53.正体不明で前代未聞 feat.女騎士
ツナジリヤによって奇襲を受けたシルドは、フェアニミタスタへ緊急搬送されることになった。
そこへ、フェアニミタスタの近衛兵であるロズテッサが加わり、事件の詳細について語られる。
「──────!!!」
(このままだと死ぬ…っ!)
自由落下で崖に激突した両者だが、ツナジリヤは魔法を使ったお陰で何とか無事だった。
問題なのは、その後の対応だった。
防御の魔法を使って耐えているものの、この分だと自分の魔力が切れるのは時間の問題だった。
自分のナイフは全く歯がたたず、魔法も効かないことから攻撃手段は既に尽きている。
できることなら、この場から即座に退場したいものだが、目の前に居る”獣”がそうはさせてくれない。
満足に視界が晴れない土砂の中でも、”獣”は攻撃を止めなかった。
「ぐっ──!?」
肉体による直接防御を余儀なくされた時、ツナジリヤの体は土砂の洞窟を突き破って外に出た。
そこは、前哨基地の近くだった。
ツナジリヤは慌てて体勢を立て直し、自分が出てきた崖の方を確認する。
(こんな分厚い壁に風穴を開けたのか…!?)
戦うことで形成された洞窟と、その暗がりからこちらを睨む”獣”を目にすると、目視できない速度で飛び掛かって来た。
「──────!!!!」
「がはッ!!」
獣は突進と同時に拳を突き出し、ツナジリヤを再び前哨基地の壁に衝突させた。
だが、今度はそれだけでは止まらず、突進を止めることは無かった。
「────────ッッッッ!!!!!!!」
”獣”はツナジリヤを掴んで壁を突き破り、前哨基地内のあらゆる壁に激突しながら突進を続けた。
エルが2人の近くに着いたのは、丁度その頃だった。
前哨基地の中から響く破壊音を聞いていると、突如壁が打ち破られてツナジリヤの姿が見えた。
「っ…くそッ…!」
ツナジリヤのアーマーは砕けていた。
防御魔法のおかげで、何とか今の今までもっていたのだろう。
だが、次にアレの攻撃をもらえば、自分の身がどうなるかは想像に難くない。
(!何かの魔法…?)
ツナジリヤが魔法を唱え、その体に魔力が集まり始めると同時に、”獣”が壁の向こうから出てきた。
「───────!!!!!!!」
再び捕えようと、その巨体がツナジリヤに迫る。
しかし、それが目前に迫ってから、ツナジリヤの姿は消えてしまった。
「─────…」
”獣”が忙しなく周囲を見回し、敵が居なくなったことを察した。
「……あ…」
最後の最後に、自分が狙われるのではないかと、エルは不意に声が出てしまった。
その声を聞き、”獣”はゆっくりとエルの方に振り返った。
「…………」
しかし、それは何も言わなかった。
憎悪が伝わる顔のまま、”獣”は顕現した時と同じように黒ずくめになり、かと思えば瞬きする間に姿が消え、代わりに地面に横たわったシルドが現れた。
(シルド……!)
エルは急いでシルドに駆け寄り、刺し傷があった場所を確認した。
どうやら、先ほどの”獣”と同じように傷は癒えており、外傷に心配は無さそうだった。
「だ、誰だ……?」
「わっ私よ!大丈夫?何があったのか分かる…!?」
だが、その外見に反して体力は無事でなく、瀕死と言える状態だった。
(こういう時って、憲兵の人にメッセンジャーを送れば良いのよね?シルドの治療もそうだし、ローブの人達も…!)
焦ってメッセンジャーを呼ぶエルに、虚ろな目をしたシルドが言った。
「………あぁ…全て、覚えている……」
掠れた声で言うと、シルドは目を瞑り、全身から力を抜いた。
──その日の夜 フェアニミタスタ城内 診療所にて
突き刺さるような痛みと共に、全身を駆使して破壊を行う衝撃を、未だに覚えている。
今まで”獣”になった時は、その時だけの記憶が無くなるというのに、今回は違った。
自分が何をしていたのか、最初から最後まで全て覚えている。
あれは、忘れられそうにない体験だった。
自分の肉体が暴走していると言うのに、”お前は出てくるな”と言わんばかりに自我を抑え込まれ、ただ遠くから光景が見えるだけ。
それに、シルドが閉じ込められていた、真っ暗なあの空間。
確かに急所を刺されたはずが、気付けば飛ばされていた謎の場所。
思考を巡らせることはできても、体を動かすことはできなかった。
ただ淡々と映像を見せられるだけだった。
音も振動も、何もない空間でただ1人、漂っているだけ。
静寂に包まれていたというのに、酷い喧噪に囲われていた気がする。
『そろそろ目を覚ますでしょう。私はロズテッサ様の所へ報告に向かいますが、エルフォレストラ様はここでお待ちになりますか?』
『はい。居ても大丈夫ですか?』
(誰かの声が聞こえる…)
思考もとい睡眠から覚めて、現実を見るために目を開いた。
視界より先に、花の匂いに紛れた薬草の香りが鼻腔を刺激した。
「!シルド…!」
ぼーっと天井を見ていると、エルが心配そうな顔でこちらを見ていた。
知らない場所と、エルの心配そうな顔を目にしたシルドは、反射的に背中の剣を抜こうとした。
しかし、自分の背中には鞘すら無く、腕のガントレットさえ着けていなかった。
「もう大丈夫よ!私が憲兵を呼んで、ロズテッサさん達が助けに来てくれたの」
エルが起き上がろうとしたシルドの体を抑え、再びベッドに横たわらせた。
「本当に心配したんだから…瀕死状態で目を瞑るのがどれだけ危険なことか、よく知ってるでしょ?」
よく知っていても、あの眠気には抗えなかった。
瀕死状態において、回復することなく身を隠すこともないその他の行動は、死を受け入れることを意味する。
だが、”獣”を内包するシルドにおいては、それでも死ぬことは無かったはずだ。
ツナジリヤを退けたように、あの”獣”は死を越えて顕現するのだから。
「ここは…?」
「フェアニミタスタ城の診療所よ。病院に運ばれると思っていたんだけど、貴方の身分だから特別待遇されたみたいね」
シルドは溜息を吐き、ベッドに深く身を預けた。
「…迷惑を掛けたな、よく憲兵を呼んでくれた。ありがとう」
「数時間前まで瀕死だったクセに…どういたしまして」
エルは、くすっと笑った。
少しの沈黙の後、シルドが話し始めた。
「…ツナジリヤの奇襲と、少し前のミカとの連携で気付いたと思うが、俺の弱点は”一対複数”だ。連携力が高いなら尚更、素早さが極端に高い相手も苦手だ」
先ほども言ったが、瀕死状態にあったというのに、何故そんなことを話し始めるのか。
体を労わろうとは思わないのか、少なくとも今は命を尊ぶ努力をしてほしいと、エルは思った。
「今回の…何と言ったか……”獣”、だったか?今回は、あの状態でも意識がはっきりしていた」
「気絶する前にも言ってたことよね…?」
記憶が曖昧なのか、シルドは少しどもっている。
「恐らく…そうだ。体の自由が完全に奪われていて、俺はよく分からない空間を漂っていた気がする」
(森の声が言っていた、シルドの意識が深層にあるという話ね…)
「ただ、自分が何をしていたのかは見えていた。俺の意思ではない以上、それは自分ではないがな……」
そう言うと、シルドは隣に置かれていた机から、ガントレットを取ろうとした。
普段のシルドの振る舞いからして、外に居る時は装備が無いと不安になるのかもしれない。
「あっ、まだガントレットはダメよ。意識を失っていたし、血行に良くないから外しているの。お医者さんも、許可を出すまでは付けないで欲しいって」
「………」
それを聞いたシルドは、”わざわざ体を起こしたのに”と、不満の表情をしながらベッドに戻った。
そして、またしばらく置いてから口を開いた。
「…ツナジリヤはどうなった。あの後、お前は無事だったのか」
エルは、少し頭の中で整理しながら答えた。
「私は何ともなかったわ。ツナジリヤって言う人は、私達の前から姿を消してからは、森の声での追跡ができなくなった」
「多分、高速で移動したのか、転移…は、有り得ないと思いたいけど、貴方の”獣”があるし…」
転移とは、この世界において概念は存在するものの、実証はできていない現象になる。
”それらしく見える”のが、高速で瞬間的に移動する魔法だ。
有り得ないとは思いつつも、シルドの”獣”を見てからは”有り得ない”が通用しないように思えてきた。
(未だに考察すらできない、あの黒い炎…)
シルドを見守りながら待った数時間の間に、幾度となく考察と思考を巡らせた。
(今回の”獣”になったお陰で、あの能力の根本がシルドではなく、憎悪の魂と呼ばれるものから来ていることが分かった。でも、森の声は憎悪しか残っていないと言ったのよ?それなのに、何故あんな事が…)
(それに、憎悪の魂がシルドの肉体と繋がっているのも謎ね…そもそも、それが可能だなんて知らなかったんだけど?)
しかし、森の声が明かせないと言うほどのことだ。関連性が一切分からないと言っても、別にエルの間違いではない。
(…今度、本当に精霊様に会いに戻ろうかしら……)
「………エル?」
考え込んで止まってしまったエルに対し、シルドが声を掛けた。
エルはハッと我に返り、それに応える。
「ごっ、ごめんなさい。ちょっとだけ、貴方が使っていた黒い炎が気になっちゃって…」
シルドはそれを聞き、少し息を吐く。
「当然と分かっているかもしれないが、俺もあれは初めて見た。ツナジリヤ達が着ていた隠密用のローブ…その魔法に焼き付いたのは驚きだった」
心当たりが無い様子に、エルも合わせて相槌を打つ。
(森の声が言えない…つまり、世界における重大な何か…)
そんな事を、本人が自覚している上で自由に使えるのであれば、精霊が黙っていないはず。
世界の均衡を崩すことは、管理者である精霊が許さない。
故に、死から蘇生したシルドを訪ねてもおかしくないはずなのだが、精霊は既にシルドのことを認知しているようだった。
「えっと…シルドって、一度死んだってことで良いのよね?」
「俺としては、ドゥーモンキーの話をした時はそう思っていたが……今考えてみれば、無敵と差異が無いな…」
”獣”の表現は、”体力が底を突いてから発動するバーサーク”と言うのが、最も近いだろうか?
精霊が訪ねないことを考えると、もしかしたら”獣”の発動は蘇生ではないのかもしれない。
そうして数時間前の事に悩んでいると、診療所の外から金属のカチャカチャと鳴る音が聞こえてきた。
「シルド様、フェアニミタスタ近衛兵のロズテッサです。失礼致しますね」
足早な音を立ててやってきたロズテッサは、迷いなくカーテンを開けた。
「御静養中の所、申し訳ありません。体調の方は如何ですか?」
「お陰様で、問題無い。そんなことより、前哨基地をかなり荒してしまった。それに対する賠償の話…を……?」
言い終えようとした時、エルとロズテッサの妙な視線に気づいた。
「…シルド様、つい先ほどまで瀕死の身であったというのに、我が身を顧みず淡々として居るのはどうかと。御自愛が足りていないと思われます」
「あ、ああ……」
(寝っ転がっている所為か、ロズテッサの迫力が増して見える…)
甲冑を着ているわけでもないのに、素の恵体に鍛え上げた筋肉を付けている所為か、シルドの視点からはロズテッサがより大きく見えた。
近衛兵の正装で、鎧と言えそうな物は鎖帷子だけなのだが、その状態でもフルアーマーの時と遜色なく見える。
「前哨基地の件については、また後ほど。先ず、御二方を襲ったのは、ツナジリヤという人物で間違いありませんか?」
「ああ。俺の学友で、かつてはベルニーラッジ軍の諜報部隊に居た者だ」
「ありがとうございます。既に軍部大臣と連携を取り、ベルニーラッジ軍へ本件の報告を致しました。確認の後、国際指名手配の手続きが行われるそうです」
エルは、突如飛び出した”国際指名手配”という言葉に驚愕した。
シルドの身分を知っていても、いち人間の暗殺未遂が国際指名手配に繋がるなど、王様や貴族くらいだと思っていたからだ。
「そして、本件に携わっていた者…つまり、シルド様が倒した者達ですが、死者が出ています」
「もちろん、これを追求することはありません。シルド様ご自身も死に瀕していましたので、言語道断でしょう」
ロズテッサは軽く呼吸し、持っていたスクロールを開いた。
「本件に関わったとされる人数は、現場だけでも10名と判断。内、死亡は3名。他7名の内、6名は負傷。現在は完治しており、収容所にて尋問が開始されています」
「残り1名であるツナジリヤは、現場から逃走したということになっております。不明瞭な点はございますか?」
シルドは少し考え、口を開いた。
「…その死者達に、身内は居るのか?」
「どの者も、公的な書類は消されているようでした。手探りにはなりますが、時間を掛ければ判明していくかと。しかし、何故そう思うのですか?」
「どんな事実があっても、俺がその者達を殺めたことに違いはない。遺族がいるなら、俺に説明の責任があるはずだ」
そう言い、息苦しそうに体を起こす。
そのシルドの物言いに、エルは少しだけ胸が痛んだ。
「…先ほども申しましたが、やはりシルド様は御自愛が足りていないと思われます。ですが、判明した次第にはご連絡致しましょう」
「私も、ロズテッサさんと同意見よ。そうやって無意味に体を起こしてないで、今だけでも不安を忘れて休みなさい」
エルは、再びシルドの肩に手を置いた。
シルドは、その温かさに懐かしさを感じた。
(レイネと、アルサールにもよく言われていたか…アルサールが言うのには、未だに納得できていないがな)
『ここは俺に任せろ!』
物資輸送の依頼で、魔物100体に囲まれた時だったり。
『ここは俺に任せろ!!』
何故か、大型の魔物相手に1人で挑もうとしたり。
『なぁ、俺に任せろよぉ?』
真面に剣を研いでないくせに、手が塞がっている時に皆の武器を手入れしようとしたり。
『まぁーかせぇーろよぉー??』
単にウザ絡みされたり。
(俺以上に自暴自棄なアイツにだけは、何回死んでも納得できないだろうな)
エルとロズテッサに詰められて、シルドは昔を思い出していた。
そこへ、再びロズテッサが口を開いた。
「では、前哨基地について話を変えましょう」
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