77.AlterEgo ≒ Möbius 1
半信半疑のまま、シルドは遂にエルフの村へと足を踏み入れる。
午前中の気温がほど良い時間帯。
シルド、エル、エラの3人は、京村を出てすぐの道路に居た。
「それじゃあ、私達はほんの少しだけ村に戻るけど、貴女は?」
「私は、元から行く予定だった巡礼の地に行く。ちょっとだけ離れてるけど、他に用は無いから夕方になる前には戻ってこれると思う」
「了解。私達は多分、お昼をちょっと過ぎた頃には帰ってくるかな…?」
「それと、大丈夫だとは思うけど、危険だと思ったらすぐに逃げること。貴女だけ単独行動になるからね」
「分かってる」
そう言うと、エラは待機させていた馬に乗り、その場から去って行った。
「さて、私達も行きましょうか」
「…俺達は何も用意していないが、一体どこに向かうつもりなんだ?」
シルドは、エルが以前言っていた”森林があれば村へ戻れる”、という言葉を疑っていた。
「とりあえず、良い感じに木が生えている所かしらね。木と葉っぱで先が見えなくなるくらいが良いんだけど…」
そう言いながら、エルは辺りを見渡した。
「その…どういう原理なんだ?森林があれば村に戻れるというのは。転移魔法なのか?」
「それなんだけど、私達エルフでも分からないのよね。もしかしたら、エルフ種の中でも一番偉い人なら知っているのかもしれないけど…」
「転移魔法に近いとは思うけど、転移する私達は魔力を消費しないの。適当な森林から入っても村に着くから、ただの魔法じゃないことは確かよ」
「魔法だということすら言い切れないのか…」
シルドはますます疑いが強くなり、それと同時に不安も募ることになった。
「丁度良さそうな森林は私が見て探すから、歩きながら何か適当に話しましょうよ」
「別にいいが…」
「じゃあ、あのサキュバスと戦っていた時にシルドが使っていた、あの…火属性の球体に包まれるアレ。どうやって編み出したの?」
「ニヴェルカナトスか。あれは、俺の戦闘経験を基にして、レイネと一緒に作ったものだ。実は、まだ指で数えられる程度しか使ったことがない」
「えっ、何で?かなり万能そうに見えたけど」
「自分が持っている技の中で、最も精神力の消費量が高いんだ。それに、炎のシールドを生成する時には魔力も使う」
「一番の問題は、あれを発動している間は、全ての動作において精神力が消費される。その分強化もされるが、然るべき代償というやつだな」
「切り札って言ってたくらいだし、そういう所も切り札らしいわね」
「ほとんど使っていないのも、切り札だからこそだ。いつ誰がどこで自分の姿を見ているのか分からない。相手に予測をさせないためにも行使を控えていた」
「そこまでなんだ…ちなみにだけど、切り札ってあと幾つあるの?」
「3つだ。だが、その3つはまだ実戦で使ったことは無い。軍を抜けた後に作った技だからな」
「どういう技なの?」
すかさずそう聞いてきたエルに対し、シルドは思わず吹き出すように笑みを洩らした。
それに思わず、エルはシルドの方に振り返る。
「言うわけがないだろう。切り札だと言ったばかりだと言うのに、今までの会話は一体何だったんだ…?」
その純粋な笑顔は、シルドにとっては魔王討伐部隊に居た頃振りで、エルにとっては初めての出来事だった。
別に特別なことでもないただの笑顔だというのに、初めて見るということがあってか、見ているこちらが少し照れくさくなってしまう。
「い…良い笑顔じゃない」
間が空いてから出てきた言葉は、それだけだった。
「そうだろうな。こんな笑い方をしたのは、いつ振りかも覚えていないからな」
(余裕のある笑みじゃないのが、ほんっっっとーに刺さるわ…!)
友人とのやり取りの中で不意に生まれたような、極めて年相応で純粋な笑顔。
これは、子供だからこそできる笑顔なのかもしれない。
必死に照れを隠し、エルは正面に向き直った。
「……あ。良い感じの所が見えたかも」
そのまま2人は、良い感じらしき所に足を運ぶ。
「本当にただの草木の間…ただの整地されていない場所じゃないか?」
「それが良いのよ。先の方が見えなくなってるし、一応条件は満たしてると思うけど…」
エルは草木の間に少し足を踏み入れ、木々の続く先を確認する。
「…うん、多分行けるはずよ。準備はいい?」
「ああ…」
自分にとってはただの草木の間にしか見えない場所だが、エルの表情を見るとそれが間違っているように感じる。
その態度に負けてか、返事がどこか腑抜けたようなものになってしまった。
「村に行くためのコツ…と言うほどじゃないと思うけど、先ずは落ち着いて足を進めることね」
「はぐれたら困るし、手を繋いで行きましょ。人間と一緒に村に戻ったことはないし、保険として一応ね」
シルドは差し出された手を握り、そのまま連れられるように歩き出した。
足元に生えている、草を踏む音だけが辺りに響く。
陽の光が木々の葉っぱに遮られ、徐々に森林特有の落ち着いた雰囲気が
「聞いていなかったが、エルフの村っていうのはどういう所なんだ?」
「特筆して言う所がないわね…人間の村とほぼ変わらないと思うけど、大きな家が無いとか?」
「大きな家が無い?それはどういう…」
「ほら、建築ってどうしても木に頼ることが多いじゃない?エルフは木を大切にしている種族でもあるから、複数階建ての建物は村で見たことないかも」
「…それだけか?」
そう言うと、エルは首を捻らせて考えはじめた。
「…本当にそれだけということだな」
「うーん…まぁ本当に、他は思い浮かばないわね。でもほら、もうすぐ村が見えてくるはずよ」
そう言われて正面を向くと、遠くの方から光が見えているのが分かった。
エルの言う通り、この先に村があるとすれば、あの光は木々が少なくなっているからこそ見えるものだ。
「本当に存在するのか…?」
シルドは今になって、ほんの少しだけ緊張してきた。
向こうに居るのは人間ではなく、エルフという生命からして完全に別の種族だからだ。
それに、村にはエルフしか居ない。村に立ち入ってしまえば、シルドはエルフの村に居る唯一の人間ということになる。
(エルは村と言っているが、エルフしか居ないのなら国と言っても正解なんじゃないか?)
そう思っていると、遠くに見えていた光は、いつの間にか目の前まで迫っていた。
「ほら、着いちゃうわよ~」
エルは歩く速度を速めた。
手を繋いでいるため、シルドも同じように速くなる。
そして、エルは何の躊躇もなく、シルドより先に草木から抜け出した。
「ただいまっ、我が故郷!」
「っ!」
木々の間の暗さに目が慣れていたシルドは、再び太陽の下へ出ると同時に、陽の光が眩しく感じた。
ゆっくりと目を開けてみると、そこはもう村の中だった。
「ここが、エルの故郷…」
「名も無い村だけど、のどかで良い場所なのよ」
建物は主に石材が使われていて、外でも見る建築技術を使っているようだった。
エルの言う通り、木造的な部分はあまり見つからない。
森の中に住む種族と言うくらいなので、もっと原始的な生活をしているものだと思っていた。
「あら、エルちゃん?」
草木を抜けた所から村を眺めていると、女性の村人が話しかけてきた。
当然だが、エルフ種である。
そして意外なことに、この女性は標準語を使っていた。
それはつまり、シルドにも言葉が分かるということだ。
「ヘレナさん!久しぶりー」
「外の世界に行ったきりね。それで…隣の方は?人間よね?」
「この人は、私が外の世界でお世話になってる人。シルドって言う名前で、外の世界だとかなり凄い人なの」
それを聞くと、ヘレナはシルドを見つめた。
向けられたその眼は、好奇の視線と呼ぶに相応しかった。
「…急に訪れてしまって申し訳ない。エルの師匠を務めている、シルド・ラ・ファングネルと言う者だ」
「俺の人間としての立場は気にせず、好きなように呼んでくれて構わない」
(確か以前、エルフ種は礼儀を大事にするとエルが言っていたし、接し方には気を使うべきか…)
シルドにしては珍しく、謙虚な姿勢での挨拶を繰り出した。
エルは驚くまではないものの、言葉を選んでいるシルドを珍しく思っていた。
「あら、丁寧にありがとう。貴方は貫禄が凄いけれど、年齢はお幾つなのかしら?」
「17だが、あと数か月もすれば年を重ねる」
「そう。17で、こんなにも……」
ヘレナは一瞬だけシルドの左側を見ると、何かに気づいたように、しかし2人には気づかれないように言葉を飲み込んだ。
何を言いかけたのかは知らないが、口に出た言葉を途中で区切るということは、それ相応に何かしらの不都合があったのだろう。
「そうだ!エルちゃん、もう家には帰ったの?」
「いいえ、これからシルドを連れて向かう所だったの」
「なら良かった。せっかくだから、ウチに寄って行きなさい。貴方のお母さんに野菜を持って行ってあげて?」
野菜という言葉を聞いた瞬間、エルは目を輝かせはじめた。
「野菜?カボチャもある!?」
「ふふっ。貴女は本当に、ウチのカボチャが好きね」
「だって、一番甘くて美味しいんだもん!早く頂戴!」
子供のようにはしゃぐエルと、大人らしい落ち着きを持ったヘレナの後に、シルドも続いた。
──数分後
道を歩いて数分、3人はごく普通の家と、その後ろに広大な畑が広がっている場所に到着した。
「そしたら、シルドくんはここで待っててもらえる?すぐに持ってきちゃうから」
「分かった」
すると、ヘレナはドアを開けたままにして、家の中へと入っていった。
(シルドがくん付けされてる……ちょっとだけ面白いかも)
今まで聞いたことのなかったシルドくんという言葉に、エルは内心で面白がっていた。
それに対して、シルドが特に抵抗したりしないという点も、面白さに拍車を掛けている。
「エルちゃーん?この野菜、ちょっと持っていってー!」
「は、はーい!」
エルは、不意に呼ばれたことによる驚きを隠しながら、家の中へと入っていった。
(ヘレナさんの家に入るなんて、いつ振りだろう…この村を出る前とかじゃなくて、今よりもっと身長が低かった頃だったかしら?)
懐かしい家の中を眺めながら、畑に繋がる裏口の方へと歩いていく。
「よい…っしょっと」
裏口を出てすぐの所に、ヘレナは野菜を箱に移していた。
「あれ?いつものバスケットじゃないの?」
「今回はかなりの豊作でね。売り物にならない物も含めると、村を丸ごと賄える量はあるのよ」
「それに、今回は男の子も居るからね。あの体つきから見るに、かなり食べるんでしょう?」
「大食らいってわけじゃないけど、確かに沢山食べるかもね~」
「それじゃあ、パイでもスープでも何でも作れるように、カボチャは沢山入れておくわね」
そう言うと、更にゴトゴトと音を立ててカボチャを入れていった。
2箱分の野菜を詰め終わった後、ヘレナは何かを考えているような表情でエルに話しかける。
「…エルちゃんはもう知ってると思うけど、多分あの子、目に見えている以上の何かを隠している…わよね?」
それを聞いたエルは、ヘレナの洞察力に驚くと同時に、”そりゃそうか”とも思っていた。
「うん。でも、悪いものじゃないと思う」
「そうね。何かに迷っているわけじゃなさそうだけど、ただ一点だけを見詰めているように感じるわ。あの子を見ていると、何だかソワソワするの」
(一点だけを見詰めている、か…)
少し前と比べれば、それは上々と言っていい状態だろう。
「──はい、荷台は村を出る時に返してくれればいいからね!」
「ありがとうヘレナさん。逆に、私の家の方から必要なものとかはある?」
「特に無いわ。それよりも…」
「…?」
ヘレナはシルドに近づくと、そのままシルドを優しく抱きしめた。
唐突かつ謎の挙動に、シルドは困惑してしまった。
エルも内心で驚いてはいたが、ヘレナが何をしたいのかは何となく察していた。
「な、何を…」
「17歳でこんな色男になるなんて、貴方は頑張っているという証拠よ。もう少し肩の力を抜いてリラックスすれば、もっとカッコよくなると思うわ」
「???」
シルドは訳が分からなかったものの、されるがままは失礼だと思い、返事としてヘレナの肩に軽く手を添えた。
「それじゃあ、もう行きなさい。シルドくんは、ちゃんとエルちゃんのお母さんに挨拶するのよ?」
「…分かった」
ヘレナはシルドが左肩に掛けている布のシワを直すと、そのまま優しく背中を押した。
そうして、2人はヘレナに後姿を見送られながら、エルの実家へと向かうのだった。
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