60.礼装のダークエルフ
不思議な礼服に身を包んだダークエルフにより、魔獣化したクジラからの防衛戦は幕を閉じた。
そして2人は、ダークエルフの扱う真っ白な剣に目を付けた。
歓声が聞こえた方を見ると、1人のダークエルフが高く飛び上がり、剣でクジラを攻撃していた。
しかし、剣には何らかの魔法を掛けているのか、クジラの体には斬撃の跡が残っていなかった。
「あれは…ダークエルフ?」
「あれ、あの人も船に乗ってたんだ…!?」
「面識があるのか?というか、何故ダークエルフがこの船に…?」
「港でお菓子を買った時に会ったの。何で乗っているのかは私も知らないけど…」
エルも言った通り、それは礼服に身を包んだダークエルフだった。
独特な身のこなしと共に、既に3匹の内2匹のクジラを撃退したようだった。
「冒険者には見えないが、剣は携えているんだな。一体何者なんだ?」
「さぁ…ダークエルフと私達って、ほとんど交流すること無いし…」
「同じエルフなのにか?」
「ええ。彼らは少数民族だから、エルフよりも圧倒的に人数が少ないの。だから住む場所も違うというか…」
(…しまった。ダークエルフについて、どこまで話して良いのか分からないんだった…!)
精霊による管理体制からして、ダークエルフの存在自体が秘匿されていた可能性は高い。
驚きの状況だったために口走ってしまったが、目の前の状況からしてダークエルフが存在していることはまだしも、少数民族と住処については口にするべきではなかったのかもしれない。
「不思議な話だな。少数民族とはいえ、同じエルフなのだろう?何故住む場所が違うんだ…?」
「そ、それはね、人間と同じようなものよ。似たような外見をしていても、出身は全く違ったりするでしょ?それと同じよ…!」
「そうか、言われてみればそうだな」
シルドが納得の表情をすると、その近くにクジラが迫って来ていた。
2人はそれに気付き、揃って剣を抜くも、後方から誰かの足音が聞こえてきた。
「待って」
「えっ…!?」
「…?」
その声の主は、ダークエルフだった。
しかし、彼女が話しているのは標準語ではなく、シルドには何を言っているのか聞き取れなかった。
それに加え、今まで聞いたことのない語調でもあったため、どこの言葉なのかも検討が付かなかった。
「私に任せて」
何を言っているのか分からず止まっていたシルドは、そのダークエルフに肩を引かれて後ろに下がった。
「…エル、彼女が何て言っているのか分かるか?」
「あっ…そ、そうよね、伝えるのを忘れていたわ。彼女が話しているのは…エルフ語って言うべきかしら?」
「エルフ独自の言語か?」
「そう。今は人間との同盟があるから、基本的には標準語も使えるはずだけど、あの人はちょっと違うのかも…?」
そうして、2人よりも海の際に立ったダークエルフは、剣のグリップに手を掛けた。
「──────!!」
「……!」
脱力感の強い構えになったと思えば、海中からクジラが飛び出たと同時に飛翔し、先ほどと同じように切りつけた。
そしてやはり、クジラの体には斬撃の跡が残らなかった。
力無く海に戻って行ったクジラを確認すると、その姿には不思議な変化が起こっていた。
禍々しい気配がすっかりと抜け落ち、ごく一般的な見た目をしたクジラが3匹居たのだ。
「え…こ、これって…?」
(…魔獣化から、元の状態に戻したというのか?)
想像もつかなかった出来事に驚き、2人はよく目を凝らして3匹のクジラを確認した。
何度確認してみても、その外観は普通のクジラとしか言いようが無かった。
何をしたのか聞こうと振り返ったエルだが、そのダークエルフは既に自身の船へと戻って行ってしまった。
(歳は…多分、200歳くらいかしら?相変わらず不思議な恰好だったけど…)
エルは、ダークエルフの後ろ姿を見ながら疑問に思っていた。
礼服を身に纏い、2つの鞘に1つの剣。
自分と同じく、弓や魔法ではなく剣を主武器として扱っていることも、異文化故とは思えなかった。
「ねぇシルド、あえて剣の鞘を複数持つことって、何かの役に立ったりするの?」
「いや、鞘だけでの有用性は全く聞いたことがないが…あのダークエルフはそうしていたな」
片方の鞘は、剣身が隠れるベーシックな物で、もう片方は刃以外は全て見えるような作りになっていた。
あれだと、鞘における剣身の保護という機能が全く働かないことになるが、何かの意味があるのだろうか。
「単に片方を失くしただけなのかもしれないが、剣以外の所からしても一般的な装備には見えないな」
「冒険者でもなさそうだし、ただの一般人とも言えないような服装よね」
礼服のように見えるあれは、ダークエルフにとっての普段着なのかもしれないとも考えたが、剣の外見と相俟ってそうとは思えなかった。
(真っ白な剣…剣身からグリップまで、全ての部位が統一された純白で構成されてる)
例えるなら、石英やオパールなどから彫刻されて作られたような外見をしていた。
漂白されたような色と言っても良い。あまりの純白さに、景色の中で不自然に浮いて見えるほどだった。
それと同時に、人間における神像や十字架など、信仰物特有の神聖さも持ち合わせているように感じた。
尤も、それをつぶさに感じ取れたのはエルだけであり、他の者には”異様なまでに白い剣”としか認識されていない。
「隣の船に乗っていたみたいね。向こうの港に着いたら話してみたいけど…あの人も目的があって東之国に向かってるんだろうし、変に邪魔はできないわね」
「あの服装で言うなら、何かの巡礼のために東之国に向かっている可能性もあるのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわね。知らないんだもの、何とも言えないわ」
「ふむ…」
シルドは、ダークエルフの後ろ姿で見えた白い剣に、少し思考を巡らせるのだった。
──その日の夜
船内には人数分の個室があり、当然広くはないものの、寝るには十分なスペースが確保されていた。
机も何もないが、ちょっとした荷物置きがある。ほどよく狭い空間は、妙に安心感を誘われる。
夜も更け、他の乗船客も寝静まった頃。
久しく万全の状態かつ一人きりだったシルドは、最近の出来事について考えを整理することにした。
(ツナジリヤ…一体彼の身に何があって、誰と繋がっているんだ…?)
ツナジリヤの背景に誰かが潜んでいると疑う根拠には、”微笑の女”が当てはまる。
フェアニミタスタ城で過ごしたあの夜、紛争の鎮圧に赴いた時以来にあの女の声を聞いた。
あの夜、”獣”を目撃したことを匂わせるようなメッセンジャーが来たのだ。
(”獣”を目撃したということは、俺がツナジリヤと戦っている場面を目撃したということ。あの女が俺の人脈を把握していて、ツナジリヤが襲撃してくることを傍観していただけという可能性も有るが…)
それでも十中八九、ツナジリヤと繋がっていると思っている。
でなければ、あの時に俺が死んでしまったことは、あっさりと据え膳を逃すようなものだからだ。
”微笑の女”が言っていた目的は、シルドの強さの秘訣を解明すること。それも、本来であればシルドしか使うことができなかったラッシュ・アウトを、自力で取得するほど狂気的に。
本人にも原理が理解できていない、ただ全力の剣捌きに自力で追いついたのだ。
そして、それまでシルドも明確には認識できていなかった”獣”の存在まで目にして、余裕のメッセンジャーを送ってくる始末。
ツナジリヤ、”微笑の女”と他の何者かで、何らかの繋がりがあるのはほぼ確定だろう。
(……だが…)
フェアニミタスタどころか、エルにも”微笑の女”のことについては話していない。
その理由は、シルドの独断だった。
(…何故か、あの女からは敵意を感じない。敵対勢力に加担している可能性はあるものの、どう言い表せば良いのか分からない……)
少なくとも、シルドの語彙力では言い表し難い、モヤモヤとした感情が胸の内を駆け巡った。
”微笑の女”は狂気的な姿勢ではあるが、その目的はシルドやその周りを傷付けるものではない。
(精神的に攻撃してきた時も、俺が明確に反応を示したため、執拗に質問を重ねてきたと考えれば納得だ)
実際その手法は、尋問で使われるものと大して変わらない。戦闘でも、弱点を突くのと同じことだ。
自身も憔悴したり満身創痍になったりと忙しかったため、後になってから気付いたことだが、敵意どころか悪意も感じなかった。
それどころか、何故か可哀想とすら思ってしまっているのだ。
意味不明だし、シルド自身もよく分かっていないが、”微笑の女”の姿を思い出すと可哀想に思えてしまう。
それがかなり不気味に感じる点でもあるが、同時に指名手配などの面倒事にするほどのことでもないと考えてしまう。
(このもどかしい気持ちは、その矛盾と謎が解けないことから来ているものなのだろう…)
警戒の意を強めつつ、今後の対策などを考えることによって、シルドは中々寝付けない夜を過ごすのだった。
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