89.山中Movin'やろお前
出戻り修行2日目
──京村付近 山中にて
シルドの出戻り修行は、今日で2日目。
朝から騒がしかった昨日だが、あの後に東堂くめがシルドを訪ねてきた。
東堂くめは、浪人を寄越してくれたことへの感謝と、社の近くを徘徊する魔獣や魔物を退治してほしいと言った。
社が山の頂上に存在するため、周辺に魔物や魔獣がうろついていると、ただでさえ少ない社へ足を運ぶ者が更に減ってしまうとのこと。
それは礼拝をしに来た者だけでなく、東堂の身にも危険が及ぶものであるため、シルドは”明日でいいなら”と承諾した。
報酬については前払いで、手製の魚の干物を手渡された。
金品は全て社の維持に回しているため、粗品で申し訳ないと東堂は言っていたが、シルドは”肉と魚のためなら金は惜しまない”と、食堂で暴食を発動した時に宣言していた。
その為か、むしろ魚の干物を手渡されてそのまま食べ始めるほど、報酬として満足しているようだった。
(人数分貰ったから私も食べたけど、ちゃんと美味しかったのよね)
そんなこんなで、シルド達は現在京村付近の山に来ている。
今回は浪人ではなく東堂くめが同行しており、再びの4人パーティーとなっている。
「よし。さっきも話した通り、スピードハイクを兼ねて魔物や魔獣を倒しに行くぞ」
「別にいいけど…本当に大丈夫?岩場とか崖とか、かなり激しい地形もあるっぽいけど」
「ベッシーとの鬼ごっこがあったからな、知識や経験は一通り頭に入ってるつもりだ」
「ならいいけど…」
エラは、東堂と先ほど初めて会ったばかりだが、既にかなり懐いているようだった。
今では、東堂の横についている。
「では、私達はここでお二人の帰りを待つ、ということでよろしいのですね?」
「ああ。何かあったら下山しても構わないし、その時はメッセンジャーを寄越してくれ」
「承知しました。では、お気をつけて」
「いってらっしゃい」
エラと東堂に見送られ、シルドとエルは山道を駆け始めた。
道のりが長いため、ジョギングより少し速いペースで様子見をする。
足場の悪い所では、エルは木の上を渡って走れるので、中々に楽しそうで少し羨ましい。
走り始めて僅か数分だが、エルが魔物の気配を察知した。
「シルドー?このまま進むと、魔物と魔獣の群れにぶつかるっぽいわー」
「分かった」
そう言うと、シルドは走る速度を上げた。
エルはそれを不思議に思いながら、軽やかな足取りで木の上を渡っていく。
十数秒もかからない内に、エルの言っていた群れが視界に入った。
「───ドーザーズ」
「ん?」
シルドが何かを唱えると、エルにも魔法が掛けられた。
謎の魔法を纏ったシルドは、そのまま速度を上げて群れへと一直線に駆けていく。
(何だろう、これ…防御魔法なんだろうけど、それにしては防御の効果が薄いような…)
そう考えている内に、シルドはどんどん敵の群れへと近づいていく。
敵の群れもシルドに気づき、シルドに向かって動き始めていた。
群れが纏まっていき、一つの点になった時。
「死ねえええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」
「!?」
シルドは、野太い迫真の雄叫びと共に敵の群れと衝突し、群れは四方八方に吹き飛んだ。
拳や足を突き出したわけでもなく、ただその場を疾走しただけだが、それだけで敵の群れは吹き飛んだ。
敵は確認できたものが息絶えており、宙に浮いて吹き飛んでいったものは分からないが、恐らく死んでいるだろう。
(い、いや…どれだけ丈夫なのよ……)
「エル!!置いて行くぞ!」
「え、ええ!」
突き飛ばした敵に振り返ることもなく走り続けるシルドを、エルは困惑しながら追いかける。
そして走っていると、再び道を塞ぐ魔物の群れに遭遇した。
「ま、また居るわよ!」
「任せろ……っ!」
シルドは再び速度を上げて突進し、魔物の群れを蹴散らす。
「────!」
「──ッしゃあゴラァ!!!雑魚がァ!!!!!!!!!!」
もはや雄叫びではなく、蹴散らした後に侮辱の言葉を浴びせるほど、シルドの突進は心身共に止まらなかった。
(言葉が悪い…)
正直、シルドのあの言葉使いは、見ていて心地良いものでは無い。
また道を進み、敵の群れと遭遇する。
「弱者がァ!!!!!!!!!!」
力強い突進によって轢き倒し、ぶつかったものは全て吹き飛んでいく。
またまた道を進み、敵の群れと遭遇。
「退けええええええええええええええッッ!!!!!!!!!!!!」
「────…!」
そして引き倒し、彼方此方へ飛んでいく。
つい先ほどの群れに関しては、シルドの気迫に怖気づいたのか、魔物達が後退しているようにも見えた。
そもそも、人が魔獣を轢くのではなく、魔獣が人を轢くものなのではないかと疑問に思う。
今が何合目なのかも分からなくなる程走った後、シルドとエルは小休憩を挟むことにした。
「ふぅ……ねぇシルド、ちょっと言いたいことがあるんだけど…」
少し緊張気味に切り出す。
「何だ?」
「あの…攻撃する時の言葉使いが、ちょっと良くないと思うの。もし他の人に見聞きされたら、シルド自身の印象が悪くなっちゃうと思うんだけど…」
それを聞いたシルドは、水筒の水をひと口含んだ。
水を飲み込み、水筒を口元から下ろし、呼吸を整えてから答えた。
「…以前、俺は英雄に相応しくないと言っただろう?」
「え、ええ…?」
「戦う時に、そういう言葉が飛び出す事からもそう感じていたんだが、世間体として相応の振舞をしなければならない」
「だが、人からそう呼ばれるために振舞っているわけではないんだ。……この癖が付いたのは、ベルニーラッジ軍の所為と言えるだろうがな」
「何でベルニーラッジ軍が…?」
聞くと、ベルニーラッジ軍が魔王討伐部隊を発足する事が関係しており、魔王討伐部隊になるまでには様々な実力的カーストを乗り越えなければならない。
先ず初めに自分が所属している軍、次に精鋭部隊、次に選抜部隊、そして魔王討伐部隊と、ざっくり分けるだけでも3つの勢力を下す必要がある。
選抜のための対人演習は殺伐としており、致命傷を食らっても治せる場合は演習を続行するのだとか。
過酷極まりないストレスが溜まる環境と、血と汗が流れる全力の戦いにおいて、興奮により思わず暴言を吐く者は多数居た。
「──と言った経験があるからか、追い込まれる環境ほど暴言が出やすいんだ。何度も直したいとは思ったんだが、何をやっても効果がほとんど無くてな…」
「それは…少し同情するわ」
「色々試した中で一番効果があったのは、フルフェイスの鉄兜を被ることだったな。だがあれをやると、集中が削がれて力が入りにくくなるんだ」
「へぇ……」
それを聞いたエルは、フルフェイスの鉄兜を被ったシルドを想像した。
そうしたら、つい先ほどまでのシルドの暴走っぷりが鮮明に頭に残っていた所為か、あの勢いで大軍に突っ込むシルドの姿が想像できてしまった。
(……大軍相手だったとしても、本当にさっきと同じように蹴散らしそうね。表情も見えなくなるし、ちょっと怖いわ…)
「…大変なのは分かるけど、それでもやっぱり直さないとダメよ。シルドがそんな人だって勘違いされたくないもの」
「まぁ…何とかしてみよう」
それからもう少しだけ休憩すると、2人は再び走り始めた。
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