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62.誰かが心の安寧を手に入れた場所

不気味な人物と別れてすぐ村に到着した2人。

先ずは朝食を摂り、そこからある場所へ向かおうとする。


「シルドが負けたんでしょ?私だったら話にすらならないんじゃ…」


「奴の剣捌きは実に洗練されたものだった。俺達の国の方でも、中々見ないほどにな」


「そう言われると気になるけど、私も別に剣術を極めたいわけじゃないからなぁ」


道を歩いていると、何人かとすれ違った。


この先に村がある証拠だろう。


「それと、浪人とアドバイスがどうのみたいな話をしていたけど、あれは何だったの?」


「剣を交えた後、浪人から”お前は弟子を取った方が良い”と言われたんだ。当時は馬鹿馬鹿しいと思ったが、こうしてエルが居る通りだからな」


「へぇ~」


エルは不敵な笑みを浮かべた。


「それで?弟子を取って、何か良くなった?」


そう聞かれると、シルドは少し考えた。


「…何故そう言われたのか、理由は分からない。だが、他人との交流という点については盛んになったな」


「えー。それだけー?」


不満そうなので、何か良い事が無いかもう一度考えてみる。


「…あとは、家で食べる飯の味が良くなったことだな。舌が肥えた気がする」


「何よ、舌が肥えるって。美味しい物を食べれた方が嬉しいでしょ?」


(美味しい物と言えば…)


歩いている内に、村の入り口に着いた。


門の前には棘の柵が設置されているが、恐らく魔物が増えていることへの対策だろう。


構えている2人の門番に旅行者であることを証明し、村の中へと入って行く。


「シルドから借りた本にも書いてあったけど、背の高い建物がほとんど無いわね。村にしては、かなり広そう…」


「…あれ?あの階段は……」


辺りを見回したエルは、村の端の方に見えた階段に目を付けた。


それは山道に繋がっているのか、木々に阻まれていて先が見えなかった。


「あの先は……そうだな、お前にも体験させるか」


「んん?な、何を??」


「秘密だ。それより、早く朝飯を食べよう。港から1時間近く歩いたが、まだ何も食べてないからな」


そう言うと、シルドは歩き始めた。


「でも、まだ朝早いからどのお店も開いてないんじゃない?屋台とかもあまりやってなさそうだし…」


「いや、食堂がいくつか開いているんだ。俺が行った所に行こう」


「この時間に開いてるの!?お店の人、ちゃんと休めてるのかしら…」


「ちなみに、閉めるのは21時だそうだ。その時間帯には、ほとんど公務の者しか来ないみたいだがな」


7時には開いていて、21時に閉める。


意味の分からないハードスケジュールに、エルは困惑していた。


困惑したまま歩いていると、目的地の店に到着した。


店の看板には、”いりや”と書いてあった。


「いりや?何だか、人名みたいね」


「入り用という言葉から因んでつけられた名前だそうだ。生きていくのに食事は必須だからな、理に適った店名だ」


既に開けられている戸を潜って店内に入ると、意外と多くの人が集まっていながらも、騒めきの無い空間が広がっていた。


ベルニーラッジ、デカルダ、フェアニミタスタにおいて、食事をする場でこのような静けさは有り得ない。食事は楽しむものだから、皆と会話するのが当然のはず。


しかし、この食堂に居る人達は話していても、周囲の迷惑にならないよう声量を落としているようだった。


(こ、これが、文化の違いというものなのかしら…?)


「空いてるとこに座んな…あれま、前来た坊ちゃんかい?久しぶりだねぇ!」


「お久しぶりです」


シルドは厨房に立つお婆さんと軽く挨拶を交わし、直ぐに空いている机に座った。


「厨房のお婆さんとも知り合いなの?」


「ああ。いりやの話も、この村についても、ほとんどはあの方から聞いた」


「へぇ~…かなりのお年寄りに見えるけど、良い意味で年不相応の手捌きね。盛り付けの速度が尋常じゃないわ」


エルは、厨房の奥から渡された料理に最後の盛り付けと和え物を高速で用意する、お婆さんの手元を見ていた。


「早くメニューを決めておかないと、後回しにされるぞ」


そう言うと、シルドは折り畳まれていた紙をエルに差し出した。


「おお…凄く新鮮な書物というか、メニュー表ね。開くだけで楽しいかも」


開いたり閉じたりすると、パタパタと音が鳴る。


書物で遊ぶのも行儀が悪いので、いい加減に記載されているメニューに目を通していく。


「んー……天そば?」


見慣れない書体を何とか読み解き、興味をそそられる料理名が目に入った。


「蕎麦に天ぷらの付け合わせ…どっちも東之国の料理ね、凄く食べてみたいわ」


「俺はだしうどんだな。前にも食べたが、魚の出汁と少しの塩味がクセになるんだ」


互いに頼む料理が決まると、厨房からお婆さん以外の何人かが料理を運びに出てきた。


慣れた手つきで各々の机に配膳していくと、その内の1人が注文を聞きに来たので、つつがなく注文を伝える。


エルが店員の言葉に反応した所を見ると、東之国語を確かに取得しているようだった。


「…本当に3日程度で一言語を取得するとはな。何かコツがあるのか?」


「別に、これと言って特別なことはしていないわ。でも、何かを学ぶ時に心掛けていることは、それにどれだけ集中できるかね」


「そんなの、誰もが同じことを考えているだろう。1ヵ月で東之国語を取得したというのは、俺の中ではかなり自慢できる方だったんだが…」


「ん~…強いて言うなら、東之国語は私達の言語と似ている部分があったから、それで分かりやすかったっていう点はあるわね。あと、エルフが勉強気質だからとか?」


シルドはあまり納得してなさそうだが、それはそうとしてもう一つの話がある。


「知らされていなかったが、エルフにも独自の言語があったんだな。それに、エルフであるお前を見慣れてしまったが故に驚かなかったが、ダークエルフが実在することにも驚きだ」


「私も、この目で見たことは無かったけど…そんなに驚くことかしら?」


「お前は既に聞かされていたのかもしれないが、人間の間だとダークエルフにまつわる話はほとんど無い。エルのような通常のエルフは有名だが、何故かダークエルフについてはおとぎ話でも全く出てこないんだ」


「そうなの?てっきり、広く知られてるものだと思ってたけど」


「一応知っている人は知っているが、その経緯は噂話の伝手でだ。俺も同じく、友人から肌が真っ黒なエルフが居るという話を聞いただけで、存在が公認されているような感じは無い」


東之国の前に、意外な所にあった文化の違いにカルチャーショックを受ける2人。


そして1分ほど待つと、もう料理が運ばれてきた。


2人の料理を配膳しに来てくれたのは、シルドが話していたお婆さんだった。


「お待ち遠さま。だしうどんと、天そばね」


「ありがとうございます」


シルドが礼を言うと、お婆さんはエルを見つめた。


「白粉も塗ってないのに、肌が白くて綺麗なお嬢さんだねぇ。坊ちゃんの婚約者かい?」


「いえ、私の弟子です。数ヵ月前に取りました」


「おや、こんな可愛らしいお嬢さんでも、外国だと戦っちゃうのか。凄いねぇ~」


「ど、どうも…」


関心するお婆さんに、エルは緊張気味に挨拶を返す。


「異国で色々違うだろうけど、ゆっくりしてくんだよ。それじゃあ、儂は仕事に戻るね」


そう言うと、お婆さんは厨房の方へ戻って行った。


シルドとエルが店に入ってからも、人の出入りは止まっていない。仕事数はかなり多いはず。


2人は料理の味を楽しみつつも、迷惑にならないようなるべく早く店を出ることにした。



──食後 山頂に繋がる階段前


「天そば美味しかった~…!天ぷらは揚げ物だけど、私達が食べ慣れてるものと比べると、軽い口当たりだったわね」


「さつまいもとかき揚げ、玉ねぎの天ぷらが揃っていたな。天ぷらはどれもハズレが無いから、単品で頼んでみるのも有りだ」


店を出ると、2人は歩きながら東之国の料理に対する感想を交換していた。


そして、足が止まった場所は、エルが村に入ってすぐ気にしていた階段の前だった。


「これが、さっきの…いや、どこまで続いてるの……??」


階段の行く先を見てみるも、生い茂った木々による緑の葉っぱが視界を遮っていた。


「安心しろ。食後の運動には最適といった程度だから、そこまで不安になる必要は無い」


「…つまり、そこそこの段数があるってことね。それなのに、着く先は秘密なんでしょ?」


「ああ。だが、この階段を上がる価値はある」


「なら、かなり期待を寄せておくわよ。もし期待通りじゃなかったら…?」


「昼と夜の飯代は俺が全て持つ。何を頼んでも良いし、どれだけ頼んでも良いぞ」


極端に大きく出てきたシルドに対して、エルは驚きを隠せなかった。


「そ、そこまで言えるなら、多分期待を上回る…のかな?」


「間違いない。目に見える物以上の事が体験できる場所だ」


そして、シルドを始めとして、2人は階段を上がり始めた。



──3分後


「村の賑わいが遠ざかってきたわね。風も穏やかで、空気も美味しい…」


「一説によると、この風は山頂の方から吹いているから、山の主による恩恵だと例えられているのだそうだ。浄心の道とも言うらしい」


「素敵な考えじゃない。山の主ってなると、やっぱり大きな動物とかかしら?私達に比べて、神様の信仰の仕方もかなり違うらしいわね」


「ああ。一応神像はあるが、それが神本来の姿であることはほとんど無いのだったか。獣の姿を借りていたり、山や石などが神の例えになるらしいな」


階段を順調に上がりつつ会話をしていると、エルは一つ疑問が浮かび上がった。


「そういえば、シルドは修道院で孤児として過ごしていたのよね?出会った時から今までそれらしい素振りを見ないけど、今は神様を信仰していないの?」


「完全に信仰していないかと言えば嘘になる。士官学校では、どんな宗教も信仰することが禁止されていたから、その辺りからかなり疎遠になってしまった」


「そうだったのね…でもまぁ、それはそれで世界の見方が変わるかもしれないわね!」


「そうだな。互いの宗教について話したり、信仰を止めたことで変わったことなども話し合った。面倒事が減ったと言う奴も居たな」


「確かに、宗教って言っても、色々有るしね……」



──更に3分後


「ふぅ…かなり上がったんじゃない?もう人の声が一切聞こえないわよ」


「これで半分くらいだったか。あと数分上がり続ければ着くはずだが、付いて来れそうか?」


エルは汗を垂らしており、少し息も上がっていた。


「これじゃあ、整地された登山道みたいなものね。良い運動になるわ…」


「水はこまめに飲んでおけよ。お前の言う通り、これはほぼ登山だからな」


「それを山頂までさせるんだから、これは期待を大きく膨らませちゃうわよ」



──更に3分後


「はぁ、はぁ…どう?そろそろ頂上が見えてきたんじゃない?」


「いや、まだだな。頂上に近くなると、周囲の木が薄れてくるんだ」


「えぇ……」


エルは流石に疲れてきたのか、先ほどよりも息が荒くなっている。


シルドは息こそ切れていないものの、多少の運動にはなっているのか汗をかいている程度だ。


「少し休むのも有りだが、どうする?」


「…あとどれくらい?」


あまりの疲労に膝を突いたエルは、恨めしそうな顔でシルドの言葉に反応する。


「もう3分もすれば着くと思う」


「………」


正直、エルは休むか進み続けるかで、かなり悩んでいた。


しかし、自分達の居る地点がラストスパートであることを聞かされると、さっさと終わらせたいという気持ちの方が強かった。


「それなら、まだ歩きましょう。少し息を整えれば、これくらい大丈夫よ」



──更に3分後


「ばはぁっ……!」


遂に階段を上り切ったと思えば、エルは着いた場所を確認することも無く倒れそうになった。


それを、最後の一段を上がるまで待っていたシルドが受け止める。


「…大丈夫か」


「あっ、足が、痙攣してるわ…」


階段の端に座らせてやると、確かにエルの両足がピクピクと震えているのが分かった。


本来の登山ではなかったとはいえ、12分間も一定のペースで階段を上がり続けたことに変わりはない。


シルドは鞄の中から布を取り出し、エルの頭に落としてやる。


「おや。懐かしい人が来たかと思えば、今回は見知らぬ方を連れているのですね」


穏やかな女性の声に振り返ると、シルドが秘密にしていた目的地が、神社だったことが判明した。


そして、エルの見知らぬ女性が立っていた。


最後までご覧いただき、ありがとうございます。

趣味垢としてX(Twitter)もやってます!

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