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9.カラアゲ食して1v1

朝食にもカラアゲを食した2人が、遂に手合わせをすることに。

エルの剣を見たシルドは、どんな感想を述べるのか。


東之国のカラアゲなるものを食した翌朝、エルがサンドウィッチを渡してきた。


「昨日の残ったカラアゲを、サンドウィッチにしてみたわよ。意外と美味しくできたと思うけど」


「朝からカラアゲって、大丈夫なのか…?」


「レモンを絞ってあるから大丈夫だと思うわ。というか、昨日の帰りにレモンを買ったのが大正解よね。これが無かったら、昨日の時点でダメだったと思うわ」


レモンの知識があって良かったとは、自分でも思っている。


様々な香味とソースで下味を付けた鶏肉に、卵と小麦粉を付けて油で揚げる。


調理方法を聞いただけでも美味そうだが、思いの他油分の多さに慣れなかったのか、数個食べただけで野菜とレモンに助けを求めることになってしまった。


他に、これも油分の多さ故かは分からないが、数個食べれば満腹感も強く感じた。


美味しい食べ物ではあったが、食べる量には気を付ける必要がある。


「今日は、午前中に少しだけ俺と剣の手合わせだ。特に変なことは意識せず、純粋に自分のやり方で戦ってほしい」


「聞いてはいたけど、いざ遥か格上の貴方と手合わせをするってなると、少し緊張してきちゃうわね」


剣術は本人も言っていた通り、完全素人だ。もしかしたら、間合いの取り方から教えることになるかもしれないが、基礎から教えることに変わりはない。


俺も剣術を習ったわけではないが、戦い方を知らないわけじゃない。


伊達に物理攻撃武器を使っていないため、基本的な武器は全てそれなりに使える。


俺が経験した色々な視点を活かして、なるべく強くなれる様に指導してやりたい。


「手合わせと言っても、木刀だから怪我の心配はないだろう。手合わせの後は、エルのレベルに適した魔物を倒しに行く」


「今度は完全に私1人で戦うのよね?助けてって言ったら、ちゃんと助けてよねー」


そう言い終わると、俺もエルも丁度サンドウィッチを食べ終えた。


「タイミング良いわね。やっぱり私達、相性良いってことなんじゃない?」


「…悪くないかもしれないな。それより、用意を済ませたら、家の正面から少し下った広場に集合だ。そこで手合わせをしよう」


それを口火に、俺たちは準備を始めた。



「よし、どこからでも良いぞ」


場所は、家の入り口から少し歩いた、山中にしては珍しい地面が平らで木も生えていない場所。


俺もエルも、手には木刀を握っている。


「ふぅ…やっぱり、どうしても緊張するわね。少し深呼吸させて」


俺が頷くと、エルは俺に背を向けた状態で深呼吸を始めた。


相当緊張しているのだろうか。まぁ、初めての対人戦であれば当然か。


「……よしっ、準備できたわ!」


「片腕だからと言って、遠慮しなくていい。どれだけ攻撃が強かろうと、凌ぐことはできる」


「ええ。遠慮なく行くわよ…」


エルは深呼吸のおかげか、自身に満ち溢れた表情になっていた。


そして、少し間を置いた後───


「えいっ!」


──大きな踏み込みで、エルが木刀を振り落とした。


シルドは、その大振りを軽い足取りでかわす。


「っ!」


次は、脇腹目がけた一太刀。


シルドの木刀がエルの木刀を受け止め、乾いた音が木々の間に響く。


「………」


だが、すぐに弾き返され、"もっと見せてみろ"と言わんばかりに体勢を直すシルド。


一撃、また一撃と続けて振るうエルに対して、冷静に受け身と回避を取るシルド。


そんな時間が、数分続いたのだが…


「率直に言うと、弓を極めた方が、もっと早く強くなれるぞ」


一通りの動きを見て思ったことを、そのままエルに伝える。


剣に関しては教えるべきことが多すぎて、弓に全力を注いだ方が、上級冒険者までの道のりが短くなるほどだ。


エルの職業であるレンジャーの弱点は、豊富な選択肢がある故に、1つの武器を極めづらいということがある。


もちろん、レンジャーの上級冒険者がいないというわけではないが、多くはないどころか、少ない部類に入る。


実際、俺の通っていた士官学校では、レンジャー志望の候補生が1人もいなかった。


そして、俺が知っている限り、上級冒険者でレンジャーをやっている人は、初めは1つの武器しか使っていなかったそうだ。


冒険を重ねる内に、使えたら便利な武器があったから使い始めたのだとか、そういう理由でレンジャーになったらしい。


「そうでしょうね。ずっと使っているのは弓の方だもの、そんなに酷かった?」


体育座りをしているエルは、むくれた顔でそう聞いてきた。


悪い所もあったが、これはあくまで最短で強くなりたい場合の話だ。


「いや、素人であれば当たり前の剣技だった。ただ、そこにお前が年月を割けるのか、他に最短で強くなれるルートがあるぞ。という話をしておきたかっただけだ」


「…最短で強くなれるルートって何?」


「当然だが、弓を極めることだ」


つい数日前のことだが、ロックトロールを倒しに行った時に思ったことがある。


おそらくだが、故郷で弓を使って狩猟生活を送っていたエルなら、弱点を教えなくても距離を取れば倒せたのではないかという点。


狩猟をするということは、動物のどこが弱点で、どこを狙うべきかというのは大体知っているはず。


それに加えて、魔法を込めた矢を扱うことも出来たんだ。余計な手出しをせず、一度見守るべきだったのかもしれない。


「まぁ、そんなところよね。でも、最初にも言ったかもしれないけど…」


「剣で戦えるようになりたいというのは、変わらないんだな」


言わずとも分かっていた話だ。俺がエルを匿うことになった理由も、そこから来ているのだから。


「この後、魔物と戦う予定なのよね?今からでも何か、私にできそうなことってあるのかしら?」


「なら、簡単な話から始めよう。間合いのはかり方からだ」


物理攻撃武器…その中でも、最も敵に近づく必要がある近距離武器に、剣も挙げられる。


下級の魔物であれば、単調な攻撃を避けて切りつけるだけで簡単だが、魔法を使ったり、遠距離攻撃をしてくる魔物には、少し頭を使う必要がある。


最も簡単な方法としては盾を使うことだが、エルは使わないで戦うことになる。


そういった場合、周りにある遮蔽物を使うか、間合いを取って回避するか、この2つが最も安全と言われている。


「まぁ、基本よね。距離が開いてるのに、こっちは近づかないといけないもの」


ステータスが高ければ、遠距離武器相手でもスキルや素早さを活かして一気に詰めれるようになるが、まだ近距離に慣れていないエルには難しい話だ。


あとは、中級以上の魔物になってくると、この前のロックトロールのように、巨体を持った魔物とも戦うことになる。


俺はステータスに自信があったからあの戦い方を選んだというだけで、普通なら巨体からの攻撃は回避をするのが正攻法だ。


遠距離攻撃をしてくる魔物は、その攻撃方法も多種多様に変わってくる。


上級になれば知能の高さも関係してくるため、近距離武器を扱うにあたって、レベル上げに選ぶ敵はかなり重要になってくる。


「…といったことが、俺が士官学校で教わった知識的な話だ。軽く実践してみるか」


「実践?いきなり真剣で戦うの?」


「違う。とりあえず、鞘のまま剣を構えてみろ」


エルは再び緊張しながらも、腰に据えていた剣を構える。


「間合いの取り方は、剣の長さにも左右される。もし俺が…ここに立ったら、どこに移動するべきだと思う?」


「そんな、急に言われても……ここ?」


恐る恐る足を進め、予想した位置に移動する。


「間合いの取り方は悪くないな。正解は、あと1歩と半分前だ」


今度は俺が足を進めて、誤差分を詰める。


「こんなに近いのね。ここからどう仕掛けるの?」


「単に切りつけるのが基本だが、エルの場合は先に素振りで鍛えた方が良い。手合わせで思ったが、一撃が軽すぎる」


「あとは、手合わせの最初で繰り出してきた大振りだが、あれは極力辞めておいた方が良い。それから、体重移動の重要さについても教えよう。そうすれば、大振りのメリットとデメリットの説明もしやすい」


この話を聞いていたエルは、脳内でこう考えていた。


(私、剣の才能無いかも…)


手合わせの直後に感想を言うのではなく、今になって自分が振った剣の全てを否定され始めたことで、シルドの言っていること全てがエルの否定に直結していると勘違いしてしまうほどだった。


加えて、シルドの発言は止めどなく流れてくるため、エルの剣に対するモチベーションはだだ下がりである。


「…安心しろ。素人は皆そういうものだ」


説明の途中からエルが生気の無い顔をしていたが、状況的に何を思っているのか、流石の俺でも察することができた。


誰かに物を教えるということ自体が初めてな所為か、一気に色々なことを話してしまった。


教えるからには、自分の経験した全てを注ぎたいあまりか、配慮が足りていなかったな。


「素振りから触れてみよう。俺が学校で教わっていたものは、下段・中段・上段に分けて剣を振る。手本を見せよう」


すると、シルドは木刀を腰の位置で構え、下から上へ3つに分けて一線を振った。


シルドが木刀を振る際、風を切る音がはっきりと聞こえた。それも鈍い音ではなく、まるで何かの笛のような、甲高い音が鳴っていた。


「何今の…上手な人なら”ブンッ”って音が鳴るものだと思ってたけど、今の”ビッ”って音は何なの…?(混乱)」


「木刀だから出る音だ。真剣なら、ここまで速く振れない」


シルドはエルに構えの真似をするよう伝え、エルも腰の位置に木刀を移動させる。


「ここから真っすぐ取り出して、持ち手部分の底を相手にぶつけるイメージで出す」


エルが分かりやすいように、ゆっくりと剣の動きを見せる。


それに倣い、エルもゆっくりと剣を動かしてみる。


「上手くできている。次に、刃を対象に当てる時だが、当てるだけでは切れない。包丁と同じことだ」


「押すか引くかってことね。すると、どう振るのが良いの?」


料理が得意だからか、そこの理解は既にできているらしい。


「間合いであれば、振り抜くだけで切れる。ただ、当てながら振り抜くというのができないと、撫で斬りになってしまう」


これは素振りだと説明できない部分になるな…


剣は特にそうだが、刃が入った部分から切れていくことで、刃に接する点が無くなっていく。


つまり、刃を押し当てることと、振り抜く動作の2つを同時にこなさないといけなくなる。


士官学校にはダミーがあったから実際に切って確認できたものの、生憎そういったものは持ち合わせていない。


この後の実戦で試すしかなさそうだ。


「当てながら振り抜く…イメージしづらいけど、結局は材料を切るのと同じことよね?包丁で、まな板に置かれた具材を切るみたいな。それを横向きでやるっていうのが難しそうだけど…」


自頭が良いのか、理解するのが早いし、理解度も高い。


エルの言う通り、包丁を横向きに使っているような状態になるため、こればかりは実戦で感覚を掴むしかない。


「今はそこまで難しく考えないでも良い。素振りは、所謂筋力トレーニングと同じようなものだ」


実戦で敵を倒せる斬撃を繰り出すために、素振りで速度やパワーを上げておく。


どんな武器においても、素振りというのは基本の位置にあるのだろう。


「取り出す動きだけを気を付けて振ってみよう。実戦も控えているから、敵のイメージをしながら振るんだ」


「分かったわ。でも、しっかり見ててよ?実戦で戦えるレベルじゃなかったら言ってよね!?」


エルは不安と緊張で一杯なのか、少し後ろ向きなことを言い始めた。


ここは、教える側に立つ俺も同じ課題に取り組むことで、エルの気持ちを少しでも和らげることができないだろうか?


剣の素振りなんて、最後にまともに取り組んだのはいつだったか。1年以上も前になるのは確かだが…


”口先だけでは何も示せない。”


これも、以前に見た本…”偉人の文言集”という本に乗っていた言葉だが、士官学校時代では教官に対して同じことを考えていた。


俺自身がそうならないためにも、久しぶりに素振りを真面目に取り組んでみよう。


「まずは下段・中段・上段の位置を覚えてもらう。下段は、主に相手の腰の位置だと思えば正解だ」


そう言い聞かせながら、エルの前に少し離れて立つ。


「この辺り?」


エルもゆっくりと木刀を移動させ、自分の振った位置が合っているのか確認を取る。


「そうだ。中段は胴体、上段は首だ」


指示されるがままに、再びゆっくりと木刀を振る。


「振る位置は、正直相手によって左右されるところもある。俺もエルの前に立つから、それで練習しよう」


「分かったわ……ふっ!」


エルは真剣な顔つきに変わり、俺を敵に見立てて素振りを始めた。


俺も、エルの各部位を目安に、下段・中段・上段を振ってみる。


「………」


ふむ…久しぶりに木刀を振ったが、木刀での素振りは衰えていないみたいだ。


俺が持っている真剣であれば、ここまで上手くは振れないがな。


(私と振る音が違い過ぎて、もはや音が鳴る物を振っているのかと勘違いするくらいだわ…)


エルの言う通り、シルドが軽い気持ちで放った三振りは、鈍い音がかすかに聞こえるエルの振りとは違い、笛のような音が常に鳴っている。


(っていうか、木刀が手元だけしか見えないし。一体どんな速度で振り回せばそうなるのよ…)


疑問と、ほぼ八つ当たりのような怒りの感情が芽生え、よく分からない感情が顔に出る。


ただ、それでも素振りは止めない。


何故なら、シルドに憧れて剣を使い始めたという言葉が、嘘ではないからである。


”あの人の様になりたい。”


”仲間全員を守れるような、最強の何かになってみたい。”


憧れから始まった意志と言えど、当人の教えを受ける機会が巡って来たこともあり、簡単には曲げられない目標へと変わっていた。


「ふんっ……くっ…!」


「…飛ばし過ぎじゃないか?疲弊している状態で振っても、型がぐちゃぐちゃになるだけだぞ。イメージしながら振る程度に抑えるんだ」


これを言われて、エルは初めて自分の中の変な感情と、現在の立ち振る舞いを理解した。


ずっとシルドのことを考えながら、無心に木刀を振り続けていたのだ。


ハッと我に返ったエルは、自分が木刀を持っている右手に違和感を覚える。


「あ、あら?これ…」


その手には、丸い腫物のようなものが出来ていた。


「マメができたか。そこまで全力で振るとは思わなかったんだが、包帯を巻かせた方が良かったか…」


「えっ。私、そんなに頑張った覚えはないんだけどな…」


しかし、確認するまでもなく息は切れ気味だし、思考も少しぼやけてしまっている。


発言とは裏腹に、自分が頑張っていたという事実が浮き彫りになる。


「俺が使っていた革手袋ならあるが…古くなっているし、代替になってしまうが包帯でも巻いておこう」


すると、シルドは家の方へと戻って行った。


マメができた自分の手を見ながら、少し思ったことがある。


(少し木の棒を振っただけで、マメができるような私だけど…ここからだ。私は、ここから強くなるんだ)


シルドが私の従姉妹を救ったように、私も片腕一つで魔物を倒せるようになりたい。


単に強くなりたいのではなく、誰かを守るために、私は強くなりたい。


自分の目標を再確認し、エルは自身の将来に強く祈りを込めた。


だが、今はそれよりもやるべきことがある。


(うーん…立ち眩みってほどじゃないけど、ふらふらしてきちゃった。ちょっとだけ座ろうかしら…)


草が茂る地面の上で座り込み、山のそよ風を浴びながらシルドを待つのだった。


最後まで閲覧いただき、ありがとうございます。

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