64.ちょっとした依頼
巫女に案内され、とある部屋にて休憩していた2人。
そこで、ちょっとした頼み事を託される。
意外な切り出しに、シルドとエルは少し驚いていた。
「別に構わないが、お前がそこまで気にすることなのか?確かに、冤罪は許せないことだが…」
それを聞いた東堂くめは、少し間を置いてから説明を始めた。
「実は、恐らく錆厳鉄にまつわるのであろう話が、この神社の歴代神主が遺した日誌に記録されていたのです」
「日誌の内容を要約すると、”社を脅かす大猪を、錆を操る剣士が追い払ってくれた”と書かれていました。この”錆を操る剣士”と表現される人物が、村の書物に記されていた錆厳鉄の使い手であり、浪人にまつわる人物なのではないかと考えております」
それを聞いたシルドは、少し不思議そうな顔をしていた。
「錆厳鉄の使い手だとするのは分かるが、浪人にまつわる人物というのはどういうことだ?その日誌は、最近の物では無いのだろう?」
「実は、その文章の少し後に、”錆を操る剣士と2人”という言葉も記されていたのです。つまり、日誌にはそれ以上の詳細が書かれていませんが、錆を操る剣士と行動を共にしていた人物が2人居たということになります」
「その2人の内のどちらかが、浪人にまつわる可能性が有るということか。それ以外に、錆厳鉄にまつわる話は村の古い書物とやらで見つかっていないのか?」
「はい。錆厳鉄の使い手の名前も、錆厳鉄が如何にして鍛造されたかなども、他には一切見つかりませんでした。錆を操る剣士と共に行動をしていた2人も、書物に一切残されておらず…先ほど伝えたことが、私の知る限りになります」
シルドはしばらく考えた後、口を開いた。
「直接浪人に聞くしかないという事だな。受けてやるが、お前はそれを知ってどうするんだ?」
「…もしや、私が何か悪巧みをしているとでもお考えですか?」
東堂くめは、少し笑いながら言った。
「ご冗談を。浪人と錆厳鉄の噂話を耳にして、興味本位で古い日誌を覗いてみたら、錆厳鉄と思える話が出てきてしまった。ここまで来て、それ以上が気にならないと言える者など、居るはずがありません」
「単に気になるから、というだけか。長旅の休憩がてら、浪人の話を聞くのも悪くなさそうだな」
さっそく浪人の所へ向かおうと、シルドは立ち上がった。
そしてエルを見ると、眠たそうにウトウトしていた。
シルドはエルを軽く突き、起きるように促す。
「あっ…静けさが心地良くて、寝そうになってた…」
エルは、そんな自分を笑いながら立ち上がった。
そして、シルドは湯呑と共に、金貨2枚を東堂くめに差し出す。
東堂くめはそれを受け取らず、何か言いたげな表情でシルドを見た。
「シルド様?東之国における礼節は、以前お会いした時に教えたはずですが?」
「前回は払わせてもらえなかったが、今回は俺の国の方の習慣に従ってもらう。この部屋は、1年前から何も変わっていない。この場所に居れば居るほど、世界についてのあらゆることを忘れられるような気がする」
改めて金貨を押し出すと、東堂くめは少し困ったような顔で受けとった。
「…では、此度は有難く頂戴致します。しかし、次に来られた際には、再びこちらの習慣に従っていただきますよ」
「ああ。また来よう」
そして、シルドとエルは村の方へ戻るのだった。
──奉行所前にて
神社に居た時には、すぐさま浪人の所へ向かおうと考えていたシルドだが、少し予定を変更することにした。
東堂くめの言っていた、浪人の良くない噂話とやらを直接聞いてみようと思い、奉行所の方に足を運んでいる。
「ここが奉行所…もといギルドね。建物自体は東之国の文化色が強いから、看板を見なかったら気付けなかったでしょうね」
「俺達は、奉行所がギルドだということを事前に知っていたから良いものの、何も知らずにこっちに来た者は何のための施設なのか気付けないだろうな」
そして、取り敢えずと受付の者に話を聞くことにした。
「外国人さんか。何か困り事かい?」
意図的に詮索していることを隠すため、シルドはあえて浪人という言葉を出さずに話を始めた。
「港から京村に続く道に立っている、刀を持った包帯の男について聞きたいのだが、何か知っているか?」
「あぁー!浪人のことか。あんたら、危ない事はされなかったかい?」
「危ない事…?」
「ああ。浪人は果し合いをよく受けるし、断ったことが無いからかなり好戦的だって聞いてるんだ。何も知らない観光客が襲われたって話も聞いたし、あんたらも気を付けた方が良いぞ」
(果し合いか…命を掛けた真剣勝負ということは知っているが、奴の近くには血痕など見当たらなかった。それに、アイツは好戦的と言うより、かなり理性的な人物だと思うのだが…)
悪い噂話が立っていることは確認できたが、更に謎が増えてしまった。
「確か、3日前だったか。あんたと似た外国人が駆け込んで来てな、危うく頭を落とされる所だったなんて通報もあったぞ」
「それに対して、何か具体的な対応はしたのか?」
「いいや、それができないんだ。知らないと思うが、浪人の持ってる刀は呪いの力を持っててな、あれに少しでも掠められると疫病が流行っちまう」
予想していなかった話に、シルドとエルは少しだけ驚いた。
「疫病というのは…?」
「俺も詳しい話は知らないんだが、錆が人体には毒だってのは分かるだろ?その刀に切られると、激痛と共に死に至るだけじゃ留まらず、切られた人物に関わる者も同じ症状で死んでいくって話があるんだ」
(その話は流石に…信憑性に欠ける話だと思うわ。正に、”噂”話って感じね)
(疫病の事についてはまだ分からないな。浪人とは剣を交えたが、確かに刃が向けられたことはあっても、掠めたことは無い。俺の負けが決まった時も、刃先を突き付けただけだったしな…)
謎が幾つか増えた所で、シルドとエルは奉行所を出て、次の目的地へと向かった。
──屋台前にて
別の場所へ向かおうと、どこに行くなど決めたわけでもなく外に出ると、エルが”やきとり”と書かれた屋台車を見つけた。
片道12分の階段を上り下りという、それなりの運動をしたこともあり、肉が欲しいと言い始めたエルに合わせて、屋台の店主に聞くことにした。
「何これ美味し~…炭の香りが良いわ~…」
屋台に着いて早々、エルは注文したもも肉を幸せそうに頬張っていた。
「あいよっ、兄ちゃんの分もできたぜ」
すると、シルドの前に1本の串が差し出された。
「ありがとう。ところで、包帯が巻かれた浪人という者について聞きたいのだが、何か知っていることはないか?」
「浪人?あいつは…そうだなぁ、良くない噂ばっか耳にするわな」
「旅行客を襲ったという話を、先ほど奉行所で聞いてきた。他には何か聞いているか?」
すると、店主は複雑な表情になった。
「うーん……その話も聞いたことはあるが、それで実際に怪我した奴は居ないと思うんだよな。少なくとも、俺の屋台に寄る奴は”襲われそうになった”って言うだけで、実際に怪我した奴とか怪我人を見たって奴が居ないんだよ」
(なるほど…やはり、ただの噂という可能性の方が高いのか?)
「店主殿は、あくまで噂話だと思っているということか?」
「まぁな。実際証拠が無いし、確かに浪人は不気味な事この上無いが、本当に見境無く襲い掛かる奴なのかってのは疑ってる」
噂話として話題に持ち切りではあるが、安易に信じている者しか居ないというわけでもなさそうだ。
「おじさん!次はむね肉を頂戴!」
「はいよ。ウチのむね串は皮付きなんだが、皮の焼き具合に好みとかはあるか?」
「じゃあ、カリカリになるまで!」
おやつ感覚で寄った屋台だというのに、エルは満腹になるまで焼き鳥を注文するのであった。
──浪人の元にて
「…何用だ」
主にエルが焼き鳥を堪能した後、2人は浪人の所へ向かっていた。
とは言っても、噂話の調査は奉行所と屋台だけで済ませたわけではない。
人気の多い所を通れば、集団が3つある内1つは必ず浪人に関する話をしていた。
そのどれもが、噂話の域を出ないような、脚色されていそうな話題ばかりだった。
「シルド。やっぱり私、この人苦手…」
エルは、またしてもシルドの後方に下がってしまう。
どうでもいいので、浪人に要件を話していく。
「京村だと、最近はお前の噂話が流行っているそうだな」
「…前置きは要らん、手短に言え」
シルドの言葉で何かを察したのか、浪人は少し間を置いてから反応した。
「お前に関する噂話は、全て本当のことなのか?」
「どうせ、この刀のことか、俺が人切りだとか…そんな話だろう?」
「ああ。ある人から、お前に真偽を問うよう頼まれた」
シルドがそう言うと、浪人は先ほどまでとは明らかに違った反応を見せた。
「…何だと?それは何者だ」
(それは言わなくてもよかったんじゃ…)
事態がややこしくなりそうだと、シルドの後方に居るエルは思った。
「東堂くめだ。神社で神主と巫女をやっている…言っても分からないか」
”東堂くめ”という人名を聞いた浪人は、少しだけ体を硬直させた。
「…いや、知っている。だが、何故お前に頼った…?」
「俺は1年前からあの人と面識があって、今回も神社で会って話してきた。東堂くめは、歴代の神主が遺した古い日誌で、お前に関わりがありそうな話を見つけたと言っていた」
「………」
すると、浪人は黙り込んでしまった。
その雰囲気からは、少し呆れているようにも感じ取れた。
「…俺から真偽を聞いてどうする?東堂は何と言っていた?」
「俺は依頼された身だ。お前から聞いたことは、依頼主に伝える他無い。東堂くめは、ただ興味が湧いた、と」
そして、浪人は再び口を閉じてしまった。
「……異邦人が故に、話しても良い、か…」
浪人が何かを呟いたかと思えば、今度ははっきりと話し始めた。
「先ず最初に教えてやる。俺は、300年以上前から生きている」
それは、エルとシルド両者の耳にはっきりと届いていたが、2人は理解ができずに何も言えなくなっていた。
「この刀の名は、"無銘錆厳鉄"。噂の通り、本来の持ち主は俺ではない。だが、俺は持ち主と知り合いで、これを鍛え上げた者も知っている」
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