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45.Brave New Blade


──翌朝


シルドは朝焼け時に起きると、イエーヌスノーの門番の所へ向かい、フェアニミタスタ城下町近くの検問所までの送迎を予約した。


この村に滞在している者が俺達以外に居なかったため、好きな時間を選ぶことができたが、あえて昼頃にしておいた。


何故なら、宿を出る前にエルの部屋の戸を叩いたが、反応が無い上に疲労の籠ったいびきが聞こえてきたからだ。


(どうせ、昨晩は遅くまで話し込んでいたのだろう)


聞こえてきたいびきは2人分だったため、ミカと話し込んでいてそのまま寝てしまったというのが濃厚だろう。


宿に戻ったシルドは、再びエルの部屋の戸を軽く叩いた。


(まだいびきが聞こえる…流石に起きないか)


「うぇ…はい…?」


諦めて自分の部屋に戻ろうとすると、扉の向こうから返事が聞こえた。


「シルドだ。今日の昼に帰る予定だが、体調はどうだ?」


そう伝えるも、今度は返事が無かった。


少し待つと、部屋の扉がのっそりと開いた。


「…まだ眠いのか」


「うん……」


一瞬で寝ぼけていると見て取れた。


ガサガサとした声に、立っていても閉じている目、だらしない恰好。


ここで言う”だらしない”とは、男からいやらしい目で見られそうという意味でのだらしないだ。


「部屋に戻って、ちゃんと服を着ろ」


「はい…」


そう言って、扉を閉めてやろうとすると、エルが壁に寄り掛かるのが見えた。


その行動を見て、シルドはほぼ反射的に悟った。


”寝るつもり”だと。


「………」


案の定、扉を締めずにエルを見ていると、寄り掛かったまま寝息を立て始めた。


「おい。そんな所で寝るんじゃない」


「……んがっ…」


一瞬体を硬直させたかと思えば、再び安らかな寝息を立て始めた。


(…完全に寝たな)


今のは、入眠時に自分の意志とは関係なく起きる現象だ。


少し面倒に思いながらも、寄り掛かっているエルに肩を貸して、ベッドに運ぶことにする。


一応、部屋のドアは閉めておく。


(こいつが立っていて助かった…もし床に寝そべりでもしていたら、引きずって移動させることになったからな)


完全に脱力しているエルに手こずりながら、なんとかベッドの目の前まで持ってきた。


しかし、ベッドの上にはミカの姿があった。しかも、逆さまの状態で寝ている。


「シルドさん……アタシと一発…ぅ……」


いびきが止まったかと思えば、聞き取れないほど小さな寝言を言い始めた始末だ。


幸い、ミカはベッドの奥の方に寄っているため、エルをそのまま寝かせられそうだった。


「んぅ………」


「ほら、ここで寝ろ」


少し意識があるのかと思い声を掛けるも、それも寝言のようだった。


当然のように寝息を立てている。


(こんな介護をすることになるとは…)


なるべく優しくベッドに寝かせ、仰向けにしてから手足の位置を微調整する。


ようやく介護が終わったかとため息を吐くと、エルとミカの寝顔が目に入った。


(意図的に寝顔を覗くというのは、良くない行為だとは思うが…エルの顔は、どこかあどけなさを感じる)


美しい顔立ちであるため、その感想はおかしいと言われてしまうかもしれないが、寝顔を見て直感的にそう思った。


(ミカは……わんぱくだな)


エルと同じくあどけなさはあったが、四方八方に向いている体の自由度からして、ミカの性格をよく表していると思った。


別段、自分にそこまでの観察眼があるとは思っていないが、ミカはそんな性格な気がする。


(”スノウクロウの所へ行ってくる。昼には村を出れるよう支度してくれ”…こんな所か)


本当なら1週間ほど滞在して、スノウクロウの試験を受ける体で修行をして、証明書はそのおまけだと思っていた。


(まさか、1日でイエーヌスノーを離れられるとは思っていなかったが…スケジュールが早まったということにしておこう)


置き手紙を机の上に残し、シルドは部屋から出て行った。



──宿の外にて


あの後、シルドは一旦自分の部屋に戻り、装備一式を揃えた状態で宿から出た。


目的はスノウクロウに会うことだが、わざわざ離れた洞窟に赴く必要は無さそうだ。


(あれは…外で何をしているんだ?)


目的のスノウクロウは、村の外で何かに対して構えているようだった。


(先には何が……ホワイトテラーか?)


ここから見えるスノウクロウの先には、一際大きな吹雪があった。


もしあれが村に侵入すれば、甚大な被害が発生しそうに見える。


「───!」


遠くから鳴き声が聞こえたかと思うと、スノウクロウが吹雪を叩いた。


ソルが言っていたように、パシィッという感じで。


(…本当に、物理的に叩くのか…)


シルドはその事実に驚きながらも、スノウクロウのいる場所へと急いで向かった。



(他には誰もいないのか…?)


スノウクロウから少し離れた位置に着くと、辺りに監視役のような人は見つからなかった。


ソルならいてもおかしくないと思っていたが、それも違ったようだ。


(放し飼いされていると聞いたが、ここまで自由にさせているのか…)


「───」


相変わらず、朝の軽い運動と言わんばかりに吹雪を叩いている。


それからしばらく待ち、スノウクロウが落ち着いた頃、俺は声を掛けることにした。


「スノウクロウ!」


「──?」


そう呼ぶと、スノウクロウは首を傾げながら振り替えった。


「手合わせをしてほしい。今からできるか?」


「………」


すると、両者の間にしばらくの静寂が訪れた。


(…マズい、言葉が通じないか…?)


今になって思うことでもないが、ソルがスノウクロウに命令する時は、何かしらのキーワードがあるような言い方だった。


あの時に聞いたのは、”試験”と”片付け”だったはずだ。


(もしキーワードでしか伝わらないなら、手合わせを申し込むキーワードとは何なんだ…?)


そうして黙っていると、ふと目に入ったスノウクロウが既に鎧を身に纏っていた。


(戦ってくれる…のか?)


ソルは調教をしていないと言っていた。


学者による生態分析の話が出たのも、スノウクロウが人語を理解している可能性があったから。


本当に戦って良いのか、人語を理解しているのか判断できなかったシルドは、鞘から剣を抜いてスノウクロウの反応を確かめる。


「──…!」


その姿をしっかりと視認したスノウクロウは、足場を軽く慣らし、翼を広げて攻撃する準備を完了させていた。


それを見たシルドも流石に理解できたようで、安心して剣を構える。


「………」


合図は無い。何せ、雪原の中での戦いなのだから。


お互いに、こうして見合った時点から戦闘は始まっており、どちらが先に仕掛けるのか探りを入れている状態だった。


ただその場で動じずに構えていると、強めの突風が吹き、笛のような音が聞こえた。


「!」


すると、視界に捉えていたスノウクロウの姿が目前に迫り、俯瞰していた時よりも存外速く見えることに驚いた。


早速剣でいなしては、ミカやエルがされていたように、絶え間なく続く連撃の中でいなし続ける。


この間に、何故スノウクロウに手合わせを挑んだのか解説しておこう。


(特に…はっきりとした、目的があったわけではない)


シルドは、天地が逆さになった状態でもいなしながら反撃を繰り出し、あることを考えていた。


(ミカの言っていたラッシュ・アウトは、恐らく奥義の方だろう。エルは気付いていないようだったが…)


スノウクロウの攻撃をいなした勢いで、反撃にラッシュ・アウトを用いる。


だが、氷の鎧は2人が手こずったには十分すぎるほど固く、軽めのラッシュ・アウトでは傷が付かなかった。


この手合わせの理想の行き付く先は、インスピレーションの獲得だ。


「───!」


自身の実力を認知するために戦うのではなく、スキルの開発をするために行っている事だと言っていい。


(自身の実力など、わざわざ確かめなくても分かっている。それくらい、戦士であれば誰でも静かに察せるものだ)


(本物のラッシュ・アウトが、ああして世間の数人に知られている以上、魔王軍がそれを把握していても不自然ではない)


つまり、ラッシュ・アウトに代わる何かを生み出そうとしている。他の誰も知らない、新しい奥義を生み出そうとしているのだ。


スノウクロウが飛ばしてきた棘を、剣を地面に突き刺し支え棒としながら避け、距離を縮める。


(…剣が満足に振るえるようになった今なら、あるいは…)


エルの面倒を見てばかりだったが、夢の空間で世話になったあの男のお陰で、シルドは”剣が振るえるようになった”のだ。それまでガントレットでそうしていたように、零距離戦を強制する必要が無くなったのだ。


ラッシュ・アウトに代わる何かを生み出したところで、魔王討伐に行くつもりでもないというのに、同等の強さを持つ何かを望んでいる。


(…俺たちの想像を超える、最悪の事態が起きた場合に使う技……?)


だからと言って、引退した今に持つには敷居が高いものとなるだろう。


シルドの全盛期を築いた、ラッシュ・アウトと同等にするとなれば、尚更そうでしかない。


「─────!!」


ふと、今現在も攻防を続けているスノウクロウに目をやる。


(速いな…)


戦い慣れているシルドから見ても、やはりスノウクロウの攻撃は速いと思えた。


スノウクロウが大きく跳び、スタンプを仕掛ける前兆を見せた。


それを好機と思い、シルドは剣をしっかりと構え、その衝撃に備える。


「───!」


勢いよく巨体が落下し、地面と激しく衝突した。


その影響で強力な衝撃と、硬い氷に変わった雪がシルドを覆わんとしている。


「ラッシュ・アウト」


普段と変わらないスキル名に、予備動作。


だが、そのラッシュ・アウトはスノウクロウではなく、飛び散ってきた物を狙っていた。


「…っ!」


普段の数倍集中した状態で放ったそれは、一振りは飛んできた物をいなし、一振りは雪を消し飛ばした。


それに連続するように、スノウクロウが突進を仕掛けてくる。


「───」


(開発に掛かる時間を考えると、やはりラッシュ・アウトを何らかの方向に派生させるしか道は無いか…)


その突進すらも難なくいなし、攻撃を受けているというのにダメージは一切負っていない。


(スノウクロウの戦い方……)


一見、単調に見える外見をしているスノウクロウだが、今までの通り多様な攻撃方法を見せていた。


魔法を使い、棘を飛ばし、地帯を生かし、体重を活かし、全ての特徴を活かした。


それらを上手く組み合わせていながら、ここまでの速い連撃を仕掛けてくる。


(ふむ……)


「───…!!」


睨み合う両者だが、シルドに少し変化があった。


剣を鞘に収め、腕を構えたのだ。


そして、再び突風が吹いた瞬間。


スノウクロウは一際大きな声を上げて、シルドに突撃した。


「──────!!!!」


「…ラッシュ______」



──宿にて


「………」


萎れたような顔をしているエルは、未だに寝起きであることを示しているようだった。


(スノウクロウの所に行くって…どれくらいで帰ってくるんだろ…)


眠い顔のまま着替えを済ませると、すっかり忘れていたミカのことを思い出した。


「………」


ミカもまた眠いのか、ベッドの上で胡坐をかいて俯いていた。


「…ミカさん?手持ちの食料が無いので、外に食べに行きませんか?」


「…お~……」


互いに掠れた声でやり取りをしている。


「ほら、着替えてください。ミカさん、アーマー着てないとほぼ上裸なんですから…」


「んー……」


どうしても幼子にしか見えない態度のミカは、眠気でボケている所為かアーマーのベルトが上手く締められずにいた。


「…手伝いますよ」


エルはそう言うと、丁寧な手つきでベルトを締めてあげた。


「あっす……」


感謝の言葉を述べたミカだが、声がガサガサ過ぎて空気だけが洩れ出たようだった。



「ふわぁ~……眠い」


「私もですよ。遅くまで話してましたからね」


少し寝覚めしたのか、ミカはまともな言葉を話せる程度まで回復していた。


それとは違い、エルは寝ぼけた子供を連れて歩く親のようになっていた。


割と違和感が無いのか、途中ですれ違う村人たちからも変に見られていなかった。


少し道を歩いていると、曲がった先にシルドの姿が見えた。それと同じく、スノウクロウも。


「何か…あそこにシルドが居ますね。何してるんだろ…」


「え~?まじ……」


腑抜けた返事をミカをさておき、よく目を凝らして見ると、串焼きのような何かを手に持っていた。


スノウクロウも同じ物を食べている様子だった。


「ご飯屋さんっぽいですよ。行きましょうか」


「あいよぉ……」


最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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https://x.com/Nekag_noptom

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