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7.備えあれば休みもくれ

必要な物を買い終えた2人は、昼食を取るために喫茶店に入ることに。

その喫茶店で、2人は奇妙な店員と出会い、何気ない休日を過ごす。


店を出て時計塔の方を見ると、丁度13時を過ぎたところだった。


「そろそろお昼ご飯の時間よね?」


「ああ。どこか行きたいところはあるか?」


「じゃあ、あそこね!」


エルは元気に指をさした。


その先には、少し洒落た雰囲気の喫茶店があった。


正直、俺みたいな奴にとっては入りづらい洒落っ気がある。


「喫茶店だろう?まともな飯は無いんじゃないか?」


「いいえ?装飾店に行く時もここを通ったけど、看板のメニューにハンバーグとか書いてあったわよ?」


そう言いながら、エルはどんどん喫茶店の方へ歩いて行ってしまう。


店はガラス張りになっていて、外からでも店内の様子が見えるのだが、店内は女性の方が多く見える。


少なくとも、容姿からして冒険者らしい者はいない。


「ほら、一番上におすすめって書いてあるじゃない」


確かに、そこには他の品目より少し大きめな字体で、ハンバーグと書いてあった。


ただ、メインディッシュに値するようなメニューはやはり少ない様で、これの他にはトーストなどの簡単な物しか書いてなかった。


日替わりでメインが変わっていたりするのだろうか?


「ね?ここでいいでしょ?」


「………」


自分の容姿がおかしいわけでも、店の中で常識から外れるようなことをするわけでもない。


しかし、それでも入りにくいと感じるのは、自分の性と言う他ない。


「…こういった店には、ほとんど入ったことがないんだ」


「えっ。そうなの?」


別にプライドを張る場面でもないし、俺はエルに正直に話すことにした。


エルは驚いたような口ぶりをしているが、既に知っていたかのような表情になっている。


「正直、雰囲気があまり好きじゃない…女性客の方が多いみたいだしな」


「別に良いじゃない。私と一緒に入るんだから」


そういう問題じゃないんだ。


もっとこう、何か別の……ダメだ、言葉で表せない。


「良いから、入りましょ!」


俺がそう眉を曇らせながら悩んでいると、エルが俺の手を引いて店内に入っていった。


「いらっしゃいませぇ~。2名様ですかぁ~?」


店に入ると、ウェイトレスらしき奇妙な女性が案内をしてくれた。


席に着いてから軽く店内を見回してみると、やはり女性ばかりだ。


おまけに、元勇者一行の一員である俺がいるからだろうが、どの人もチラチラとこちらを見てくる。


いや、もしかしたらエルの方が気になっているのかもしれない。


時々忘れてしまっているが、こいつは人間の世間じゃ珍しいエルフなんだ。


「シルドはハンバーグで…じゃあ私は、このパフェって言うやつでいいかな!」


「…何でパフェなんだ?」


「見たことも食べたこともないし、名前からして凄そうだから」


…安直だな。


パフェは一般的に、背の高いグラスにアイスクリーム、フルーツを主体とし、他に生クリーム、果実のソース、穀物等を乗せたもののことを指す。


確かに、初めて見るんだとしたら、多少は凄いと感じるかもな。


「一応教えておくが、それは昼食というより菓子に近いぞ」


「そうなの?じゃあ量は少ない?」


「店にもよるだろうが…色んな食材が一つのグラスに入っているから、少なくはないだろう」


「なら良いわ。私、元から甘い物を食べるためにこのお店に入ったんだから」


そう言うと、エルは席の近くを通りかかった、奇妙な店員に声を掛けた。


「お決まりですかぁ~?」


「ハンバーグと、パフェを1つずつください」


「かしこまりましたぁ~。少々お待ち下さい~」


奇妙な店員はメモを取ると、不思議な足取りで厨房の方へと歩いて行った。


奇妙だが…装飾店で出会ったあの女の方が、何か危機感を感じる。


歩いて行った…と思ったら、何かを思い出したかのようにこちらに戻って来た。


「あのぉ~すみません~?」


「…?」


俺もエルも、店員の行動に少し戸惑っていると、奇妙な店員は腰元にあった白い布を差し出した。


「良ければなんですけれどぉ~、サインって貰えますかぁ~?」


「あっ。割と普通な人なんだ…」


エルも少し、意外がっているようだ。


「申し訳ないが、サインは書かないんだ。決まったサインがないからだが…」


「お名前だけでもいいのでぇ~、本人様直筆っていうのが大切なんですよぉ~」


お願いと言わんばかりに、ペンも差し出してきた。


「名前書くだけで良いんだったら、書いてあげましょうよ」


「まぁ、名前書くだけなら…」


「お願いしますぅ~」


そうして、俺は奇妙な店員の布に自分の名前を書いた。


少しでも洒落っ気を出そうと、”Cirdo”と頭文字を大きくしてみた。


…別段お洒落じゃないな。


「ありがとうございますぅ~。これでお仕事がんばれますぅ~」


感謝の言葉を言うと、奇妙な店員は満面の笑みになって、他の席へと向かって行った。


「そういえばシルドって、1人じゃ喫茶店に入らないんだっけ?甘い物とか食べたくならないの?」


「甘い物は苦手なんだ。食べれないということじゃないが、食べた後は何故か胸焼けが起きやすい」


昔…ただの子供だった頃は好物だったが、養成学校に入った頃から食べれなくなった気がする。


甘い物を食べた後に運動をすると、口の中が地獄になるというだけだが、そこから苦手意識ができたのかもしれない。


「もったいないわね~。甘い物って良いのよ?炭水化物の量が多いし!」


「食べ過ぎると太るが、運動に必要な栄養が多く取れるのは知っている。それでも後のことを考えると…面倒そうで食べたくないな」


「じゃあ私のパフェ、一口だけでも食べてみる?」


何が"じゃあ"なのか理解できない。


俺が後々、苦しむ結果になるだけじゃないのか?


「別に要らないんだが」


「苦手な物なのに、克服したくないの?甘い物よ?甘い物」


今まで見たことないほどの真剣な顔つきになっている…。


そんなに甘い物が好きなのか。


「それに私、貴方のハンバーグを一口貰うつもりだもの。私だけ貰うのって、不公平じゃない」


またしても意味の分からないことを言い始めたが、これ以上食い下がっても時間の無駄だろう。


何も、一口食べて胸焼けが起こるわけでもないだろうし、沢山食べなければいいだけだ。


「女の子と仲良さそうね…エルフっていうのが驚きだけど…」


「シルド様が喫茶店に入るなんて、意外だわ…」


「あの女の子とはどんな仲なのかしら…?」


「シルド様、部隊を脱退してから音沙汰無しって聞いてたけど、結婚してたってこと…?」


…エルと話していたため、今まで聞こえてこなかった周りの隠し話が丸聞こえだ。


流石にエルも気づいているようだが、少しソワソワしているくらいか。


「気にするだけ無駄だ。俺みたいな立ち位置の男が女性といると、いつもこういう噂話に発展する」


「有名人だもの、そうなっちゃうものよね」


「嫌だったら、今後は別々で行動した方が良いだろう」


「そんなことないわ。私たちは、ただの子弟関係なんだから。ただの仲間だってことを、2人でいることで証明しなきゃ!」


どうだろうか…別行動過ぎても困るが、確かにお互い健全な関係であることは証明したい。


「お待たせしましたぁ~。お先にパフェをお持ちしましたぁ~」


「あっ。ありがとうございます」


先ほどの奇妙な店員が、パフェを持って再び席に来た。


エルの前にパフェを置くと、今度は俺の方を向いて話しかけてきた。


「ご注文のハンバーグなんですがぁ~、店舗で作っている物なのでぇ~、もうしばらく時間が掛かってしまうんですぅ~」


そういう細かいところまで教えてくれるとは。


奇妙ではあるが、心配りができる店員なのだろう。


「もう少しお時間を頂くかもしれないんですがぁ、大丈夫ですかぁ~?」


「ああ。構わない」


「ありがとうございますぅ~。では、もうしばらくお待ちください~」


また先ほどと同じように、奇妙な店員は別の席へと移っていった。


「ハンバーグ、どれくらいで来るのかしらね?」


エルはパフェを食べずに待とうとしているようで、まじまじと見つめている。


待ってくれるのはありがたいが、そんなに早く作れるものではないだろうし、パフェは冷たい物でもあるため、先に食べるのように促す。


「俺のことは気にせず、早く食べるといい。アイスも乗っているし、溶けてしまうぞ」


「そ、そう?じゃあ頂いちゃおうかな…!」


そわそわした態度から一変し、明るい表情を見せる。


その変わり様は、”待て”を解放された犬に近いかもしれない。


「ど、どう食べるのが正解なの…?やっぱり、頂上のアイスから?」


「知らん。別にどこからでも良いだろう」


パフェは頂上にアイスクリーム、中には様々な具材が層状に入れられていた。


アイスクリームには複数のフルーツとソースがかけられており、確かに見た目からしたら、どこから崩して良いのか悩むかもしれない。


ちなみに、俺はそこまで気にしない派だ。だから、どうなろうと気にせずにスプーンを入れ込む。


「なるべく色んな具材を乗せたいのよね…」


今度は緊張した顔つきになり、なんとか全ての具材を掬おうと、慎重にスプーンを滑らせていく。


見ている分には…上手く掬えている様に見える。


そして、スプーンに乗ったパフェを、自分の口に入るまで見つめながら頬張った。


「はむっ…!」


「………」


傍からその様子を見ている身ながら、よく表情が変わると思ってしまった。


ここ1分以内でいくつの表情を見せたのか、一体何面相を持つのか、冗談でも気になってしまうところではある。


「すっっっごく、美味しいわ…!!」


公の場であるため、声を抑えつつ感想を教えてきた。


声を抑えてはいるが、どれだけ感動しているのかは手に取るように伝わってくる。


「…そうか」


まあ、美味しい物を食べれて良かったんじゃないか?それ以外に何か思えと言われても無理だしな。


「はい。シルドも食べて!」


エルは元気よくそう言うと、パフェを掬ったスプーンを差し出してきた。


そういえば、よく分からない理論で、お互いの食べ物を交換することになっていたんだった。


正直、乗り気じゃない…。同じスプーンを共有するのは、衛生的にも、マナー的にも良くない行為のはずだ。


「店員に頼んで、もう1つスプーンを用意してもらおう」


「何言ってるのよ。そんなの時間もかかるし、手間もかかるじゃない」


「それを売りで店をやっているんだ。飲食物を提供している店としては、スプーン1つを洗う手間など誤差のはずだ」


そうして、不満そうな顔をするエルを横目に、再び近くに来た奇妙な店員にスプーンを用意してもらうよう声を掛けた。


しかし、店員は少し考えるような素振りを見せると、突然何かを察したかのようにエルからスプーンを受けとり、俺に差し出してきた。


「察しが悪くて申し訳ありません~。最近流行りの"コレ"、ですねぇ~」


店員は、何やら奇妙…と言うべきなのか、少し悩ませるようなポーズを見せてきた。


手で輪を作っており、その形もただの輪っかではなく、上部の谷間から割れてしまいそうな形をしているが…?


「は、流行ってるんですか?手でハートのマークを作るの…?」


ハートのマーク…言われてみればそうか。そうだな、以外にも気づかなかった。


というか、いつの間にそんな手遊びの進化系のようなものが出来たんだ?


あまり町に降りてこないからだろうが、耳にしたことが無い…。


「あれぇ~?お二方とも、ご存じないですかぁ~?」


奇妙な店員は、奇妙な口癖で語り始めた。


どうやら最近、何らかのコンセプトにマッチさせた店というのが流行する傾向にあるらしく、特に奇妙な店員がしていたポーズは、”メイドカフェ”というの喫茶店の一種で使われているポーズなのだとか。


手でハートを作り、それらしい格好をするのに加えて、”あるセリフ”が大きな流行になっているらしい。


「おいしくな~れぇ~、萌え萌えキュン~」


「………」


「……あー…」


それを見て体がピクリとも動かなくなってしまった、近頃の流行に疎い俺とエル。


正直、ここで何かしら発言しようと思ったエルには、賞賛を送りたい。


馬鹿にする意味で言っているのではなく、何とも言えないようなポーズに対して、必死に感想を述べようとするのは、正直常識人であるなら不可能だと思ったからだ。


想像もしてみろ。いきなり目の前に人が出てきて、まず最初に思うことはなんだ?


俺の場合は警戒だ。この世界の女子供もほとんどが同じ行動を取ると思うが、顔も名も知らない者がいきなり目の前に出てきたら、不審としか思えない。


特に、女子供の人さらいなどは昔に比べたら落ち着いたものの、親からの言い伝えなどによって、知らない人に話しかけられたら警戒することが習慣付いていてもおかしくない。


「あれぇ~?なんだか反応がぁー…」


思っていた反応と違うことが不満なのか、店員は悲しそうな顔になった。


「し、シルド…こういう時って、どんな反応するのがベタなの?教えて…!」


エルが耳元で、声を押し殺しながら聞いてくる。


残念だが、俺は流行に詳しくないんだ。山小屋に住んでいる時点で、期待できないということは分かり切っているだろう。


だが…。


そういった物も、気にならなくなったのはいつからだろうか。


「…俺も知らない。何なんだ、メイドカフェというのは…(超小声)」


「話しかけたのはシルドでしょ!どうするのよ、この微妙な空気!(超小声)」


「あぁ~!ご存じなかったんですねぇ~?」


確かに目の前で会話をしてはいるが、俺たちはものすごく小声で話していたつもりだし、周りの喧噪に完全にかき消されていると思っていたが、聞こえていないという考えは甘かったようだ。


…いや、彼女が地獄耳なのだろう。


先ほどから、注文のために客から声を掛けられる度に、その注文内容を言い当てている。


「あのー、注文って、今できますか?」


「はい~。ごきげんモカをお2つでよろしいですか~?」


「はい。お願いします」


注文した女性客2人もすっかり馴染んでいるのか、注文内容を言い当てられることに対して全く動揺していない。


これは、彼女が地獄耳であるか、何らかの魔法かスキルでも難しいとは思いが、そういった類のものを使っているのか。


「すごい…何その魔法…」


エルも俺と同じ感想を持っているらしく、思わず言葉遣いも忘れていまうほどの衝撃を受けている。


「魔法ではありませんよぉー。ここで働いていたら、何だかできるようになっちゃった特技ですぅ~」


魔法と呼ばれたことが嬉しかったのか、奇妙な店員は緩んだ笑みを浮かべた。


所作は所々奇妙ではあるが、笑顔は一般的な人と同じく、輝いて見える。


「それでぇ~、メイドである私ご指定で、食べさせあいっこがしたかったんでしたっけぇ~?」


一体、誰がいつそんなことを言ったんだ…?


「はい、あ~んですよぉ~」


店員の発言を脳内で処理しきれなくなり、虚無の相手に向かって質問をしていると、彼女は再びスプーンを俺に差し出してきた。


「い、いや、俺はスプーンをもう1つ頼んだだけなんだが…」


「そんなことお気になさらずぅ~。ほら、丁度私がシルド様の影になっているので、他のお客様に見られることはありませんよ~」


何故急にこんな展開になったのかは知らないが、エルも店員と同じく笑みを浮かべて、俺がパフェを食べるのを待っているようだ。


「さぁ~」


一つ近く。


「さぁ~どうぞぉ~?」


また一つ近くへと、悩む隙もなくスプーンは迫ってくる。


「さぁさぁ~ご遠慮なく~?」


こちらが少しでも前方に動けば、口にスプーンが当たる距離まで詰められてしまった。


「はぁ……」


思わず、溜息が漏れてしまう。


始まった瞬間、こういった”ノリ”の被害者にはNOと選択させないような、この懐かしい感じ…。


そうだ。確か、仲間のみんなでじゃれ合う時なんかは、よくレーネオラがこんなノリをしていたんだったな。


普段はオドオドしている癖に、ふざける瞬間だけはお調子者だったからな、アイツ。


「ほ~らぁ~。ここですよぉ~」


「………」


俺は、急に目の前の光景が馬鹿らしくなって、一思いに差し出されていたパフェを頬張った。


”甘ったるい。”


俺がパフェを食べて思ったことは、あまりにもしょぼく、呆気なかった。


最後まで閲覧いただき、ありがとうございます。

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