71.虚数
シルドは、望まぬ形で友との再会を果たした。
シルドは、相変わらずだった。
赤と緑、2つの甲冑を見たまま、うんともすんとも言わなくなってしまった。
「さぁ、”行きなさい”」
ヴィア・ヴェル・ベイパロが一言を言うと、留まっていたベルニーラッジ軍の甲冑が一斉に動き始めた。
当然、赤と緑の甲冑も同じく動いている。
シルドはその2つの甲冑を、何かを失くした表情のまま目で追っていた。
「アナタは、友人をとても大事にしていると聞いているわぁ。これを相手にしたらぁ、どうするのかしらね~?」
つまり、ヴィア・ヴェル・ベイパロはシルドに対して、精神的苦痛を与えようとしていることになる。
(卑劣な…!)
「シルド!こんなことで心を折られちゃダメよ!」
エルは、シルドの前に出ながら言うも、シルドからは何の反応も返って来なかった。
(私がやるしか……っ!)
迫り来るベルニーラッジ軍の甲冑を前に、エルが覚悟を決めて剣を抜いた時、不思議な光景が見えた。
赤と緑の甲冑が、ぎこちない動きを始めたのだ。
赤色の甲冑は、手にしている槍をこちらに向けず、横に倒して持っている。
緑色の甲冑は、持っていた大きな盾を地面に落とし、おぼつかない足取りでこちらに寄ってきていた。
「へぇ~…面白いのね、人間の魂って。自我は無いはずなのに、何故今になって、命令に従わなくなったのかしらぁ?」
再び赤色の甲冑を見てみると、他のベルニーラッジ軍の甲冑を相手に、横に倒した槍を使って足止めをしていた。
(魂に遺るのは、強い意志……)
ただの概念だというのに、それが妙に真実のように思えてくる。
その光景を見ていたシルドも、表情が少し戻っているように見えた。
そして、緑色の甲冑が、エルまであと数歩の所に来た。
(害があるようには見えないけど、何をされるかも分からないし、どうしよう……)
「ま、待て…」
エルは迷いつつ、剣を強く握っていると、シルドから消え入りそうな声が聞こえた。
シルドはエルの肩に手を置き、前に出る。
「シルド…」
これまでの行動からして、赤と緑の甲冑は、シルドにとって大事な人だったのだろうと、確信が持てた。
そして、シルドは緑色の甲冑に手を差し伸べた。
緑色の甲冑は、両手を前に突き出し、シルドに触れようとしていた。
「………」
ヴィア・ヴェル・ベイパロは、その光景を見て不敵な笑みを浮かべていた。
あと、ほんの少しで両者の指が交差する瞬間。
緑色の甲冑は、こと切れたかのように体勢を崩し、前に倒れてしまった。
「残念でしたぁ~♪」
それを見たシルドは、また表情が曇り始めていた。
もう元には戻らないような、何にも期待せず、何にも動じないような顔になってしまった。
そのままにしておけば、死ですら受け入れてしまいそうな雰囲気を出していた。
しかし、倒れた緑色の甲冑は僅かに動きがあり、手をシルドの足元に運んでいた。
「………!」
甲冑の手が、つま先に当たる。
すると、その手はシルドの足先を覆い、挨拶でもしているかのように優しく2回叩いた。
「………」
懐かしいな、ラグラス。
お前に会えば、必ず肩や背中を叩かれた。
そういう奴も居ると思って、すっかり慣れていたが、叩かれなかった時には違和感を感じるほどだったな。
大きな盾に重装甲という、昔ながらの典型的なタンクで、力比べなら士官学校で一番だった。
カルミラも、変わっていない。
正義感の強いお前は、いつも皆を規律正しく行動させようとしていた。
しかし、各々の特徴を蔑ろにすることはなく、それも含めて褒めて伸ばすタイプであったため、皆からの信頼は厚かった。
その立ち居振る舞いは指揮者に相応しく、魔王討伐部隊の選抜では唯一の勇者適正が高い女性として、最後までアルサールと拮抗していたな。
戦闘こそ突出したものはなかったが、軍仕込みの槍術は質実剛健。
勇者に必要な人格やリーダーシップは、それこそ充分以上だった。
「………」
王都を発ち、ゴレモドに会うまでベルニーラッジの道中を共に旅したことは、冒険の始めたてということもあり、かなり楽しかった覚えがある。
2人は新兵ながらも実力を買われて、ベルニーラッジ国内を周る分隊長を任されたんだ。
その出発のついでに、途中まで一緒に行動していたんだ。
「………」
それはもう、思い出に過ぎない。
そして、もう二度と、あの楽しさは体感できなくなってしまった。
「………」
さて、何がしたい?
「………」
何故、俺は魔王討伐部隊に入ったんだったか。
言ってみろよ。
「………」
大切な人を失くすという体験を、二度としたくなかったからだよな。
じゃあ、目の前のこれは何だ?
成れの果てに化けて尚、俺の友はその高潔さを示している。
俺は腕を失っただけで逃げたというのに、彼らはこと切れた今も逃げていない。
「………」
魔物を恐れたわけではない、などとは言わせないぞ。
俺はあの時、自分を顧みて恐れ、恥じて逃げたのだから。
「………」
当たり前のことから逃げていた。
弟子を取って、真っ当な人間にでもなったつもりだったのか?
一度で良いから、誰か教えてくれ。
俺は
一体
何がしたかったんだ?
「…っ!?」
エルは、茫然自失としているシルドの背中を見ていると、急に嵐のような強風に襲われた。
それと同時に、耳にすることが耐え難い破裂音が聞こえてきた。
驚きながらも、即座に体勢を低くする。
その風の強さは、人体を簡単に吹き飛ばす力を持っていた。
「!!」
強風に何とか耐えつつ、思わず瞑ってしまっていた目を開き、シルドが居たはずの前方を見たエルは、驚愕を遥かに超える光景を目にした。
今も聞こえ続ける破裂音は、まるで1つの音を連続させているかのような、あるいは1つの音を引き延ばしたかのような音になっている。
そして、地面以外の空間を全て埋め尽くす、果てしなく夥しい数の斬撃。
火山でも噴火したかのような、激しい地揺れがそれらと共に続いていた。
(あ、あの斬撃は…っ!)
見覚えしかなかった。
シルドの使うラッシュ・アウトと、全く同じ斬撃が空間のあちらこちら、目を向けた場所の全てに存在していた。
その空間の景色には、不信を抱くほどだった。
説明したところで、誰も信じないだろう。
自分の居る地面以外、空間の全てが斬撃によって阻まれているのだから。
(こんなの…有り得て良いはずがない…!!)
無闇に動けば、自分も切られかねない。
辛うじて見えるのは、倒れている甲冑だけ。
シルドとヴィア・ヴェル・ベイパロの姿は、目視では全く見つけられなかった。
(どこに居るの……!)
目の前の光景が、何らかの幻覚なのではないかと思い、シルドを探すことにかねて探知魔法を使う。
すると、空間一杯に広がる斬撃は、全て本物ということが分かった。
しかし、シルドの位置を把握することはできなかった。
ヴィア・ヴェル・ベイパロは先ほどの位置から動いておらず、体力がとてつもない速度で減っては、全回復を繰り返している。
そんな状態でありながら、何故全く動いていないのだろうと思ったが、大方の予想はついていた。
(反応があるのは、あの斬撃の中…)
一際、斬撃が密集している場所に居ることから、動かないのではなく、動けないのだろう。
こんな意味不明な状況で、冷静に探知魔法を使っている所為か、斬撃の中からシルドのものと思われる、感情がうっすらと伝わってきた。
当然斬撃は生命ではないため、単純に何かと間違えている可能性もある。
エルは自分に対して、半分疑心暗鬼になるも、更に今度は魂も感じ取れてきた。
それも何故か、シルドの魂と、”獣”の魂の両方の存在を感じたのだ。
(あの時以来、一切”獣”は出てなかったのに…それに、何で同時に…?)
”獣”の魂を認知したのは、まだ一度だけとはいえ、2つの魂が同時に感じ取れるということに違和感がある。
どちらか一方に偏っているのではなく、どちらも同じく均一にその存在を感じ取れる。
これまでのことを踏まえて考えると、今のシルドはシルドのままでありながら、”獣”にもなっているということになる。
例えば、二重人格のはずが、その2つの人格が同時に表に出ている状態だ。
まるで共鳴でもしているかのように、微塵のズレもなく、綺麗に纏まっている。
しかし、何故そのような不条理が成立しているのかは、読み取れる感情から何となく察することができる。
”獣”の魂が憎悪に塗れているのは当然だが、今はシルドの魂もそうなってしまっているからだ。
(このままだと、もしかしたらシルドも……!)
シルドの状態を不安に思ったエルは、危険を承知で斬撃と強風の中立ち上がり、大きく息を吸った。
「シルド───!!」
「──────!!!!!」
エルが名前を叫んだ瞬間、ほぼ同じタイミングで”獣”の咆哮が微かに聞こえた。
それは、一概には”獣”の咆哮と言えず、シルドの絶叫のようにも聞き取れた。
その声が聞こえたことに驚くと、いつの間にか斬撃と強風は止んでいた。
ずっと続いていた破裂音も、火山噴火のような地揺れもなくなった。
「!」
視界が晴れ、空には雲一つ無くなっていた。
前には、窪んだ地面の中心に倒れ込んでいるヴィア・ヴェル・ベイパロと、その傍に右拳を高く上げているシルドが居た。
ヴィア・ヴェル・ベイパロは、土まみれで角は折られ、羽根はボロボロだった。
それに何故か、火傷のような傷痕もあった。
もう、辺りに立っている甲冑は無い。
倒れている甲冑には、目新しい傷が一切付いていない。
ヴィア・ヴェル・ベイパロは瀕死で、シルドも普通ではないように見える。
3人は、時が止まったかのように、一瞬だけ動きを止めた。
「…──ッ!!」
様子のおかしいシルドが、必要以上の勢いで拳を地面に振り落とした。
その拳こそが、火山噴火のような地揺れの正体だった。
土砂が散り、その場が一瞬見えなくなるも、直ぐに視界は晴れた。
しかし、その場にヴィア・ヴェル・ベイパロは居なかった。
「………」
シルドは沈黙したまま、その場に膝から崩れ落ちた。
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