50.三点バーストの先にさようなら
「………ん」
大空を仰いで倒れている3人の内、最初に意識を取り戻したのはシルドだった。
(気絶していた…?太陽の位置からして、意識を失くしてから時間はほとんど経っていないな)
シルドは曖昧な記憶の中、倒れた直後に目にした光景を思い出していた。
意識が有ったのか無かったのか、正常な判断は付けられない状態だったものの、倒れてすぐの光景は覚えているようだった。
その後、有無を言わせない眠気に襲われ、そのまま意識を手放してしまったというのがシルドの記憶だ。
(…思わず、滾ってしまったな。後で2人に謝らなければ)
いくら上級冒険者相手だからとはいえ、3人仲良く気絶するまで手合わせをしたことは、今こうなっていることからして事実だ。
そう考えていると、弟子の手前で叫びながら剣を振るっていた自分が、死ぬほど恥ずかしく思えてきた。
師匠とは、弟子にとっての完成形であることを重んじていたシルドは、あそこまでの全力を出すとは自分でも思っていなかった。
(攻撃以外であれば、始めから全力だったんだがな…)
いなすのも回避するのも、普段の倍に感覚を尖らせることで、その精度を高くしていた。
だが、そんなことは些細な言い訳でしかない。シルドはそう自覚しながら、未だ寝ている2人に近付いた。
(俺が気絶した理由は、言うまでもなく最後のラッシュ・アウトの所為だろうな)
(ミカは体力と魔力両方の消耗が酷いが、エルは体力の方が先に底を着いたか)
体力か魔力が原因で気絶するというのは、どちらかが底を着いたことにより、一時的に強い疲労感が発生するためである。
シルドが倒れたように、精神力でも同じことが言えるが、他2つとは違う点もある。
それが、精神力は他2つに比べて省エネであり、”理論上なら”消耗するはずが無いという点だ。
その理論とは、精神は性格を表しているという話から来ている。
精神力を消費しても性格が変わらないことから、この理論は強く支持されていながら、同時に一切として実証ができていない理論になっている。
魂と精神は同じなのではないかとも言われるが、そもそも精神=性格という考えが一般的である以上、精神は肉体があってこそ成立するものとされている。
魂は精神と違い、肉体が無くなっても元の者を表す何かを秘めており、怨念や霊障がその手掛かりだとされている。
この辺りは人間の技術の進歩を待ちたいと思う。それはそうとして、問題は目の前の2人だ。
(俺に付き合わせたがために、気絶しているんだ。ポーションで体力や魔力やらは戻ると思うが、本人達の意識に異常が無いことを願おう…)
底を着いた体力・魔力・精神力は、ポーションを使うことでも回復する。
もちろん、休んでいるだけでも回復はするが、それは傷が治る速度と同じだと思ってほしい。
自分が目を覚まして十数秒が経つというのに、一向に目を覚ます気配の無い2人が心配になってしまった。
置いてあった鞄から小瓶を1つ取り出し、とりあえずの一滴を2人の額に零した。
勿体ぶっているわけではなく、気絶などから目覚めを促すための正式な処置方法だ。
ポーションの特徴として、外傷には患部に直接垂らすのが有効とされているが、内傷には経口摂取が有効とされている。
それでも正直、実体験からしてあまり差は無いと思う。
「んう………?」
「うぅ……」
2人は、目をぱちくりさせながら体を起こした。
「あれ……アタシらって、どうなってたんすか…?」
「3人揃って、体力か魔力か精神力切れかで倒れたんだ。飲んでおけ」
そう言い、2人にポーションの小瓶を手渡した。
「…エルも、よく戦ってくれたな。お前の成長度合には驚いた」
スノウクロウの時とは違い、ミカと同程度にはシルドと正面切って戦っていた。
サポートで手一杯だと思っていたシルドにとって、エルが前に立って戦ってくれたことはサプライズだったのだ。
「ありがとう…」
エルは疲れているためか、少し気力が抜けた感じで返事をした。
そして、ポーションを一口飲んでから質問した。
「…私達って、最後に技をぶつけ合って気絶したのよね?」
「そうだが?」
「んー」
シルドは普通に頷き、ミカはポーションを飲みながら頷いた。
エルは記憶が錯綜していながらも、気を失う直前の光景を思い出そうとしていた。
(…シルドのラッシュ・アウト、いつもと違った気がするのよね…)
具体的に何とは言葉が出てこないものの、シルドの姿がぼやけて見えたというか、いつもと違うということだけは感じ取れた。
何かしらの痕跡が残っていないか、技をぶつけ合った場所を見る。
すると、その地面には明らかに剣ではない傷跡が残っており、何の跡なのかも粗方予想できた。
(ガントレットの跡……?)
剣で着いた無数の傷跡の中に、幾つかの不自然な凹みができていた。
明らかに剣の跡ではない上に、拳の跡が残っている。
でも、シルドは確かに剣を振りかざしていたはずだ。
(…もしかして、姿がぼやけて見えたのって…)
「ねぇシルド?さっき使ったラッシュ・アウトって、いつもと何か違ってたりする…?」
エルはその考えに及んだ瞬間、反射的に声が出てしまった。
それを聞いたシルドだが、特に驚いた様子ではなかった。
「そうだが…」
「何をしたの?剣以外に、ガントレットの跡もあるっぽいけど…?」
エルは、拳の跡が残っている方を指さして言った。
「???」
ミカは丁度ポーションを飲みきった所で、話が分かっていなさそうな顔をしていた。
「剣のラッシュ・アウトと、格闘のラッシュ・アウトを併せて使ったんだ」
「!?」
ミカは驚きのあまり、手に持っていた小瓶を危なげに鳴らしながら、背もたれにしていた木を支えに立ち上がった。
明らかに異様だったというのに、本人は涼し気な表情をしている。
「…っていうことは、ラッシュ・アウトは複数有ると思って良いのね?」
やけに飲み込みが速いエルだが、顔はそうでもないことを表していた。
午前3時に作業をしていそうな顔になっている。つまり、生気が失われた顔だ。
「複数と言っても、剣と格闘の2種類だけだ。格闘は初めての発動だったのだがな」
昔から格闘のラッシュ・アウトという構想はあったものの、当時は剣で十分だったから使わずに放られていたそう。
じゃあ何で片腕になった今、剣と格闘の2種を同時に発動できるのか。そこを詰めたい所だが、どうせ超理論だ。
エルが深夜テンションになることを防ぐために、この話を封印しようと思う。
「アタシもやりたいっす!どうやったんすか!!!!!!!」
ド直球にミカが聞くも、シルドは困ったような顔に変わった。
「単純だぞ。剣でラッシュ・アウトを発動するのと同じように、拳を突き出せば良いんだ」
「分かりやした!!!!!!ちょっと練習します!!!!!!!!!」
超元気よくそう言うと、本当に拳を構え始めた。
「待ってください…?私達、倒れてたんですよ…???」
そんなミカに、エルも困ったような顔をしながら止めに入った。
エルの顔は、本当に疲れた人にしかできないような顔になっていた。
──フェアニミタスタ城下町 宿にて
日が暮れ始めた頃。
エルとシルドの2人は、イエーヌスノーに行く前の宿に戻ってきていた。
ミカが居なくなった所為か、やけにその空間が静かに感じる。
「ミカさん、ちょっとタフ過ぎない?今日くらいは宿で休んじゃえばいいのに、あのまま走って帰るなんて…」
「今日中に帰るというのは厳しいと思うが……いや、彼女なら有り得るかもな」
エルはベッドに突っ伏し、シルドは相変わらず整備をしている。
ミカはというと、どうやら彼女は砂漠地帯の出身だそうで、所属しているギルドも砂漠にあるのだとか。
シルドのように強くなりたいと志すミカは、一刻も早く上級冒険者証明書が欲しかったのか、休む間もなく走り去ってしまった。
「それでー……何だっけ?少し休んだらミウソマに行って、更には東之国に行くんだっけ?」
「ああ。俺と打ち合えると分かった以上、それなりに強い魔物と戦ってもらいたいからな」
東之国に行く理由としては、最近になって強い魔物が多く発生しているからである。
エルがスノウクロウに加えて、シルドとの手合わせで拮抗したことを考えると、上級の魔物と戦わせる頃合いだと考えたのだ。
道中に通る予定のミウソマは、単にフェアニミタスタの隣にある国であり、海に面しているため東之国行きの船も出ている。
「確か、東之国って標準語があまり通じないんだっけ?図書館に行って学習本でも買ってこようかな…」
「その必要は無い。俺が買ったやつがあるから、それを使うといい」
すると、シルドは鞄から本を取り出し、エルに渡した。
「何々…”カスでも分かる東之国語”………?」
受け取ったそれの表紙にhmmながらも、1ページ目を開いてみる。
すると、やはりシルドも東之国語の学習に苦労したのか、目次の時点で捲った跡が残っていた。
「俺は1ヵ月を勉強に費やしたが、今からだと流石に付け焼刃じゃないか?」
「あら、1ヵ月で修得できたの?勤勉なのね。なら、私は2~3日あれば大丈夫そうね」
「…東之国語は標準語と文法が真逆な上、同じ文字で違う意味を持つ単語もある。それでもか?」
シルドは悔しいのか、謎に問題を吹っ掛けてきた。
「それなら、エルフ語と似ているのかしら。逆に理解しやすいかも……」
消え入りそうにそう言ったかと思えば、本の内容に集中しているようだった。
そして、綴られた文字を指先でしばらく追うと、再び顔を上げた。
「…うん、これなら結構早く覚えられそう!」
「…本当にか?」
シルドは疑り深そうに聞いた。
「本当よ。言っておくと、エルフの学習能力を舐めない方がいいわよ?言語の修得なんて、文化を学ぶ上では最初の一でしかないんだから…」
そう言うと、再び本に目を移してしまった。
「…そうか……」
シルドは、少し悲しそうな顔になった。
ミカと会ったお陰か、少しだけだがシルドの表情が柔らかくなった気がする。
結局、その日はシルドが蠟燭の火を消しても勉強していたエルだが、その間も集中しているようだった。
水を飲む時でさえ、本の文字から目を放さずにいたほどだ。
ただ、過度な寝不足は脳に良くないとも聞くし、あまり無理はしてほしくないと思う。
『憎悪の者よ、お前は何を待っているのだ?』
1章 終わり
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