82.AlterEgo ≒ Möbius 6
シルドは、自身を神と名乗る人物と対面した。
そして、長らく謎であったシルドの能力について、神の口から語られることになる。
「は………?」
何を言っているのか分からず、息だけが洩れてしまった。
石像と瓜二つの女性は、そんなシルドを上から見下ろしている。
『とは言え、彼等人間が犯した罪は過去のもの。否定的に観る必要は有りませんよ、我が子供達』
エルフの群衆は誰一人として平伏の姿勢を崩さず、その言葉にカルスも首を垂れた。
『シルド・ラ・ファングネル。そして、シャーレティー。私の手に触れて下さい』
「はい。ペンニエル様」
エルはその指示に迷いなく応え、ペンニエルの手に自身の手を添えた。
次から次へと変わる状況に、シルドは固まってしまっていた。
『さぁ、貴方も』
「いや…その、あなたは一体───」
シルドがそう言った瞬間、ペンニエルが険しい一瞥を見せた。
それと同時に、シルドの腕が何かに引っ張られるようにペンニエルの手に添えられた。
そして、シルドの手がペンニエルの手に添えられた瞬間、3人はその場から姿を消した。
──???
「………」
いつの間にか瞑っていた目を開くと、そこは先ほどの村と変わらない森の中のようだった。
しかし、意図的に整えられたような環境でもあり、それこそ目の前には椅子と机が置かれている。
(き、気持ち悪い…)
自分が何をされたのかは分からないが、冷静な状況の把握とは裏腹に、シルドは猛烈に吐き気を感じていた。
そして、もう一度瞬きをすれば、居なかったはずのペンニエルが姿を現した。
『此処は私の個人的な空間です。先程も伝えた通り、シルド・ラ・ファングネルの真実に就いて、私が答えられる状況に変える為──』
ペンニエルがそう話している最中、シルドは吐き気に耐えれなくなり、膝から崩れ落ちてしまった。
「ぐ……っ…」
「…し、シルド。大丈夫?」
隣に立っていたエルも、座り込んでしまった子供を説得するかのように膝を曲げ、背中を擦った。
『肉体ではなく、空間を移動させたと言うのに。此の程度で体に異常を来す種族が、何故我らの手から自立が叶ったのか、疑問です』
ペンニエルは、皮肉と疑問が入り混じった調子でそう言った。
それと同時に、シルドに向けて手を開き、その掌から白い光を見せた。
「……?気持ち悪さが、消えた…?」
「え?私、まだ何もしていないけど…」
エルがふと思いペンニエルを見ると、ペンニエルは早く立てと言わんばかりの視線でシルドを見ていた。
とは言えど、その顔は無情である。
何となく察したエルは、シルドが立てるように手を差し伸べた。
「話を遮って申し訳ない。それで、俺達は何故ここに…」
『貴方の真実に就いて、答える為です。他の者に聞かれてはならない故、此の場所に貴方達を招待しました』
(真実って……まさか…!?)
「…?」
エルは内心で何かを察しており、シルドはペンニエルが何を言っているのか分からないと言ったような顔をしていた。
『今日此処に至る迄、貴方は自身で解決出来ない不思議な現象を幾つも経験した筈。其処から質問を言えば、人間が言う所の神で在るこの私が答えて差し上げます』
「………」
シルドはまだ信じていないようで、エルにこれが真実なのか疑問の視線を向けた。
「前に、私達エルフが一致して信じている宗教みたいなものがあるって話をしたでしょ?」
「その神様が、この御方。ペンニエル様なの」
その紹介にペンニエルは表情を一切変えず、ただ無情にシルドへ視線を向けている。
シルドはまさかと思い、エルに問い掛けた。
「…あの石像の女性も……?」
「そう。あの石像の女性が、ペンニエル様」
シルドはペンニエルの方に振り返るが、気取りも何も無い無情の顔を見てか、何故か信じることができなかった。
『………』
「…っ!?」
沈黙の中、シルドがペンニエルに疑問の表情を向けていると、シルドの膝が再び何らかの力によって強制的に地面につけられた。
「ぺ、ペンニエル様…!」
エルはそれを良くない事態と捉え、遠慮気味だが仲裁に入ろうと声を掛けた。
(体が…全く抵抗できない…ッ!)
幾ら力を込めても、膝が地面から離れることはなく、そのまま手も地面につける姿勢に変わっていく。
『装備は押収させて頂きます。私に実体は有りませんが、万が一と言うものです』
(!?装備…いつの間に…?)
自分の装備がいつの間に全て外され、装飾品も含めて全てがペンニエルの元で浮遊しており、ガントレットが外される感覚さえなかった。
それを認識してから、シルドは謎の力による拘束を解除された。
『万が一とは言っても、此の私が装備を押収しなければならない状況に成るとは、思っても居ませんでしたが』
ペンニエルがそう呟くと同時に、シルドも立ち上がった。
その表情からは先ほどまでの疑問は消え、何か怪しいことを感じさせるような顔になっていた。
「…本当に神だと言うのなら、何を質問しても答えてくれるということで間違いないんだな」
その強気な態度に、エルは血の気が引くように顔が青ざめた。
『貴方が何を言わんとしているのかは分かります。述べなさい』
シルドは間を開けることなく、言葉を詰め込んだ。
「俺の母が死んだ理由、ベッシーが死んだ理由、ラグラスとカルミラが死んだ理由」
「俺が親しくなった人々が、悉く死ななければならなかった理由を教えてくれ」
「何故魔王は消滅しない?何故不幸も犯罪も戦争も無くならない?」
「毎日欠かさず熱心に祈りを捧げる信徒が大勢居るというのに、その願いに一切応えない理由は何だ」
「自らを神と名乗る者が率いる宗教と、カルトの違いを教えてくれ。俺から装備を取り上げた理由は何だ?俺は神が殺せるのか?」
感情の昂ぶりが抑えられず、言えることの全てをつぎ込んでしまった。
今言ったことは、以前にエルとの”話し合い”で解決したはずのものだった。
だが、神が目の前に居ると言うのであれば、話は別。
謎の力を操る所は人智を超えた存在らしきものだが、納得できていない部分も当然のようにある。
神であると肯定しながら、神ではないと否定している。矛盾に飲まれているのだ。
『………』
そんなシルドを、神は無情で眺めていた。
まるで、始めから終わりまでこうなることを知っていたかのように感情を見せず、ただ平坦を続けていた。
『私は神として、全ての生命に対して公平でなくてはなりません。生命への干渉は、エルフを最後に断ちました』
『故に、貴方の母親も、清き修道女も、仲間の戦士達も、全ての運命は其に関係したものに因って決まります』
シルドは名前で直接言ってしまったが、ベッシーを修道女と言い当て、ラグラスとカルミラがシルドの仲間で戦士であることを言い当てている。
『母親は子を想って死に、修道女は児を守って死に、戦士は戦って死に至った。不思議なことではありません』
『理解を促す為に自らを神と名乗りましたが、私は管理者と言った方が正しいのでしょう。人の信じる神とは、程遠い』
(管理者…?)
『全ての生命を観測し、結末を見届け、記録する。其が私の役割です』
『本来であれば、私と貴方が言葉を交わす事は無かった。しかし、貴方が例外で在るが故に、絶っていた生命との干渉を一時的に解放しなければなりませんでした』
話を続けるペンニエルだが、シルドもエルも、ペンニエルが何を言っているのか理解できなかった。
『貴方の持つ、もう一つの魂に其の原因が有ります』
『黒い炎、外的要因に対する絶対的不死性、人格の変化』
『其等を説明する為、私は貴方を此処に招いたのです』
『どうか、情を落ち着かせるように。此れは、世界を覆し兼ねない事です』
──数分後
3人は緑一杯の地面に腰を下ろしていた。
まるでピクニックでもしているかのように、そよ風と木々のざわめきを堪能している。
『さて、そろそろ話を再開しましょうか』
そう言ったペンニエルに、エルが質問をした。
「ペンニエル様、私は席を外した方が良いでしょうか?」
『いいえ。貴女は彼の秘密について、多くを知っている者です。今後も行動を共に続けるのであれば、貴女も知っておいた方が良いと判断しました』
ペンニエルはそう言うと、シルドの方に向き直る。
シルドは、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「ペンニエル…様、先ほどは侮辱的なことを口走ってしまい、申し訳ない」
罪悪感を感じていたのか、シルドは態度を改めていた。
『構いません。貴方があの様に感情を昂らせる事も、全て想定内です』
シルドは謝罪をしたが、ペンニエルが神のような存在であることはまだ信じていないようだった。
『まず初めに、貴方はシャーレティーと出会い、共に暮らし始めた頃まで、不思議な夢を見ていた事でしょう』
「!」
『白い空間で、一人の男に剣術を教わった筈』
そんな疑いの考えは、もはや米粒程度まで縮小されていった。
ペンニエルの言ったことは、エルにすらまともに話していない。
誰にも口外していなかったはずだ。
『私が彼と貴方の邂逅を促しました。あの空間自体、私が作り出したものなのです』
ペンニエルが軽く手を振ると、3人の横に白い空間が作り出された。
言うまでもなく、それはシルドが夢の中で見た空間だった。
「な…なら、彼は一体何者なんだ?彼の剣術は、現代を生きる人間とは比べ物にならなかった」
『………』
それを聞いたペンニエルは、目を瞑り、何かを考えているようだった。
『私の口から伝える必要は有りません。そう遠くない内に、貴方は彼の断片を掴む事が叶う様ですので』
シルドは、それが何を根拠に出てきた言葉なのか、疑問に思った。
「あなたが自身を神と名乗ったのは、全知全能に近しいという意味でのことなのか?」
『その通りです。人間の全知全能と言う言葉が何処までを表すのかは不明瞭ですが、全生命の誕生から終わり迄、その者が辿る、辿った可能性の有る運命等を見る事ができます』
(そんな、馬鹿な……)
馬鹿馬鹿しい、作り話としか思えなかった。
しかし、ペンニエルには先の事を言い当てたという、結果がある。
ペンニエルが言った能力は、千里眼と呼ぶに相応しいものだ。
そんなもの、おとぎ話の中でしか聞いたことはない。
『先程、貴方は自分に神が殺せるのか。つまり、全知全能である私を殺せるのかと問いました』
『極論ですが、此の世界に於いては貴方に限り、其に相応しい力を持っていると言えるでしょう』
『其れに最も直接的な能力が、黒い炎です』
「黒い炎……?」
あまり身に覚えがないシルドと、エルが話に割って入った。
「ペンニエル様。私が見たものは炎というよりも、霧に近いようなものだったのですが…」
『其の黒い霧の様なものの正体は、焚火から散る火花と灰と表現すれば良いでしょうか、あの力は軈て炎として発現する筈です』
『貴方の放つ黒い炎もとい、黒い霧には、魔力への特攻性と世界という概念への特攻性を持ち合わせていました』
『其れは即ち、魔力に関係するもの、世界と強い繋がりを持つものに対する絶対的特攻性と言えます』
『世界が発する魔力を得て存続している此の身にとって、其れは致命的な弱点に成るのです』
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