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65.無我の境地

謎の多い浪人を問い詰めると、ある場所へ案内されることになった。


「えー…っと……??」


エルが疑問を洩らすように声を出した。


「この刀は、元の持ち主から奪い取ったのではなく、託されたために俺が所有している。そう言った所で、証拠と言える物は何一つ無いがな」


「待て。300年前だと?」


「そうだ。戦場から離れていたとはいえ、戦乱の世に生まれ育った」


桁違いの寿命に、シルドは思わず後方に振り替えった。


「エル、何か知らないか?」


「し、知らないわよ。当時の東之国の話も知らないし、私は160歳だし…」


「300年以上生きていると言ったが、300歳であるとは言っていない。実は、自分でもどれくらい生きているのか把握できず、正確に何歳なのかはもう分からない。俺が生きた時代の特定なら諦めろ」


「それはさておき…お前も長寿なのか?確かに、ただの人間には見えないな」


浪人は、エルの長い耳を見て言った。


「私はエルフっていう種族で、千年を生きるのが普通なんです。でも、貴方は……」


「外国には、摩訶不思議な人間も居るのだな。俺は正真正銘の東之国人であり、お前の師匠と同じくただの人間だ」


エルはそれを聞きながら、浪人の心を覗いていた。


(…嘘は吐いてなさそうだし、魂の形も人間ね。でも、普通の人間とはどこか違うような…)


黙り込んでいるエルをさておき、シルドが質問する。


「全身に包帯を巻いている理由は何なんだ?」


「身元を隠すためだ」


「なら、何故身元を隠す?お前が刀を奪っていないと言うのなら、身元を明かせば潔白を証明できるんじゃないか?」


「いや、それとは真逆の事が起きるだろう。そもそも、この刀の持ち主の身元も明かされていないのだから、俺の身元ももう残っていないはずだ」


「だが、東堂が古い日誌で見たという話…あれは、紛れも無く本当の話だ。俺もその場所に居たからな」


「………」


それを聞いた2人は、まだ疑いの考えが山ほど残っていた。


「…300年以上生きていたと言える証拠は、本当に何も残っていないのか?正直、お前の話は何一つとして信じられない」


「お前が骨董品の鑑定能力でも持っていたら、あるいはの話だ。ずっと籠っていた山がある」


浪人がそう言うと、シルドは再び後方に振り返る。


「…骨董品って言うか、物が古いかどうかくらいなら分かるわ。それが自然の物なら、尚更ね」


「面白い奴だな。それなら、案内してやろう。そう遠くはない場所にある」


浪人を初めとして、シルドとエルも続いて歩き始めた。


そして、歩きながら質問を続ける。


「お前は…何故いつもあの場所で立っているんだ?」


「特に意味は無い。あの場所が最も馴染み深いからだ」


「本当に特に意味は無いなら、何故ずっと籠っていた山から出てきたんだ?聞いた話だと、お前が現れたのは3~4年前なのだろう?」


「ふん…嫌な所で正解を突いているとは、噂話は何も良い所が無いな」


「俺が山から出てきた理由は、ただの思い付きでしかない。長い間籠っていたから、久しぶりに外へ出ようと思ったのだ」


「その結果が、俺の知らない世界が広がっていたということだ」


黙って話を聞いていたエルが、口を開いた。


「つまり、300年以上籠ったのは、意図していなかったということ?」


「ああ。それに、数百年が経っている感覚も無かった。俺の感覚では、3年ほどだと思っていた」


「だが、山に籠ったこと自体は、俺の意図したことだ。当時から、俺はこの刀の持ち主を殺したという疑いが掛けられ、追われる身だったからな」


「これも噂話で聞いたことなんだが、その刀が毒…いや、疫病が流行る呪いを持っているというのは、本当なのか?」


「ハッ…子供を従順にさせるための作り話としか思えないな。刀に毒と近しい効果があるのは認めるが、疫病などは有り得ない。毒繋がりで広まった話か?」


浪人は鼻で笑い、噂話を一蹴した。


そして少しの間が空き、話が再開される。


「なら、お前が見境無く人を襲うという話は?奉行所では、観光客がお前に切られかけたという通報があったみたいだが」


「果し合いの話が誇大されて広まったか、直近のことであれば観光客の真後ろに出た魔物を切ったことだろうな」


浪人の声調からして、それが嘘ではなさそうだということは、シルドにも感じ取れた。


「果し合いを断ることが無いとも聞いたが、命を掛けた真剣勝負なのに、何故お前の立っている周りには血痕が残っていないんだ?」


「俺の信条故だ。刀の特性も相俟って、直接切ると相手を余計に苦しめることになる。これ以上、この刀に余計な汚名を被せたくない。これは、もう少し後で話そう」


浪人は、少し複雑な雰囲気を漂わせていた。


「自身で弁明しようとは思わないのか?」


「弁明も何も、悪い事をしていないのだから、弁明する必要が無い。俺が普通に生きていた頃は、弁明しようとすればするほど疑われる風潮があった」


「それに、疑われている者が何か言った所で、証拠が無ければ誰も信じないだろう。生憎、俺は証拠を一切として持っていないからな」


それには一理有ると、シルドとエルは同意した。


「では、お前もかつては京村で暮らしていたということか?あの神社の古い日誌にお前が乗っていたということは、そういうことになると思うんだが」


「…村の名前は違うが、その通りだ」


「お前が普通に生きていた時代では、弁明することが逆に捉えられていたのかもしれないが、今はもう違うんじゃないか?大衆に説得できるような物が、今向かっている山にあるのか?」


「………」


そこまで言うと、浪人は黙ってしまった。


「俺は、自身の名誉などどうでも良い」


「…俺が守りたいのは、この刀だけだ」


後の言葉は声が小さくなったため、シルドとエルは浪人が何と言ったのか聞き取れなかった。



──数分後 不思議な山中にて


「ここだ」


浪人とやり取りをしながら歩いていると、いつの間にか山中に行き付いていた。


「…シルド」


「ああ。明らかに、先ほどまでと空気が違う」


その空間の異様さに気付いた2人は、辺りを少しだけ警戒していた。


「何をしている?」


「…この空間は何だ?魔法の類で作られた結界か?」


「いや、魔法だったら先に言ってるわよ。これは魔法なんかじゃない…少なくとも、一般的に作られた空間ではないわ」


「大袈裟に考え過ぎだ。ここらは、俺が錆厳鉄を使いこなそうと修行を行い、300年以上生き長らえた空間。普通では無くても、驚くことはあるまい」


「聞いていなかったが、お前は自分が300年以上生きれた理由を知っているのか?」


「一切知らん。ここで修行していた間は、錆厳鉄を振るうことだけに意識の全てを注いでいた」


エルが感じ取ったその空間は、メッセンジャーなどの魔力が通じないほど外界との繋がりが絶たれていた。


魔力は世界のあらゆる所に存在し、ただの土や苔でさえ僅かながら内包している。


だが、それが感じ取れないこの空間は、言ってしまえば世界の干渉を受けていない空間となる。


(何でこんな空間が…浪人が作った、って言うのは違うわね。魔力量がシルド以下だし、そもそも魔法自体使わないだろうし…)


その空間を眺めていると、ふと切り株が目に入った。


「浪人…さん?あの切り株って、いつ頃作った物なんですか?」


「あれは…修行を始めて、少し経ってから切った物だ。何気にあるが、あれが最も古い物の一つかもしれない」


「分かりました、見てみます…」


そう言うと、エルは切り株に近付いていった。


「やけに切り株が多いが…ここを主な拠点として扱っていたのか?」


「そうだ。山中でありながら地面が平坦で、麓から程良く離れている。籠るには、ここが一番環境が良かった」


「寝泊まりや、食事はどうしていたんだ?」


「追われる身だった故、この刀を託されてからは、一度も床に横たわったことは無い。木を背もたれにして、いつでも飛び起きれるようにしていた」


「食事は……不思議と、飯を食っていた自分を思い出せないんだ。最初の頃は、蛇や兎を焼いて食っていたと思うのだが…」


「途中で食事を摂らなくなった、ということか?」


「…記憶が曖昧だ。食っていたかもしれないし、そうでなかったのかもしれない」


この異様な空間を見据えて言うなら、食べずに時を過ごしていた可能性も十分にある。


食事の跡とも見える廃棄物が無いし、焚火の跡も少ない。


「シルド、切り株を見てきたけど…」


「どうだった?」


「少なくとも、数十年は前の痕跡が残っていたわ。切り株全体の状態を見るなら、本当に数百年前の物かもしれない」


「ふむ。修行の合間、一息吐く時に切り株に座るのは失敗だったか…」


「他に何か分かったことは?」


「…シルドも分かってると思うけど、この空間の異様さと、ちょっと離れた所に転がってる石ころとかから、年代物の雰囲気は感じ取れたわね」


浪人が300年以上を過ごしたというこの空間は、何とも言えない冷気が漂っているものの、かと言って寒くも暑くも無い空気で立ち込めていた。


そのため、ここに来るまでの道中の至って普通な空気と比較すると、どうしても違和感や異様さが際立って感じられる。


「この空間について、エルはどう思う?」


「正直に言うと、これ以上の証拠が無いなら、浪人の話を信じるしかないと思うわ。土や石だけじゃなくて、植物も時が止まったかのような状態で見つかるんだもの」


「でも、非現実的過ぎるわ。誰かに言っても、これは信じてもらえなくて当然よ」


エルはそう言うと、浪人を見た。


「300年以上生きているということを分かってもらえたのなら、この刀についても語ろう」


浪人は、一呼吸をしてから話し始めた。


最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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