51.Reel back the ----- age
出会いからそれなりの月日が経ち、真に仲間と言えるような関係になったシルドとエルは、フェアニミタスタを出て東之国に向かうことを決めた。
しかし、出発当日に問題が発生するのであった…。
──フェアニミタスタ郊外にて
ミカと別れて、3日ほど休息を挟んでから、2人はフェアニミタスタ城下町を出ていた。
馬に乗って走っていた道中、旧フェアニミタスタ前哨基地を通ったので、せっかくだからと少しだけ歩いて見ることにした。
「構造自体はまだまだ丈夫そうだけど、何でここを捨てちゃったのかしら?」
「魔王の出現だろうな。全く使っていないというわけでもなさそうだが、人間が協力して魔王軍と戦っている以上、今は外国の脅威とは無縁なのだろう」
風化はしていないし、触った感じでも崩壊しそうになく、十分な強度を持っていた。
「普通に道路を通ると、正に監視されてるって感じよね。要塞の中を歩いているみたいだわ?」
入口と出口に2つずつ監視塔があり、壁の上にも兵士が駐在できそうな場所がある。
如何にもな前哨基地、もしくは監視区域と言えそうな場所だ。
楽しそうに進むエルの後に、シルドも辺りを見回しながら歩いていた。
「……?」
少し進むと、部分的に雑草の生えた場所があり、草で隠されているかのように誰かの足跡が残っていた。
それは近づいて見るまでもなく、つい最近形成されたもののようだった。
その足跡が向く先は、監視塔へと繋がる扉の方だった。
しかし、その扉に触れたような形跡はなく、開いているわけでもなかった。
「あれ?シルドー?」
改めて、近づいて観察してみると、その足跡は1人だけでは無かった。
雑草が生えたあらゆる所に、あらゆる形状の足跡が残っていた。
(どういうことだ…?)
「──デヴァステイター」
壁の上から何者かの声が聞こえたと思ったら、シルドの首には魔法で作られた首輪が着いていた。
「シルド───っ!?」
エルはシルドの救助に入ろうとするも、どこからともなくやって来たローブの者2人に足止めされてしまった。
エルが目の前の男達を警戒していると、いつの間にか自分達が10人のローブの者達に囲まれていることに気付いた。
(探知魔法に引っかからなかった…それどころか、森の声も聞こえなかった…)
10人に敵意を向けられていたというのに、誰1人としてエルの探知に引っ掛からなかった。
森の声が聞こえなかったことも考えると、高度な隠密系の魔法で息を潜めていたのだろう。
身を隠している時点で、この10人の正体は大体想像がつく。
「心底残念だよ、ファングネル。学友に手を掛けなければならないなんてな」
声が聞こえた方に目をやると、1人だけローブを着崩した男が立っていた。
シルドは、その男に見覚えがあった。
「ツナジリヤ……?」
「覚えてくれていたのか。律儀なヤツだな?」
ツナジリヤは壁から飛び降り、シルドの目の前に着地した。
「…何故、こんなことをするんだ」
「そりゃあ、”前の仕掛け”が失敗したからな。今度は、ちょーっとだけ強い面子で仕掛けに来たんだよ」
ツナジリヤは、ベルニーラッジ軍諜報部隊に所属していた、正真正銘の情報屋だ。
シルドと同じ士官学校の出であり、所属先は違うながらも年単位を共有した仲だった。
魔王討伐部隊が各地を回り始めて、半年くらいの時に諜報部隊を辞めて冒険者になったと聞いている。
そして、情報屋と言えば、最近会った”あの女”が浮かび上がる。
「何故、俺達を狙う?俺の家を襲撃したのも…」
「家は手先だな。理由は言えないが、正確な狙いはお前だ」
「シルド!私は準備できてるわよ!」
エルの声に釣られ、ツナジリヤはそっちを見た。
「…弟子は、残念だが目撃者になる。殺すのは免れない」
そう言うと、シルドに着いた首輪に魔力を込め始めた。
「学友として、できる限り丁寧に弔う。じゃあな」
その言い方は、本当にまた会う機会があるかのような、人を殺すとは思えないほど簡単な声調だった。
首輪から発せられる光が強くなり、弾け散りそうになった瞬間でさえも───
「………」
────シルドは、至極冷静だった。
「モンキー・フリップ」
「!」
シルドの姿が消えたかと思えば、その場に残った首輪だけが爆散した。
その場に居たツナジリヤ以外の者達はどよめき、辺りを見回すので精一杯なようで、エルの警戒には誰も当たっていなかった。
「………」
ツナジリヤは、エルが居たはずの場所を見た。
(…やはり、ただ数ヵ月調べた所で、アイツの全ては探り切れないか)
シルドの暗殺を計画した時から、シルドに関する情報はありとあらゆる所から集めていた。
ラッシュ・アウトには2種類があったり、規模の大きさも違ったり。
冒険者になってから、ドンファントンを単なるパワーで仕留めたのも、未知の魔物だったアクアウィッチャーの弱点を見抜いて仕留めたのも。
出生から調べたと言っても過言ではない量を調べたはずだったが、それでも知らない行動を取られた。
(まぁ、初めから簡単に殺せるとは思っていなかったが、全員で掛かって何とかって所か…?)
「パンサー、どうする?」
ローブを被った1人が、ツナジリヤに対して聞く。
「遠くには離れてない。ジャッカル、追え」
そして、また違うローブの者が1人、素早い動きで走って行った。
──少し離れた地点にて
先ほどまで居た位置から、さほど遠くない林木の近くで2人は話し合っていた。
「に、逃げろって…何でよ?」
「俺が隠し玉を使ったんだぞ!それに、ツナジリヤは諜報部隊に居たんだ。俺達の知らない何かを使ってきてもおかしくない…!」
「あいつらは全員上級冒険者と同等だ。ツナジリヤは俺だと思え!二手に分かれた方が混乱を誘い───」
そうして押し問答を繰り返していると、誰かの素早い足音が聞こえてきた。
「…!」
その者は、シルドを見るなり攻撃を仕掛けてきた。
生命を絶つことに効率的な、ナイフでだが。
シルドはそれを一度いなし、再びエルの方に振り返る。
「早く行け!!」
強く叫び、即座に振り返って戦闘に戻る。
エルが優柔不断で居ると、ぞろぞろと同じ格好をした者達が現れた。
(シルド…!あれじゃあ……っ)
幸い、エルはまだ居場所がバレていないようだった。
「はああッッ!!!」
シルドの本気度合からしても、きっとあの者達は上級冒険者並みの強さを持つのだろう。
エルがここに居ても、できることは何もない。
できることは、逃げる事のみ。
(私が逃げ切れば、シルドも早く戦闘から離脱できるはず……っ!)
決意したエルが静かに魔法を唱えると、軽快な足取りで木々の間をすり抜けたり、枝の上を渡り始めた。
シルドの離脱のため、できるだけ早く遠くに離れようと、必死に駆け抜けた。
森の妖精とも例えられることからして、エルフが森の間を駆けると、人間が普通に走るより数倍速く見えた。
息切れなんて感じない。
してはいるのだろうが、そんなことは本人の気にすらなっていなかった。
何故なら、自分が逃げるのが遅かった所為で、シルドが命を落としてしまうのかもしれないのだから。
今の状況において、自分にできるただ一つの選択肢が、逃げることだった。
であれば、逃走を全力でする他無い。
(私だって、親愛している人を失いたくない……!)
エルは一瞬だけ、自分の父親のことを思い出してしまった。
自主的ではなかったが、抱き締めてくれた時のあの感覚が、父親にそっくりだった。
エルの中でのシルドの認識は、既に”仲間”という枠を超えていた。
近づき難い有名人であり、友人であり、仲間であり、師匠であり、親のようでもあった。
恐ろしいほどの強さを持つ彼が、今この瞬間に死んでしまうのかもしれないと、焦りながら走った。
その焦りは、自分の父親の経験があるからこそ溢れ出るものだった。
帰ってきて当然だったはずの父親が、帰って来なかったように。
形は違えど、今の状況がその再現だったのだ。
「スプラッター」
夢中で森の中を駆けていると、突如として左側からツナジリヤの声が聞こえ、おまけに進行方向に水の球体が現れた。
それは、エルが視認したと同時に爆発し、強力な反発力でエルを空に吹き飛ばした。
(何これっ…魔法が鈍くなる…!?)
その効果にも驚いたが、一番の問題は反発力が強いあまり、シルドが戦っていた地点に戻されてしまうことだった。
少なくとも、数百メートルは走っていたというのに、自分が着地しそうな地点はピンポイントだった。
「くっ……!」
やっとの思いで出せた風の魔法で落下の勢いを軽減し、地面を転がりながら受け身を取った。
だが、立ち上がって見えたその全貌は、絶望そのものだった。
「全く、正気ではないな。この時代に、魔法ではなくステータスを上げる道を選んだファングネルは」
まるで、始めからここに居たかのように振る舞うツナジリヤ。
その周囲には、深手を負っていたり、それを難なく治しているローブの者達も居た。
そして、ツナジリヤの視線が向く先には────
「え………?」
───地面に横たわり、動かなくなったシルドの姿があった。
エルの考えていた、最悪の状況がその場所で起きていた。
「恐ろしかったよ。俺達より2~3歳は下の子供が、模擬戦闘で教官を圧倒する姿がな」
ツナジリヤは、シルドの顔に手を当てると、安らかに眠れるようにと瞼を閉じてあげた。
「お前の強さは、最早狂気的だった。理不尽な暴力と言っても良いのかもしれない」
シルドの体には、見えるだけでも5か所の刺し傷があった。何らかの魔法を使ったのか、シルドが着けていた軽装型のアーマーは砕け散っていた。
刺し傷の1つは、急所である鳩尾に入っていた。
血溜まりすら形成されていない。きっと、ほんの数秒前までシルドは生きていたのだ。
(何で……どうなって……??)
エルは、全く以って現実味の無い状況を見て、酷い混乱を引き起こしていた。
ツナジリヤは目の前に居て、シルドは倒れている。
深手を負っていたローブの者達も、次々と傷が治っていく。
別に、回復魔法で傷が治るのも、ツナジリヤがシルドを弔っているのも、不思議とまでは言わない。
シルドが言った通り、ツナジリヤという人物はシルドと同等の強さを持っているのかもしれない。
自分達の知らない何かを使ってくるというのも、予想が当たっている。
ローブの者達全員が上級冒険者というのも。
ただ、それほどまでにエルが混乱を引き起こしているだけだ。
「…さて、弟子の方も同じくしないとな」
「っ……!」
跪いていたツナジリヤが立ち上がり、エルの方を見た。
ローブの者達は興奮した様子ではなく、むしろシルドの死を弔っているような雰囲気だった。
そんな状況も相まって、エルはツナジリヤに剣を向けながらも、混乱は止め処なく続いていた。
「墓石は作ってやれないが、ファングネルと同じ場所に埋めてやろう」
そう言うと、純粋な殺意がエルに向いた。
あれがシルドだと言うのなら、エルに抗いようは無い。
”ここで死ぬ”
その実感ができてしまい、エルは剣を持った手が震えていた。
「さらばだ」
そして、ローブの者達が見守る中、ツナジリヤはエルの首に目がけてナイフを刺そうとした。
迫り来るツナジリヤを前にして、エルは剣を振るうよりも、恐怖のあまり瞬きを強くしてしまった。
その瞑っていた間は、恐らく小数点以下。
最後に見たシルドの姿からは、何故か黒い霧のような物が出ていた。
そして、それを視界に入れた瞬間、何事も無かったかのようにシルドが立ち上がっていた。
「────────!!!!!」
インクで塗りつぶされたかのように黒ずくめだったそれは、この世のモノとは思えない慟哭を空に放った。
その衝撃と、発せられた黒い霧に皆が振り向き、シルドを見た。
「あれも隠し玉か…っ!」
エルの目前に迫っていたツナジリヤは、再びシルドの方へと戻って行く。
その姿は、確かにシルドだった。
確かに立って、確かに生きているシルドを見たエルは、ようやく混乱から目を覚ました。
しかし、正気に戻ってシルドを見てみると、馴染みのシルドの姿とは違って見えた。
(あ、あれって……!)
全身の血管が浮き立ち、獣のような唸り声を出す。
エルがそう呼称付けた、”獣”のシルドだった。
とは言っても、これまでに見てきた”獣”ともまた違って見える。
『あれ、人間』『今まで混ざってた』
突如、森の声が話しかけてきた。
ということは、緊急を要することなのだろう。
『この時代の人間じゃない』『僕達よりもずっと前の人間』
『今までシルドが抗ってた』『でも、今はあの人間が抗ってる』
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