55.ノウハウが全く役に立たないハウツー
臨時教官として兵士達に指導を行うシルドであったが、その途中でとある人物と出会うことになる。
「───さて、ここまでで質問のある者は居るか?」
「は、はいっ!」
兵士達が少し躊躇っている中、列の後方に居た新兵らしき人物が手を挙げた。
「アタッカーでも攻撃を受けない方法という話をされていた際の、相手の攻撃をいなすというのが、上手く理解できませんでした!」
「柔軟に想像ができない私を、どうかお許しください!そして願わくば、より具体的な説明を求めます!」
それを聞いた辺りの兵士も、同じ気持ちで居るようだった。
「わ、私も…!」
「俺も!元々頭が悪い方なので、実戦演習でも説明してほしいです!」
その意見を聞いた兵士達は、半興奮気味に賛同する者が多かった。
シルドの実力を生で見たいというのと、できることなら挑んでみたいという欲の表れだった。
「静粛に!」
ロズテッサの声が響き、兵士達は冷静を取り戻す。
(……俺達の時とは違うな)
シルドは、自分が士官学校に居た頃を思い出していた。
積極的に意見を述べるフェアニミタスタの兵士に比べて、シルドの士官学校ではその真逆だった。
”手本になりたい奴は居るか?”教官がこう述べて、積極的に手を挙げる者はごく一部だった。もちろん、その一部にはシルドが含まれている。
シルドの士官学校では、人前で負けるのが恥ずかしいからと、実戦演習の手本に挙手する者は少なかったのだ。
「…ふむ。どの道、この後は実戦演習があるんだ。一番最初に手を挙げてくれた君、名前は?」
「はいっ!カルバーと申します!」
それに頷き、シルドは剣を抜いた。
ただ剣を抜いただけというのに、兵士達は少しだけ騒めいた。
「カルバー。武器を持って俺の前に来てくれ」
「はっ、はいっ…!」
カルバーは少し緊張した面持ちになりながらも、剣と盾を手にした状態でシルドの前に出た。
「学ぶために負けることは、決して恥ではない。俺も、何度も教官に負けた」
「だが、教官に挑んだ者と、それを眺めていた者では得られるものが違う。挑んだ者は、自身の弱点と新たな戦術をいち早く体験できる」
そして、シルドは剣を構えた。
「当てるつもりで振ってみろ」
声色が変わったシルドを見て、場の緊迫感が高まる。
「…いきます!」
双方の合意の下、カルバーが剣を構える。
辺りに居た者達全員が静まり返り、呼吸の1つも聞き取れないほどだった。
兵士達はもちろん、ロズテッサやエル、他教官達までもがその瞬間を見逃すまいとしていた。
「……ッ!」
そして、カルバーが力強く前に出て、剣を振り落とす。
振り落とした剣筋は上々と言えるものであり、素で居れば致命傷になる可能性が高い。
「………」
シルドは、その剣筋を目で追っており、先ほどと何ら変わりない表情だった。
振り落とされるカルバーの剣に、シルドは軽く突くように剣身を当てる。
そしてすぐ、剣先が地面に当たる音が響いた。
「なっ!?」
カルバーは、その音を聞いてから初めて自分の攻撃が防御されたことを理解した。
同じように、静観していた兵士達も騒ぎ始める。
「良い剣筋だった。努力している者の証だ」
「えっ……?」
少し呆けているカルバーをよそに、兵士達への解説に戻る。
「さて、見て分かったことだろう。相手の武器に合わせて、軌道をずらす防御方法が俺の言っていたことだ」
「今のって無理じゃない…?凄く金属音が澄んでたっていうか、何今の?」
「あれができるのもおかしいけど、盾じゃなくて剣でやるっていうのが…」
案の定、混乱の声が多く聞こえる。
「見た目ほど難しいことではない。確かに初めは難しいかもしれないが、肝心なのは慣れだ。視力も関係してくるから、急にできるようなことでもない」
「練習方法は見せた通りだ。2人1組で互いの剣が当たらない距離を保ち、5から6割程度の力で振り落とす。それを、どちらかが防御すれば良い」
「君達の場合は盾があるから、不安因子もほとんどないだろう。感覚が掴めないという者は、俺の所に来てくれれば直接指導しよう」
そう言った瞬間、兵士達は全員がシルドに寄って集ることになった。
「…ロズテッサさん、今のシルドの説明で理解できました?」
「私は戦闘経験があるので、何となく分かりましたが…まだ育成途中の彼らにとっては、あれが手品に見えて仕方ないのでしょうね」
(いやぁ分かったんだ…)
エルはシルドの弟子であることと、同じ防御方法を取得しているから理解できたが、目で追えない早業を見せられたら手品に見えても仕方ないだろうと思った。
「少し羨ましいですね…こうして指導されている兵士達を見ていると、私もシルド様に挑みたくなってしまいます」
「あぁ…近衛兵ですし、やっぱりそういう所はしっかりしないとですしね…」
「いやぁ、良いんじゃないか?熱は冷めない方が良い。お前のような、男の少しも知らぬ女はな」
ロズテッサが落胆し、それをエルが同情していた所に、白髭を蓄えた筋骨隆々の見知らぬ老人がやって来た。
そしてまた何故か、その老人は戦鎚を携えていた。ロズテッサのような人外級のものではなく、装備店でよく見る方の戦鎚だった。
「お爺様…こちらへは、何の御用で?」
「何やら、英雄さんが臨時教官をやるって聞いたんでな。散歩がてら見に来たわハハハ」
ロズテッサのお爺様らしきその老人は、乾いた笑いを出すとエルを見た。
「お、お邪魔しています…!」
「あぁ!このエルフさんがあれか、ファングネルの弟子か!」
「ええそうです。ですがお爺様、駐屯地には機密情報が多く存在するため、いくら元近衛兵であっても────」
「あぁあ、そんなん気にせんでええだろう。もう何回も来てるんだから…これだから婿が見つからんのじゃないか?」
ロズテッサはその言葉を聞くと、明白に不快そうな顔に変わった。
「孫娘がすみませんねぇエルフさん。初めまして、デングリド・リヴァインっちゅう者です。言っちゃいましたが、コイツの祖父です」
不満の表情を浮かべたロズテッサの頭を撫で、気楽に挨拶する。
「シルドの弟子の、シャーレティー・エルフォレストラです。よ、よろしくお願いします」
「うむ。孫娘は堅い子だが、仲良くしてやってくれなぁ~」
「…お爺様、装飾が崩れますので手を放していただけますか?」
ロズテッサのみ不満を浮かべる中、つつがなく挨拶が済んだ。
それと同時に、シルドの取り巻きも一息吐いたようで、今は各々で防御の練習を行っていた。
シルドは、それを見て回りながら手本を見せたり、構えを修正していたりした。
「で、やらんのかローズ?ファングネルと戦いたいんだろう?」
「やるわけがないでしょう。勤務中なのですよ?」
その答えを聞いたデングリドはつまらなさそうな顔をしたかと思えば、すぐに悪そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ儂やるわンハハ!」
「…えっ?」
珍しくロズテッサから腑抜けた声が聞こえたと思ったら、デングリドは既にシルドの方へ向かっていた。
「そうだ。剣はいつでも振れる位置に、盾を常に剣よりも前に構えれば─────?」
「儂も混ぜてくれんか?」
言葉だけ並べれば、意外と自然な会話に見えるのかもしれない。
だが、現実はデングリドがハンマーを振り回した状態でシルドに迫っており、既に目前と言うに相応しい距離だった。
「おいっっっしょ!!」
シルドは困惑しながらも、迫っていた一撃目をいなした。
その気楽そうな口振りからは、想像もつかないような威力がハンマーに乗っており、シルドがいなした時の金属音がいつもより鈍く聞こえる。
「”オールド・ハンマー”…?」
「おう!儂がどうしたぁッッ!」
シルドはデングリドを知っていたのか、その名を呼んで不思議そうにしていた。
そんな余裕を与えないように、デングリドは攻撃を続けた。
(凄い…隙は大きいけど、攻撃に連続性がある…)
諸刃の剣のような攻撃方法に、エルは見覚えがあった。
(シルドと似てるかも…)
多少の被弾を気にせず攻撃する姿は、ハードアタッカーのそれだった。
「うい~…さて、ようやくご挨拶だな?英雄さんよ」
「お会いできて光栄です。オールド・ハンマー」
先ほどの攻撃は何かの挨拶だったのか、しばらくの攻防を行った2人は何事も無かったかのように握手を交わした。
近くで特訓していたはずの兵士達も、その攻防に恐れおののいたのか、いつの間にかロズテッサの近くへと移動している。
ロズテッサへの信頼の表れだろうか?
「やっぱり、二つ名で呼ばれるってのはむず痒いな。普通に名前で呼んどくれよ」
「承知しました」
シルドのあまりの畏まり様に、エルはデングリドが凄い人なのではないかと思った。
エルとロズテッサは、シルドの元へと駆け寄る。
「お爺様!兵士達に危害が加わる所だったというのに…!」
「そうカッカするなと言っているだろう。大体、兵士達もそんなに軟に育てているわけでもないのだろう?」
デングリドがロズテッサの後方に指を差し、ロズテッサが振り返った。
そこには、デングリドへの敬礼を、微動だにせず続けている兵士達が居た。
「もうよい!それぞれ、成すべきことを成せ!」
デングリドが一声かけると、兵士達は元の位置に戻り、再び防御の練習に取り掛かった。
「お前がやらんと言うから、儂がやったんだ。それに何か不満でも?」
「………」
ロズテッサは少し悔しそうだった。
兵士達の安否は既に言い返されてしまったし、他に言い返せるような言葉が見つからない。
「??…何の話かは存じませんが、デングリド様、ハンマーを新調なさったのですか?」
「ハハハッ、そんな事を言うのはお前くらいだよ、ファングネル。老いに決まっているだろう」
(ど、どういうこと?もしかして……)
どうやら、デングリドの持っているハンマーは本来、違うものであったとのこと。
「となると、ロズテッサに託したということでしょうか?」
「いいや、家に飾ってあるよ。満足に振れなくなったと言っても、あれは往来の友だからな」
「そうでしたか…あのハンマーを持った姿が見れないとなると、どこか寂しくなりますね」
「そうか?思ったこともないが、そういうもんなんか…?」
「フェアニミタスタの平和を想像すると、真っ先にあのハンマーを持った貴方の姿が思い浮かびます」
エルは困惑していた。
それは、デングリドの来歴を知らないからこそ湧くものだった。
「ろ、ロズテッサさん?デングリドさんって、何をした人なんですか…?」
隣に居るロズテッサに、小声ながら伺う。
「…引退してからはあのような痴態を晒してばかりですが、現役時代ではフェアニミタスタの要と呼ばれていました」
「彼が近衛兵として勤める中、世界に魔王が出現したのは3回。その3回全てにおいて、魔物の総攻撃から城の防衛を成功させたのが彼と、彼の率いた部隊でした」
「それって、ただの引退兵じゃないんじゃ…」
「ええ。機密情報への接触は制限されますが、大臣と同等と言って良いでしょう。引退した今でも、国宝級の人材に指定されています」
エルは、シルドと接していればいるほど、重要な人物と出会うことに気が付いた。
こうして話していたロズテッサも例外ではない。彼女は”現”近衛兵なのだ。本来であれば、庶民が関われる人物ではない。
「それでだな、孫娘がお前に勝負をしてほしいと言ってたんだが…ほら、言わずとも分かるだろう?初心だから言い出せなくてな────」
「お爺様!」
デングリドが小声で言うと、それを全て聞いていたロズテッサが制止に入った。
「まぁまぁ落ち着け。こいつは俺のハンマーに応えた、つまりちゃんとした男だ。お前もハンマーを持っているなら、するべきことは分かるだろう?」
「一般常識から外れた視点で語るのは止めて下さい。無断での戦闘訓練への参加、シルド様への攻撃も奇襲と捉えられます」
よほどデングリドの言葉が嫌だったのか、ロズテッサは淡々とその言葉を述べた。
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