5.子弟パーティーの初陣
シルドとエル、まだ出会って数日の子弟コンビ(?)が、いきなりの魔物討伐。
実力者であるシルドならまだしも、エルはまともに戦うことができるのか…。
「貴方はロックトロールくらい余裕だっていう顔をしているけど、実際はどこまで戦えるの?」
馬を走らせて移動する中、斜め後ろからエルが話しかけてくる。
「上級冒険者と拮抗するくらいだろう。世界トップクラスの冒険者や、選抜部隊、勇者達には敵わない」
「それって、世界中の8~9割の相手には負けないってことになるけど、合ってるの?」
「そもそも、一般冒険者と対決する機会がないんだ。憶測に過ぎない」
片腕になったとはいえ、勇者アルサールと並んで世界最強と呼ばれていたこともあり、エルは微妙に納得できてしまった。
(私の故郷だと、外の世界を知っている人は稀だったしなぁ…いや、エルフのほとんどの人は知らないか)
エルフの界隈では、魔王や勇者などの世界の運命などよりも、自分たちの家にも等しい木々の安否がどうかの方が重要らしい。
人間の森林開発が進む前は実質的に領土が広かったものの、人間とエルフの全面戦争が勃発寸前になってから姿を現したエルフの長と、ヴァラ14世の先祖によって契約が結ばれ、相互不可侵の条約が締結された。
それからは過剰な木の伐採を控えたり、定期的に木の苗を植えるというルールが出来るようになった。正直、条約と言うほど厳格に何かが定められたわけでもない。
極稀ではあるが、エルフから苗を植える依頼がギルドに届くことがあるのだそう。
「じゃあ、魔物相手はどうなの?やっぱり、人を相手にするより簡単?」
「それは魔物の知性によるな。人に近い知性を持つ魔物もいれば、魔獣のようにパターンを読める魔物もいる」
「……そういえば、片腕になってからは魔獣狩りしかしてないな。まともに魔物と戦うのは久しぶりだ」
とりあえず金を稼ぐということで、最も効率の良い魔獣狩りをしていたのが原因だが…時間の流れが早く感じる。
「大丈夫かな…って思ったけど、魔獣を相手にしてる時点で、普通に戦えるっていうのが証明されてるのよね…」
人相手が戦略を必要とするのであれば、魔獣相手では純粋なステータスでの勝負。
熟練者のみに許される貫録を前に、エルは何とも言えない悲しげな顔をする。
「俺も質問なんだが、何故エルフには人間を嫌う者が多いんだ?」
今まで常識と思っていたことだが、よく考えれば何故人間を嫌うのか直接聞いたことは無かった。
人間の間では、エルフの美貌に見惚れてしまうが故に迷惑を掛けたり、木々を伐採することが多いからと聞いているが、本人達はどう思っているのだろうか?
確かにエルフは種族特有の美貌があるが、人間にも美しい顔を持つ者は沢山と存在する。
木々の問題に関しても、条約の締結によって解決しているはずだが…やはり、歴史からして嫌われているのだろうか?
「あー…本当の理由は、エルフ種族の誓いみたいなもので言えないんだけど、全員が人間を嫌いなわけじゃないのよ!どっちかって言うと……無関心?」
「それは宗教的なものなのか?」
「そうね、例えるならそれが一番近いかも。ただ、エルフ全員が一致して信仰しているわ」
エルフは人間を嫌っているとは聞くが、そもそもエルフと接する機会が滅多にないため、この考えはもう古いのかもしれない。
「無関心とは言っても、人間の手が必要になる機会があるんじゃないのか?」
「どうかしら…私は政治とは全く関わりがないから、人間とエルフが政治とかで何をしているのかは分からないけど、森の中でなら困ったことはないと思うわ?」
「私たちも農業をするし、森があれば食料になる動物だったり、木を貰って家だって作れるもの」
確かに、人間だって動物を狩る時は森に行くことがある。
人間によって開拓が進んでいる場所よりも、自然豊かな森の方が動物が集まりやすいからだろう。
「森の中にも幾つか水場はあるし、意外と人間の生活とは変わらないかもしれないわね」
「そう言われると、確かに人間の手を借りずとも生きていけそうだな」
雑談に花を咲かせていると、馬の走るペースが落ちてきていることに気付いた。
スミル山まで中間地点辺りの湖畔に到着し、2人は馬を休ませることにした。
馬に水を飲ませつつ、2人も近くに座り込む。
「今まで何とも思ってなかったけど、シルドと一緒に行動してから一度も魔物に遭遇してないわよね…?」
「俺のステータスが高いからだろうな。魔物は自分より強い者には近づかない習性がある」
「なるほどね。貴方が1人で山に住んでいて平気なのも、それが恩恵しているからなのかしら」
もしエルが単独でここまで来ていたら、そこかしこにいる魔物に絡まれていたのかもしれない。
「貴方ほどのステータスがあったら、どれくらいの魔物は寄ってこないの?」
「…魔王城付近の魔物も、最後の方は寄って来なくなったな」
「私、これからロックトロールを倒しに行くのよね?貴方がいたら、ロックトロールも逃げちゃうんじゃない?」
それは流石に無いと思うが…。
確かにロックトロールは中級者向けの魔物ではあるが、いくら強くなっても逃げ始める魔物は見たことが無い。
そういう話を聞いたことはあるが…本当に逃げ出す魔物がいれば、エルの訓練には悪影響だし、やめて欲しいところだ。
それからしばらく雑談を続け、キリの良いところで再び馬に乗り、スミル山を目指して走り始めた。
水分を補給し、十分な時間を掛けて休んだ馬の調子はすこぶる良く、休む前より増して風を切って進んでいた。
スミル山麓の馬宿までは片道1時間掛かるはずだったが、湖から馬の調子が良かったおかげか、40分程度で着いてしまった。
「2頭預かってくれ。夕方になる前には戻る」
「はいよ。それじゃあ2人で銅貨30枚…って、あんた、英雄様じゃねえか。こんなとこまで何しに来たんだ?」
馬宿の受付に声を掛けると、老人が驚いた顔で言葉を返してきた。
別段強い魔物が潜んでいる地帯でもないため、ステータスの高い俺が来ていることが不思議なのだろう。
「…仲間の訓練をしに来た」
エルをどう呼ぶべきか悩んだが、余計な蟠りを避けるためにはこれが一番適切だろう。
「こ、こんにちはー…」
…エルも顔が引きつっている。
「えっ、エルフ!?珍しいモンを仲間にしたんだなぁ…」
案の定と言うべきか、老人は再び驚いた声を上げた。
人の世には滅多に姿を見せない種族と出会ったんだ。人間であれば、驚くのは共通なのかもしれない。
「行くぞ。あまり高くない山だが、早めに済ませてしまおう」
「ええ。それじゃあ、失礼しますね」
「気をつけてなー」
老人と別れを済ませ、山の中へと入っていく。
スミル山は標高1500mほどの高さだが、ロックトロールが出現する数限られた山でもあるため、多少の規制が掛かっている。
例えば、俺の様な上級以上の冒険者は、討伐する理由が無いと山に入れなかったりする。
理由としては、むやみやたらに討伐されてしまえば、中級以下の冒険者が育たなくなってしまうということから来ている。
他には、ロックトロールのレアドロップ品の独占禁止だったりも関係していたはずだ。
今回はエルの育成という目的で山に入ることを許可されたが、普段なら入らない山である故、油断せずに進まなければ。
「シルド?このまま道を進むと魔物がいるっぽいんだけど、どうする?」
「何でそんなことが分かるんだ?」
「森がそう教えてくれてるのよ。聞いたことない?エルフは森の声が聞こえるって」
聞いたことはあるような気がするが、そんなことが現実にありえるのか…?
森と言えば、木の集まりだぞ?木が話すというのは、童話やおとぎ話でしか聞いたことが無いんだが。
無駄な戦闘は避けるべきと考え、半信半疑ではあるものの、エルの指示するルートを進んでいくことにした。
「森の声が聞こえるって、森が言葉を話しているということなのか?」
「エルフ以外には聞こえないと言われれるわね。私達には声が聞こえているんだけど…」
理解し難いな。
勿論、木に発声器官が無いというのも含めてだが、どんな経緯があれば木の声が聞こえるようになるのだろうか?
魔法であっても、聞こえるようになるとは思えない…。
「ちなみに、この道を選んだ理由は、少し進んだ所にリンゴがあるからよ」
「………」
エルはそう言うが、やはり少し疑ってしまう。
先ほどの魔物が先にいるというのも、実際にこの目で確認したわけではないため、事実かどうかは分からない。
「あ。ほら、あったわよ」
……撤回だ。どうやら、森の声が聞こえているというのは事実のようだ。
リンゴの成っている木が、俺達の進行方向のすぐそばにあった。
「…普段から聞こえているのか?その、木の声というものは」
「そうね。魔法を使う時みたいに、心を落ち着かせて精神を集中させるの。すると、森は色々なことに答えてくれるわ」
種族固有の能力に当たるのだろうか…?
何にせよ、深く考えれば考えるほど理解できそうにない。割り切っておこう。
エルはリンゴを齧りながら、爛々と迷いなく山道を進んで行く。
順調に山頂を目指して歩いていると、ちょっとした地震が起きた。
「あら、地震?」
エルはリンゴを咀嚼しつつ、辺りを見回すが、俺はこれが自然によるものではないことを知っている。
「……近いな。ロックトロールだ」
「えっ?な、なんで!?まだ山頂は見えてないのに…」
「別に、何も山頂にしか居ないわけでもない。何が理由かは知らないが、少し下ってきているのだろう」
そう言うと、遂にロックトロールの足が目の前に見えた。
俺はジェスチャーでエルに音を立てない様に指示をしつつ、様子を伺う。
「───」
唸り声をあげながら、木々の間に足を踏み入れていく。
何かを探している様にも見えるが…空腹なのだろうか?
1分ほど静かに様子見をしていると、ロックトロールは山頂の方へ遠のいていった。
「…もう大丈夫?」
「もしかしたら、アイツは空腹状態かもしれない。凶暴性も増しているだろうから、注意して戦うぞ」
「えぇ…私、倒せる気がしないんだけど…」
動物にも当てはまることだが、魔物も空腹になれば凶暴性が増してしまう。
それに伴い、討伐難易度も多少上がってしまうことがあるのだが、エルは絶望感を漂わせる。
「2人で倒すイメージで戦うぞ。弱点を教えながら俺が前を張るから、エルは後方から弓を使ってくれ」
「えっ、ちょっと?もう仕掛けるの!?」
周辺の木々が少なくなり始めた山頂付近で、俺とエルはロックトロールに戦いを仕掛けることにした。
不意打ちはどんな魔物相手にも通用するものであり、特にロックトロールの様な大柄で鈍重な魔物には通用しやすく、今は格好の機会だ。
俺はロックトロールの踵部分を蹴り、体勢を崩させ、地面に倒れこませた。
「本当、見れば見るほど可笑しな光景よね…体長15mはある魔物を、力づくで転ばせるなんて…」
「よし。まずは関節を狙ってみろ」
シルドの指示に対して、後方で弓を絞っていたエルは、冷静に矢先の方向を変える。
当然ではあるが、地面に寝転んだロックトロールもタダでは負けじと、エルとシルドに睨みを利かして立ち上がる。
「───!」
「こんな一本の矢で…倒せるとは思わないけどねっ!」
エルは文句も込めて矢を放ち、見事にロックトロールの膝に命中させた。
ロックトロールは少し怯みこそしたものの、一本の矢ではどうということもない。
シルドは続けて弱点を狙って射つように指示する。
「シルド!危ないっ!」
人間の何倍もの巨体を持つロックトロールの攻撃をまともに受けては、いくらシルドでもかすり傷では済まないと思い、エルは声が出てしまう。
ロックトロールが握り拳をシルドに叩きつけるが、シルドはそれを真正面から受け止めた。
「今の内に、肘も射貫け!」
シルドは振り降ろされた拳を悠々と受け止め、その足元は窪んでいる。
エルはその光景に戸惑っていたが、シルドの指示通りに肘も射る。
…やはり、ただの矢では威力不足を感じる。
これでは、倒す前に日が落ちると思えてしまう。
「仕方がない…ジーピーウィンド!」
「!」
エルが魔法を唱えると共に、構えていた弓が魔力を帯び始める。
そして、引き絞られた弓から矢が放たれると、それは風に乗り、勢いを増してロックトロールに命中する。
「───!!」
「よしっ!」
矢はロックトロールの膝を貫通し、再び体勢を崩して地面に膝をつく。
「油断するな!止めをを刺せ!」
「ッ───!!!」
ロックトロールはエルに視線を向けると、地面を掘り返して岩石と共に襲い掛かった。
「ちょっ──!」
エルの足場も崩され、目の前に土砂が迫りくる中、シルドが前に入って土砂を相殺する。
シルドは直ぐに振り返り、転びかけているエルの体勢を整えさせるが、背後からロックトロールも襲い掛かってくる。
脅威を感じ取ったシルドは、確認することなく後方に回し蹴りを仕掛け、目前まで迫っていたロックトロールの手を薙ぎ払った。
「───」
「距離を取るぞ」
シルドはエルを後方に下がらせ、再びロックトロールとの取っ組み合いを始める。
ガントレットと返しの付いた腕の装備が金属音を立てながら、まるで手に取るようにロックトロールを踊らせる。
魔法によって強化された矢を受けたロックトロールは、膝が貫通された事によって、四つん這いの姿勢になっていた。
元から動きの遅い魔物だったが、今では更に行動範囲が縮まっている。
「───」
「止めだ。顔を狙え」
低い姿勢で無防備に顔を晒しているロックトロールは、二足歩行状態の時よりも狙いを定め易かった。
「仕留めるなら、あれしかないわねっ!」
エルが再び弓を構えると、今度は赤い魔法陣が生成された。
「アバンズノヴァ!」
矢の鏃部分が赤く染まり、炎の揺らぎが幻想として表れ、大きくなる。
しかし、ロックトロールも黙って殺られる訳がない。
エルは魔法を纏わせた矢の準備に手間取ってしまい、既にロックトロールは大岩を振りかぶっていた。
だが、構え続けることに不安はなかった。
エルの視界の端に、シルドの姿が見えていたから。
「麻痺衝撃」
シルドが剣を地面に叩きつけるように振り下ろすと、ロックトロールに向かって亀裂が走り、動きを止めた。
これで、安心して頭を狙える。
「…っ!」
引き絞った弦が弾ける音と、矢が風を切る音を立てた。
先の魔法を使わないで矢を当てた時とは違い、今度は大きな音が鳴った。
まるで破裂するような音とともに煙が上がり、黒く塗りつぶされた様になったロックトロールは、地面に転倒し、ドロップ品だけを残して消滅した。
「倒せたが…やはり、今のままだと魔法を使わないと厳しそうだな」
「そうね。シルドが居なかったら、撤退するくらいしかできそうにないわ」
弱点を突かせたが、今のエルのステータスと装備品では、中級モンスターを倒すのに手こずるという結果が残った。
最も手っ取り早くエルを強化する手段と言えば、やはり装備を一新させることだろう。
残念だが、俺が持っている武器もこの剣以外には何もない。
「装備店に行かないとだな」
「今から?別に装備が欠損したわけでもないけど…」
「自分の武器が通用しないなんて理由で、引け腰になられたら困るからだ」
「それってなんだか、武器の力を自分の実力と勘違いしそうじゃない?」
なるほど、成長するための基礎的な思考は持ち合わせているようだ。
エルの言う通り、武器の力を過信してしまうのは、中級冒険者で頭打ちになっている者によくある勘違いだ。
武器の力を振り回すだけなら、中級冒険者までは容易に来れる。
ただ、そこから上級冒険者になるためには、ステータスの影響を大きく受けることになる。
具体的には位の高い魔物だったり、魔獣だったりを相手にすることが、上級冒険者と呼ばれる条件だからだ。
これらは素の状態でも、人間より遥かに優れた身体能力を有しているモノが多くいるため、たとえ武器の力でダメージを与えられたとしても、本人には更に大きなダメージが帰ってくるようなものだ。
遅咲きの恩恵とでも言うべきか、ステータスは高めておけば、後々が楽になる。
「実戦とは別に、訓練するときには木刀を持ってもらう。俺との一対一で対人戦は慣れさせるから、慢心の心配もないはずだ」
「まぁ、それなら良いかもだけど…慢心”できない”の間違いよね?私が言うのもおかしいけど、どれだけの実力差があると思ってるのよ」
「…それもそうだな」
それから、俺達はロックトロールのドロップ品を回収し、下山することにした。
初めてレアドロップ品を見たエルは、嬉しそうにしながら袋に詰め込んでいた。
今回は運よく孤立しているロックトロールと遭遇したが、周辺にも出没していることは間違いないため、少し足早に山を降りることになった。
「あ、あったあった。はいどーぞ」
帰り道もエルが先導してくれたわけだが、どうやら下心があったらしい。
道に生えていた野イチゴを渡してきた。
来た時と同じように、森の声とやらを聞いてこの道を選んだのだろう。
「んー…ちょっと酸っぱいわね」
「………」
何故かは分からないが、俺は渡された野イチゴを虚無になって食べていた。
(久しぶりに魔物と戦ったせいか、少し疲れているのか…?身体を鈍らせたつもりはないんだがな)
酸味の強い食べ物は、疲労を回復させる効果があると聞いたことがあるが、それが理由なのかもしれない。
「そういえば思ったけど、私、今の戦いでどれくらいステータスが上がったのかしら?」
「別段、上がってはいないと思うぞ。1人で戦ったわけでもないからな」
「つらい!(悲涙)」
「今日は弱点を教えるのが目的だったからな。教えた弱点は、基本的にどんな相手でも通用する。次から戦う時は、攻撃する目標として狙ってみろ」
他愛もない会話をしていたら、いつの間にか山の麓にまで戻ってきていた。
「おお、帰って来たか。ロックトロールはどうだった?」
行きに声を掛けてきた馬宿の老人が、エルに声を掛ける。
「私一人だったら、まだ倒せない強さでした…」
「そうかそうか。師匠様様だな!」
しょんぼりするエルとは違い、シルドは何ともなさそうなのを察してか、老人は穏やかな声色で言う。
そのままの流れで馬の場所まで向かっていると、今度はシルドにも声を掛けてきた。
「英雄様よ、ロックトロールのことなんだが、何だか様子が変じゃなかったか?」
「様子が変…?」
老人はシルドの馬を小屋から出しながら、真剣な表情になっていた。
「少し前からの話なんだが、どうもロックトロールが凶暴になっているそうでな。ここに来る冒険者がみんなそう言うもんだから、国の調査隊に来てもらったことがあるんだよ」
「………」
そういえば、俺たちが見つけたロックトロールも凶暴になっていたな。
腹を空かしているように見えたが、少し前から凶暴性が増しているとなると、話が変わる。
「調査隊の奴らは特に問題はないが、山に入る人に言っといた方が良いってだけで済ましたんだ。こっちはこれで生計立ててるってのによ」
「”魔王がまだ生きてるせいだ”とか仕事仲間は言ってたが、案外嘘じゃねえのかもな…」
それは───
(…………)
「シルドまだー?」
「おっと、すまねえな。ほら、あんたの馬だぜ」
少し離れた所から、馬をあやしていたエルが声を掛けてきた。
ただ、俺も少し考え込んでしまったせいか、複雑な気持ちのまま馬を連れて外へ出る。
「気をつけてな~」
軽く会釈をし、俺とエルは馬宿もとい、スミル山を後にした。
その帰りの道中で、エルから慰めの言葉を貰った。
「貴方が気負う必要は無いと思うわ」
「退役した軍人のようなものじゃない。重傷を負っていて、前線で戦えないと貴方本人が判断したんだから、文句をつける人なんていないわよ」
どうだろうな。
彼女の言葉は慰めにはなったが、罪悪感を消すほどではなかった。
しばらくは、あの老人の言葉を忘れられそうにないな。
「…そんなものか」
不思議と空に広がる雲を見つめる。
”空はあんなに青いのに”
遥か昔、この世界のどこかにいた者が、そう無念の言葉を残した伝記を読んだことがある。
何でもない、ただの暇つぶしで入った図書館に置いてあった本で見かけた言葉だが、今なら何かが分かる気がする。
最後まで閲覧いただき、ありがとうございます。
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