢に相応しい表情をしていると言える。
もしかしたら、今でも渋いと言われるような反応なのかもしれない。
(軍人と言われたら、信じ難いような反応だけれど…シルド様が17歳ということを鑑みれば、納得できてしまう気がする)
疑問や不安を抱いた純然な表情と発言は、彼がただの軍人という存在ではなく、17歳の青年ということに着目すると、何ら不自然なことではなかった。
むしろ、軍人だからと色眼鏡を使って見分けていた、偶像の状態のシルドが普通だと考えていたことがおかしかったのだ。
彼は、世界最強と謳われる17歳。されど17歳。
一般的に見て、青年であることには違わないし、本来であればもっとはしゃいで過ごしているのが妥当な時期だ。
素振りが立派な軍人に見えていたのは、その貴重な期間を軍生活に捧げていたからということも関係しているのだろう。
「そう…ですか……」
半ば納得から出た言葉と共に、ある後悔の念が押し寄せてきた。
(…もしかして、このためだけに魔王軍との戦争に参加すると言ったのは、ややこしい事になるだけなのでは…?)
ロズテッサは、魔王軍との戦争に参加すると、出任せを言ったことを後悔した。
──翌日 討伐対象の生息地にて
「───…」
「あれが、討伐対象みたいだが…素の姿が掴めないな。本当に魔獣なのか?」
シルドは、ギルドから受け取っていた難敵の生息地や特徴が書かれた紙と、少し離れた場所でうろついているイノシシ型の推定魔獣を見比べていた。
色の特徴は紫と記載されているが、実際目の前に見える魔獣は雷光のようなものを纏っており、確かに紫色ではあるものの素の姿が見えていないので、本当に紫色かと言われたら違う気がある。
「………」
シルドの横にエラが並んで出ると、そのまま注意深く魔獣に注目した。
(そういえば、エラの剣には魔獣化を解除する力があったな。もしかしたら、俺達には見えない何かを見ているのかもしれない)
そう考えたシルドは、エラの注目をしばらく待った。
やがて注目を止めたエラは、エルフ語でエルに何かを話し始めた。
「ふんふん…何か、魔獣と言うよりは魔物に近いみたいよ?あの纏っているものは雷の魔法だから、それで判断したみたい」
「雷の魔法…それが本当なら、あれは雷鳥以来に雷属性の魔法を操れる存在になるということか。だが、見ての通り──」
シルドは、イノシシの魔物に目を向けた。
魔物の目の先には、小さな鳥が跳ねて移動していた。
「………」
その鳥を少しの間眺めた後、魔物が軽く地面を蹴ると、鳥に紫色の眩い閃光が落とされた。
小規模な雷鳴が止むと、鳥が居た場所には灰すら残っておらず、黒い焦げ跡のようなものしか残っていなかった。
「雷鳥より、遥かに強力な雷の魔法だな…これは、3人で戦った方が良さそうだ」
「分かったわ。けど、私の剣も雷属性が付いているから、あの魔物とは相性が悪いわよね?」
エルの剣は鞘から抜かれると、微かに紫色の光を放った。
「なら、私」
エラは片言でそう言うと、剣を抜いてシルドの横に付いた。
察するに、自分がシルドと共に前衛を担うつもりなのだろう。
「だ、大丈夫かな?エラが戦っている所って、ほとんど見てないけど…」
「大丈夫だ。そもそも、3人で戦った方が良さそうだと言ったのは、相手の注意を分散させるためだ。戦力云々のことであれば、元から引けを取っていない」
そう言うと、シルドも剣を抜いた。
素手ではなく、剣で戦おうとしているシルドの姿は、エルにとっては見慣れているものだった。
「戦力で引けを取っていないとはいえ、相手の強さは未知数だからな。直接防御するよりも、回避することを優先して戦おう。行くぞ」
そして、3人は魔物の前に姿を現すのだった。
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忙しすぎてまともに書けんのです。




