81.AlterEgo ≒ Möbius 5
カルスとの会話を終えた2人は、村の守り神というグアルダイアンを見に行くことにした。
2人はカルスの家を出た所に居た。
「結局、無害ってこと以外は何も分からなかったわね。やることなくなっちゃったし、グアルダイアンでも見に行く?」
「ああ……」
シルドは虚ろに返事をして、2人は歩き始めた。
当然、エルはシルドの様子がおかしいことに気づく。
「意味分からないわよね、魂がもう1つあるって言われてもさ。魂の有無なんて自分で感じ取れるものじゃないし、混ざってるとも言ってたし」
「ずっと黙っていたけど、本当に魂が2つあるんなんて…カルスさんに会わせた私も驚きだわ」
「………」
そう話すも、シルドはあまり反応しなかった。
悩むあまり話す気分ではないのかと思い、それ以上話すことなく歩き続けようとするが、今度はシルドの方から口を開いた。
「エルは…自分探しというものをしたことはあるか?」
「えっ。自分探し?」
魂のことで悩んでいるのかと思いきや、その口振りからして自分探しのことで悩んでいるようだった。
「うーん…自分探しがどういうものなのかは人によると思うけど、私は村の外に出たりで好きなように生きているわよね。そう見たら、私はやりたいことをやっているんじゃないかしら?」
「好きなように生きることが自分探しになるのかは分からないけど、自由に冒険をしているって考えると、これが私の自分探しなのかもしれないわね」
「……そうか」
結局、シルドの悩みどころは解決しなかったのか、静かに返事をした後も悩んでいるようだった。
──最後の湖にて
しばらく歩いた2人は、最後の湖と書かれた看板が置かれた湖の前に到着した。
湖と呼ぶにはかなり特殊な形をしており、湖の中が側面から見えるようになっている。
水中が青く濁っているせいか、グアルダイアンの姿はまだ見えない。
そんなグアルダイアンを探すために、はしゃいでいる2人の子供が居た。
「グアルダイアンが居るのはここよ。この村の皆にとっては、子供の遊び場みたいになっているわね」
「この看板には何て書いてあるんだ?」
シルドが見ていた看板は、エルフ語で最後の湖についての解説が書かれているものだった。
「この湖の解説ね。おとぎ話みたいなものだけど、昔は村の辺り一面が湖で、この村は湖の真ん中に浮かんでいる孤島のような状態だったらしいわ」
「困っていた当時の人達が、神様に願い助けを求めたの。そしたら、グアルダイアンを守り神として湖に放ってくれて、グアルダイアンは湖を操り村を今の形に整えた…そう書いてあるわ」
「おとぎ話らしいな。グアルダイアンは水を操れるのか?」
「言い伝えとかではそうね。この湖を側面から見えるようになっているのも、グアルダイアンの力あってのことらしいから」
シルドは湖の中を覗き込むも、グアルダイアンの姿は見つからなかった。
「んーどこにいるのかしらね。端の方とかかしら?」
エルと共に、湖の側面に沿って歩き始めた。
そして、はしゃぐ子供たちの傍を通った瞬間。
「……!」
青く濁った湖の中から、グアルダイアンと思わしき生物の顔が見えた。
その龍はシルドと目が合った瞬間、もの凄い速度で突進を仕掛けてきた。
口を大きく開けており、敵意を感じるには十分すぎる勢いがあった。
「エル!!」
「!」
エルは即座に状況を察すると、傍に居た子供たちを抱き上げてその場から離れた。
グアルダイアンが狙っているのはシルドだけのようで、湖の側面から顔だけを出したかと思えば、その強靭な顎でシルドを砕こうとする。
「グアルダイアンだー!」
「なんであの人は噛まれてるのー?」
(まさか…)
エルはその時、カルスが話していたことを思い出した。
『──グアルダイアンはまだ目にしていないかな?あれは不浄を断つという伝承があったり──』
(グアルダイアンも、シルドのことをキメラと勘違いしてるとか……?)
湖の側面から距離を取り、回避だけを続けていたシルドだったが、今度は湖自体が動き出し、シルドを取り込もうとしていた。
「エル!早く子供達を連れて逃げろ!」
グアルダイアンはシルドだけを狙っているため、シルドが逃げようとすると自ずとエルと子供たちを巻き込むことになる。
故に、シルドは湖で戦うことを強制される状況になった。
「誰か連れてくるから、少しだけ持ちこたえて!」
エルは再び子供たちを両手に抱きかかえ、村の方へと走り出した。
それに少し安堵するシルドだったが、目の前の状況を見るとそんな余裕はない。
逃げ場がなくなったシルドは、意を決してグアルダイアンの湖へと飛び入る。
「サーファールーム!」
「───!!」
中へ入ってくることを見越していたのか、グアルダイアンはすぐに再び突進を仕掛けてきた。
魔法で水中での機動力を上げたとはいえ、水棲生物のそれにはとても及ばない。
(くっ…ッ!)
目前まで迫った大口を、急な方向転換によって回避する。
しかし、これだけではいずれ回避しきれなくなる。
そう考えたシルドは、グアルダイアンのヒレの根本にしがみつき、持久戦へと持ち込んだ。
グアルダイアンの鱗は金属のようであり、鱗1枚でシルドを覆えてしまいそうなほどの大きさがある。
超大型の対象に、先の見えない持久戦を持ち込んだシルドは、正しく挑戦したと言っていいだろう。
「──2人とも、今すぐお家に向かって走るのよ!お母さんでもお父さんでも良いから、信頼できる人の所に行って!」
そう言うと、2人の子供は追いかけっこのような雰囲気で駆け出した。
後ろの湖からは振動が響いており、グアルダイアンが暴れていることは近くに居る人達にも伝わっているようだった。
その民衆の声からは、人を呼べとの声もあった。
放っておいても事態は収束するだろうが、それではシルドが危険すぎる。
エルが向かった場所は、つい先ほどまで居たカルスの家だった。
「カルスさん助けて!!」
玄関の戸を開け、そのままの勢いでカルスの名を呼んだ。
意外なことに、カルスは玄関の前に立っていたようで、丁度今から家を出るようにも見えた。
「ああ…やっぱり、グアルダイアンが暴れているのは、シルドくんが原因かな?」
「し、知ってるんですか?」
「私も今さっき思い出したよ。シルドくんはグアルダイアンの前に行くべきではないとね」
「言っただろう?グアルダイアンは”不浄”を断つんだ。さぁ、シルドくんが危なくなる前に、早く向かおう」
カルスの家から出て、湖の付近まで戻ってくると、先ほどよりも振動が増していた。
村中のエルフたちが湖の様子を遠目で伺っており、振動の旅に動揺の声を洩らしていた。
「あー…シルドくん、生きてると良いがねぇ…」
カルスがそう言うと、湖から勢いよくグアルダイアンが飛び出てきた。
それはもはや飛翔と言えるものであり、湖の外からでもグアルダイアンの全長が眺められるほど、グアルダイアンは高く飛んでいた。
「ん?あれは……」
「シルドも一緒に飛んでる…!?」
グアルダイアンの飛翔と同時に打ち上げられたのか、シルドはグアルダイアンよりも少し高い位置に居た。
(知能が高いのか分からんが、遠心力を利用して空に飛ばされるとは…)
空から落下しているというのに、グアルダイアンについて呑気に疑問を持っているようだった。
(水面にぶつかるダメージも、分かってやっているのかもしれないな)
思考を巡らせながら、腕のガントレットを分解して手中に集め、そのまま予想着地地点へ投げた。
水面に落ちたガントレットは、微弱な魔力を発しながら網状に広がると、水面に窪みのようなものを発生させた。
「ウェイターシェイク」
シルドが右拳を構えると、ガントレットが落ちた部分に軌跡を残す勢いで落下した。
落下の反動によって発生した振動は、グアルダイアンのそれに負けず劣らずのものだった。
その頃になって、エルとカルスの2人はようやく湖の入口に到着した。
湖に落下したシルドの姿は見えなかった。
「この辺りかな…?」
そう言ってカルスが手に持っていた長杖を振ると、一部分の水が丸ごと持ち上げられた。
その中には、不思議そうな顔をしているシルドが入っていた。
「ほ、本当に居た…」
適当に杖を振ったように見えるが、それで魔法が発動していることもカルスが熟練している証だ。
シルドをこちらに引き寄せる途中、水だけを湖に戻すという操作力を見せていることからも、年長者の称号は伊達ではないことが分かる。
「大丈夫かね?」
「え…ええ、助かりました…」
浮遊しながらカルスの元へ戻ってきたシルドは、何が起きたのか分かっていなさそうな顔をしていた。
グアルダイアンの暴れ様の見たさに群がっていたエルフ達は、シルドを見て困惑のざわめきをあげた。
「アレと殴り合った後とは、とても思えないな。よくそこまで無傷でいられたものだ」
カルスはそう言うと、またも無詠唱で目の前の地形を操作した。
側面が見えるように分けられていた湖を元に戻し、更に土で湖の周りを固めた。
「怪我は…大丈夫そうね」
エルは帰ってきたシルドに寄り添い、体の様子を伺うも、当然のように無傷だった。
その頑丈さは驚くものがあるが、エルもカルスと同じく心配よりも呆れが勝ってしまった。
『大事は有りませんか?子供達』
エルフの群衆がシルドに疑問を抱き始めると、グアルダイアンが居る方から何者かの声が聞こえた。
「!」
皆が声の聞こえた方を向くと、そこには光の球体のようなものがあった。
それを確認した村人達は、全員が揃って膝をつき、首を垂れた。
ただし、カルスとシルドは除いてある。
「シルド…!同じようにして…!」
極力抑えた声で、隣に居たエルがシルドにそう伝える。
何が何なのか分からないまま、シルドは恰好だけでも皆と合わせた。
「ペンニエル様。お騒がせしてしまい申し訳ない」
『構いません。これは、グアルダイアンが責務を果たしただけのこと』
すると、謎の光る球体はシルドの前へと移動してきた。
球体から発せられる声は肉声とは思えず、メッセンジャーともどこか違うように感じる。
脳内に響くというより、耳元で話されているような感覚だ。
『…これが、問題の主なのですね?』
「グアルダイアンが暴れた原因は彼ですが、彼にグアルダイアンと会うよう勧めたのは私です」
『責任を追及しているのではありません。全ては想定内です』
目の前にあった謎の球体が、一際強く光を発すると、人間のような姿へと形を変えた。
その姿に、群衆は驚嘆の声を上げた。
(石像の女性と…似ている……?)
『…初めまして、シルド・ラ・ファングネル』
『我ら神の手から離れ、他の追随を許さぬほどの進化を遂げた、忌むべきながら祝福された種族の子』
『今こそ、貴方の全てを話す時。運命に定められた、”会話”を始めましょう』
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