6.有備無患
魔物を討伐してから1日、エルとシルドは装備を整えるために、デカルダの町へ降りることにした。
そして、意図せずとも、シルドは不思議な人物と会うことになる。
ロックトロールの討伐を済ませてから一日。
スミル山から帰って来た俺達は、一日休暇を取ることにした。
休暇といってもただ休むだけではなく、エルにもう少しマシな装備を持たせるために、デカルダの装備店を回るという目的も持っている。
というわけで、デカルダで一番大きいと言われている、武器専門店に来ている。
「おっ。だいぶ久しぶりだな、英雄シルド?」
「剣と弓を見に来たんだが、こいつに合いそうな物はあるか?」
ここの店の店主とは、初めてデカルダに来た時に世話になった仲だ。
今俺が主装備にしている、魔装具のガントレットを取り寄せたのもこの店で、その他細かい物もここを頼りにしている。
デカルダ一の武器店らしく、他国店舗とのコネを活かした武器の取り寄せも可能で、デカルダの中でなら間違いはない店だろう。
「今持っている物がこんな感じなんですけど…良さそうなの置いてますか?」
エルが少し緊張気味に店主に自分の武器を差し出す。
店主は珍しいエルフ種であるエルについて、特に言及することなく案内を始めた。
珍しがると思ったが、商売についてはひたむきな姿勢をしていることが伺える。
「大分年季が入ってるように見えるが、今までよく保ったな…手入れが行き届いてる証拠だな」
「えへへ…故郷にいた頃から、ずっと大事にしていたので」
エルは照れくさそうに笑った。
2人の様子は、さながら孫と娘のようだ。
「最近、フェアニミタスタから取り寄せた武器がいくつか並んでたと思うが、案内するぜ」
「フェアニミタスタ…?」
人間の世界にあまり詳しくないエルは、俺の方を向いて首を傾げた。
「……絶対女王制度の国だ。女性に適した武器や防具も多く生産されていて、女性が住みやすい国のトップにもなっているらしい」
正直、エルの今後のことも考えるなら、フェアニミタスタに行って質の高い装備を揃えた方が良いと思ったが、デカルダからだと距離が開きすぎているため遠征することになる。
「あったぜ。フェアニミタスタ特産品と言っても過言じゃないくらい、滅多に他店舗じゃ見ないから値は張るが、持ってみな」
そう言ってエルが渡された弓は、金細工と白色の装飾が施された、品位を感じる品だった。
「………」
エルも見て分かる品質に驚いているようで、言葉が出ないまま構えてみる。
「すごい…よく撓るし、頑丈そう」
「弓のバランスなんかはどうだ?女性の平均的な身長に合わせて作られてるそうだぞ」
「完璧よ。細かいところはあるけど、それも含めて完璧!」
我が物顔で弓を構えたり眺めたりするエルは、とても160歳とは思えない無邪気さだ。
「そいつは魔法を貯める機能も持っているから、お嬢ちゃんとは相性が良いかもな」
魔法を貯める機能がある…魔装具か。
俺のガントレットもそうだが、魔装具は一般的に魔法を使って動く物のことを言う。
弓に魔法を貯めれるということは、事前に魔法を弓に貯めておけば、使用者の魔力が続く限り魔法効果を持った矢を放てるということだ。
確かに、エルには強い武器になるだろう。
「じゃあ弓はそれで良いとして、あとは剣だったか?フェアニミタスタ製のは置いてないが、万人受けするものは一通り揃えてあるぞ」
「剣は無難なものを選んでくれ。本人もまだ剣は使い慣れていないから、剣の強さに依存させたくないんだ」
「ほう…?」
店主が変な顔で俺を見ている。
「…何だ」
「いや?お前さんとはそれほど深く会話した仲でもねぇが、良い師匠してるってことは確信できたからな」
「………」
複雑な気分だ。
嬉しい…とは思えないな。
エルもよく分からなさそうな顔をしている。
「はははっ!本当にラッキーだな嬢ちゃん。とんでもねえアタリを引いたんだぜ」
「???」
「…いいから、さっさと見せてくれ」
俺は場の変な空気を仕切り、早く剣を見せるように促す。
「悪い悪い。さあ、こっちだ」
案内されて展示板を数枚移動すると、一際大きなスペースに剣が大量に置かれていた。
樽に入れられている物は半額と書かれており、縦、横向きに展示されている物は熟練の鍛冶師が作り上げた物だろう。
半額品には刃こぼれがあり、売り物にならないから半額で売られているそうだ。
逆に展示されている物にはそれらが一切なく、刃の部分を傾けて見ても線を描いていて、切れ味の良さが見て分かる。
「無難なものと言ったら、このあたりか…」
店主はそう呟きながら、展示板からいくつか剣を取り出した。
「さて、こんな感じだが、基本性能は間違いない切れ味だけだな」
「刀身の部分へのこだわりが、素人目でも分かるわ…」
エルも見て分かったようで、刃物であるにも関わらず顔を近づけて覗き込む。
「大剣は癖が強くて扱えないだろうから、あらかじめ除いておいたが…こんなのはどうだ?」
そう言うと、店主はいたって普通の大きさの剣を渡してきた。
その時、ほんの一瞬だけ銘が掘られている部分が見えた。
そこには確かに、俺の剣と同じ銘が掘られていた。
『GOLEMOD』
作った鍛冶師を示す印と共に、人名が綴られていた。
その名前は、かつて冒険を共にした仲間であり、俺の剣を作ってくれた者の名前だ。
店に優先的に展示されるくらいには、あいつも鍛冶師として頑張っているということか。
「一流鍛冶師が生まれるなんて言われてる、ヴォーラック産の一品だぜ。そういえば、あんたは知ってるだろうが…」
「…ああ。俺の元仲間の物だ」
「えっ!?この印がそうなの?…確かに、ゴレモドって書いてある…」
エルは気づいていなかったようで、驚いた表情を浮かべる。
「その鍛冶師が、最近かなり腕を上げているみたいでな。他の店にも高値で買い取られてるって話を聞くぞ」
言われなくても分かる。
この剣を見ての通り、鋭いだけでなく美麗に仕上げられている。
今では剣の性能だけでなく、美しさを求める余白を残しているということだろう。
「うん。持った感じは、今まで使ってた剣とほぼ同じね。問題無いと思うわ」
「特殊な素材と製法で、魔力に対する抵抗が微妙にあるって聞かされてるぜ」
「魔力に抵抗…もしかしたら、魔法を使ってる相手に対して、無理矢理近接戦に持っていけるかもしれないってこと?」
流石にそこまで強くはないだろう。
俺の剣も同じ性能を持っているが、剣を持っていれば魔法を無効化できるというわけでもなかった。
「そこまでは無理だと思うがなぁ…」
少し楽しそうにしているエルを見て、真実を伝えることを渋る店主。
「何にせよ、無難な剣とやらはそれで良いか?」
「ええ。良いわよね、シルド?」
「ああ。知った顔が作った物なんだ、十分だろう」
そうして、俺達2人は剣と弓を買い、その店を出た。
まだ昼食には早い時間だったこともあり、そのまま防具を揃えることにした。
目的の防具店は少し特殊な場所で、店の奥に特殊効果付きのアクセサリーを販売している装飾店がある。
エルは軽装備のため、頑丈で重い防具より、魔法の装飾品で弱点をカバーする方が似合っていると俺は判断した。
俺も丁度、首飾りのメンテナンスをする時期だと思っていたから、ついでになってしまうが。
「おや。いらっしゃいませ、シルド様」
目的の装飾店に入ると、カウンターから出迎えていたのは店主である眼鏡をかけた老婆だった。
「メンテナンスと、こいつの分の装飾品を見繕ってくれ」
「承知しました。ではお先に、シルド様の方をお預かりいたします」
老婆は首飾りを受け取ると、店の奥の方へと入っていった。
俺はその隙に、エルにどういう物が良いか選ぶように伝える。
「わ、分かったわ…」
すると何故か、エルは少しよそよそしい態度になっていた。
装飾店には高価なものが多いから、緊張でもしているのだろうか?
高い買い物になるのは避けられないから、金は俺が出すと言ったはずなんだがな。
(アクセサリーのプレゼントだなんて…そ、そういうことなのかしら……?いやでも、まだ知り合ったばかりだし、流石にそんなことはないはず…よね?)
ぎこちない動きと共に、どこか難しそうな表情をしながら、エルは商品を見回り始めた。
防具店のスペースを一部借りていることも影響しているのだろうが、この装飾店は来客が少ないように感じる。
今も、俺とエルを除けば、1人しかいなかったと思うのだが___。
「………ふふっ」
店内をカウンターから見回していたら、店に入った時に一度目に入った女性の客と目が合った。
…いや、この女の態度からして、俺がもう一度視界に入れるのを待っていたような感じか?
「…何か用か」
少し離れた場所にいたその女は、微笑を浮かべながらこちらへと歩いてくる。
エルは未だに何かに悩んでいるのか、こちらに背を向けたまま気づいていない。
世間一般からして、この女が取っている行動は怪しいと言う他ない。
いつでもエルを連れて逃げれるよう、体勢を変えておく。
ついに、目の前まで来た女が放った言葉は──
「あなた、英雄シルドさん?」
─意外にも、特に怪しい部分はない言葉だった。
「…そうだが」
「そう。会えて、とても光栄だわ?」
「感謝は受け取っておく。それで、他に何が必要なんだ?」
どうしても、何か他意があるとしか考えられない。
ずっと微笑しているのも、話し方もだ。
「いえ、ただ、ご挨拶がしたかっただけ。有名人に会えたって、周りに自慢できるもの」
あからさまに感情の起伏がない。
声調も変わっていない。
「………」
「そんなにも怪しむのでしたら、私は失礼した方が、良いですね?」
微笑を一切崩さずに、女性は出口に向かおうとする。
それなら、装飾店に来た意味は…?
もしや、最初からこれが狙いだったのか?
「………」
考えるだけ、いくらでも想像が広がってしまう。
「お待たせいたしました、シルド様」
考え込んでいると、後ろのカウンターから老婆が声をかけてきた。
「魔法効果については、購入時から何も問題ありません。しかし、購入から1年近く経過しているため、あと1年ほどで効力が切れてしまうかと」
老婆の言う通り、装飾品による特殊効果には、効力期間が決まっている。
特殊効果付きの装飾品を作る工程自体は簡単だが、それには装飾品を魔法耐性がある素材で作らなければならない。
それは素材だけでなく、製法自体も普通のものとは異なるため、高価になる理由はここから来ている。
「分かった。それなら、次来るときは新しい物でも買わせてもらう」
「ありがとうございます。では、お弟子様の装飾品を見繕うとのことですが…」
そう言われて、エルの居た方に振り返ると、彼女は未だに難しそうな顔をしていた。
もはや装飾品を見ることもせず、ずっと何かを考え込んでいた様だ。
「エル。決まらないなら、店主に決めてもらうこともできるが、どうする?」
「えっ。あー…」
(ま、まぁ、流石に私の考えすぎだろうし…普通に似合いそうなものを選んでもらった方が良いかな…)
エルは苦笑いしながら、老婆に選んでもらう旨を伝えた。
「となると、首飾り、もしくは腕輪がおすすめかと」
「腕輪…綺麗な物って、目に見える位置にあった方が、私は気分がいい気がするんだけど…シルドはどう思う?」
「どうと言われてもな…別に良いんじゃないか?」
そう言うと、エルは少し不満そうな顔になった。
「…俺は、首飾りの方が気にせずに付けていられると思ったから、そうしたまでだ」
言うことに少し躊躇っていたが、俺はできれば視界を自然な形に保っていたい方だ。
特に、宝石などの光物が付いていることが多い装飾品は、視界に入って気が散りやすくなる。
「まぁ、首周りが擦れる感覚はあるがな。お前が好きなものを選べば良いだろう」
「ふーん…じゃあ、腕輪でお願いします」
今度は微妙な顔になっている…。
怒っているのか、そうじゃないのか、区別がつかない顔だ。
「承知致しました。では何か、装飾品に込めたい魔法はございますか?」
「うーん…?」
またしても、エルは俺の方に向きかえった。
目線一つで何かを伝えようとしているというのは、流石に何度もされれば分かる。
「…俺は魔力に対する抵抗と、防御力向上を頼んだ。自分の弱点をカバーするようなものだな」
「そしたら、私も防御力向上は要るとして、あともう一つは…」
エルは真剣に考え始めた。
今度は俺に相談することなく、自分で何かを決めようとしている。
「……もう一つは、素早さ向上でお願いします」
なるほど、自分の強みを生かす方を選んだか。
悪くない。軽装備には最適とも言えるだろう。
「かしこまりました。明日の日が昇る前には、シルド様のお宅に届くようにすることもできますが、どうなさいますか?」
「配達で頼む」
「承りました。お会計ですが、金貨50枚になります」
懐に忍ばせておいた袋から、まとまった金貨を取り出す。
エルは高値に驚いているようで、変な顔をしている。
「またのご来店をお待ちしております」
終始落ち着いた態度で、老婆は俺たちを見送ってくれた。
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