75.巡礼の旅
礼装のダークエルフ
その秘密が少しだけ明かされる
「独特な名前ね。発音し辛いし、パッと言われたら覚えられない気がするわ」
「あえてそうしている。覚えられない方が、都合は良い」
「カルィエラトラーレ、カルィエラトラーレ…」
エルは確認するように何度か呟き、何かを考え始めた。
「私はエルって呼ばれてるから、貴方はエラって呼ぶのはどう?ちなみに、私の名前はシャーレティー・エルフォレストラ」
2人のやり取りを隣で眺めているだけのシルドは、エルフ語で訛ったシャーレティー・エルフォレストラという言葉だけは聞き取れた。
「何でも良いわ。好きなように呼んで」
「それと、この人はシルド・ラ・ファングネルね」
自分の名前を言われたシルドは、何を言われているのか知らないまま真剣な面持ちに変わった。
エラは、自分より少しだけ背丈の高いシルドを、上目遣いで見上げる。
「人間の間だと有名人だけど、そこら辺は気にしないで大丈夫よ。私も普通に接してるから」
「………」
少しの静かな時間が流れると、エラが拙い言葉で口を開いた。
「よ、よろしく……」
お世辞にも上手とは言えない標準語で、シルドに握手を求めた。
シルドもエルも驚いたが、エルは同族としてちゃんと伝わっているのかどうか、驚きと共に不安も感じていた。
「…よろしく」
シルドも標準語で返し、両者はしっかりと握手を交わした。
そして、場所も場所なので、エラを連れて京村に戻ることにした。
その帰りの道中で、色々と質問をしてみる。
「巡礼の旅って、どんなことをしているの?」
「色々な所に、自分の足で向かう。詳しくは教えられない」
「自分の足で向かうって、馬とかにも乗れないってこと?」
「そう。意図的に自分以外の生命を持ち込むことは禁止。喋ったらダメ」
「絵に描いたような儀式って感じね。興味深いわ、ダークエルフにはそういう慣習があるのね」
(……俺もエルフ語の勉強をした方が良いだろうか。エルは確か、東乃国語と似ていると言っていたな…)
エルが積極的にコミュニケーションを取っているのは分かるが、相変わらずシルドは会話に混ざれず気まずい雰囲気になっていた。
「…エル。この人は、何で片腕が失くなっても戦っているの?」
エラは、少し声を抑えて聞いた。
「誰かから戦うことを強制されているとか?」
「いや、そんなことじゃないわ。自分の意思で今も戦おうとしているのよ」
「でも、ちょっとおかしくない?腕を切り落とされても戦いたいと言う人なんて、居るとは思えないんだもの」
エルはゆっくりとシルドの方を見ると、意味深な笑みを浮かべた。
「何で今も戦い続けているの、だってさ」
「何で、とは?」
「片腕を切り落とされても戦いたいと言う者なんて、貴方くらいだって」
「……そうか…」
シルドは、少し悩ましそうだった。
「言われてみれば、戦いにはほぼ反射的に戻った気がする。確かに、何故戻ったのかが説明できない」
その悩ましそうな姿とは対照的に、エルは見透かしたような顔をしていた。
「いいえ?もっと直感的なことだと思うけど?」
「…!……」
シルドは、エルのその言葉が自分の本性を知ったからなのか、それとも心を覗いているからなのか、困惑した。
しかし、自らが蓋をした考えを指摘されたことには違いなかった。
「…まぁ、友人が居たからかもな」
それを聞いたエルはくすっと笑い、そのままエラに伝えた。
「そう…戦友としての関係だけじゃない、とても大切な友人が居たのね」
──少し道を進んで
「船で鯨の魔獣を止めた時から思っていたが、エラの剣技はどこから来たものなんだ?」
エルの翻訳を通して話すと、エルにもエラにも話ができることが分かったシルドは、エルと同等に積極的なコミュニケーションを取り始めた。
「──自力で覚えた。あなたみたいな、師匠と呼ぶべき人はいない」
「自力だって。それでも戦闘で通用するってことは、やっぱり才能があるってことなのかしら…?」
「ああ、魔獣相手に全裸で挑むようなものだ。それで戦闘ができるのなら、才能に恵まれているということで間違い無いだろう」
興味深そうにエラを眺めていると、エルが思い出したかのように口を開いた。
「そういえば聞いてなかったんだけど、貴女って年齢は幾つ?多分、私より上よね?」
「いいえ、100歳よ」
「えっ?」
エルは思わず、声を出して驚いてしまった。
「どうした…?」
「…こ、この人、私より年下だって…」
「……?」
白く長い髪に、艶のある黒い肌。
冷静で常に表情を崩さないことから、どこかエルとは違うことを感じさせるような、所謂大人の余裕を持ち合わせているように見える。
少なくとも、エルにとってはそう見えていた。
シルドにとっては、エルフという種族だけで自分より年上で当たり前と認知しているので、そもそも歳を気にしていなかった。
「100歳って、人間で言う10歳よ!?でも、外見だけ見たら明らかに私より年上なんだけど…」
「人間の10歳はまだ親元に居る印象だが、エルフは違うのか?」
「何も違わないわ。まだ森の中でぬくぬく育ってるはずだけど、ダークエルフは違うのかしら…?」
気になったエルは、そのままエラに質問する。
「…この剣に選ばれたから」
エラは、少しだけ寂し気な表情をしながら、腰に提げている剣を眺める。
「それも巡礼の旅と関わりがあることなの?」
「巡礼の旅は、この剣に選ばれる所から始まる。……どこまで話していいのか分からない」
エラは戸惑いながらも、慎重に話し始めた。
「この剣は、私達の先祖が崇めている神から授かった物。使わない時は、森の奥深くに封印されている」
「封印されている?神聖な物だから、っていうこと?」
「それもそうだけど、安易に触ると良くないこともある。例えば───」
そう言うと、エラは鞘から剣を抜き、もう一方の鞘に納めた。
そのもう一方の鞘とは、剣を納めると剣身が完全に見えなくなる、真っ当な鞘だった。
剣が完全に収まり、カチンという金属音が辺りに響いた。
2人はその動作を瞬きせずに見ていたが、金属音と共にエラは姿を変えた。
「え」
「???」
「…こんな風に、体にどんな変化が起こるか分からないの。それに、変化が起きる人と起きない人がいる」
エルは当然驚いたが、シルドですら顔に出るほど明確に驚いた。
鞘を納めたエラの姿は、本当に子供のようになっていたからだ。
それこそ、人間で言う10歳の外見をしていた。
「どっ…どっちが本当の姿なの?」
「こっち」
そう言われて、再度全身を眺めた。
シルドから見ても10歳の子供にしか見えず、とても提げている剣を満足に扱えるようには見えない。
「いやいやいや。何でこんなに小さな子を巡礼の旅に…」
「村もそれで少しだけ騒がしくなった。私を本当に旅に出すのかどうか、剣に選ばれてから数週間は話し合いが続いていた」
「でも結局、貴女はこうして巡礼の旅に出た……嫌じゃなかったの?」
「家族と離れるのはちょっと寂しいけど、これはダークエルフとしてやらなきゃいけないことだし、私が行かないと皆が困る」
そう言い終わると、エラは再び剣を鞘から抜き、もう一方の剣身が露出するように作られた鞘に剣を納めた。
エラの容姿は、剣を抜いた瞬間から大人びた姿に変わっていた。
(瞬きをしていないのに、変身する瞬間が全く見えない…やっぱり、変身後は200歳くらいの姿に見える)
「村の外に出ることにはなったけど、嫌なことばかりじゃなかった。外の世界には興味があったし、あなたみたいな別のエルフとも、人間の有名人とも会えた」
「楽しいことは、たくさんある」
エルは不思議だった。
親というわけでもないのに、子供を2人抱えている状況になっていたからだ。
「そういえば、その剣を使って鯨の魔獣化を解除していたが、それもその剣の特性なのか?」
ふとシルドが質問する。
その言葉に賛同したエルは、即座に訳してエラに伝えた。
「私も詳しくは分からないけど、長はこの剣を”悪と見なしたものに対して使いなさい”って言ってた」
「そ、それだけ?」
「ええ。たまたま魔獣と遭遇した時に剣を使ったら、一定の魔獣に対して効果があった。それ以外はあまり知らない」
(あまり知らないっていうのは、多分エラが子供だから深く掘り下げて説明しなかった、っていうことなのかしら…?)
剣の出自も、ダークエルフの先祖が神から授かったと言っているが、そこも気になる所だ。
もしそれが本当なのであれば、魔獣化を解除するという効果だけではなく、悪と見なしたものに対して使うという定義から、もっと広範囲に使うことができるのではないか。
(…まぁ言っちゃうと、単なる儀式の道具とも言えそうなのよね。魔獣化が解けたり、人の容姿を変化させるのは凄いと思うけど、やろうと思えば近代の魔法で再現できちゃうんじゃないかしら…)
エルがそう疑っている間に、エラはシルドの背中に提げられている剣の柄を見ていた。
特に、明確にボロボロになっている方に目を向けていた。
「その剣は壊れているの?」
「…ん?これか?」
自分の背中に指を差されていたシルドは、手探りをしながら柄に手をかけた。
「その剣は壊れているの?だって」
「……使い物にはならないな」
そう言うと、シルドは剣を抜いて見せた。
パッと見て分かるほど酷い刃こぼれに、黒い焦げ痕のようなものまでできている。
何故折れていないのか不思議に思えるほど、かなり歪な形になってしまっていた。
「酷いわね…私があなた達と会う前の、魔獣と戦っている時にこうなったの?」
「概ねはそうだ」
(本当は、あのサキュバスをボコボコにしたからだけどね……)
エルは、内心でそう呟くのだった。
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