68.宛ラ百鬼夜行
数多の魔獣を倒した先に、シルドとエルは悪と対峙することになった。
エルが叫び声が聞こえる方を見ると、そこには一般人らしき人が数名居た。
「浪人───!」
「無銘」
エルが浪人に助けを求めようとした瞬間、浪人は分かっていたかのように技を繰り出した。
今度の無銘は、強く太い斬撃を1つだけ生み出した。
その斬撃は、逃げていた人々を掠めることなく、正確に魔獣の体に当たった。
斬撃に当たった魔獣は、足から上が消え去っている。
「お、お前はっ、浪人!?」
「………」
助けられたというのに、逃げていた人々は浪人を見て恐れているようだった。
「大丈夫ですかー?シルド、少しだけ援護から外れても大丈夫?」
「ああ、逃げるよう言ってくれ。浪人、お前は逃げて来た奴らの方を警戒しろ」
浪人は丁度目の前に来ていた魔獣を切り倒すと、シルドの方に振り返った。
「良いのか?敵はまだ来ているぞ」
「パンクド・ラッシュ」
浪人がそう言うと共に、シルドが技を繰り出した。
すると、無数の重たい金属が地面と衝突するような音が聞こえ、シルドの辺りに居た魔獣は一掃されてしまった。
その辺りの地面には、強い衝撃による不自然な凹みと、ガントレットの跡が無数に残されていた。
「新技の試し打ちで十分だ。速く行け」
「…なるほど」
浪人は何かを納得すると、逃げて来た人が居る方へ向かって行った。
そして、シルドは自分は平気だと言わんばかりに、再び別の技を放った。
「デンジャー・バンガー」
すると、シルドを中心として軌跡の円が現れ、円は肥大化しながら強い衝撃を放ち、魔獣を倒し続けた。
「な、何で浪人がここに…!」
尻餅をついていた男は、エルの後方に佇む浪人を恐れていた。
「あの人は、私達を助けてくれてたんです。私達も最初、魔獣に囲まれていたんですけど、今みたいにズバッと一切りで…」
「ひっ人切り!!?」
慣れない事情説明をするエルと、パニックになっている男とでは、うまく話が噛み合っていないようだった。
それを見かねた浪人は、話に割り入った。
「お前は商人なのだろう?ここは危険だとか、聞かなかったのか」
「あ…ああ。いつもなら、あんな禍々しい獣は出ないはずなんだ。それに、何であんなに沢山…!」
「いつもここを通るんですか?」
そう聞くと、もう1人の用心棒らしき男が口を開いた。
「この道は港と京村に繋がってるから、むしろここ以外の道は無いくらいだ。昨日だって、京村から都に行く時に通ったんだぞ」
(今日に限って、こんな数の魔獣が出てきたの?それって、もしかしたら何かあるんじゃ…)
そう考えつつ後ろに振り返ると、シルドが大量の魔獣を倒しているのが目に入った。
(…何か、また私の知らない技を使ってるわね…)
「無銘」
そうしてシルドを見ていると、浪人が何かを縦に切った。
「──…」
すると、何も無いように見えた場所から、魔物なのか魔獣なのか、見当がつかない何かが現れた。
男2人は動揺し、浪人は当然と言わんばかりに刀を払った。
「い、今のは…?」
「少なくとも、怪異でも妖怪でもない。魔獣ではないのか」
「姿を消せる魔獣なんて聞いたことがないし、この魔獣は…」
エルは、地面に倒れている魔獣に恐る恐る近づき、その外見を覗き込んだ。
体の所々が不定形で、変異中のコピースライムのようにも見える。
しかし、形のある部分を軽く足先で突いてみると、しっかりとした感触があったことから、コピースライムではないことが分かる。
そこで、探知魔法を使うことにした。
(!こ、これって……!)
探知魔法で分かった、その不気味な何かの正体は、魔物と魔獣のキメラだった。
魂の継ぎ接ぎ度合から見て、4、5体を混ぜ合わせたような状態だった。
「どうした、何が分かった」
唖然としているエルに、浪人が声を掛ける。
「……これ、下手に触らない方が良いです。犯罪の対象になるかもしれません」
「何だと?」
浪人が反応すると同時に、シルドが戦っている方から一際強い衝撃と音が聞こえた。
「とりあえず、このままにしておきましょう。お二人は、京村まで避難してください!できれば、ここの状況を知らせてくれると嬉しいです!」
「わ、分かった!」
商人達は、散らかった荷物を纏めると、小走りで去って行った。
「浪人さん、一度シルドの方へ戻りましょう!」
「…了解した」
そして、2人もシルドの所へ戻ることにした。
「ろ、浪人って、噂で聞いてたほど悪い奴じゃあなさそうだな?」
「人切りではなく、人助けをしているとは思わなかったがな」
商人と用心棒は、そう話しながら走るのだった。
「シルド!」
2人は、シルドの元に戻るまで十秒も掛からなかったが、予想以上の数に包囲されていた。
今となっては、魔獣は絶え間なくシルドに向かっている。
戦っている当人には余裕が有りそうだが、少しでも失敗をすれば危険な状況だった。
「三百年束ノ間ノ如」
エルが弓を構え、矢を番えようとした時、浪人が言葉と共に刀を大きく横に振った。
構えから放つまでの、その速度にも驚いたが、更に驚く光景を見ることになる。
「…あれ?」
矢を射ようとしていたエルは、時が止まったかのような光景を目の当たりにした。
驚きで構えていた弓が自然と下がり、その場に居た全ての魔獣を見回す。
総じて微動だにしておらず、風も感じなかった。
「これは…?」
戦いで上気していたシルドも、思わず困惑しているようだった。
そして、遠くの魔獣から順に倒れて行き、浪人の前に居た魔獣が最後に倒れた。
「片腕だというのに、よくもそんな滅茶苦茶に戦えるものだ。怖くはないのか」
「剣も、ガントレットも有る。残った腕さえ失くさなければ、怖い物は無い」
それを聞いた浪人は、掠れた笑い声を洩らした。
「恐ろしい闘志よ」
浪人は、少々呆れているようでもあった。
「シルド。さっきの人達のことだけど、とりあえず京村の方に逃げるよう言っておいたわ」
「その人達が言うには、昨日通った時はこんなに居なかったそうよ。普段は1、2匹見かけるくらいだって言ってたわ」
「確かに多すぎるとは思うが、何らかの原因があるということか…?」
「それはまだ分からないわ。けど、もしかしたら、今のこの辺りは普通じゃないのかもしれない」
シルドはそれを聞くと、不思議そうな顔をした。
「…キメラを見つけたの。それも、透明化するような、明らかに普通じゃない魔物だったわ」
「透明化は気になるが…キメラとは、カルト的な話だな。見間違えでもしたんじゃないか?」
「ち、違うわよ。そうじゃなくて──」
そう言った瞬間、エルの頭の中に森の声が届いた。
『───』
「っ!?」
森の声が発する、言葉にならない言葉は、重大な状況になったことを意味する。
エルが一方に振り向くと、その先から甲冑や武器が擦れる音が聞こえてきた。
エルに釣られ、浪人とシルドも一方を見る。
「!!」
シルドは、それが何かを知っていた。
かつて仲間と打ち倒したはずの、魔物や魔獣よりも強く禍々しさを放つもの。
混沌の象徴とも言える存在が、あの方向からやって来るのだと、シルドは全身が覚えていた。
「…浪人、今すぐ京村の奉行所へ向かってくれ。そして、緊急事態であることを伝えて欲しい。四天王と言えば伝わるはずだ」
「何?あれも倒すべき敵なのだろう?」
らしくもなく、シルドの頬に汗が伝っていた。
「魔物に詳しくないお前が立ち向かえる相手じゃない」
「……下手をすれば、俺も死ぬ」
戦慄したシルドの横顔を見た浪人は、すぐに疑問を収め、事態を把握した。
「…山籠りだったんだ、足は速くない。死ぬなよ」
言い終わると同時に、浪人は風のように走り去った。
シルドは一歩前に進み、エルと肩を並べる。
「…あれが何かは、分かっているみたいだな」
「……ええ。本当に、最悪」
シルドは、剣を抜いてから再び口を開いた。
「お前も浪人の後を追え。救援を先導してほしい」
それを聞いたエルは、シルドを見ることもなく笑った。
「こんな状況になったことが無いからだろうけど、虚勢を張るシルドって意外ね」
「忘れちゃったかしら?私は感情を読めるのよ。私と一緒に戦えば、倒せるかもしれないんでしょ?」
シルドは完全に忘れていたのか、少しだけ表情を変えた。
その顔からは驚きを感じるが、どこか安堵しているようにも見える。
「…もう、心を読んでいると言って良いんじゃないか?」
硬くなっていたシルドだが、思わず笑みがこぼれてしまった。
「感情は、喜怒哀楽の4つだけとは限らないのよ~」
今から強大な敵に挑むとは、到底思えない調子の返事をした。
そして、2人の顔から笑みが消えた瞬間。
2人の目には、ボロボロの甲冑を身に付けた、夥しい数の軍勢が映っていた。
「あれは、マンウィズバット…じゃないわよね」
甲冑を身に付けているのは人ではなく、人影と見間違えてしまいそうなほど、黒ずくめになっている何かだった。
それらは、各々の武器を手に持っており、それも甲冑と同じくボロボロだった。
手入れなど言語道断、血が付着したままの物もあった。
そして、先頭を歩いていた甲冑が止まると、それに並ぶように他の甲冑も止まった。
その後ろの、後ろ。
悪魔のような角と翼を生やした、”一見は人間”が立っていた。
「初めましてぇ♡だいえーゆうさぁん?」
反吐が出そうな甘い声で、悪魔は丁寧を口にした。
「魔王軍四天王のぉ~…」
「ヴィア・ヴェル・ベイパロで~す♡」
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