78.AlterEgo ≒ Möbius 2
シルドはエルの実家へと足を運ぶ
荷台を押して歩くこと数分。
人通りも段々と多くなっていき、シルドに好奇の視線を向ける者も少なくない。
「人間?何で片腕が無いんだ…?」
「エルフォレストラさんの娘さんじゃない。あの子が連れてきたみたいね…」
ひそひそと話をしているが、聞こえるものは聞こえてしまう。
「ごめんねシルド。結構噂が立っちゃうかもだけど、もう少しで家だから」
「いや、もっと風当たりが強いのかと思っていたが、そうでもないんだな」
「風当たりが強いって…もしかして、何か侮辱的なことを言われるとでも思ってた?」
「ああ。お前が話していたことだが、昔は人間とエルフは仲が悪かったんだろう?」
シルドは、荷車を片手で引きながら話を続ける。
「そんなこと言った気はするけど…でも、もう千年以上は前の話だし、村の人とその話題で喋ったことすらないわよ」
「そうなのか。身構えていたんだが、拍子抜けだな」
2人はある家の前で止まり、荷車を家の近くに寄せた。
エルが玄関の戸を叩く。
そのまま数十秒から1分ほど待っていると、中から大人びた女性の声が聞こえてきた。
「は~い?」
「お母さん?私よ。外の世界の恩人を連れてきたわ」
「ええっっ!?」
家の中から聞こえていた声は突然大きくなり、外に居たエルとシルドは思わず体が跳ねる所だった。
その声が静まってから数秒後、家の中からドタバタという音が聞こえてきた。
音から察するに、それは置物を動かしているような音だった。
「…ちょっとお母さん、大丈夫?」
エルがそう言って、玄関のドアを開こうとする。
しかし、エルの手がドアに触れる直前になって、そのドアは勢いよく開かれた。
「な、なんで、何も言わずに来ちゃうのよ…」
「ごめん、急に帰ろうって思ったものだから…」
俯いたまま息を切らして出てきたそのエルフは、エルと瓜二つの女性だった。
この人がエルの母親なのだと、見ただけで直感的に分かるほど瓜二つだった。
「ど、どうも。エルの母親の、マーシャレ・アーティーです。あっ、真名言っちゃった…」
「お母さん…」
(真名…?真名が何なんだ……?)
エルは溜息を吐き、シルドは変に混乱した。
真名を名乗ることの何が悪いのかが分からず、同時に何故エルと名前が違うのかと、2つの謎で頭が一杯だった。
「…初めまして。不慣れながらエルの指導をしている、シルド・ラ・ファングネルという者です。突然の訪問になってしまったことを、お詫びさせていただきたい」
そう言うと、シルドは軽く頭を下げて、きちんとした礼節をもった挨拶をした。
「ま、まぁ……!」
「えぇ…?」
その態度にマーシャレは感心し、エルは困惑していた。
(普段は礼儀作法の欠片も見せないあのシルドが、お辞儀と敬語を使ってる…??)
エルは目の前の光景に思わず固まってしまったが、よくよく考えればシルドがこういう人間だったことを思い出した。
常識で考えれば、王族との接し方をわきまえている人間が、敬語を使えないはずがない。
今までそういった場面に遭遇しなかっただけで、本来なら礼儀作法などお茶の子さいさいなのだろう。
「え…エル?貴女、凄くイイ人を見つけたんじゃ…」
マーシャレは、照れ笑いを隠しながらそう言った。
「そうね、凄く良い人よ。というか、もう中に入っていい?」
両者の間では、良い人の意味合いが少し違うように感じられる。
エルは棒読みでそう答えると、マーシャレは思い出したかのように2人を招き入れた。
「ふぅ…ありがとね、シルド。片手で箱を持つって、相当な負担なのに」
2人はヘレナから貰った、野菜が詰められた箱を家の中へと運んでいた。
エルはすっかり忘れていたが、家の中へ入る直前にシルドが声をかけたことによって、貰った野菜のことを思い出した。
「平気だ。片手で運ぶのが難しいものは、こうして運びやすくするからな」
シルドは、少し変わったロープのような道具を持っていた。
「何それ?端にフックみたいなのが付いてるけど…ただのロープじゃなさそうね」
「上から被せるだけで荷物を固定できる、俺みたいな片腕向けの便利アイテムだ。オーダーメイドではなく、適当に入った道具店に置いてあった」
「へぇ…こういう道具、初めて見たかも」
シルドからロープを借りて、実際に箱を引っかけて遊んでいると、台所の方からマーシャレが顔を出した。
「2人ともありがとう。そしたら、エルはお茶を出すのを手伝ってくれる?シルドくんは椅子に座って休んでていいからね」
「はーい。好きな所に座ってていいから、行ってくるわね」
「あ……ああ」
他所の家へ上がっておいて、休んでていいからと接待される。
そういった経験が一切ないシルドは、どこか気まずそうでソワソワしているように見えた。
「それじゃあ、とりあえずお湯を沸かせばいい?」
「ええ、お願い。カボチャのスープも作ろうと思うから、お鍋もお願いね」
「は~い」
カボチャを切っているマーシャレに、エルは腑抜けた声で応える。
それでも流石は実家と言ったところか、エルは慣れた手つきで容器や茶葉を取り出し、鍋を火にかけるまでわずか数十秒で済ませてしまった。
「メッセンジャーでやり取りはしていたけど、外の世界はどうだったの?何か面白いことはあった?」
「たくさんあったよ。面白いことはもちろんだし、ヒヤッとするようなこともあったね」
「なによ。例えば?」
「魔獣と初めて戦った時とか、シルドが元々軍隊所属の人だったから、それ周りのことでごたごたになったりとか」
それを聞いたマーシャレは、思わず手が止まってしまった。
「え。シルドくん、そういう人だったの…?」
「そうよ?あれ、メッセンジャーで言っていなかったっけ?」
「聞いてないわよ!ただ剣の師匠ができた、としか言っていなかったじゃない」
「そうだっけ?でも、現役ってわけじゃないし、国家間の問題になる人物ってわけでもないから、安心していいと思うけど…」
そう言いながら、茶葉を袋に詰め始めた。
一方でシルドは、メッセンジャーの確認をしていた。
(最近は拠点の移動続きだったから、全く確認していなかったな)
そのまま確認すると、想像以上に多くのメッセンジャーが届いており、目を端から端へと動かすほどの数が届いていた。
そうして目を動かしていた中で、一際重要なメッセンジャーを見つけた。
一つがフェアニミタスタ軍のもので、もう一つはベルニーラッジ軍のものが届いていた。
(ツナジリヤのことか…?)
送り主が軍のため、ほんの少しだけ緊張を感じながらメッセンジャーを再生した。
『こちらはフェアニミタスタ軍近衛兵の、ロズテッサ・リヴァインです。魔王軍四天王との交戦があったとのことでお伺いしました』
(ロズテッサか。少し前まで顔を合わせていたはずだが、やけに懐かしく感じるな)
『既にベルニーラッジ軍が動いているとは思いますが、戦闘発生地域の周辺国として、交戦結果の詳細をお教えいただきたくメッセンジャーを送りました。よろしくお願いいたします』
ロズテッサもとい、フェアニミタスタ軍からのメッセンジャーはそこで途切れた。
そのまま、ベルニーラッジ軍からのメッセンジャーを再生した。
『えー…こちらは、ベルニーラッジ軍精鋭部隊教官を務める、マーク・ヘイヤーズです』
「!」
メッセンジャーから拙い調子で名前が聞こえた瞬間、シルドは驚きを顔に表した。
『久しぶりだな、シルド。ちょっと聞いたけど、ここ最近色々と大変だったそうだな』
(な、何故マークが…)
マーク・ヘイヤーズなる者は、自分でも名乗っていた通り、ただの教官であり、近衛兵のような軍上層部と呼ばれる立場ではない。
だというのに、何故ベルニーラッジ軍のメッセンジャーを使って連絡をしてきたのか、そこに困惑していた。
『お前は引退して、俺は精鋭部隊から教官になんかなっててよ、何が起こるか分かんねぇもんだな』
『久しぶりの連絡なのに残念だが、昔話はあまりできない。こうして連絡したのは、魔王軍四天王と交戦したことについて聞きたかったからだ。報告は軍にいた時と同じようにしてくれよ?』
(何が起こるか分からない…本当に、その通りだな。俺が再び魔王の討伐に参戦すると知ったら、マークはどんな反応をするのだろうか…?)
お調子者の声を聞きつつ、近い将来の事に想像を膨らませる。
『そうだ、ツナジリヤのことについても話がある』
『国際指名手配は既に公表済みだが、目撃に関する情報はまだ一つも報告されていない。もしツナジリヤが外で活動しているなら、変装して活動している可能性が高いだろう』
ツナジリヤの話題になってから、シルドは真剣な表情で何かを考えているようだった。
『それに、変装だけならまだいいんだが、ツナジリヤの魔力の追跡も途絶えてしまっている。フェアニミタスタ軍から書類のことも聞いていると思うが、お陰で捜査は困難だ』
『ツナジリヤの捜査はこのまま行くと、十年近くの長い捜査の果てにようやく見つかるか、全く見つからずにお蔵入りかの二択だ』
『どっちにせよ、一度狙われた以上、お前は狙われているということを頭の隅に入れておいた方が良い。あまり力になれなくて悪いな』
『こっちからできる報告は以上だ。それじゃ、報告待ってるぜ』
ベルニーラッジ軍からのメッセンジャーは、そこで途切れた。
他に重要そうなメッセンジャーが無いか確認するも、残りは自身の身を案じてくれている人からのものだった。
(ツナジリヤ……)
なんとなくそうなんじゃないかと思っていたが、まさか本当に手がかりが尽きるとは。
彼の目論見も分からず、何故自分と敵対関係になってしまったのか、シルドはずっと心のどこかで引っかかっていた。
しかし、士官学校以来の旧友である、マークの安否が確認できたのは良いことだった。
「シルドー、お待たせー」
エルとマーシャレがいる方から、声と共にエルが現れた。
どうやら、お茶を持ってきてくれたようだ。
「あれ、凄い量のメッセンジャー。やっぱり皆、シルドのことを心配している人が多いのね」
「ああ。引退した者の身を、これだけの人が気にかけてくれていると思うと、有難いとしか言えないな」
そうして、エルが持ってきてくれた茶を、少しだけ嗜むのだった。
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