8.続 備えあれば休みもくれ
「ありがとうございましたぁ~。ぜひ、また来てください~」
食事を済ませ、会計も終えた。
結局、俺があの後述べた感想は、”甘い”という以外他になく、エルからも店員からも微妙な顔をされた。
俺のハンバーグについては、まだ手を付けていない状態でエルの食べる分を切り分け、ハンバーグと一緒に来た別のフォークで食べるよう促した。
エルはつまらなさそうな顔になりながらも、ハンバーグは美味しそうに食べていた。
味の感想は…飯屋と比べても、かなり出来の高いハンバーグだったと思う。
「美味しかったわねー。パフェって、名前通り本当にすごいスイーツなのね!シルドはどうだった?」
「甘い物を食べたのは久しぶりだったが、やはり苦手意識は簡単に消せない。美味しいとは感じたがな」
エルは諸々の点で満たされて満足なのか、以前より元気度合いが上がっている気がする。
「ハンバーグも良い感じだったわ。店で仕込んでるなんて書いてあったけど、意外と本格派な味に近かったわよね?」
「ああ。そこらの飯屋より、香辛料の風味が強かった気がする」
こうして、食べた物の味の感想を交わすこと自体も新鮮だ。
1人で過ごしていた時は、食事は面倒くさい物というか、一つの作業の様に感じていた。
…今だけは、”食事は誰かと食べた方が美味しい”という言葉に賛成しよう。
「さて、これからどうするの?」
「ほとんどの用事は済んだはずだが…何か、他に用でもあるか?」
「私も無いけど、デカルダの町全体をあまり知らないのよね。少し見て回ろうかなと思ったんだけど、どう?」
そういえば、エルはデカルダにまだ1ヶ月しか住んでいなかったな。
俺はそろそろ1年近く経つが、地図でしかこの町のことは知らない。行く必要のないエリアもあったからな。
これを機に、町を詳しく見て回るのも有りなのかもしれない。
「俺も行こう。実は俺も、まだ見たことがないエリアが幾つかある」
時間は15時を過ぎた辺りだろうか、そろそろ空の色が変わり始める頃だと思うが、あまり遅くならないようにしなければ。
自分が住んでいる国ながら、デカルダの治安は良いとは言えない。
町にもよるだろうが、少なくともベルニーラッジよりは、警備役の兵士の数が少ない。
更に、兵士が面倒事を避けるために、闇市での違法売買を見逃しているなどと言う噂も耳にする。
「私が行ったことあるのは、商店街と宿泊通り、あとは…今みたいな喫茶店くらいかな?」
「俺もそんなところだが、娯楽通りと、ある飯屋に寄りたい」
「娯楽通り…?何か用でもあるの?」
娯楽通りとは、娼婦館や賭博関連、その他”陽が出ている内に営業できないような店”が並んでいる通りのことだ。
つまり、夜じゃないと開かない店が並んでいるわけだが、別にそういった店に用事があるわけではない。
最近、俺と同じくベルニーラッジの養成学校出身の者が、この町の娯楽通りをうろついていると聞いた。
少し前に、1人で入った飯屋で聞いた噂話だが、もしかしたら知人なのかもしれない。
除隊した身ではあっても、顔を知っている人が自分の手の届く範囲にいるのなら、何かトラブルにならないように手を貸したいと思う。
「知人が娯楽通りをうろついているとの話を聞いた。それが気になる」
「なるほど……私、ああいう欲に塗れた場所って、どうしても無理なのよ」
「まぁ、娯楽通りを抜けた方が、行きたい飯屋へのショートカットになるだけだ。別の道から先回りしててもいいぞ」
「いえ…付いて行くけど、何かあったら助けてね…?」
助けてって…確かに、エルフという珍しい種族が娯楽通りを歩くなど、下心で近づいてくる人もいるかもしれない。
不安になるのは当然か。
「あまり長居するつもりはないし、俺と一緒に居れば特に何も起きないとは思うが、一応気を付けよう」
そして、喫茶店の前から商店街を抜け、大通りから娯楽通りの入り口まで移動する。
大通りには噴水が設置してあり、公共の憩いの場にもなっている。残念だが、今は休む暇がない。
娯楽通りは通りと言っても、さほど長い道ではない。ただ、周りから少し距離を置かれた場所であるため、長く感じてしまうことがある。
この時間帯であれば、まだほとんどの店は開店準備前だろうが、逆にそれが丁度良いかもしれない。
俺達2人は、周辺にある店を眺める様にして歩き始めた。
「うーん…やっぱり、こういう雰囲気苦手ね。私」
確かに、この通りは別の通りとは違った雰囲気を放っている。
上手く言葉に表せないが、エルの言っていた通り、人の欲に塗れた場所という感じがする。
「………」
多くはないが人通りもあるため、少し真剣に人を探してしまう。
…今のところ、店の従業員らしい人しか見当たらないな。
俺が来る時間が早すぎたという可能性の方が高いが、しばらく町に降りる必要もなくなるから、一応の気持ちで見ておくしかない。
「シルドの言ってた人、見当たらない?」
「ああ。まだ全部見回ったわけじゃないが、時間帯がよくなかったかもしれない」
もう半分ほど見終わってしまった。正直、諦め半分になってしまっている自分もいる。
「あれ?シルド様がこの通りにいるなんて、珍し過ぎるんだけど!ヤバくない?」
声を掛けられた方に向いてみると、若い女がそこに立っていた。
この通りにあるガールズバーの店員なのだろう、際どい服装に、肌の露出が多い。
軽く会釈をして通ろうとするが、その女は付いてきた。
「何しにこんなとこまで来たの?ギャンブル?それとも女の子?」
かなり馴れ馴れしく話しかけてくる上、ずっと付いて来ている。
「………」
エルは何も話していないが、少し気まずそうなのが感じられる。
「ただの人探しだ。別に用事はない」
「あっ…そ、そっか。ごめんね!」
冷たく、突き放すように返事をすると、その女は店の方へと戻って行った。
この立場にいると、今みたいな引っ掛け役の人物に声をかけられることが多い。
そういった場合、曖昧な返事をしていると、永遠に付きまとわれることになってしまう。
だからこそ、冷たく返事をしなければならないわけだが…
「………」
今度は、エルの視線が冷たい感じがする。
「…なんだ」
「断りたい気持ちは分かるけど、少し酷いんじゃない?」
まあ、一般人として普通に暮らしていれば、ここまで露骨に突き放すような発言はしないだろう。
「うんざりするほど同じ経験をしているんだ。理解してくれ」
「でも、あの子に声を掛けられるのは、今回が初めてだったんでしょ?あの子のことも、考えてあげるべきだったんじゃない?」
「それに、今みたいに話しかけるのが仕事なんだから、シルドの所為でトラウマになっちゃったらどうするのよ」
俺が言ったことも間違いではないはずだが、エルの言うことも正しいと思う。
「…そうだな」
「今度会ったら、何かしら謝罪の気持ちを示した方がいいと思うわ」
「……そうしよう」
孤児院以来だろうか、説教に近いことをされるのは。
あの頃はまだ子供だった所為だろうが、理由もなく反抗的な態度を取ることが多かった。
今となっては、エルの言う通りとしか思えない。
「…この娯楽通りで、この町の粗方の主要部分は回り尽くしたと思うが、一応裏路地についても教えておこう」
「裏路地?何か大事なことでもあるの?どこかの秘密施設にでも繋がってるとか?」
そんな、如何にもな笑い話だったら良かったんだがな。
「最近、この町で人攫いがあったそうだ。行方不明者の捜索依頼が町から出ていたはずだが、そっちのギルドには総員通達が行ってないのか?」
「え?わ、分からないわね。メッセンジャーは来ていないはずだけど…」
すると、エルは歩きながらメッセンジャーを呼び出して、自分宛てに届いている情報がないか調べ始めた。
…どうやら、本当に通達は来ていないらしい。焦りながら、必死にメッセンジャーの通信履歴を調べ始めたほどだ。
「攫われた人物だが、婚約が決まって間もない女性だったそうだ。この町に住んでいる男との面会日に攫われたのではないかと言われているが、何にせよ情報が少ない」
「婚約者との面会当日に人攫いに合うって…その女の人、何かの要人だったりしたの?」
「いや、男も女も単なる平民という情報だったはずだ」
エルの言う通り、婚約者との面会当日に人攫いに合うというのは、計画的に考えられなくもないが、運悪く人攫いに合ったという確率と半々だろう。
信頼ある王都ベルニーラッジの士官学校出身で、元勇者一行の一員でもある俺の元に直接捜索願が来ないのだから、表向きは単なる平民という扱いでもないはずだ。
これが自慢ではない証拠として、俺のような元従軍もとい国家従属者は、退役後でも重要情報網の末端として、要人の行方不明時に通達や捜索依頼が届く場合がある。
単純に、ただの平民である一般冒険者に任せるより、信頼性があるという理由からだろうが、実際過去に何度か届いたことがあった。
「この町は、今は特に治安が良くない。人攫いがあったことが表面に出ている以上、しばらくはそういったことは収まるだろうが、裏路地には極力…絶対に入り込まない方が良い」
「裏路地は確かに一度も入ったことはないけど、そんなに良くない場所なの?」
良くない理由は色々とあるが、中でも闇市があるというのが最も影響しているだろう。
この町の闇市は場所ではなく、概念と判断した方が良い。
警備役の兵士が警告を出すほど、裏路地での取引は闇夜より暗く、根深い繋がりがあるとされている。
目的地までの近道やら何やらで、何気なく裏路地を通る人もいるかもしれない。だが、そういった気の抜けた人こそが、人攫いの対象として狙われてしまう。
兵士が警備に力を注いでいないというのも関係しているかもしれないが、未だに闇市の主人的人物の発見ができず、闇市を利用する者の半分以上の顔が分かっていないという状況だ。
「女子供であればもちろんのことだが、エルフであるお前は特に気を付けるべきだ」
何度も言うようだが、昨今の人間社会において、エルフというのは非常に珍しい種族になっている。
そして、闇市で売買される物もまた、陽を浴びないほどに珍しい物とされている。
つまり、エルフは珍し過ぎるが故に目をつけられ、内臓まで高値の売り物にされる可能性の方が高い。
「種族以前に、お前は自分が美人で、女であることを自覚しているはずだ」
「えぇっ?な、何よ急に。珍しく変なことを言うのね」
世辞紛いのことを言われて不思議がっているが、言うなれば、俺はコイツに死んでほしくない。
こうして匿って生活を共にしている以上、少なからずの情が湧いているのだろう。エルの死に顔を見ると思うと、嫌に思う。
今はかつての仲間ほどではないが、それも時間の問題なのかもしれない。
「とりあえず、裏路地には絶対に入るな。お前に確定して言えることは、それだけで十分だ」
「まぁ分かったけど…大分念を押してくるのね」
それはそうだろう。誰が知った顔の死に様など見たい?
それも、家に匿ってやるほど面倒を見た相手だぞ?そんな者が死んだら、無関心でいることなどできないはずだ。
心も体も正常であるならな。
「そういえば、そろそろ通りが終わっちゃいそうだけど、探してた人は見つかったの?」
「いや、見つからなかったな」
辺りを見回しながら裏路地について話したが、それらしい人は最後まで見つからなかった。
そうなったら、後は飯屋に行くだけだな。
飯屋に行くと言っても、食事をするために行くわけではない。
今から向かう飯屋は、仕込み済みの材料の販売なんかも行っている店だ。
この間は恥ずかしい料理を食べさせてしまったが、今はエルも食べて手伝ってくれる以上、材料にも少しこだわった方が良いだろうと思った次第だが。
販売している材料は、飯屋のメニューで実際に出てくるものと同じ味付けということだが、以前その店で食べた肉料理が美味だったこともあり、味の失敗は無いと思う。
「エル。今日の晩飯を作るとしたら、何を作る?」
「えっ。特に決めてなかったけど…野菜が少し多めに残ってたから、野菜メインになるかも?」
「そうか…今から向かう飯屋だが、仕込み済みの材料の販売をしているんだ。何か必要な材料があったら言ってくれ」
「何そのお店、珍しいわね。ちょっと面白そう…」
その話を聞いたエルは、必要な材料を考え始めたのか、悩ましそうな表情になった。
「ステーキも有りよね、家にあるのは干し肉ばかりだし…まぁ、まずは何を売ってるのか見てからじゃないとね」
そう言いながら、俺たちは目的の飯屋の戸を開けた。
店に入ると、まずはカウンターが目の前にある。そこで店内で食べるか、材料を買うかを決められる。
「いらっしゃい、お兄さん。中で食べてくかい?」
店には指で数えられるほどしか来てないが、この女性が確か…店主の妻に当たる人だったか。
「いや、材料を買わせてほしい」
「了解。在庫見てくるから、座って待ってておくれ」
夫婦と、娘の3人で営業している店と聞いているが。少ない人数ながら、よく切り盛りしていると思う。
「今の人、シルドのお知り合い?」
「何度かここに来て、少し話したことがあるくらいだな」
「そうなのね。話慣れてるみたいな雰囲気で、少し不思議だったわ」
言われてみれば、そこまで話していない仲にしては、俺を理解して話してくれているような感じはするな。
あまり時間を取らせないというか、フランクではあっても、接客をこなしているというか。
「待たせたね。残ってたのはこれくらいだよ」
少し待つと、女性が残っている材料を書き写した紙を持ってきた。
残っている材料を見ると、俺が食べた肉料理である、ベーシックステーキもあった。
他には、鶏肉を使ったカラアゲという物や、豚のスペアリブなどがあった。
「どうする?」
エルにリストを渡すと、上から下まですらすらと目を通した。
その後、唯一気になるかの様に、カラアゲの項目に指を当てていた。
「カラアゲ…油で揚げる肉料理…」
「珍しいかい?ここら辺発祥の料理じゃないからね。東之国の料理屋から教わった物だよ」
東之国のカラアゲ。俺も名前だけしか知らない料理だが、油で揚げるというのは珍しい。
「このカラアゲに使う油って、何でも良いんですか?」
「そうだねぇ…香りが付いてる油以外なら、基本大丈夫だと思うよ。無難に植物油だね」
「分かりました。それじゃあ、カラアゲを2人前でお願いします」
「はいよ。代金は銀貨2枚だね、物を包んでくるから用意しておくれ」
再び女性は厨房の奥へと消えていった。
「油が多い食べ物って、必然的に野菜とか欲しくならない?今日の晩ご飯に丁度良いと思ったのよね」
銀貨2枚を置きながら、エルがそう話した。
確かに、油物ばかり食べると気持ち悪くなるというのは有名な話だ。
油分の多い料理を食べる時には、レモンを用意する人もいると聞く。
レモンの強い酸味が、口の中をリセットしてくれるとかなんとか…?
よく分からないが、必要な用事は済んだし、今日はもう家に戻らなければ。
「毎度どうも。その女の子、大切にしてやりなよ?」
最後の最後に、俺にだけ聞こえる様に余計な話を振って来た。
「…また世話になる」
俺は、とりあえずの挨拶として、そう返事をした。
──シルド達が町を去り、家に帰った後の出来事。
21時頃 娯楽通り 賭博店にて。
「…ねぇ、そこのあなた?」
「おっ、なんだなんだ~?綺麗な姉さんよ~。俺を誘いに来たのかい?」
「あなた、ベルニーラッジ士官学校出身の、ジンバリさん?」
「あれ?俺のこと知ってるのかい?もしかして前に話したかな~??」
「聞きたいことがあるのだけど…英雄シルドについて」
「あ~シルドね!良く知ってるよ。アイツと俺、同じ分隊にいたし、友達だからねー」
「何故、英雄シルドは強いの?彼の今までに、何があったの?」
「まぁ、待ちなってお姉さん。話してあげないこともないけど、まずは対価が欲しいんだよ。な?」
「………」
「この後とか、どう?お酒とかじゃなくてさ、お姉さんのこと本当に好みなんだよね~」
酒で気分が良くなっているのか、男はヘラヘラと笑いながら女の肩に手を回す。
「私、そういうのは、良くないと思うの」
「お互い、面倒なことには、なりたくないわよね?」
女は、それに応えるように男の両頬に触れた。
「おいおいお姉さん、ちょっとここで始めちゃうのはまず…っ!?」
しかし、その手には細く、鋭い刃物が握られている。
その刃先が向くのは、眼球のみ。
「お互い、面倒なことには、なりたくないわよね?」
「く…っ……!」
「叫ばず、余計なことも話さず、質問に答えてくださる?」
その女は、終始に至って微笑していた。
「英雄シルドについて、教えて?」
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