58.護送の後に新たな出会い
慌ただしくフェアニミタスタを発った2人は、いつの間にかミウソマの港に到着していた。
出港の前にお菓子を買おうとしたエルだが、そこで思いもよらない人物と会うことになる。
──翌日の昼 ミウソマにて
フェアニミタスタ城で、もう一晩過ごしたその翌日。
気付けば、シルドとエルはミウソマの港に到着していた。
ロズテッサと簡単に挨拶を済ませた後、護衛の兵士達と共に城を出たかと思えば、もう港町の入り口に立っていた。
(流石に、ロズテッサは忙しそうだったな…)
挨拶したのは早朝の時間帯だったのだが、やはり近衛の身分故か忙しそうにしていた。
「ミウソマ王者港…ここが都市部のはずだけど、規模が広まっただけの村って感じがするわね」
エルの言う通り、特に目立って大きな建物が無ければ、道が狭くなるような平屋があるわけでもない。
港の繁栄具合を除いてしまえば、景観が綺麗なだけのただの村にしか見えない。
運航状態が確認できる施設にて、直近の船に乗れるか確認を取り、乗船券を受け取った。
「今から30分後の船に乗れるみたいだ。少なくとも1日は船に乗っていることになるだろうから、必要なら菓子でも買っておけ」
「あれ、食料とかは買わないの?」
「食事は船で3食出る。直近で選べる中から一番良い船を選んだから、不味い飯が出ることは無いはずだ」
「そうなの?じゃあ、何か見てみようかな…」
「俺は港の方でまだ用があるから、20分後くらいに合流しよう」
「分かったわ」
そして、エルはシルドと別れて行動することになった。
エルが向かった先は、人で賑わっている商店街だった。
港ということもあってか、様々な人種がその場に混在しており、露店には普段見ないような奇妙な物も並んでいた。
何とか人通りの合間を縫って、辺りの店の商品を見ながら進むと、色々なお菓子が置いてある店を見つけた。
(あれ?生菓子とかも置いてある…割と本格的だ)
意外にも並んでいる人が居なかったので、展示されている中から適当に選び、店主に注文した。
包むから少し待ってくれとのことで少し待っていると、エルの他にもう1人が展示されているお菓子を見に来たようだった。
(あれ?この気配…)
エルは、馴染みのある気配を不思議に思い、その者が居る方を見た。
「………」
(だ、ダークエルフ!?初めて見た……!)
身体的特徴は概ね違わないものの、その見慣れない肌色に驚いてしまった。
ダークエルフは、ほとんどエルフと変わらない。魔力が豊富なのも、耳が長いのも、美しい顔立ちなのも同じだ。
絶対的に違うのは肌の色であり、エルフと違ってダークエルフは宵闇のような漆黒の肌を持つ。
エルがそう反応した通り、エルフですら滅多に関われない存在となっている。
それは悪い意味ではなく、ダークエルフが通常のエルフより遥かに少ないからだ。
何かがあったために少ないのではなく、元から少数民族であったのだそう。
そして、彼らの絶滅を危惧した精霊により、エルフとは別の森に移されたのだとか。
会えないことは無いが、下手をすればエルフでも一生を通して会えない存在になる。
(な、何でこんな所に…??)
「……?」
エルの凝視を察したのか、ダークエルフの女は不思議そうにエルを見た。
その状況に焦り、エルは急いで言葉を取り繕う。
「あっ…こ、こんにちは」
「………」
軽く会釈をすると、そのダークエルフも会釈を返してくれた。
そこに店主がやってきて、丁度お菓子を手渡されたので、エルは足早にその場を離れて行った。
(あー緊張した…本当に私達そっくりなのね…)
エルは帰る時に気付いたが、そのお菓子屋に人が並んでいなかった理由は、ダークエルフが居たからである。
通常のエルフ以上に希少とされる存在に、周囲の者達は眺めることしかできなかったのだ。
(不思議な装備…何かの礼装なのかな?剣の鞘が2つあるのに、片方には何も刺さっていないし…)
冒険者かとも思ったが、それとは少し違うように見える。
冒険者にしては防具を身に着けてないが、剣を携えていた。礼服もどこか、一般のものとは違うように見えた。
──20分後 出港の時間
シルドと約束した時間に港に行くと、そこには船が6隻並んでいた。
それら1つ1つが大きいので、まるで壁のようになっている。
「何これ。群れて行くってこと?」
「そうらしいな」
エルと別れていた間にシルドが何をしていたのかと言うと、港に居る漁師に運航の安全性や、海上の魔物や魔獣の出現について聞き回っていたそう。
2人は乗船券を見せて、指定の船に乗り込んだ。
「群れて行くのは、魔物達への抑止のためだそうだ。防御魔法を使える魔法使いが同乗するらしいが、緊急時には搭乗している者達の力も借りるらしい」
「なるほど…海上の魔物は、居るっていうこと以外全く知らないんだけど、貴方は見たことある?」
エルフという種族自体が森の外に興味がないため、海上の魔物を知らなくても違和感はない。
「いや、前にも船で東之国に行ったが、それでも見たことはない」
「えー…遭遇したらどうしよう…」
他愛もない話をしていると、出港の合図である法螺貝の笛の音が辺りに響いた。
先ず始めに先頭の船が進むと、それに続いて後続の船も動きだす。
動き始めた時に大きく揺れたので、少しだけ心配だったがすぐに安定した。
どうやら、帆に推進力として風魔法が用いられているようだ。
そして、段々と遠くなっていく港を眺めながら呆けていると、あることを思い出した。
「そういえば聞いてなかったけど、フェアニミタスタで出会ったデングリドさんっていたじゃない?やけに畏まってたけど、あの人に何かあったりするの?」
「士官学校時代に憧れていた人だ。あの人の攻撃方法からは、あらゆることを学ばせてもらったんだ」
「貴方にも憧れっていう概念はあったのね…ということは、あの連続性のある感じとか?」
それを言うと、シルドは少し驚いていた。
「そうか、お前にもあれが分かったか」
「私は終始俯瞰してたからね。上から振り落とすことなく回転したり斜めに振ったり、遠心力をかなり利用しているように見えた、かしらね…?」
「そうだ。魔法の発展で少しづつ後退していた近接物理型のアタッカーにおいて、あの攻撃方法は革命だったんだ。士官学校にいた俺はもちろん、多くの冒険者や兵士達がそれを見習った。特に俺のようなハードアタッカーとはかなり相性が良く、攻撃で防御も可能になるため士官学校から魔王討伐部隊として活動し始めた頃まではお世話になった…」
「そ、そう…」
饒舌になったシルドに、エルは少し躊躇い気味だった。
(それらしいこと言った所為か、シルドの口が止まらなくなっちゃった…それなら、これで…!)
エルは傍に置いていた袋に手を伸ばし、何かの箱を取り出した。
「デングリド様が苦難の末に編み出した手法であるため、もちろん取得にはそれ相応の努力と時間が必要になる。だがエル、俺のラッシュ・アウトを覚えることができたお前なら、もしかしたら────」
「はいどうぞ!」
シルドの言葉に割って入ったかと思えば、エルは何かをシルドの口に当てていた。
エルが持っていたのは、港で買ったお菓子の箱だった。
「…菓子か。どれ……美味いな、美味い…」
「普通のクッキーだけど、オレンジの皮が入ってるから香り高いわよね~」
全力で味わい始めたシルドと同じく、エルもクッキーを口にする。
(シルドって食い意地を張ってるわけじゃないけど、食べるのは好きなのよね。美味しい物とかあると飛びついちゃうし、まだ子供って感じがして可愛い…)
純粋無垢な寝顔を見せた時と同じく、シルドには少し子供らしい所が残っているように見える。
戦闘や人脈においては圧倒的上位の存在だが、それ以外の所では度々年相応のものを感じることがある。
普段は無愛想というか、無表情でいることの多いシルドだが、食事なんかの時は明らかに目の色が変わっている。
(片手だから食事もそれなりに不便だろうに、そうは思わせない速度で平らげちゃうものだから、何が何だか…)
「はい、チョコチップもあるわよ」
差し出されたクッキーを受け取ると、シルドは少し疑問を口にした。
「……そういえば、何故クッキーなんだ?港だから、他にも珍しい菓子はあったと思うが」
「クッキーは私達の住む辺りだと一般的だけど、これから行く東之国はかなり文化が違うらしいし、お菓子もご飯も変わっちゃうじゃない?だから、故郷の味が恋しくならないようにね」
「なるほどな。確かに向こうの食べ物も味は美味いが、こっちと似た味のものはほとんど無い。良い選択だ」
そしてまたひと齧りすると、今度はエルが疑問を口にした。
「何か、東之国はちょっと前まで外交を渋ってたってシルドが貸してくれた本に書いてあったけど、その所為で標準語が通じにくいとかもあるのかしら?」
「そうだろうな。治安はフェアニミタスタと同等とされるが、標準語が通じにくいということから外国の者には住みにくい国とされている」
「へぇ~…何だっけ、ギルドも”奉行所”って言わないと通じないんでしょ?独特な進化しているわよね」
「元より、奉行所がギルドとも近い役割を果たしていたらしい。それも外交を渋っていた影響だろうな」
そして、2人して目の前に広がる海を眺めたり、2列になっている船のそれぞれを見てみたりした。
船の大きさや設備の充実度合からして、恐らく2人が乗っている船は高級とされるもののはずだ。
風魔法で推進力を得る所だったり、防衛措置が十分だったり。
船に乗っている人達も、冒険者かただの旅行客かのどちらかなのだが、その全員が高価なものに身を包んでいた。
(…そういえば聞いてなかったけど、この船ってどれくらいの値で取ったのかしら…)
エルはそれに何となく気付いたが、現実を知るのとシルドの財布の底が知れないのが怖いので、聞くのを止めた。
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