67.無銘
浪人は300年の賜物とされる刀術で、あっさりと魔獣を切り捨ててしまう。
それを見ていたエルは、驚きと困惑の中で疑問を呈するのだった。
そして1秒も経たない内に、浪人の方から突風が吹いた。
それは自然に発生した風ではなく、浪人が刀を振ったことにより発生した風だった。
「今のって、ラッシュ・アウト……?」
「いいや。かなり似ているが、れっきとした別物だ」
攻撃の挙動に過程が無く、結果だけを見せたその技は、シルドの使うラッシュ・アウトと同じように見えた。
触角を切られた魔獣達は、力無くその場に倒れる。
「…触角しか切っていないが、本当にこれでいいのか?」
浪人は刀を払い、鞘に収めた。
それと同時に、何かが聞こえた。
『不死を目指すが良い』
強く重い声で、脳内に響くようだった。
声とは言うが、生声ではなく残留思念のようで、例えるならメッセンジャーに近いもののように感じた。
「今のは…?」
「この魔獣なるものに憑いていた、怪異による瘴気だろう。聞いた限りだと、死に対して抵抗を持っていたそうだな」
「300年以上生きているお前のことだし、これは皮肉を言われてるんじゃないか?」
「俺は不死であることに興味は無い。単なる偶然のはずだ」
エルは、倒れている馬に近付く。
「魔獣化していた上に、怪異っていうものにも影響を受けてたなんて…かなり辛かったでしょうね」
荒々しく呼吸している馬を、エルは優しく撫でてあげた。
「瘴気は瘴気を誘い、誘われる。禍々しい魔獣化とやらが、怪異を呼び寄せたのだろう」
「それにしても、相変わらずの腕前だな。それがスキルでも魔法でもなく、ただの剣術だと言うのだから尚更信じられん」
「伊達に300年間、山に籠り続けたわけでは無いということだ。俺から見れば、お前達の使うスキルや魔法なるものの方が信じられんがな」
その会話を聞いたエルは、驚いた。
「えっ…浪人さんのあれ、ただの剣術なんですか!?」
「それ以外の何に見える?」
驚きが隠せないエルは、シルドと浪人を交互に見ながら挙動不審になっていた。
「い、いや、明らかに普通じゃないですよね?東之国に、他に同じことをできる人が居るんですか!?」
「探せば1人や2人は居るかもしれんな。お膳立ては要らんのだが、そこまで驚くことなのか」
そう言うと、浪人はシルドの方へ向いた。
「エルは、言葉で言い表せないものが好きじゃないんだ。先ほどお前が見せた技のように、超常的に見えるものは特にな」
「超常的か…俺としては、ただの一太刀に過ぎないつもりなのだが」
「なら、先ほどのお前の技は、ただの一般人が真似できることなのか?」
浪人は黙り、考え込んだ。
「なるほど。俺は、お前達の使うスキルや魔法を超常的と言ったが、お前達にとっては俺の刀術がそれに含まれるというのか…」
「他の誰にも真似できないのだから、超常的と言えるだろう。東之国以外だと、スキルや魔法なんてザラだぞ?」
「それに、お前は存在自体が超常的じゃないか。300年以上を生きた人間なんて、人かどうかも怪しくなるだろう」
「……この話は、分が悪いそうだな」
浪人は鼻で笑い、シルドの意見を認めた。
そこへ、エルが話に入る。
「…な、何か納得したみたいだけど、私はまだちょっと分かっていないわ。特に、シルドのラッシュ・アウトとは何が違うの?」
「ラッシュ・アウト?」
ラッシュ・アウトという言葉を、どうやら浪人は知らないようだった。
少々面倒そうに、シルドが話を続ける。
「…浪人。実を言うと、俺もお前と似た技を持っているんだ」
シルドはそう言うと、自身の真横に向けて、剣のラッシュ・アウトを放った。
こちらも浪人が放った技と同じく、攻撃の挙動が見えず、斬撃だけが残される意味不明な技だ。
それを見た浪人は、特に驚いた様子ではなかった。
「以前、手合わせをしたというのに、そのような技を隠し持っていたのか?」
「隠すつもりは無かったんだ。お前なら何となく察していたかもしれないが、あの時の俺は本気が本気とは言えないほど酷かった」
すると、エルは浪人に聞いた。
「し、知らなかったんですか…?」
「無論だ。歴戦の風貌を漂わせているというのに、何か怪しいとは思っていたが…弱いのではなく、療養中だったのか」
「今なら、1年前のように簡単にはやられないぞ」
今にでも戦い始めそうなほどの闘志を感じさせる2人だったが、またしてもそこへエルが割って入る。
「な、なら!ラッシュ・アウトと、あの……朧…ろ、浪人さんが放った技って、どう違うの?」
「俺のラッシュ・アウトは、一振りで幾つかの斬撃が出せるが、お前のはどうなんだ?」
「”朧掴シ虚貌ノ結末”も、大体はその通りと言って良い。だが、俺はそれが一太刀だということを前提としている」
「あくまで一振りであり、複数回に分けて切っているつもりはない。狙いが複数あるのなら、切る場所も増えるがな」
それを聞いたエルは、わけが分からないと思った。
「ねぇシルド。悪いんだけど、違いが全く分からないわ…」
「俺にそう言われてもな…」
すると、今度は浪人が口を開いた。
「確かに似た技ではあるが、志しているものは違うはずだ。俺はこの刀に恥じない腕を持つこと…つまり、一つの武術を極めることを目標にした」
「それに対して、お前の師匠は戦いの中に生きる者だ。ラッシュ・アウトなる技からも、正確さよりも破壊力が見て取れた」
「俺が武士であるなら、こいつは戦士。技を振るう目的が違うのではないか?」
その説は、エルが求めていた原理の解明ではなかったものの、不思議と納得することができた。
どういう原理なのかという問いに対して、どうであれ志したものが違うという返答。
理に適っていない返答なのに、どうしてここまで納得できてしまうのかと、今度はそちらが不思議に思えてくる。
(ちぐはぐな問答なのに、正にと言えるくらいしっくり来る答えだわ…)
考え込むエルを見て、シルドと浪人は納得してもらえたのだと思い、次の魔物が出る場所へと向かうのだった。
ちなみに、魔獣化していた馬は、エルが回復魔法を掛けた後に野に放ったとのこと。
──荒野にて
「ここは…戦場跡か?」
先ほどの林道から数十分歩いた先、雑草どころか緑の一つも見当たらない場所に到着した。
「かなり古くに戦地になった場所だと聞いたから、お前なら知っていると思っていたんだが」
「知らんな。それがどれほど昔なのかは知らないが、俺が山に籠っていた間の話なのではないか?」
そんな他愛もない会話をしていると、またしてもエルが何かを見つけたようだった。
「あれ、また魔獣?それに、あれは…??」
エルが見ている方を見てみると、確かに魔獣らしき動物と共に、謎の平たい物体が空を舞っている。
「あれは、一反木綿だ。本来は夕刻に出るはずだが、何故この時間に…」
「あ、あれが、本物の妖怪…!」
(……にしては、何だか迫力に欠けるわね。何でひらひら舞ってるだけなのかしら?)
初めて見た妖怪に嬉しくなるも、少々期待外れだったことを心の中で残念に思うエル。
「軽く見るなよ。一反木綿は言わば、奇妙な行動で人の興味を引くのだ。そして、手の届く範囲に入った者を絞め殺す」
それを聞いたエルは、緊張からなのか身を引き締めた。
「かなり残酷な妖怪なんだな」
「善良な妖怪というのは、基本的に存在しない。居たとしても、人前には中々姿を現さないからな」
「下にいる魔物は、何で特に何もされていないのかしら?」
「興味が無いのか、共生しているかのどちらかだろう。また俺が切ってもいいが…魔獣があちらこちらに居るな」
浪人が言った通り、荒野には多いわけではないが、軽く見渡しただけでも数匹の魔獣が確認できる。
この状態だと、更に多くの魔獣が息を潜めている可能性があり、攻撃で他の魔獣を挑発してしまうかもしれない。
「あれくらいの数なら、俺とエルでどうにでもなる。それに、切れないわけじゃないんだろう?」
「見切ったとは言えんが、先に切ることはできる。それで、一反木綿は切るのか」
シルドが頷くと、浪人は刀の柄を掴み、抜かないまましっかりと構えた。
(…も、もしかして……)
「無銘」
エルが何かを察すると共に、浪人が刀を振り抜いた。
それは、鍔から先が見えないほど素早く、シルドが唸るほどの技だった。
(何から何までシルドのラッシュ・アウトと同じだ…!)
明らかなリーチ外への攻撃に対し、エルは再びラッシュ・アウトと比べていた。
切られた一反木綿なる妖怪は、2つに分離しながらも何事も無かったかのように舞い続け、幻だったかのように消えてしまった。
真下に居た魔獣は、一反木綿が消えた事に気付くと、鳴き声を上げて周囲の魔獣を騒がせた。
今まで分からなかったが、一反木綿の下に居たのは狼の魔獣だった。
「多分だけど、ここに居る魔獣はもう元に戻せないと思う。あの狼なんか、体が異様に発達しているもの」
「───」
エルが狼の魔獣を指差すと共に、狼の魔獣も3人に気付く。
そして遠吠えを放つと、辺りに見えていた魔獣達は一目散にこちらへと向かって来た。
「今度は好きに切って良いのだな?」
各方面から迫り来る魔獣達に怯まず、浪人は静かに聞いた。
「そうだな。だが、俺達の知らない動きをする魔獣も居るかもしれない。警戒は解くなよ」
それを聞いた浪人は、何を言うことも無かった。
「エル、弓で支援を頼む」
「了解!」
エルは即座に弓を構え、矢を番えた。
その時点で、魔獣達は3人まであと5歩の所、目前と言っても良い距離だった。
しかしそれでも、森で鍛えられた弓術を持つエルにとっては、十分すぎる余裕があった。
「バウンストーン」
放たれた矢は風を切り、シルドと浪人の間を縫って進み、2人の目の先の地面に突き刺さる。
それと同時に、その場を踏んだ魔獣達は、空へと飛び上がった。
「──!」
その浮かび上がった魔獣達に対して、浪人が技を繰り出す。
「無銘」
すると、魔獣達は力無くそのまま地面に落下し、既に息絶えているようだった。
今度は、浪人が刀を振るう姿すら見えなかった。
本当に切ったのかどうかすら怪しいと思えたが、魔獣には確かな傷が残っていた。
(さっきから無銘って言ってるけど、とんでもない技ばかりじゃないの…!)
エルは次の矢を番えながら、浪人の刀術に驚いていた。
ひと纏まりを倒したとはいえ、あれだけではない。
右にシルド、左に浪人、その後ろにエルという陣形で魔獣を倒し続ける。
「ラッシュ・アウト」
「無銘」
淡々と技を唱えるにしては、その効果があまりにも強大すぎる。
いつものことながら、浪人と並ぶとより顕著に見えてしまう。
「───!」
しばらく魔獣達を倒し続けていると、浪人の先の方から咆哮に交じって人の声が聞こえた。
「たっ、助けてくれぇえええ!!」
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