52.Jh De beast vs Fairy taLE...?
出会いからそれなりの月日が経ち、真に仲間と言えるような関係になったシルドとエルは、フェアニミタスタを出て東之国に向かうことを決めた。
しかし、出発当日に問題が発生するのであった…。
(ど、どういうこと?)
『シルドと混ざってたから分からなかった』『あれ、人間の魂』
混乱していたばかりだというのに、新たな事実に困惑する。
それなら、何故獣のような行動をするのか、森の声が聞こえるのか。
『分からない』『あれには、憎悪しか残っていない』
森の声がそう言うので、エルはシルドの感情を読み取ってみることにした。
(うっ……!)
入ってみるなり、感じ取れたのは突き刺さるような憎悪の感情だった。
元のシルドにあった、余裕や余白と言った部分が一切無い。
他者が入ることを考慮していないからこそ、一瞬だけでも入った時点で突き刺さる痛みを感じるのだ。
「死から蘇生するなんてな。どこでそんな魔法を覚えたんだ?」
「────!!!」
ツナジリヤが襲い掛かりながら聞くと、シルドは拳を強く固めて再び咆哮した。
すると、辺りに散っていた黒い霧のような物がバラバラに固まり、黒い炎として発現した。
当然、同じように辺りに居たローブの者達は被害を受ける。
「なっ何だこれ!?」
「魔力が吸い取られるっ…!!」
その光景は、阿鼻叫喚だった。
蝕む黒い炎に、発現しない自身の魔法。
水で消そうと思っても、その魔法が発動しないのだ。
ローブの者ではないものの、エルもその被害を受けようとしていた。
「わっ…ちょっ、ちょっと…!」
発現した黒い炎を恐れながら後ろに下がるが、結局はそれに触れられてしまった。
「熱っ!…………くない…??」
寄ってきた黒い炎は、これっぽっちも熱くなかった。それどころか、暖かさを感じた。
(これ……回復魔法…!?)
渡った炎は、どうやら掠り傷の箇所を転々としているようで、先ほどまであった腕の傷が消えていた。
その黒い炎の暖かさは、回復魔法に通ずる所があった。
しかし、阿鼻叫喚のローブの者達には、ちゃんと炎として機能しているどころか、”魔力が吸い取られる”とも言われている。
(魔法でも無いの……?)
『黒い炎、私達を焼かない』『不思議な炎。精霊に聞く』
よく見てみると、火が移りやすい木に対して、黒い炎は全く機能していなかった。
「落ち着け!ローブを脱ぐんだ!」
ツナジリヤの声に、ローブの者達は一斉にそれを脱いだ。
「────」
「っ!?」
シルドの唸り声に振り返ったツナジリヤは、初めて感じる威力を目の当たりにした。
巨大な拳が迫り来るその光景は、スローモーションのようでもあり、閃光の如く一瞬のようにも感じられた。
そして気付けば、自身は前哨基地の壁に激突していた。
確かに、その場は前哨基地から100mも離れていない場所ではあったが、瞬きすらできない速度で殴り飛ばされた。
(…四肢は……?)
猛烈な激痛と吐き気に襲われながら、あの拳に直面したツナジリヤは自分の四肢を確認した。
あれだけの威力を、まともに防御することなく食らっておきながら、以外にも四肢は無事のようだった。
喘鳴のまま、ここからでも見えるシルドの姿を観察する。
「────!!」
「うわああ───っ」
それは、慈悲の一切が無い戦い方だった。
背を向けて逃げる者を、四足歩行もとい三足歩行で追い、掴んだと思えば床に叩きつけて地面を掘り返しながら進み、他の者に目がけて投げつける。
(……あれでは、原型は残らない…)
「───────!!!!」
「待ってくれっ!よせ───」
魔法を使おうものなら、謎の黒い炎にかき消された上に、拳に捕まれ疾走の後に壁に激突、気絶が良い所だ。
あの勢いでは、恐らく死者が出ている。
あのシルドの前では、全てが玩具遊びでしかない。少なくとも、ツナジリヤはそう感じていた。
自分たちの磨いてきた暗殺の技が、何もかもがアレにとっては無意味で塵に過ぎず、自分以外は全て下なのだろう。
物理で攻撃しようものなら、その頭上から拳が叩きつけられ、分散することのできない絶大な威力で意識を失う。
シルドの繰り出す攻撃の全てが、人間にとっての致命傷を遥かに超える威力を持っていた。
そんな光景を、エルは腰を抜かして見ることしかできなかった。
(何か、前に見た時と全く違う…?)
最後に見た”獣”のシルドは、文字通り理性が無くなったシルドのようだった。
今と何が違うのかと言うと、”名前を呼べば帰って来てくれそうか”という点だ。
今のシルドは、最早シルドには見えない。
森の声が言っていた通り、憎悪に塗れた者にしかできないような事ばかりが、目の前で起こっている。
「─────!!!」
助けを乞う者を地面に、壁に打ち付け、拳を叩きつける。
戦闘不能になった者でも、邪魔だと判断すれば蹴り飛ばす。
踏み付ける。
殴り倒す。
その何もかもが、人体と言われるものから出て良い威力ではなかった。
盾を構える人が居れば、その真正面から拳を放ち、盾を構えた人は地面に埋まる。
正確に言えば、潰れる。
(こ、こんなの……)
虐殺だ。
ありとあらゆる暴力に分類されるものの中で、最も悪とされること。
武器を持たない庶民を、武装した兵士達が殺し回るようなこと。
(…止めなくちゃ)
何故かは分からないが、エルはそう思った。
相手がシルドではない、別の人間だったとしても。
その人間に何があって、何を憎悪しているのか知らずとも。
それを止めなければ、シルドが戻れなくなると思ったのだ。
「ね、ねぇ!もう止めて!」
「──────」
何と呼べば良いのか分からないため、曖昧な感じで呼ぶしかなかった。
そもそも、あれがシルドではなく別人ならば、何故ローブの者達を襲うのかが分からなかった。
人を殴り蹴るためだけに動きが俊敏なそれは、声を掛けたくらいでは止まらなかった。
エルは恐れながらも、その怪物に近付いて声を掛けることにした。
「や、止めて!もう十分でしょう!?」
『深層に、シルドの意識がある』『シルドの体、凄い不思議』
『黒い炎のこと、精霊に聞いた』『精霊、知ってた』
(えっ…?)
急な情報の供給に、思わず戸惑ってしまった。
その所為で、エルが再びシルドの姿を見た時には、シルドも振り返ってエルを視認していた。
「─────!」
「くっ!?」
それは、有無を言わせない速度でエルの首を掴み、文字通り地に足が着かない状態にする。
「だっ…誰なのよ、貴方…!!」
「───…!」
持ち上げたまま、エルの顔を隅々まで覗き込んだ。
その顔を見たエルも、違和感を感じ取った。
(!…目が……)
眼前まで迫ったその目の色は、シルドの深い青ではなく、怒りを含んだような暗い赤色だった。
そして今更ながら、シルドの肉体にも変化があることを察した。
全身の血管が隆起していることはもちろんだが、もう一つだけ些細な変化があった。
(な、何か、目線が…っ!)
シルドとエルの身長を比べると、大きな差は無いもののシルドの方が少し高かったくらいだ。
元と同じ身長であれば、今のように首を掴んで持ち上げて、ようやく視線が合うような身長差ではなかったはず。
「─────」
エルの動きを封じたまま、シルドは唸り声を上げた。
それに攻撃の意図は無く、相変わらずエルの顔を覗き込んでいるだけのようだった。
(この人が何を言っているのか教えて!)
『分からない。多分、言葉じゃない』『俺達よりも前の人間だよ?』
(じゃあ何で人間だと思うの…!?)
『魂の形が人間だから』『魂の形は種族毎に違う』
思いの他安直な答えに、危機的状況ながらも呆れが出てしまう。
「───」
「わっ…!」
シルドの顔が離れたと思うと、今度は乱雑にエルから手を放した。
そして、地面に倒れたエルを眺めていると、背後から音も無くツナジリヤが仕掛けてきた。
「────!!!」
不意打ちで前に倒れそうになるも、頭から地面に手を着いた逆さ姿勢のまま、蹴りを繰り出してツナジリヤを弾き飛ばした。
それを終えると、今度はエルの体を掴み、少し離れた所へと投げ飛ばした。
「なっ…何でよ────!?」
エルが飛ばされた位置はさほど遠くないが、少し走った所で戻れる距離でも無かった。
シルドがエルを投げ飛ばしたのが、防衛手段なのか、獣の気まぐれなのかは分からない。
(憎悪しかないと森の声が言っているし、理性的な行動を取るとは思えないけど…)
だが、エルを投げ飛ばしたのには、何かしらの理由があるはず。
それを考えると、エルは見守ろうとしか思えなかった。
「スカヴェンジャー」
「────」
(…今気づいたけど、ローブの人達が誰も来ない…)
ここから見える限りでは、3名がツナジリヤとシルドの近くで倒れている。
シルドの体にあったはずの刺し傷も、さも当然かのように癒えて無くなっていた。
「ヒッター」
「──────!!!!」
(”俺だと思え”、か…獣のシルドと渡り合っている所を見ると、本当なのかもしれないわね…)
すぐ先で繰り広げられている戦いを俯瞰していたエルは、ツナジリヤの強さを認識した。
渡り合えていると言うほどではないものの、素早さを上げて回避しながら弱点を探るその様子は、戦い慣れていると言える。
(極限状態での回避運動に加えて、数秒の内に色んな魔法を発動している…)
第一に、素早さを上げる魔法を使っている状態で、それを保ちながら属性も種類も違う魔法を次々と発動している。
(クソっ…これがアーマー無しの生身だなんて言えるかよ。しかも、魔法を使えば魔力が吸い取られる…)
毎度、眼前ギリギリで通り過ぎる拳に身を震わせながら、ツナジリヤはナイフによる攻撃を繰り返していた。
しかし、その刃がシルドの皮を通ることは無く、生身とは何なのかと考えてしまいそうだった。
「がッ!?」
ほんの一瞬だけ、その疑問を浮かべた刹那、シルドの手がツナジリヤの首を掴んだ。
「────────ッッッ!!!!!!」
一際大きな咆哮と共に空へ飛び立ち、弧の頂点に達すると、自由落下に近い形で崖に激突した。
崖からは土煙が上がり、2人の状況は目視できなかった。
しかし、今も尚鳴り響く轟音と破裂音が、何が起こっているのかを強制的に連想させる。
土砂の中に居ながらも、あの獣は戦闘を止めていないのだ。
(シルドとは思えないような残虐性を持っているだけで、行動自体はシルドの肉体で可否が決まるのかな…?)
エルは、2人の姿が確認できる位置に向かうため、走りながら考えていた。
魂が別の人間に入れ替わっているとはいえ、それにしては矛盾点も多く残っている。
エルだけを攻撃せずに放ったのはもちろん、体の特徴が変化することに加えて、謎の黒い炎。
(魂の概念は理解していたつもりだけど、体に変化が及ぶというのは初耳…)
『シルドと憎悪の魂が特異』『精霊が教えてくれた』
魂とは、その者の何かを表す残留物であり、体に変化が起きるほどの情報は残せないはず。
その者の癖だったり、目に見えないものだけが魂に残ると聞かされていた。
(憎悪の魂…そうよ!その魂って、何をそんなに憎悪しているの?精霊様は何て?)
『魔王』『全ての魔物を憎んでる』
『これ以上は話せない』『精霊に直接聞くしかない』
エルは”魔王”と聞いてから、それ以降の言葉が耳に入らないほど疑問になってしまった。
それなら、これまでに観測した全ての行動がおかしいことになる。
魔王を憎んでいるはずなのに、何故目の前にいたローブの者達もとい、ツナジリヤを攻撃するのか。
(身の危険っていう点なら納得できるけど……でも、最初から敵対していたし…)
本来であれば、危害を直接加えられたのはシルドのはず。
それなのに、何故魔王・魔物を憎悪している魂が、まるで事情を理解しているかのように行動しているのだろうか。
だが、魂間の記憶の共有というのも聞いたことがない。
(シルドが死ぬと同時に出てくる…もしかして、これがシルドの言っていた蘇生の秘術なのかしら?)
エルの知らないことながら、シルドは1人でいた時に魔物に囲まれ、心臓に一刺しをされて死んだとしている。
そこから息を吹き返したと言うのが、今目の前で起きている憎悪の魂との入れ替わりである。
(それなら…蘇生したのって、本当に”シルド”なの…?)
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