79.AlterEgo ≒ Möbius 3
2人は中央部へ向かい、呪いに詳しいカルスという女性を訪ねることになった。
茶を嗜みながら待っていると、マーシャレもこちらへとやってきた。
「それじゃあ、お母さんも来たし、簡単に説明するね」
「ん……?」
何の説明なのか、よく分からないまま話が始まる。
「玄関にいた時、お母さんがマーシャレ・アーティーって言ったじゃない?アーティーっていう名前なんだけど、エルフは中間名のことを真名って言うの」
「シルドで言うと、シルド・ラ・ファングネルのラの部分ね。そして、基本的に真名は名乗らない。何て言うか…神聖な儀式の時とかにしか言わないのよ」
「なるほど…?」
エルの隣に座っているマーシャレは、エルの話に笑顔で頷いている。
「お母さんが言っちゃったから言うけど、私は真名で名乗ると、シャル・アーティー・エルフォレストラって言うの。シャーレティーって言うのは、シャルとアーティーを繋げたように言っているだけ」
「それは……ちょっと驚きだ」
言葉に表した通り、驚きは顔にも表れていた。
「真名を隠していたことは謝るわ。あと、真名にはもう1つ厄介な意味合いがあって…」
「ええ!それが、血縁関係の無い他人に真名を明かすのは、婚約の時だけなの!」
「……?」
躊躇って続きを話そうとしなかったエルの代わりに、マーシャレが食い気味にその理由を話した。
そのマーシャレを見て、エルは溜め息と共に頬を赤らめた。
「…つまり、他の人にアーティーって中間名を言っちゃうと、シルドが私の婚約者ってことになりかねないの」
「最悪、外の世界で人間相手になら伝わっても良いんだけど…この村というか、エルフの間では言わないでほしいかな。ほら、お互い迷惑になっちゃうかもだし…」
「何言ってるのエル!逆に今が狙い目でしょ…!」
興奮気味にそう言うマーシャレを、エルは怒り気味に問い詰めて落ち着かせた。
(名前そのものが変わるのか…それが一般的だと思うと、エルフがより独特な文化を持っているように感じるな…)
一通りエルのマーシャレに対する説教が終わり、エルはそこから更に話を続けた。
「それで、この後カルスさんの所に行こうと思ってるんだけど、中央部って通れそう?」
「中央部?最近はグアルダイアンがどうにか~みたいな話を近所の人から聞いたけど…何でカルスさんなの?」
「呪いについて知りたいの。シルドがそれっぽいものを持ってて、しかも長期的に掛かってるかもしれないっていうことだからよ」
(グアルダイアン?呪いと言っているのは恐らく、”獣”のことだろうが…)
呪いのことを聞いたマーシャレは、シルドを凝視し始めた。
「あらそうなの?でも、パッと見た感じは何ともなさそうだけど…」
「普段は発現しないの。だから詳しく調べられないし、カルスさんにじっくり診てもらおうかなって」
マーシャレはしばらくシルドを凝視した後、手元に置いてあった茶を一口飲んだ。
シルドは何となく感づいていたが、マーシャレはシルドを凝視している間に探知魔法を使っているようだった。
「まぁ、通れるんじゃないかしら?唯一問題があるとしたら、中央部に入る前に監視役の人に少しだけ止められるか、グアルダイアンがどうこうって言われるかのどちらかだと思うけど」
「そのグアルダイアンだけど、何かあったの?暴れてるとか?」
「そんな感じだったと思うわ。というか、中央部に行っちゃうなら、カボチャスープは要らなかった…?」
シルドはカボチャスープを少し期待しているが、話の流れとしてはそうも行かないようだった。
(残念だ……)
「あー…」
エルは、席を立ちながら何かを考えていた。
「あまり長居はしない予定だし、すぐ戻ってくると思うから、その時に食べようかしら。ね?シルド」
「あ…あぁ。ぜひ頂きたい」
心を見透かされていたことに驚いたため、少しだけ反応がぎこちなくなってしまった。
「分かったわ!それなら、もっと具材を入れて待ってるからね!」
その答えを聞いてから、シルドとエルは家を後にした。
「──分からなかったんだが、中央部やグアルダイアンとは何なんだ?」
家を出て歩き始めた頃、シルドがエルに問い掛けた。
「実はこの辺りって、村全体だと端の部分に位置付けされてるの。さっき話していたのは、言葉通り村の中央部のことよ」
「それと、グアルダイアンはそんな中央部を守ってくれている、水棲古代龍のことよ」
「龍?龍を飼いならしているのか?」
シルドはかなり驚いていた。
何故なら、シルドが知る龍は昔に倒したドンファントンか、かつて訪れたピスアモンタ山脈で遠くから目にした龍の2匹しか目にしていないからだ。
しかも、古代龍という括りで言うなら、ドンファントンただ1匹しか目にしたことが無い。
「飼いならしている…のかしらね。私が生まれるずーっと前から、それこそ村ができた時からその場に居ただろうし、よく分からないわね」
「それでも一応、私たちエルフの間では守り神みたいな存在よ」
「どんな体格をしているんだ?ドンファントンと近いのか?」
「ドンファントンを見たことがないから何とも言えないけど、体は大きいわね。ずんぐりむっくりで、村の半分は覆える大きさよ」
「余裕でドンファントンより大きいだろうな。何故そんな規模の龍を飼いならせているのか、そこが疑問だが…」
シルドは余程興味をそそられたのか、珍しく興奮気味に想像を巡らせているようだった。
(珍しい…というか、以前なら絶対に見せなかったであろう反応ね。良いことだとは思うけど…)
──数分後 中央部入口付近
「そこの人間!こちらへ来なさい」
(止められることは予想していたが、ここまで予想通りだと逆に変に感じるな…)
大人しく指示に従い、門番の前へと移動する。
その後に続き、ゆっくりとエルが傍に立った。
「…ん?エルじゃないか。君が連れてきたのか?」
「はい。この人なんですけど、母にも紹介してあります」
「それなら心配無さそうだが…何のために中央部に来たんだ?」
「カルスさんを訪ねようと思って来たんです。それと、母からグアルダイアンに何かあったって聞いたんですけど、大丈夫ですか?」
「あぁ、グアルダイアンか。俺も詳しくは分からんが、ざわついてるという話がある。だが、通行禁止の命令はない。ほら、もう通っていいぞ」
(一言も話すことなく終わった…)
声を掛けられた当初、シルドは変な緊張で始まったが、今は変な溜め息で終わろうとしている。
そのままエルに連れられ、少し歩いた先に幾つかの建造物が見えてきた。
「中央部というのは、木で囲われるように区切られているのか?」
「そうよ。もしもの時は襲撃を防げるし、小さい頃に聞いた話だけど、中央部は数千年に渡って外敵に侵されたことがないそうよ。グアルダイアンも居るしね」
「グアルダイアン…どんな姿をしているのか、気になるな」
そのまま足を進めて、中央部の村の中心部へと向かった。
辺りを見回すと、さきほどの村と比べて中央部の村は広大になっており、遠方を見ればどこにでも木が立っている。
歩いていた2人は、石像近くで足を止めた。
(この石像…装飾が施されているが、何か特別な像なのか?)
シルドが見上げていた像は、大きな布を頭から被ったような服装をしていながら、どこか神秘を感じさせる女性の造形をしていた。
「ちょっと待っててね。実はカルスさんの居場所を知らなくて、そこらを歩いている人に聞いてみるから」
「ああ」
そうしてエルがその場を離れるも、シルドは目の前に置かれる像から目を離せなかった。
(エルフが設置した像のはずだが、耳はエルフのように長くない…というか、人間の女性の像にしか見えない)
像の基となった人物が着けていたのであろう、耳飾りも再現されていた。
その繊細な形状から察するに、雑に扱ったり、手入れを怠ったりすれば簡単に壊れてしまうはず。
(大事にされていたことが伺えるが、人間相手に何をそこまで感謝しているんだ…?)
自身の数少ないエルフに対する知識から予想すると、この像の基になった人物とエルフが接したのは、エルフと人間が条約を交わした頃なのではないだろうか。
憶測ではあるが、像が建てられるほどに人間と交流をしていた時期がエルフにあるのなら、その頃の他に心当たりがない。
(表情も謎だ。正面を向いているが、目を瞑っている。恰好も構えたりするのではなく、ただ自然に立っているだけのように見える)
そんな恰好でも、像を軽んじているわけではなく、むしろ堂々と当たり前に在るが故の雰囲気を感じる。
まるで、遥か昔からこの地に根差していて、全てを支配しているからこそ、ただ自然に立っているのかもしれない。
そんな風に、像からは謎の強かさが感じられた。
「シルド?カルスさんの場所が分かったけど…その像が気になるの?」
「ああ、これは人間の像なのか?」
それを聞いたエルは、意味深な笑みを浮かべた。
「そう見えちゃうわよね。だけど、人間じゃないのよ。だからと言って、何なのかも教えてあげれないけど」
「何故だ?」
「そういう仕来り?決まりがあるの。ほら、行こ?」
急かされたので、仕方なく足を動かした。
シルドはもう一度像の方に振り返り、あれが何なのか答えを探ったが、分かる訳がなかった。
(一体何なんだ……?)
──カルスの拠点前
再びエルに連れられ、中央部を囲っている木の近くの建物に到着した。
どうやら、この近くにグアルダイアンなる古代龍が生息する湖があるらしく、村の隅だが人通りはそこそこある。
たった今、幼い子供2人がシルド達の隣を走って行ったくらいだ。
(俺の膝元くらいの背丈でも、エルフであれば俺より年上ということになるんだろうな…)
「カルスさーん!いますかー?」
開かれている戸の向こうからエルの声が聞こえる。
どうやら、表では見つからなかったらしい。
「どなたー?」
「エルフォレストラですー」
「あら、エルちゃん?村に戻って来たの?」
木霊のようなやり取りをいくらかをした後、顔を合わせたのか声が落ち着いてきた。
「シルドー。入っておいでー?」
話がまとまったのか、呼ばれたシルドは建物の中へ足を運んだ。
入ってみると、そこには茶を飲みながらこちらを見ているエルフの女性と、茶を手に取るエルの姿があった。
カルスなのであろう女性は、髪色が薄く、他のエルフとは何かが違うように感じられた。
髪色が薄いと言っても金髪ではなく、ほとんど白と言っても良い色をしている。
「んー!いい男ねぇ」
「人間屈指の実力者だしね。ほら、これはシルドのよ」
そう言うと、エルは空いた片手で茶を差し出してきた。
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