88.Goo Suka Beep(極めて安らかに眠っている音)
シルドは全身メガトン筋肉痛になることを予知したので、今日一日はただひたすら休むことにした。
──翌日 宿にて
(昨日は散々だったなぁ…)
京村の宿の一室で目覚めたエルは、昨日の討伐任務を終えて京村に帰ってからのことを思い出した。
奉行所に任務の報告をしたら、シルドが四等分だと言いながら金貨100枚を手渡してきたこと、奉行所から出た瞬間に食堂へ消えるように入っていったこと。
そして、食堂にあった魚か肉が使われた料理を片っ端から頼み、一食で食堂のお得意様になると同時に、幾つかの品で在庫の底を突くという、暴食の限りを尽くした。
食堂に同行したのはエルとエラだが、2人は当然ながら一品の一汁三菜で食事を済ませている。
(あの時のシルド、瞳孔が開きっぱなしでちょっと怖かったのよね…)
一言も話すことなく、黙々と目の前に並べられた料理を平らげていくシルドの姿は、数日間何も食べずに過ごしてようやく食事にありつけた野生の獣のそれだった。
(私が話しかけても、返事は"ああ"とかの単調なもので、視線がずっと料理の方に向いていたもの)
体を起こし、シルドの様子を伺うために部屋を出る。
シルドの部屋は真隣なので、部屋を出れば着くようなものだが、慎重に部屋の戸を叩き名を呼ぶ。
(……まだ起きてないのかな?昨日は宿に帰ってから気絶するように眠っちゃったし、ちょっとだけ体調が心配なのよね)
そのまま一度部屋に戻ろうとしたが、足元に違和感を覚えた。
誰かが、シルドの部屋に入っていく足跡を残していたのだ。
(何これ…?)
床に顔を近づけて見てみると、それが履物の跡ではなく素足の跡であることが分かる。
(もしかして…)
戸に手をかけてみると、鍵が掛かっていなかった。
少しの緊張と共に、そのまま部屋の中へ入ってみると、至って普通に寝ているシルドと、全裸で床に倒れているエラが目に入った。
「………なにこれ」
思わず、声に出てしまった。部屋の鍵は、エラが解除したのだろう。
訳の分からない状況ではあるが、人が倒れていることには違いないため、一応エラの状態を確認する。
(ただ寝ているだけね…びしょ濡れだけど)
体の下敷きになっているタオルを見ると、風呂上りだったことが伺える。
宿の風呂は共用なので、単純に部屋を間違えた可能性が高い。
(間違えてシルドの部屋に入って、そのまま寝ちゃったとか…というか、早く起こさないと)
エラの部屋は、エルの部屋から二つ隣、シルドの部屋を挟んだ先にある。
間違えても仕方がないが、まさか風呂上りのままに全裸だとは。人目に付かなかったのだろうか?
「エラ、大丈夫ー?」
「んん…」
声量を抑え、エラの体を軽く突くと、怠そうに体を起こした。
「コラ。前を隠しなさい」
床に落ちているタオルを強引に押し付け、無防備の裸体を強制的に隠させる。
本来の姿に戻っていないということは、剣身が隠れる方の鞘に剣を収めていないのだろう。
「あれ…違う部屋……?」
「やっぱり、部屋を間違えてたのね。ここはシルドの部屋だし、早く自分の部屋に戻りましょ」
「うん…」
すると、エラは立ち上がり、部屋の入口の方へと歩いて行く。
(……とんでもない体ね。本来の姿があれだから、口には絶対出せないけど)
どこを見ているとは言わないが、エラは前をタオルで隠しているが、後ろはその限りではない。
玉体とは、まさにそれのこと。
(まぁ、私だってまだ160だし?成長途中だし?エラのあの姿は推定だけど、200歳くらいの丁度成長が終わる頃の姿だろうし??)
そう一人で考えていると、それまでの考えが嘘のように突如虚無に襲われた。
「………」
そして、寝ているであろうシルドの傍に立つ。
「………」
「………」
エルは、無言でシルドの寝顔を見詰めた。
安定した呼吸で、ただ寝ているだけのように見えるが、エルにはお見通しだった。
「…で、何があったのかしら?」
その声に、シルドは静かに瞼を開ける。
どうやら、狸寝入りをしていたようだ。
「……知らん。気づいたらそこに倒れていたんだ」
「ふ~ん」
エルの視線には、分かりやすく疑念の二文字が映っていた。
「本当だぞ。大きな音で目が覚めて、周囲を見回したらそこにエラが倒れていたんだ」
「それでぇ?」
「それで……困惑して間が空いたんだが、声を掛けようと思った時にエルが部屋に入ってきて、タイミングを失ったというか…」
何故か、説教のような雰囲気がその場に流れていた。
(こうなることを避けたかったから、狸寝入りをしていたんだが…)
「ということは、少なくとも後ろ姿を見たってことよねぇ。全裸なのに」
事実ではあるが、救護の意思故に避けようがなかったことも事実。
しかし、過去の教訓…主にベッシーの説教により、それがただの言い訳にしか過ぎないことを、シルドは知っている。
であれば、自分がすべきことは、黙ってその言葉を受け入れることのみ。
「確かに大人の姿とはいえ、あの子は100歳よ?人間で言うなら10歳。道徳的にちょっと…ね?」
「アア…」
「ダメよ、そんな子の裸を見ちゃうなんて。人間でも、それは同じでしょう?」
「スマナイ…」
エルの言葉に、シルドはただ頷くだけだった。
(何やってるんだろう、私…)
シルドに説教をしているものの、エルの心中では自問自答が行われていた。
(何だか最近、仕様もないことでシルドに噛み付いているような気が…)
直近のことで言えば、エラがシルドに対してやたら距離感が近いことに心を曇らせている。
物理的にも精神的にも、エルよりもエラの方がシルドに近い気がする。
とは言っても、エラは100歳の子供だ。子供の純真無垢な行動と言えばそれまでだが、それでは晴れない曇りがある。
(外見が色っぽすぎるのよね。というか結局、あの剣ってなんなのよ…!)
肉体年齢を変化させる、謎の白い剣。エラはその剣を抜くと、先程の玉体に変わる。
正直な所、エルはその剣の機能を羨ましいと思っていた。
(あの剣が本当に肉体の年齢を加速させるなら、私だってもっと─────)
そう心中で考えた瞬間、エルはとあることに気が付いた。
(……これって、嫉妬…よね)
「………?」
それに気づいたエルは、思わず説教を止めてしまった。
(多分……そうよね。最近のシルドって、何だか少しだけ変わったというか…前よりも本音で話してくれてる気がする)
(ほんのちょっとだけど、態度も柔らかくなった感じがして…そういう所が嬉しいって感じたり、特別好きになったってわけじゃないけど、やっぱり少しだけ関係が変わってるような…)
心の中での悶えが、段々と顔の紅潮として表れる。
(いやー……)
分かっているのに、どうも回り道で濁してしまいそうになる。
(好きになってるわよねぇ…)
自分のことながら、半ば呆れ気味にそう結論付けた。
「エ、エル…?」
ハッと我に振り返ってみれば、目の前には混乱した表情のシルドが居る。
我を忘れて考えに耽っていたことと、恐らくそんな人の気も知らないであろうシルドの顔に、軽く溜息を吐く。
「…何でもないわ。とにかく、あの子はまだ100歳なんだから、変な目で見ちゃダメよ」
「見たわけでも、見るつもりもない。というか、命の危機を考えると仕方のない───」
「ダメよ(迫真)」
「……アア、スマナイ」
再び据わった目と死んだ声になったかと思えば、今度は部屋の戸が開けられる音が聞こえた。
「お待たせ。服着たけど───」
「ちょおっと待ってー!?それ下着じゃないのアナタ…!!」
(しかも子供用の下着だし、もはやノーブラにしか見えない……!)
シルドは気まずい雰囲気の中、その光景を目に入れないようにするのだった。
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