61.東之国
東之国に到着した2人。ダークエルフについては一切知れなかったが、目的地に向かって歩いていると、不気味な人物と出会うことになる。
──翌朝 船の甲板にて
「うぅ……」
エルが眠い目を擦りながら甲板に出ると、既に待機していたシルドと同時に東之国の港が視界に入った。
「荷物は大丈夫か?」
「大丈夫…ていうか、朝早くない…?」
「仕方ない、この船は特急だからな」
昨日の昼頃にミウソマの港を出たはずだが、その翌朝には東之国の港に着いてしまった。
降りる客が居れば、当然乗る客も居るので、港に着いたらなるべく早めに船から降りなければならない。
着港すると、やがて甲板が大勢の足音で騒がしくなり、2人も移動を始めた。
「エル、ちゃんと着いて来い」
「分かってるってぇ……」
朝が弱いエルは、シルドの服を掴みながら何とか歩いていた。
シルドは少し歩きづらいながらも、エルが寝ぼけている合間に手続きを済ませ、目的地へと続く道を歩き始めた。
手を引きながら数分歩いていると、段々とエルが冴え始めた。
「…そういえば、具体的にどこに行くっていうのは決まってるの?」
「ああ。都の方ではなく、ここから歩いても着く村だ」
「村か…その周りに強い魔物とかが居るのね?」
「それもそうだが、以前訪れて好印象だったからというのもある。一応村の括りだが、港と本土を行き来する現地人や観光客からも人気だから、そこそこ栄えている場所だ」
意識がはっきりとし始めたエルを確認すると、シルドは繋いでいた手を離した。
「………」
呑気に寝ぼけていたエルは、少し不服そうな表情に変わった。
寝ぼけていたから手を引いていたとはいえ、突然素っ気なく離されたことが気に食わなかったようだ。
「…それで、その村の名前は?」
「京村と言う。かつて、名高い武士が生まれ育った村だそうだ」
「武士?港近くの村なのに、武士になった人が居たの?」
「ああ。成り上がりの剣士が居たんだとか」
暇があったら、京村の歴史について調べてみるのも面白いかもしれないと、エルは思った。
(でも、魔物を倒すのでヘロヘロになるんだろうなぁ…)
これがあくまで修行の旅であることを考えると、そんな暇は無いという事実に気付かされる。
少し残念に感じていると、エルはあることを思い出した。
「そういえば、ダークエルフさんの事をすっかり忘れちゃってたわ。シルドは会わなかった?」
「会うどころか、別段探しもしなかったぞ。残念だが、機会があればだな」
「そっか~」
そしてもう少し歩いていると、今度は木の上から何かの気配が感じられた。
両者は即座に足を止めた。
「…シルド?」
「ああ、魔物だな」
気配を感じる方に視野の端を移すと、木の上に猿のような影が見えた。
野生動物然り、魔物と目を合わせることは威嚇行為とも言えるため、相手が何もしてこない内は何もしないのが吉だ。
「…ドゥーモンキーに見えるわ」
「群れてはいないようだな」
「多分ね。どうするの?」
シルドは少し悩んだ後、口を開いた。
「戦ってみるか」
そう言うと、シルドはドゥーモンキーとしっかり目を合わせた。
「───…!」
ドゥーモンキーが唸り声を上げたかと思うと、木の上からガサガサと音を立てながら2人の前に姿を表した。
興奮状態のようで、落ち着きがなく体を左右に揺らしながら持っていた木の槍を構えた。
「───!」
ドゥーモンキーが狙ったのはシルドで、素早い動きで矛先をシルドに放った。
だが、それと同時に金属同士が噛み合わさる音も聞こえた。
「かなり速いな。ただのドゥーモンキーが、ここまで強くなっているとは…」
(い、今のを掴んだの…!?)
矛先が見切れなかったエルは、さも当然かのように槍を掴んでいるシルドが信じられなかった。
「─!──!!」
槍を掴まれたドゥーモンキーは、シルドを攻撃するわけでもなく、槍を取り戻そうと必死になっている。
「エルには少し危険だな…それなら」
シルドは手に力を込めて、槍を握り潰した。
当然ながら、握り潰された木の槍は、ただの棒切れに変わった。
「──」
ドゥーモンキーはそれに憤慨し、槍であった木を棍棒のようにしてシルドに飛び掛かった。
「俺がタンクをやろう。好きなように攻撃してみろ」
「分かったわ!」
エルは何歩か後方へ下がり、弓に持ち替えた。
そして、構えてから数秒も経たない内に矢を射る。
「───」
しかし、エルが視認できない素早さを持つドゥーモンキーは、矢を見ることすら無くそれを回避した。
シルドとの戦闘が速すぎて、狙うのも一苦労だった。
(それなら…っ)
もう一度弓を構え、今度は魔法を唱えて矢を放とうとする。
狙いはドゥーモンキーの足元、失敗すればシルドごと吹っ飛ぶ。
(右に避けることが多い…?)
対象の特徴を捉え、どこに狙いを定めるべきかは決まった。
「………」
矢をつがえ、狙いを定めたまま一呼吸置き、慎重に矢を放った。
「──!」
後方からの攻撃を察知したドゥーモンキーは、回避しながら振り返った。
しかし、矢が刺さった先は自分では無く、自分の足元。丁度股の下だった。
「─!?」
次の瞬間、ドゥーモンキーの体は空高く飛び上がった。
そして、エルは剣に持ち替えると、風の魔法と共に飛翔した。
「ラッシュ・アウト!」
その言葉と共に、雷を帯びた斬撃が6つ現れた。
ドゥーモンキーは空中で塵と化し、持っていた木の棒だけが落ちてきた。
「思いの他早く終わったな。まだ7連撃は安定しなさそうか?」
「うーん…できないことは無いんだけど、やっぱり目が眩んじゃうのよね」
「まだ精神力が追い付いていないんだな。6連撃が出せるだけでも、以前と比べたら十分過ぎる成長だ」
「今は7連撃が目標だけど、貴方みたいに無数が出せるようになれば良いんだけどねー…」
そう話していると、何らかの物体が空から落ちてきた。
横目で見えたが、陽の光を反射していた気がする。
「それは…?」
「な、何これ…金鉱石?」
石ころ程度の大きさであるそれは、金色に輝いていた。
鉱石が丸ごと金色になっているため、かなり荒いが一応加工されたもののようだ。
「ドゥーモンキーのレアドロップ品とか…?」
「いや、全く聞いたことがない」
「じゃあ、誰かから盗んだ物だったり?」
「その可能性もあるが、それだと芸術品とは言えない見た目だ。別に魔法の力があるわけでも無いんだろう?」
言われた通りに探知魔法を掛けてみるも、確かに魔法の力は感じなかった。
「ここらに鉱山があるという話も聞いたことは無いし、運良くドゥーモンキーが手に入れたものだったんじゃないか?」
「そう、なのかしらね…でも、ドゥーモンキーが持っていた物だし、あまり常備したくはないかな…」
「衛生面のことを言い出したら、切りは無いな。質屋か雑貨屋でも見つけたら、売りかけて硬貨に変えてもらうと良い」
「ちょっと怖いけど、臨時収入って考えたら嬉しいかも?」
金鉱石を腰元のポーチにしまい、再び京村を目指して歩き始めた。
あとどれくらいで着くのだろうと考え始めた頃、道の先に不気味な者が佇んでいるのが見えた。
東之国で一般的な服装である和服に、大きな笠帽子と一振りのサムライソード。いわゆる刀。
そして、その者が最も不気味に見える要因が、素肌の部分が全て包帯で覆われていたことだった。
「し、シルド?あの人…」
分かれ道近くの小岩で佇むその者に怯え、エルはシルドの背中に張り付いた。
別に道の邪魔をしようとか、今にでも襲い掛かってきそうというわけでもない。
ただ、エルにとっては第一印象が不気味過ぎたのだ。
「大丈夫だ。前に話したことがある」
そう話した隙に、その者との距離はかなり縮まってしまった。
足音を察してか、その者は顔を上げた。
しかし、一般的に顔と言えるものは確認できなかった。
僅かにシルエットはあるものの、顔ですらも包帯で巻かれていたのだ。
「…それは弟子か」
シルドとエルがその者の前で足を止めると、低い男の声が辺りに響いた。
「ああ。皮肉なのか、お前のアドバイス通りになってしまったな、"浪人"」
すると、浪人はエルを見た。
「こ、こんにちは…」
そう引け気味に挨拶するエルを見て、浪人は掠れた息を洩らした。
「フフッ……俺が怖いか?」
「す、少しだけ…」
第一印象の時点で不気味に感じていたというのに、低い声と掠れた笑いが相まり、人ならざるものを想起してしまった。
「…めでたいな。祝いの言葉を贈ってやろう」
「めでたいか…?それより、村に変わりは無いか?」
「魔物とやらの出現は多くなったが、村は依然として問題無い。さっさと自分の目で確認してくるが良い」
「そうだな。行くぞ、エル」
そして、シルドは先に歩いて行ってしまった。
シルドからなるべく離れないように移動したエルだが、浪人の不気味さが脳裏から離れず、その姿が見えなくなるまで何度か後ろを振り返っていた。
「ねぇシルド、浪人って何者なの?大怪我を負ってるとか…?」
「いや、そうではないが、理由は教えてはくれない。俺も、初めて会った時に同じことを聞いた」
「これで会うのは2度目なんでしょ?何で結構打ち解けてる感じなのよ、あの人が怖くないの?」
「実は、一度だけ剣を交えたことがある。俺の負けだったがな」
その言葉を聞いたエルは、全身に衝撃が走った。
「シルドが、負けた…??」
「言い訳をするなら、あの時はラッシュ・アウトどころか剣を扱うことすら難しかったんだ。左腕を失くして間もない頃だったからな」
「それはそうだけど…でも、なんだかんだ言って、一対一で負ける所が想像できないというか…」
「普段なら臨機応変に戦うが、あくまで剣だけで戦ったからな。前にも言ったが、俺は身体能力を活かしているだけで、1つの武器を極めているわけではない」
それを聞いてもやはり、エルにはシルドが負ける姿が想像できなかった。
それは、エルの顔にも表れていた。
「そんなに疑うなら、お前も浪人と手合わせをしたらどうだ?」
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