91.×へと近づく道
浪人と別れた後、3人は港に泊まっていた船に乗り、船はそのまますぐに出港した。
「都って呼ばれてる所とか、行ってみたかったんだけどなぁ~…」
「俺も興味はあるが、京村からだと馬を使っても10日は掛かるらしいからな。残念だが、次の機会にしよう」
「シルドも行ったことないんだ?私はどうせ観光目的だし、駄々をこねるつもりはないわよ~」
そう他愛もない会話をしていると、シルドと背中を合わせているエラは、体を強く預けた。
「…標準語、分からない」
おまけに、頭をシルドの背中に打ち付けるようにして、その不機嫌さを露にしている。
「まぁ、普通に不便よね…簡単に会話の文法とか教えようか?」
「いいの?」
「私は良いんだけど、エラってまだ100歳だし、言葉を覚えるのは難しいんじゃないかな…?」
エルフ語で何やら会話をしているが、その間もシルドはエラに頭突きを噛まされていた。
(地味に痛い…)
──翌日 フェアニミタスタ郊外
「シルド。あれは、木」
エラは少し片言の標準語で、近くにある木を指差して言った。
「あ…ああ。そうだな」
「あれは、崖」
今度は崖を指差す。
「そうだ」
自信に満ちた様子で発言しているため、こちらも力強く頷いて応える。
「んふふふふ」
そんなシルドを、エルは変な笑みで見ていた。
シルドは(何だこいつ…)と思いながら、エラの面倒を見続ける。
「?」
すると、エラがきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「どうした?」
「…ここ、シルド、来た?」
そう言われた時、シルドは思わず身を固めた。
「そうだが、何故それを…?」
「………」
エラは少し考えた後、エルフ語でエルに話しかけた。
しばらくエラとの問答を繰り返した後、エルが口を開いた。
「よく分からないんだけど、”前兆”と”余韻”っていう能力があるんだって。ダークエルフ特有の能力ってわけでもないみたいだけど…」
「勘が鋭いだけなんじゃないか?」
「”前兆”に関してはそうなんだろうど、それだと”余韻”が説明つかないでしょ?その場所に居た、生き物の気配を感じ取れるらしいわ」
「それは、確かに……しかし、エラ個人の能力にしては、かなり大袈裟な気がする」
そこで、2人はエラの剣に目を付けた。
「それって、実はその剣の力だったりしない?」
「…分からない。そもそも、この力をいつから使っていたのか覚えていない。多分、外の世界に出てからだと思う」
それを聞く限り、やはりエラの能力というより、エラの持つ剣が関係していそうだった。
しかし、今回の"前兆"と"余韻"は知っていて隠しているわけではないので、探りようがない。
「その…余韻?の力で、ここで何が見えたんだ?」
「倒れてるシルドと、エル。それに、何人かの怖い人達」
「…多分、シルドと同じくらい強い人が、1人だけ居たはず。何があったの?」
(そんなことまで分かるのか…)
特異な能力ではあるが、生き物が居たことが分かるという所まではまだ分かる。
しかし、実力が分かるということと、そこで起きたことが具体的に分かるというのは予想外だった。
ここはツナジリヤ達と衝突した場所に近く、点々とではあるが戦いの跡が伺える。
適当な言い訳は通じないだろう。
「…エラの言う通り、怖い人達と戦ったんだ。俺が倒れていたのは、少しの間気絶したから…とか、そんな感じだった気がする」
適当な言い訳は通じない…そうは思ったものの、言うは易し行うは難しで、曖昧に言葉を濁してしまった。
「そうなの…?」
「えっ」
エラは、見抜いているのかいないのか、いつも通りの感情が読めない顔でエルに問い掛けた。
「ま、まぁそうね。あのシルドが気絶したものだから、流石に私も焦ったけど、あの後何とか持ち直したのよー!」
「…そうなんだ」
それで納得したのか、2人は追及を乗り切った。
その後も、城下町に向かって郊外を歩いていったのだが、シルドが暴れた跡は未だに残っている。
その度にエラは足を止め、追及することは無かったものの、跡が残っている周囲を興味深そうに観察していた。
旧フェアニミタスタ前哨基地も通ったが、以前とは違い衛兵が駐在するようになったようで、何人かの兵士とすれ違った。
こうなったきっかけは、自分にあるのだと理解していたシルドは、道を通っていて少々居たたまれなくなった。
──フェアニミタスタ城下町 ギルド内にて
城下町へ入る手続きも難なく済み、エルとエラには宿を取りに行ってもらっている。
その間、シルドは城下町のギルドに向かい、難敵に分類される張り出しを確認していた。
(名無しの討伐対象が多いな…魔王軍の本拠地と同じ大陸だからか、難敵の張り出しはこっちの方が有り余っているな)
張り出しには、その討伐対象が生息している地域や、特徴しか書かれていないものが多かった。
それはつまり、呼び名を決める間もなく突如そこに現れ、更に間もなくしてこの場所に張り出しがされたということになる。
(とは言っても、張り出されてから3週間近く経過している…)
難敵と指定され張り出されてはいるが、討伐対象の詳細が分からないため危険度合も図れず、誰も受けようとはしない。
更に面倒なのは、この手の難敵は倒した後に、どう倒したかなどの説明をしなくてはならない所だ。
(まぁ…できる者がやらないとだな)
その面倒を承知の上で、シルドは張り出しの紙を1枚手に取った。
張り出しに記載されている難敵は名無しで、ぼんやりとした特徴に対して、生息地域はきっちりと書かれていた。
(イノシシのような姿で、紫色…?魔獣と見間違えた可能性があるな…)
そのまま受付に向かおうとした所、ギルドの戸の方から馬が止まる音が聞こえた。
不自然なことではないので、シルドはそのまま受付に向かう。
そこで、上級冒険者であることの証明と、少しの説明を受けた後に受付が完了し、ギルドから出ようと出入り口へ歩き出した。
「……?」
出入り口の方を見てみると、戸の端からはみ出すように鎧が見えていた。しかも、その鎧にはどこか見覚えがある。
そのままギルドから出てみると、案の定そこにはロズテッサが居た。
「シルド様、お久しぶりです」
「何故、ギルドの前に…?」
「シルド様が再び城下町にいらしたとの話を耳にしたので、もし可能であれば魔王軍四天王の件を直接伺いたく思い、参上した次第です」
「そ、そうか。分かった」
相変わらずの大きな躯体に、シルドは少しだけ圧倒される。
何も言わずにエルとエラを待たせるわけにはいかないので、メッセンジャーを飛ばしてからロズテッサと共にフェアニミタスタ軍の訓練所へと足を運んだ。
城の隣に設けられている訓練所だが、今の時間は兵士が1人もおらず、喧騒とはかけ離れている。
「改めて、ご無事で何よりです。報告が入った時は、一体何が起きているのかと、城中が慌てふためいていました」
「俺達も同じだった。何の前情報もなく、急な接触だったからな」
ロズテッサが茶菓子を持ってきたと思えば、華やかなケーキスタンドがテーブルに置かれた。
焼きたてなのか、甘く良い香りが漂ってきて、つい手を伸ばしてしまう。
「始めは、東之国に現れた理由が不明でしたが、妖怪の調査が目当てと聞いて納得しました。魔獣だけでは飽き足らず、ということなのでしょう」
「放っておいたら、妖怪が何かしらの形で利用されていても、おかしくなかっただろうな」
「何より、それをお弟子様とたった2人で凌いだシルド様もシルド様です。魔王討伐部隊が一丸となって打倒する四天王を、一体どのようにして打ち倒したと言うのです?」
焼きたての小振りなパンが美味しくて内心ニッコニコだったシルドは、パンを飲み込んでから答えた。
「…あまり敵意の強い相手じゃなかったのが幸いしたんだ。お陰で、ほぼ不意打ちのような形で追い込めた」
「戦った相手はサキュバスだったと聞いていますが、何らかの精神攻撃を仕掛けていたのかもしれません。不意打ちとはいえ、然るべき手段かと」
そして、紅茶をひと口飲む。
「精神攻撃は、ほぼ全ての生命に対して有効です。恐らく、魔王軍はそれを分かった上で、四天王の内の1人をサキュバスに担わせるのかもしれませんね」
「ああ。俺達が魔王軍の本拠地に行く前に倒した…セトランシースだったか、あれもサキュバスだったな」
「当時の魔王軍四天王の中で、倒すのに最も苦労したと聞いています。”最も多くの人間を人質に取った悪魔”などと、世間では呼ばれていましたね」
「大量の人間を操る隙が生まれたお陰で、弱点を突けたわけだが…懐かしい話だ」
”元”魔王軍四天王、セトランシース。
シルドが魔王討伐部隊を脱退する直前、最後に倒した四天王の一角。
ヴィアヴェルベイパロと同じくサキュバスだが、セトランシースには単純に人間を操るという能力があった。
それなりの実力を持つ者なら抵抗は容易いが、セトランシースは主に兵士でも冒険者でもない、戦闘経験の浅い一般市民を支配の目標としていた。
その結果、ロズテッサも言ったように、多くの人間が人質に取られるという事件が発生した。
「………」
そんなことはさておき、シルドはケーキスタンドの最下層にて輝いている、鶏肉のサンドイッチが気になっていた。
それは繊維状に細かく割かれており、あれは塩で茹でただけでも美味いものなのだと、料理下手なシルドでも知っている。
「ど…どうぞ、遠慮せず食べてください。これらは、食べるために用意したのですから」
ロズテッサは、以前は見れなかったシルドの意外な反応に、若干戸惑いながらも食べることを催促する。
「すまない。最初に食べたパンが美味しかった所為か、つい目が行ってしまった」
「………」
少し申し訳なさそうにサンドイッチを手に取るシルドを、ロズテッサは予想外といった目で見ていた。
戸惑いの気持ちが半分、喜ばしい気持ちが半分ある。
「…意外ですね。シルド様は、料理に興味があるのですか?」
「味わうことに限定するなら、強く興味があるな。特に、たんぱく質が豊富で、油分の少ない料理には」
「なるほど。やはり、一級の兵士にもなると、食生活も厳しく管理するのですね」
「そういうわけでもないんだがな…半分は味の好みだ。特に日中はよく動き回るからか、あっさりとした味付けの方が好きなんだ」
シルドはサンドイッチをひと口齧ると、想像通りの美味しさに思わず溜息が出てしまった。
「私が自ら用意したものなので、お口に合ったようであれば何よりです」
「……本当か?」
実は、このロズテッサという近衛兵、近衛兵以外にもある役職を持っているのである。
それが、フェアニミタスタ城内における調理の資格であり、副料理長の役職を持ち合わせているのだ。
「多才だな。城内だと引っ張りだこで、大変じゃないか?」
「お世辞にも、忙しくないとは言えませんね…しかし、これでも成人するまでは習い事の日々でしたので。それが実を成したと考えると、嬉しいものですよ」
誇らしく語るロズテッサを見て、シルドは羨ましく思った。
浪人の時と同じく、自身の過去が誇りになっているという点が、シルドには無い要素だった。
互いに茶をひと口飲み、間を開ける。
「そういえば、こちらにお戻りになったということは、遠征は完了したということでしょうか?」
「ああ。ただ、今度はベルニーラッジに向かうことにした」
その言葉を聞いたロズテッサは、少しだけ冴えたような顔に変わった。
そのまま、内心を悟らせないように話を続ける。
「おや、デカルダではないのですね」
「ずっと悩んでいたことがあってな。ようやく決心がついたものだから、もう一度軍に戻ろうとしているんだ」
「…ちなみに、軍に戻る理由を伺っても?」
ロズテッサは表情に出さないものの、内心では警戒度を高めていた。
シルドのことは、フェアニミタスタ城内にも入れているため、その警戒は当然と言えるものだった。
「魔王軍との戦争に置いてきた、仲間のことが心配だからだ。…もう、仲間を失いたくない」
しかし、ロズテッサの警戒とは違い、シルドの答えは真面な話だった。
今まで戦死や行方不明扱いだった兵士が、ヴィアヴェルベイパロにより操り人形にされていたことは、シルドが一番に知っている。
その中には、フェアニミタスタの兵士も含まれていたし、当然ベルニーラッジの兵士も含まれていた。
「…仰る通りです。仲間の死が耐え難いという気持ちは、私も強く感じます」
「だが、今の鈍ったままの状態では、魔王軍に対してさほど有用ではないはずだ。だから、難敵を倒しながらベルニーラッジに向かうことにしている」
シルドは、ギルドで受け取った張り出しの紙を見せた。
「名無しの難敵…シルド様の修行の相手にしては、余裕の相手かもしれませんね?」
「できれば、文字通りの難敵であってほしいがな。じゃないと、修行にならない」
アルサールとレイネ…仲間が今どの辺りに居るのかは詳しく知らないが、もう魔王軍本拠地の目前に到達していてもおかしくないはず。
ここから最短で、全盛期に近い状態まで体を鍛え直すとなると、どう見積もっても1ヵ月は必要になる。
それに、それだけやって取り戻せるのは実力ではなく、高負荷の戦闘に対する耐性のみ。
努力を重ねたからと言って、片腕のハンデは覆しようがない。シルドの実力は、もう全盛期を上回ることはない。
(…だが)
それは、シルドが仲間を助けない理由にはならない。
一度、自らの意思で軍を抜けたのだ。
ならば、もう一度だけ、我が儘を通せても良いだろう。
この我が儘が、罷り通るか、どうか。
その証明こそが、シルドのこれまでの生における、結果となるだろう。
忙しくて書けなくて忙しくて書けなくて忙しくて書けなくて忙しくて書けなくて忙しくて書けないです。
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