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73. ????? vs King Alstroemeria

右も左も、前も後ろも、上も下も分からず。

子に必要なのは、親である。

それ以外は、形だけになり兼ねない。


エルは踏み込んだ勢いのまま、剣を横に振った。


シルドは、軽いステップで攻撃を避けつつ、後方に下がる。


「マグネッタ」


「!」


再びその言葉を聞いた瞬間、シルドは腕を強く振ってガントレットを外した。


すると、散り散りになったガントレットのパーツは、全てが地面に突き刺さっていた。


そんな風に状況を整理していると、いつの間にかエルとシルドの距離は縮まっていた。


「バウンストーン」


そして、弓を構えていたエルは、シルドの背後に向かって4本の矢を放ちつつ、迫ってきた。


その勢いのまま、剣に持ち替える。


「ラッシュ・アウト」


後方に下がれなくなったシルドは、剣を抜いて応戦する。


応戦するとは言っても、シルドから攻撃を仕掛ける様子はなく、防戦一方だった。


エルの七連撃を回避と防御で乗り切ると、そのまま背を向けて完全に逃げる体勢を作った。


「四面楚歌」


「ぐっ!?」


シルドはより速く逃げようと地面を強く踏み込むと、目の前に壁のようなものが生成され、走っていた勢いのままに反発された。


辺りを見回すと、それはただの壁ではなく、各方面から囲うように壁が生成されていた。


前後左右はもちろん、空ですら壁で阻まれている。


「覚えたての魔法だけど、貴方じゃ破れないわよ──ッ!」


エルはそう言いながら、剣を振った。


体重の乗った一振りだったため、満足に動けない今の状況では、いなすことが命取りになりかねない。


シルドは止む無く、正面からエルの剣を受け止めた。


「エル、頼む。止めてくれ…!」


「貴方が先に我が儘を言ったのよ!私もそうしているだけッ!!」


互いの剣をぶつけ合いながら、言葉を交わす。


エルが迷いの無い表情なのに対して、シルドは顔にも、剣にも迷いが感じられた。


エルをどう扱えばいいのか分からず、おぼつかない防御が目立っている。


(…でも、私も私だわ。隠しているから見なかったとはいえ、今まで私が見ていたシルドは、素顔じゃなくて仮面を着けていたんだから)


あえて見なかったという心の奥底には、その人にとって人生最大と言える思い出や、思考そのものが内包されている。


しかし、シルドの心の奥底には思い出などは一切無く、代わりに思考だけがぽつりと示されていた。


感情とは違い、思考は1つの言葉として表現することが難しい。


(言うなれば、大人の皮を被った子供。何も知らないまま、社会への適応を果たしてしまった、悲しい孤児の結末)


難しかったとしても、シルドの思考を言葉で表すと、そのどれもが幼稚と復讐を含んでいた。


その勇姿からは想像もつかないほど、あまりにも単純すぎる思考をしている。


それこそ、子供の考えのようだった。


少なくとも、年齢に見合った考え方ではない。


「仲間を失ったことに対して、今更そんな風に怒ること自体が傲慢なのよ!」


「自分なら、助けられたとでも言うつもり!?その場に居たわけでもないのに!」


「っ……!」


互いの剣がぶつかる音の合間に、容赦のない言葉が掛けられる。


シルドは、あの手この手で攻撃をかわしながらも、苦しそうな顔をしていた。


限られた空間の中で、ひたすら防御だけに徹するシルドは、この状況をどうすれば良いのか全く分からなかった。


「プライオット・シード」


エルの空いている左手に、金色の丸い盾のような物が形成される。


そして、盾を持ったエルの左手は、シルドに向かって突き出された。


「!」


シルドは剣で防御したものの、盾からは金色の火花が散り、予想以上の強い力によって押し飛ばされた。


何度か転がりながら、受け身と共に上体を起こす。


エルはそのまま、右手に持っていた剣をしまった。


「プライオット・エンハンサー」


剣をしまったはずだが、その右手には金色の剣が握られていた。


気の所為か、黄金の剣と盾を手にしたエルからは、発せられる雰囲気が変わったようだった。


どこからか、花の香りも感じられる。


「………」


シルドも、エルの姿に違和感を覚えていた。


しかし、それに気付いたからと言って、自分が何をすればいいのかは、未だに分からないままだった。


先ほどと同じように、シルドは防御に徹するしかなかった。


防御と言っても、逃げる場所が制限されているためまともに回避はできず、剣でエルの攻撃を受け止めれば、毎度壁際に飛ばされてしまう。


不思議なことに、シルドが圧倒されるという、本来なら有り得ない光景がそこに広がっていたのだ。


エルは、金色の剣と盾を当てるだけでも効果的であるため、力感は一切なく、涼しい顔で戦っていた。


剣と盾を入れ替えするだけで、簡単にシルドが吹き飛んでいく。


(シルドの根幹は、孤児だった頃から何も変わっていない。本当はベッシーさんの復讐を渇望しているのに、その襲撃犯はベルニーラッジの公的機関によって処刑されている…)


故に、行き場のない願望はシルドの根幹に強く影響し、今現在のシルドを構築する一つの要素となってしまった。


これまでのとぼけたように常識をあまり知らないのも、美味しい料理が好きという年齢や立場の割には単純な唯一の趣味も、全てはシルドが孤児だった頃から変わっていない。


それはつまり、未だに子供のままだということに変わりない。


エルに反撃されてから逃げようとしていたのも、ある意味ではエルという名の真実から逃げようとしていたのかもしれない。


「………っ」


名前もない攻撃で吹き飛ばされ、いつの間にか気力も失せてきた。


上体を起こしても、もはやエルの姿を見ようともしない。


何を言うこともなく、ただ荒く呼吸をするシルドの姿からは、エルが憧れていた頃の面影はなかった。


その姿は、世界最強でも、元勇者パーティーの火力役などでもなく、目的を失い露頭に迷うただの人間にしか見えなかった。


「………」


土塗れでみすぼらしい姿のシルドに、エルは無言で近寄る。


シルドの頬には、掠り傷があった。


「…これが貴方よ」


シルドを見下ろすエルは、勝者と呼ぶに相応しい雰囲気を漂わせている。


「……お前には、永遠に分からない」


これだけボロボロにされていながら、俯いたままのシルドの口から出た言葉は、振り出しに戻ることだった。


減らず口を叩かれたエルだが、特に変化を見せることはなく、落ち着いている。


(それはそうとしか言えないわ。だって、私が幼少の頃は、父も母も居たんだもの。初めからどちらも居なかったシルドのことなんて、全てを汲み取ってあげることはできない…)


(ベッシーさんが親代わりだったけど、その親代わりでさえ目の前で失ったのが事実。シルドの心は、きっとそこで止まってしまったのね)


(…残念だけど、シルドの望みは絶対に叶わない。もしそれを叶えてしまえば、シルドはヒトではなくなってしまう)


少しの間を置き、エルは深呼吸をした。


「貴方の事情はどうでも良いのよ。そんなことより、亡くなった貴方の仲間は、何を考えて命を託したのかが重要よ」


「何で、あんなサキュバスと戦って死んだのか、貴方も少しは考えたでしょう?」


発言を諭すも、シルドは俯いたまま、何も話さなかった。


「嫌々とか、仕方なしで戦ったと思う?そんな平凡な意思で戦ったとでも思うのかしら?」


「私はそうは思わないわ。でなければ、あんな最低最悪の魔法に逆らえるはずがないもの」


シルドは俯いたまま、何も話さなかった。


「彼らは死んでしまったけど、死ぬつもりは一切なかった。自棄になったわけでもない」


「自分達が戦うことで、仲間を助けるつもりで戦ったのよ」


シルドは俯いたまま、何も話さなかった。


「………」


しばらく時間を空けても、シルドは何も話さなかった。


それに痺れを切らしたエルは、シルドの胸倉を掴み、無理矢理上体を起こさせた。


「答えなさい、シルド。分かるはずよ」


「…っ……」


そうまでしても、エルの顔を見ようとはしなかった。


「自分で勝てなかったとしても、仲間達なら勝ってくれるという意思で戦ったのよ!」


「その仲間達なのであれば、無謀に戦争に戻るだなんて言わないはずよ!!」


エルは、掴んだ胸倉を揺さぶりながら、声を荒げた。


「わ…分かるわけがない…あいつらは、もう死んだんだ!」


「無駄死にをしたわけじゃない!貴方がもう一度立ち上がることに託したの!!」


「く…っ……!」


シルドは悔しそうにするも、それ以上は言葉が出てこなかった。


そんなシルドを見て、エルは掴んでいた手を離した。


「…死んだ者は…戻ってこないんだ……」


シルドは、独り言のように呟いた。


例え独り言だったとしても、エルはそれを聞き逃さなかった。


「…クラブスクラブ」


エルは両拳に魔法を纏うと、重心を乗せたワンツーをシルドの顔面に叩き込んだ。


それを食らったシルドは、地面に手を突き、唾を吐いた。


内頬を切ったのか、吐き出されたそれは唾というより、血液だった。


体力はまだ9割も残っているのに、これ以上無いほどに痛い攻撃だった。


そして、無意識かつ瞬間的に、ベッシーのことを思い出す。


(……あの時の優しい笑顔は…)


もう戻ってこない。


復讐を望んでいても、何をどう願おうが、覆しようがない。


俺が士官学校に入ることを決めた時、近衛兵の人が言ってくれたことも、結局は綺麗事でしかないんだ。


ずっと心のどこかで、ベッシーの存在が引っかかっていた。


それでも、俺は割り切れた振りをしていた。


そうしなければならないと感じたから。


エルの言う通り、今更そんなことを蒸し返すのは、仲間達に対して無責任だ。


でも、それを忘れてしまうとなれば、自分がどこに進めば良いのか分からなくなってしまう。


軍に入ることを決めてから、今までの全てを否定することになるのだから。


俺は何のために努力して、8年もの歳月を費やしたのだろう。


幾ら力を付けたとしても、ベッシーが生き返ることはないし、仲間が死んでいくのも防げない。


もう、何を目指せば良いのか、何も分からない。


「少しは伝わったかと思ったんだけど、どうやら違うみたいね」


「………」


「いいわ。それなら、もう少し踏み込んだ勝負に付き合ってもらおうかしら」


シルドは俯いたままだったが、エルから今までで一番の魔力量が感じ取れた。


無気力無防備で居る誰かにとっては、負傷は免れないほどの魔力量だ。


「貴方が終焉を齎す炎を持つのなら、私もそれ相応のものを見せましょう」


すると、両者の居る空間が、他とは明らかに違う空気を放ち始める。


膨大な魔力量はエルの周囲に分散し、大規模な魔法であることは間違いない。


「………」


それでも、シルドは俯いていた。


何もしなければ負傷、当たり所によっては更に深刻になる規模なのに、それでも気にしていないようだった。


(…もう、ここで終わるのも……)


良いと思ってしまう。


自分が何をするべきなのか、ずっと有耶無耶なままそれらしくやってきて、結局それは間違いだった。


唯一の生きる理由になっていた道しるべが、一気に閉ざされてしまった。


模索するのも、それを追うのも、この17年で沢山だった。


だから、目の前に集まる膨大な魔力に身を任せて、目を閉じよう。


「アポカリプス────っ!」


そうして、魔力を放とうとした時。


俯いているシルドから、地面に向かってこぼれ落ちる光の粒を、エルは見逃さなかった。


今にも爆発させようとしていた魔力を止め、周囲に分散することで元に戻した。


「…もう、心を盗み見するのは嫌よ。貴方の口から教えて」


地面に手を突き、俯いているシルドの元に、今度は堂々と前に出る。


この喧嘩が起こる前のように、気を遣ったことをする必要はない。


エルは、シルドに勝ったのだから。


「分かるわけがないんだ……早く、殺してくれ…!」


シルドは俯いたまま、悔しそうに声を洩らした。


振り出しに戻る言葉だというのに、エルにはそれが今までとは違う言葉なのだと理解していた。


死を懇願するシルドに対して、エルは近くにしゃがんで向き合う。


「それはできないわ。どうであれ貴方は、友人に助けられてここに居るのだから」


地面に転がっている、2つの鎧に目をやった。


それは、それぞれ赤色と緑色だった。


彼らはもう、動かなくなっている。


「この世界に居たくない…何故、俺は愛する人を失わなければならないんだ…」


「俺は……俺はっ!愛する人の死を見るために生まれたとでも言うのか!?」


シルドは疑問から、顔を上げてエルに問い掛けた。


エルはそれに答えることなく、ただ表情だけを伺っていた。


「………」


それを見ていると、エルは我慢できずに動き出した。


シルドを包むように抱き締めたのだ。


「…生きていたくない」


「残された者として、戦わなければならないわ」


「皆死ぬ」


「貴方がそうさせないはず」


やがて、シルドはしがみつくようにエルを抱き締めた。


不思議なことに、エルから放たれているのであろう花の香りから、ベッシーと似たものを感じたのだ。


もう戻ってこない者に思いを馳せて、目の前に居る者にその姿を重ねていた。


その姿からは、溢れんばかりの悔しさが滲み出ていた。


「これは、悪夢だ」


「貴方が打ち倒すのよ」


その悔しさを和らげようとしているのか、エルも応えるように強く抱き締める。


「俺がしてきたことは、全部無駄だったんだ」


「シルド」


エルはシルドの体を少しだけ揺らし、自分の言葉に耳を傾けるように促す。


そして、体勢を変えるまでもなく、言葉を繋げた。


「もう大丈夫よ。貴方が言いたいことは伝わったし、何を恐れていたのかも分かったわ」


「だから、良いの。今は少しだけ、こうして私と休みましょう」


そう言うと共に、シルドの背中を優しく擦った。


(…シルドがこうしてしがみついているのは、肉親や親代わりを失ったことによって、愛に飢えているからなんかじゃない)


(これは、右も左も分からぬまま、必死に生きてきたことの現れ。きっと、私には理解できない、壮絶な人生だったのでしょうね)


それはまるで、泣きじゃくっていた子供をあやすかのように、包容力に溢れた行動だった。


「っ……!」


シルドはそれまで堪えていたものが、度重なる覚えのある感覚を前にして、堪えられなくなってしまった。


(…いいじゃない。子供なんだから……)


体を震わせようとも、涙を流そうとも、嗚咽だけは堪えよう。


これは、過去に縋って生きてきたことに対する、一つのケジメだ。


次は、笑って泣けるように、努力していきたいと思う。


最後までご覧いただき、ありがとうございます。

趣味垢としてX(Twitter)もやってます!

https://x.com/Nekag_noptom

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