70.Lone wolf
切り札を使い、1人でヴィアヴェルベイパロを相手取るシルド。
勝敗の見えない戦いの途中、ある事実を知ることになる。
──京村 奉行所にて
奉行所の戸口が、少し雑に開かれた。
「頼もう」
浪人が戸口をくぐって現れると、奉行所の中が騒がしくなった。
「浪人!?何でここに…!」
「緊急事態だ。村から真っすぐを行った戦場跡に、四天王なる者が現れた。今は異国の剣士が対応しているが、救援が必要だ」
四天王という言葉を聞くと、奉行所はざわめきが増した。
「み、都に連絡を…!」
「そんなことより、兵は出せないのか」
「ウチの兵なんか集めたところで、焼け石に水だ!貴様、本当に四天王を目にしたというのか!?」
浪人は噂のこともあり、不信感持たれているようだった。
それに怖気ることなく、浪人は口を開いた。
「お前達は、自分の故郷を土足で踏み躙られて、それを良しとするのか」
「故郷を守るという志は無いのか」
「っ……!」
真剣かつ厳格な浪人の声に、それが本当であることを、奉行所内の誰もが察した。
そして、それが真っ当な考えであることも含めて、誰からも反対の声が上がらなかった。
「だ、出せるだけの兵を用意しろ!そして、浪人!貴様が先陣を切ることとする!」
「先ほど言ったことが嘘であった場合、その場で即刻切り倒してくれる!」
浪人はそれに、黙って頷いた。
シルドは掴まれた剣から手を離し、拳に力を込める。
「クローズン・クローザー」
「格闘もできるの?見せて見せて♡」
煽る言葉を聞くまでもなく、シルドはヴィア・ヴェル・ベイパロに対して格闘戦を仕掛けた。
「セットアッパー」
「サークルハント」
「ドライサッチャー」
剣を使っていた時とは違い、短時間で幾つものスキルや魔法を使っていくスタイルに変わり、ヴィア・ヴェル・ベイパロはそれに対応することを強いられる。
その大半は、攻撃とは直接関係無いものばかりだが、だからこそ片腕での格闘戦が強大な敵相手でも成立するのだろう。
シルドは地の格闘センスが高いこともあり、格闘戦においては直接攻撃の技を使うよりも、自身の環境を調整できるバフの方が安定した戦闘を可能にする。
しかしそれでも、シルドは有効打を与えられていなかった。
「もっと見せて?アナタの真剣な顔は、見ていて飽きないわぁ♡」
シルドの攻撃は、そのどれもがヴィア・ヴェル・ベイパロにとっては致命傷になる一撃だったものの、ヴィア・ヴェル・ベイパロは舞踏でもしているかのように、優雅にのらりくらりと全てをかわしていた。
「レッガス」
「フィスズ」
一連の締めに足と拳の強い連撃を出すも、距離を取られかわされてしまった。
「剣を振り回してきた時も思ったけどぉ、アナタが激しい動きをしている時の、引き締まった筋肉と浮き出る血管がたまらないの♡」
「ちょっとだけでもいいからぁ、触らせてくれたりしなぁい?」
そう媚びるも、シルドは直ぐに攻撃を再開した。
その勢いに突進かと思ったヴィア・ヴェル・ベイパロは、横に大きくステップを踏んだ。
だが、その大きなステップこそが、シルドの狙いだった。
「ミットロック」
「!」
気付けば、ヴィア・ヴェル・ベイパロの首はシルドに掴まれていた。
シルドは突進の勢いはそのままに、小さなステップでヴィア・ヴェル・ベイパロの隙を突いたのだ。
「ふふっ。攻めるのが好きなの?」
首を掴まれたヴィア・ヴェル・ベイパロは、息巻いてはいるものの、焦ってはいないような表情をしていた。
「首を掴めば、俺に負けは無い」
「決めろ。寝返るか、ここで死ぬかだ」
「首じゃなくて、頬とか、胸に手を移しても良いのよ?」
真面に聞いていないヴィア・ヴェル・ベイパロに、シルドは最後の警告と言わんばかりに手に力を込める。
「ぐっ…ん……♡」
それでも、ヴィア・ヴェル・ベイパロはそんな状況を楽しんでいるようだった。
シルドは、首を掴んでいる手を、勢いよく高く上げた。
「イラプション」
そこから力を抜き、自由落下と上半身の全ての力を使い、ヴィア・ヴェル・ベイパロを思い切り地面に叩きつけた。
地面に叩きつけた瞬間、ミカの爆発魔法を彷彿とさせるような、生命を終わらせるには十分過ぎる爆発が起こった。
しかし、相手は魔王軍四天王。
シルドの手には、まだ肉の感触があった。
「げほっけほっ…はぁー……♡」
(これでも、残りの体力は5割もあるのか…)
ヴィア・ヴェル・ベイパロは軽くせき込み、恍惚とした顔でシルドを見ていた。
そして突然、ヴィア・ヴェル・ベイパロが口を開いた。
「…ねぇ、牙の子?」
「!?」
今まで、たった1人に、たった一度だけそう呼ばれたことがあり、シルドは驚いてしまった。
「あのエルフちゃん、危ないんじゃない?」
そう言われて、思い出したかのようにエルが居た場所を確認する。
襲われてはいないが、囲まれて身動きができない状況になっていた。
シルドがエルに向かって一歩を踏み出すも、ヴィア・ヴェル・ベイパロが生成したのであろうシールドが可視化された。
「さて、今度は私が強気に交渉をさせてもらおうかしらぁ?」
天を仰いでいたヴィア・ヴェル・ベイパロは立ち上がり、シルドに歩み寄りながら言った。
「私達に協力するか、弟子を見殺しにするか、好きな方を選んで?」
「アナタと2人きりになりたかったから、今まで軍勢は待機させていたけどぉ、私の本分はあっちよ」
軍勢を見ると、一定数の甲冑がエルににじり寄っている。
牙の子と呼んだことなど、聞いている暇は無い。
「早く選ばないと、血が飛び出ちゃうかもしれないわぁ…?」
急かすヴィア・ヴェル・ベイパロに、逃げ場が無くなったエルが見えた。
「俺はお前を倒し、エルを助ける」
「…んん~?」
ヴィア・ヴェル・ベイパロは首を傾げ、理解できない様子だった。
「もしかして、魔法には疎いの?アナタを阻んでいる防御魔法は、低位の魔法だとダメージを蓄積しないの」
甲冑達は一歩、また一歩とエルに近付いている。
「なら、俺が作り出した技ならどうだ」
すると、ヴィア・ヴェル・ベイパロは興味を惹かれたのか、シルドを注視した。
「ニヴェルカナトス」
「!」
シルドの背中から、4本の赤色に輝く帯が発現する。
そして、そこから尋常ではない量の精神力と、魔力が注がれた。
それを糧として形成されたのは、シルドを包む真っ赤な球体だった。
「それはー…ちょっと、直撃を避けたいわぁ?」
ヴィア・ヴェル・ベイパロは、それがどう使う物なのかを察したのか、かなり警戒をしていた。
そして、シルドが一歩を踏み出した瞬間、その場には赤い軌跡と炎しか残らなかった。
ヴィア・ヴェル・ベイパロの防御魔法とやらは、容易に抜け出してしまったのだ。
「あーあ…これは流石に、魔王様も見てるわよねぇ…」
(あんなもの、いつから持っているのか知らないけど、あれなら先輩とゴーレムちゃんを倒したっていうのも、納得するしかないわね)
赤い軌跡となったシルドは、その勢いのままにエルを取り巻く軍勢に突進し、全てを滅茶苦茶に蹴散らした。
「なっ、何それ!?」
追い詰められていたエルも、思わず驚きを声に出してしまう。
「切り札の中の切り札だ」
軌跡と炎を残すその技は、もはや隕石とも言えるだろう。
エルの安全を確保したシルドは、そのまま宙に浮き始めた。
「それ、オリジナルで作れる技なの!?」
超強力な火属性の突進攻撃に加え、自身には球体のシールドを付与し、更には宙に浮くことすら可能という。
宙に浮くなど、魔法使いが杖を使ってこそ実現できるものだと思っていたが、どうやらその限りではないようだ。
シルドは再び自身を燃え上がらせると、そのままヴィア・ヴェル・ベイパロに突っ込んだ。
そして当然の如く、今回の戦いで一番の大爆発を起こした。
それを真下から見ていたエルは、宙に残った赤い軌跡と炎に、あることが思い浮かんだ。
(流れ星みたい…全然ロマンチックじゃないけど)
そう考えが過ると、爆発地点からシルドが戻って来た。
「体は大丈夫なの?かなり派手な技みたいだけど」
「問題無い。それより、今の突進は命中していない。必中の効果がある技なんだが、それでも外れた」
「となると…向こうも、厄介な技を持っているのかしらね」
そうして、移動し始めた軍勢の方を見ると、ヴィア・ヴェル・ベイパロが出てきた。
シルドが突っ込んだ爆発地点から軍勢までは、かなりの距離が空いている。
だというのに、ヴィア・ヴェル・ベイパロは涼し気な顔をしていた。
「私の軍勢が3分の1くらい減っているのを見るとぉ、やっぱりアナタって、他の人間より脅威度が桁違いね~?」
(体力も回復されたか…)
涼し気な通り、シルドが切り札を切りに切って減らした体力は、万全と言えるレベルにまで回復されてしまった。
「シルド、あの軍勢について、ちょっと分かったことがあるわ」
「何だ?」
エルは、少し暗い面持ちで言った。
「あの軍勢は、多分……全員、元人間だと思う」
「…そうか」
甲冑やら武器やら、人影らしき造形やらで、何となく予想はしていた。
シルドは特に驚くことは無かったが、今までの軍勢に対する攻撃が正しかったのかどうか、迷いを感じていた。
「目が利くじゃない。その通り、私の軍勢は元々人間よ」
「私に対して、勇敢に立ち向かった兵士だったりぃ、たまたまそこに居た冒険者だったり…ねぇ?」
ヴィア・ヴェル・ベイパロは、嘲笑するように言った。
「それに、技術的に信じ難い話だけど、魂を無理矢理従えさせてる」
「それも正解。人間を倒した後はぁ、邪魔な肉体から精気を吸い尽くして、魔王様から授かったすごぉーい魔法で魂を縛るの」
「これで、私専用の駒…操り人形の完成ってコト♡」
喋り終えると、ヴィア・ヴェル・ベイパロは上機嫌になっていた。
「私の軍勢は、ただの甲冑の集まりに見えるかもしれないけど、魂を甲冑に結び付けておくことで、その者の生前の強さをそのまま反映させられるのよぉ」
(なら、シルドの攻撃を真面に受けても消えなかった甲冑は、相当な実力者だったってこと…?)
そして上機嫌なまま、エルに目を合わせた。
「ところでアナタ。ただのエルフだと思って軽く見ていたけどぉ、かなり頭が使えるみたいねぇ~?」
「こうなると、もぉーっと殺しちゃうのが嫌になるわぁ。もったいないと思えちゃう…」
そう言われるも、エルの表情は厳しいままだった。
「…まぁ、断るわよねぇ。アナタの師匠がそうなんだもの」
そこへ、声色を強めたシルドが話す。
「お前に縛られている魂は、永遠に苦しむということで良いんだな?」
「それはぁ、私の知る所じゃあないわ?魂が何なのか、私全く知らないもの」
その答えに、シルドは少しやるせない気持ちになった。
「魔王様が言うには、生命の最も美しい部分らしいわよ?強い意志だけが存在を許される~とか」
(魔王って存在、私は何にも知らなかったけど、一体どんな技術を持っているの…?)
魂を操るという異例の魔法からして、恐らくだが人間の遥か上を行く技術を持っている可能性がある。
それについて、エルは悔しいながら興味が湧いてしまった。
「そうだ!軍勢のタネがバレちゃったんだしぃ、ベルニーラッジで倒した兵士の甲冑でも見る?」
「!」
「ベルニーラッジって…」
それは、シルドの故郷だ。
ヴィア・ヴェル・ベイパロの指示で移動する軍勢を、シルドは慎重に見つめていた。
その横顔からは、焦燥感が丸見えだった。
「確か、中々強い兵士が2人くらい居た気がするのよねぇ~。強いって言っても、アナタほどじゃあなかったけど」
軍勢の後方から、幾つかの甲冑が移動してきているのが分かった。
「この際だから全部言っちゃうけど、アナタ達だと私を倒せない理由、分かる?」
ベルニーラッジ軍の、ごく一般的な戦闘兵の甲冑が出てきた。
「実を言うと、甲冑の数はぁ…私の残機だと思って良いわぁ?」
「甲冑が有る限り私は死なないしぃ、私の体力が底を突いたとしても、甲冑が身代わりになるの~♪」
(な、なら、いくらシルドでも、本当に倒せないんじゃ…)
目の前に広がる甲冑は、文字通り軍勢を築いていた。
ベルニーラッジ軍の甲冑が次々と出てくる中、シルドは慌ただしく視線を動かし、出てくる甲冑を見ていた。
焦燥の表情に加えて、冷や汗までも垂らしている。
ヴィア・ヴェル・ベイパロの話など、シルドの耳には届いていなかった。
そうして少し待っていると、深い赤色と緑色の甲冑が現れた。
「………」
シルドはその甲冑を見ると、顔から表情が消えてしまった。
無表情や、真顔などではない。
形容し難いが、明らかに何かを失くしてしまったような顔をしていた。
少なくとも、喜怒哀楽ではない。
それ以外の何なのかも分からない。
(あの胸の紋章…)
エルが分かったのは、赤と緑の甲冑の胸部に、他の甲冑とは違う雰囲気を感じさせる紋章があった。
紋章を注意深く見てみると、そこにはベルニーラッジ軍分隊長と書かれていた。
(もしかして、シルドの知人?)
そして、エルはシルドの顔を見た。




