66.虚影を追う浪人
浪人が300年を過ごしていたという場所に案内された2人。
そこで、錆厳鉄の来歴を聞くことになる。
「前にも言ったが、”無銘錆厳鉄”の本来の持ち主は俺ではない。この刀の持ち主は、魔物に背後から襲われ、命を落とす寸前でこの刀を俺に託したのだ」
「錆厳鉄の本来の持ち主は、東堂くめが言っていた錆を操る剣士ということで間違い無いな。”錆を操る剣士と2人”と言われていた内の1人はお前だと分かるが、もう1人は誰なんだ?」
「もう1人は、この刀を鍛え上げた者だ。元々俺達は、3人で行動することが多かった。純粋に友人としての付き合いがあったのだ」
「その方々の名前は…?」
「…名前は伏せておく。お前達が俺の来歴を信じ切れないように、俺もお前達を完全に信用しているわけではない」
エルはそれを聞くと、引き下がるように口を閉じた。
「この刀の持ち主は、村一番のお人好し…仁義を重んじ、数多の善行で村の皆から好かれるような奴だった」
「この刀を鍛え上げた者は、刀匠として古くから名高い家系だった。仕事人としてはまだ未熟だったものの、錆厳鉄を鍛え上げてからは地位を得た」
「この刀の持ち主は、錆厳鉄の特性上果し合いであっても生身を切らないという信条を持っていた。奴は、”真剣でなくとも真剣勝負はできる”と言っていた」
「当時はまだ珍しかった、魔物に対する抑止力を保持しておきたくて、そう言った所もあるだろう」
「その者の最後は、あっという間だった。いつも通り、果し合いを挑まれ対戦を終えて間もなく、背後に潜んでいた魔物に背を切られたのだ」
浪人は、一定の声調を保ったまま続ける。
「魔物が手にしていたのは、どこかから盗って来たのであろう古い刀だった。奴は何の苦も無くその魔物を切り捨てたものの、背中の傷は深かった」
「果し合いの立会人としてその場に居た俺は、万が一を思って持ってきていた包帯を、奴の傷口に巻こうとした。だが、奴はそれを拒んだ」
「自分が助からないことを知っていたのか、地面に倒れてからはすぐさま俺に錆厳鉄と辞世の言葉を託した。そして数秒経つと、奴は息を引き取ってしまった」
「俺は、誉も糞も無い魔物の首を晒してやろうと、奴が切り捨てた場所を確認したが、その場に残っていたのは灰だけだった」
何かを察したエルが、驚きの表情に変わる。
「それって……」
「どう見ても、俺が奴を殺したとしか思えない状況だった。俺は追われる身になり、身内に別れを告げる間も無く人里を離れた」
「そして山に籠ること数百年、その後に久しく山を出てみたら、右も左も分からぬ世界になっていたというわけだ」
あまりの残酷さに、2人は何も言えなくなる。
「奴の墓がどこかも知らず、この刀を鍛え上げた奴がどうなったのかも知らない。時の流れとは、残酷だな?」
浪人は、自嘲するように鼻で笑った。
「…東之国は、かつて魔物の存在が全くと言って良いほど無かったと聞いている。魔物に関する知識が浅かったから、お前が殺したと疑われたのか」
「しかも、それが300年前の出来事…例え証拠があったとしても、汚名返上は絶望的ね」
「それを分かっているからこそ、俺はただ佇むことにしたのだ。300年という期間は、俺が知るほとんどのことを無に帰した」
「そんな世界で下手に行動すれば、この刀に更なる汚名を被せることになるかもしれん。この刀の元の持ち主には、汚名など程遠い」
すると、浪人は錆厳鉄を鞘から引き抜き、自分の前に立てて刃を見つめた。
その刀身は、名前の通り錆びたような模様をしており、300年間も世に存在しているとは思えないほど刃こぼれもしていない。
遠くから見ればただの錆びた刀にしか見えないだろうが、近くで見ると恐ろしいほどの業物であることが分かる。
一般的な刀のように冷たく光ることは無くても、その精巧さは今でも群を抜いているだろう。
「お前もその刀も、叶うことなら名誉を取り戻したいんだろう?」
「叶うのならな。それは最早、叶わぬ願いと化している」
諦めたように言う浪人に対し、シルドは途切れることなく言った。
「なら、今からでも善行を重ねれば良い。俺達と一緒に、魔物を討伐しに行こう」
「………」
それを聞いた浪人は、特に変わった反応は見せなかったものの、シルドの方を見た。
「…それをしてどうする?気の赴くままに殺生を行う者と呼ばれそうだが?」
「今はお前が思っている以上に、魔物に関する知識は広まっている。それ専用の施設が、あの村にも在るくらいだからな」
「それに、私達は異国の人間ですから、もしかしたら人助けにも見えるかもしれませんよ!」
シルドとエルの言葉に、浪人は言い返そうと思わなかった。
”叶うことなら名誉を取り戻したい”ということに同意を持ち、自身の知らない世界を見て回る者が、助け船を出してくれている。
(また世を渡り歩けるようになるには、素直にこの2人と共に行動した方が良いのか…)
浪人自身も、このままで良いとは思っていない。
長い間何も分からなかった友人の痕跡を辿りたいし、飲み食いしたいものも沢山ある。
村だって見て回りたい。300年間でどう変化したのかが気になっている。
そして何より、錆厳鉄は汚名を被るべきではない。
(この刀は、彼奴の最後の象徴としても、汚名を被せられるわけにはいかないのだ)
浪人は数十秒間黙り込み、長く考えた末に結論を出した。
「俺は、さほど魔物に詳しいわけではない。それに、あの場所から動いたことも無い故、魔物の出現しやすい場所などというのも知らないが」
「それは気にしないで良い。奉行所で、既に聞いてあるからな。魔物との戦いは、お前の剣術であれば圧倒できるだろう」
「少々不安が残るが、普段から魔物と戦うお前がそう言うのなら、そうなのだろう」
そして、浪人はシルド達と行動を共にするのだった。
──とある道中にて
浪人が300年を過ごしていたという不思議な山中から離れ、京村の更に奥の方にある林道に来ていた。
シルドとエルが奉行所で聞いた話によると、ここで”禍々しい獣”が出るのだとか。
(多分、魔獣のことよね…魔獣については、まだあまり知られていないのかしら?)
エルがそう疑問に思いつつ、シルドと浪人の3人で林道を歩いていると、林道の傍らに複数の影が見えた。
言うまでもなく、それらは魔獣だった。
「ねぇ、あそこ…」
「魔獣か。それに、あれは……?」
2人して目を凝らして魔獣をよく見ると、それが馬の魔獣であることと、魔獣化の初期段階であることが分かった。
「何とも形容し難い魔物だな、獣の姿を借りるとは…ん?」
そう言うと、浪人も目を凝らして魔獣を見た。
「あれは魔物じゃなくて、魔獣って言うんですよ」
エルがそう教えるも、浪人は耳に入れていなさそうだった。
そして数秒の後、呟くように浪人は口を開いた。
「あれには、怪異が憑いている。妖怪にも、怨霊にもなれなかった何かだ」
「怪異とは、また初耳のものが出てきたな。それがあることで、何か厄介になるのか?」
「いや、特に問題は無い。だが、怪異はそうなってしまった通り、人非ざることを選び死んだ者だ。多少の瘴気は発生するかもしれん」
「心配なのであれば、俺が切ろう」
そう言うと、浪人は刀を抜いた。
「待て。なら、あの触角のような突起は見えるか?」
「3つ出ているヤツか。あれがどうした」
「あれだけを切ってほしい。魔獣化の状態からして、まだ元に戻れるかもしれない」
既に魔獣に焦点を当てていた浪人は、思わずシルドの方を向いた。
「…どういうことだ?」
「触角が出ている状態だと、まだ元に戻るかもしれないんです。あの触角を上手く切れたらの話ですが…」
エルからそれを聞くと、浪人は溜息と共に再び魔獣に焦点を当てた。
「魔獣とは、面倒なのだな…」
浪人は、堂々と魔獣の方へ向かって行く。
「魔獣の動きは、普通の野生動物の比ではない。想像の倍は速いと思え」
「勝負のし甲斐がありそうだな」
注意にも怯まず、浪人は足を進める。
そして遂に、魔獣も浪人を認識した。
「───」
魔獣が唸り声を上げると、近くに居た他の魔獣も寄ってきた。
魔獣は本来群れることは無いはずだが、あれが魔獣化の初期症状であることと関係しているのだろう。
一応として、エルは弓、シルドは剣を引き抜いた。
「何匹か出てきたが、助けは要るか?」
「無用だ」
「───!」
そんな前置きを無視するかのように、魔獣の群れは浪人に向かって駆け出した。
「いきなり3体って、ちょっと無理があるんじゃ…」
「いや、奴の剣技を見れば分かる」
シルドにそう言われ、エルは目を凝らして浪人を見ることにした。
浪人は既に刀を前に構えており、どう切り出すのかが予想できなかった。
「──朧掴シ虚貌ノ結末」
浪人が言った、聞き慣れない言葉と共に、自身の目を疑う光景が見えた。
魔獣の触角に現れた、閃光とも言える一太刀の跡。
浪人が刀を振るう姿は見えず、目に入ったのは振った後の姿と、通り過ぎた刀の痕跡だった。
初めて見た技だというのに、エルはそれに見覚えを感じていた。
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