44.女子会はたまた猥談か
「あれって…」
ミカとエルが何となく察する中、ソルが話に入った。
「おめでとうございます。これで、試験は合格ですね」
ソルが落ちた羽根を拾い上げると、2人に手渡した。
渡された氷結の羽根は、至って普通の白い羽毛に見えた。
手に渡ってから少し眺めていると、その羽根はパキパキと音を立てて変形し始めた。
「なっ…?」
数秒も経たない内に変形が終わった。
変形した羽根は、まるでガラス細工のように煌めいていて、青白く発光しているようにも見えた。
「それが、本当の”氷結の羽根”です。この子が、羽根を落としただけではそうなりません。鳥ちゃんが認識して、初めて形を変えるんです」
「───」
ソルが言い終えると、それに頷くようにスノウクロウが鳴いた。
スタスタと近寄り、2人が手に持っている氷結の羽根を、しっかりと認識しているようだった。
「どうか、大事にしてあげてください。家に置いておけば、悪夢を見なくなるとも言われています」
「そんな効果が…」
エルが興味深そうに羽根を眺め、傾けたりして光の反射を楽しんでいた。
「アタシは夢見ることとかほとんどねぇし、良い感じの置物くらいにしか役立てそうにねぇな」
「それでも、他に何かしらの御利益があってもおかしくないですよ。まぁ先ずは、ギルドに渡して証明書を貰わなくてはなりませんがね」
(あ…そっか。これ、そういう試験だったな…)
2人で受けたこともあってか、あまり苦労することなく終わってしまったこの試験が、上級冒険者として認められるためのものであったことを今更思い出した。
だが、苦労することなく終わってしまって、本当に良かったのだろうか?
「あの……これって、本当に私も合格で良いんでしょうか?」
「ん?どういうことですかな?」
エルは、少し悲しそうな表情を浮かべながら話した。
「今の戦いって、私1人だったら勝てていなかったと思うんです。腕にそこそこの自信はありますけど、ミカさんが居なかったら勝ててなかったんじゃないかなって…」
(…まぁ、それはある種言えてるだろうな)
スノウクロウに追いかけ回されていた時は、剣に持ち替える余裕すらなく逃げ回っていた。
あれがずっと続くとは思わないが、もし続いていたらエルは負けていたかもしれない。
実際、何度か追い込まれた部分もあったし、ミカの方が有効打を多く与えていたこともある。
「氷の鎧なんかには、私だと僅かにヒビを入れるのが限界で…どうも、1人でも勝てたとは思えないんです」
「それは、違いますぞ」
今までのぼんやりとした口調から、きっぱりとした口調に変わったソルに、皆が目を向けた。
「鳥ちゃんは、今や正式に試験対象とされてますよね。私が”試験”と言ったら答えるのは、調教をしたからではありません」
「前に学者さんらがいらっしゃいましたが、その人らが言うには、鳥ちゃんは人語を理解している可能性があるそうです」
それも、おかしなことではない。
俺の視線に気づいて目を合わせてきた時点で、そこらの野生動物よりは頭が良いはずだ。
普通のカラスも頭が良いとされているが、こちらが隠れて観察していれば気づきはしない。
あの時のシルドの恰好からして、翼ではなく単純に考え込んでいたようにも見えたはずだが、スノウクロウは目を合わせてきたのだ。
(勘違いかもしれないが、それにしてはやけに頭が良い。餌やりの時も、差し出されるまで頭を下げて待っていた)
「おー。お前の羽あったけぇなー!」
「───?」
…ミカは、スノウクロウの翼と胴の間に挟まっていた。
「私が思うに、鳥ちゃんはその者個人としての実力だけではなく、連携力やその他諸々も見ているのだと思います」
「じゃないと、今まで複数人で挑んできた方々には、相応の羽根を与えなかったはずです。中には、自分だけが羽根を貰えなかったと、気を落としている方もいましたよ」
「お二人の戦いぶりについ見入っちゃいましたが、鳥ちゃんの突進をいなす御方を見たのは、大分久しぶりです。十年とは行かないでしょうが、数年はいませんでした」
黙って聞いていたエルも、悲しい顔ではなくなっていた。
「…はは、いけませんな。年を取ると、やけに話を長引かせてしまう」
「いえ…あの、ありがとうございます」
不器用にお礼を伝えると、ソルはスノウクロウの方へ寄った。
「それじゃあ、”片付け”をしておくれ」
「───」
「うおっとっと…?」
スノウクロウがミカと距離を取ると、何らかの魔法を使い始めた。
すると、辺りに散っていた雪が水のように流動し始め、凸凹になった部分を整えていく。
(…人間には扱えない、氷を生成する魔法。何より魔法が使える時点で、並みの動物から逸脱した知能が有るのでは?)
動物ではないが、雷鳥という魔物がいる。脅威度は低いが、動物型の魔物の中では知能が高い。
理由は不明だが、冒険者が持っている武器を優先して盗もうとする習性がある。
調査不十分のため、盗んだそれらが何に活かされているのかは分かっていない。
魔法が使えるという点を見ると同じに思えるが、スノウクロウは魔物ではないと言われている。
かといって、野生の動物なのかも判断できていない。調査不十分ということすら判断できないほど、別個体のスノウクロウは目撃例が無い。
秘境に住むとされるドンファントンを見つける以上に、イエーヌスノー以外でのスノウクロウの捜索は難航しているようだ。
「鳥ちゃんはここが棲み処ですから、私が居なくても自由に構ってあげて大丈夫ですよ。それじゃあ、私はこれで…」
そう言うと、ソルは餌の籠を持って洞窟を後にした。
「爺さん行っちまったな。アタシらって、これからどうするんだ?もう夕方だし、やっぱ泊まってく感じか?」
「そうなるだろうな。君はどうするんだ?」
「え?アタシもシルドさんに合わせますけど?」
それを聞いたシルドとエルは、少し困った顔になった。
(恩人だし、邪険に扱うつもりはないんだけど、もしかしてずっと同行するつもりじゃ…?)
「…まぁ、それなら宿を探しに行くとしよう」
スノウクロウとしばらく戯れた後、3人はその場を後にするのだった。
──数時間後 宿にて
空が暗くなった時間帯。
選んだ宿には大部屋が無く、部屋数は多いものの小部屋しかなかった。
シルド、エル、ミカの3人は、隣り合った部屋を借りることにし、夜になった今はシルドの部屋に集まっていた。
特別な理由はなく、ただ雑談をするためにミカが集まろうと声を掛けたのだ。
「__で、シルドさんが使ったっていうスルトの剣?って、どんな魔法なんすか?」
「剣専用の魔法だと思う。地面に剣を突き刺し、ある程度傷を付けてラグナロクと唱えながら抜き出すと、無造作に炎の柱が発現する」
「あー。だからバラバラに…」
火属性の魔法に目がないのか、ミカは興味深々に聞いていた。
魔法使いが唱える魔法とは違い、杖ではなく特定の武器でしか発動できない魔法も存在する。
その多くが禁書に記されていたものであり、技術だけは現代にも受け継がれている。
昔は貴重な技術だったのかもしれないが、今では魔法を開発する際の初めに設定するテンプレートのようになっている。
「でも、その本の文字は消えちゃったんでしょ?魔法の光景が見えたって言ってたけど、どんな光景が見えたの?」
「…全身に炎を纏った巨人が、剣で地面を深く突き刺していた。刺した地点から、炎が周囲に燃え広がっていくのが見えた。それだけだ」
「まぁ、さっきも聞いた魔法の効果通りっすね。巨人ってのが不思議っすが…」
(禁書自体が人間が作り出した物なのだから、禁術で見える光景も人間のはずだけど…巨人……??)
「単に、身長が大きい人とかじゃなくて?」
「そこらの木々や、スノウクロウですら足元にも及んでいなかった。そういったスケールだ」
となると、本当に巨大な人だ。
だが、巨人はおとぎ話の中でしか聞いたことがない。
子供に読み聞かせるような本の中では、森に住む心優しい生き物として描かれていることもある。
(想像物を禁書に記録したとか……?)
森を生息地とする種族として言わせてもらうと、エルフの間では巨人の噂話すら聞いたことがない。
私が初めて巨人の話を知ったのは、人間が作った図書館の中でだった。
(禁書を作った時代の人間に、そんな技術が扱えたとは思えないけど…)
「言っちゃえば、シルドさんは巨人の能力を使ってるってことっすよね?」
「そう…なるのか?」
「もしそうだったら、巨人に匹敵するステータスがないと発動しそうにないっすけど、シルドさんなら納得っすね!」
「あはは。シルドだったら、確かに言えてるかも…」
(こういう、何気なく出てくる意見に正解が隠れてたりするから、何気に笑いにできないんだよね……)
いくらミカが少しお馬鹿っぽいとはいえ、何の根拠もないそれが一意見であることに変わりはない。
それに加えて、シルドのステータス的な突出具合。浮遊魔法を必要とせず、大岩を壊して突き進むというパワープレイに物を言わせた行動は、並みの上級冒険者ではできないことだ。
「ん……」
「あれ?シルドさん?」
ベッドに腰掛けて座っていたシルドだが、気づいた時には顔を俯かせてしまっていた。
「…寝てますね。ホワイトテラーに憑かれた私の介護をした所為か、かなり疲れてたのかも…」
声のボリュームを落として会話をする。
シルドの感情を覗いても、既に夢の世界へと旅立っているようだった。
「どーする?寝かせとくか?」
なるべく声を抑えようとしているのだろうが、発声に使う吐息量が変わっていないため、ボリュームはそのまま声が掠れただけとなっている。
「そうしましょう。私たちも、一旦部屋を出ましょうか」
シルドを優しく動かし、ベッドに横たわらせる。
部屋の蝋燭は付けたまま、私達はシルドの部屋から静かに出た。
「すごく以外だった…シルドさんでも、寝落ちとかするんだな」
「いえ、同じ家で長らく過ごしている私でも、寝落ちするのは見たことありませんでした」
恐らく、ミカ・リングボルトという上級冒険者がいるから生じた、少しの安堵感で寝落ちしてしまったのではないだろうか。
ただ上級冒険者だからという理由ではなく、エルに好意的だから何かあっても守ってくれると思ったのだろう。
親バカとまでは言わないが、ほんの数ヵ月の時を共に過ごした弟子への溺愛度からして、そのような理由があるのは間違いない。
──エルの部屋にて
「まだシルドさんと話したいこと、てんこ盛りだったんだがなぁ」
「明日になれば、きっといくらでも答えてくれますよ」
結局、廊下で話すというのもなんだったので、2人はエルの部屋で雑談を続けることになった。
「ミカさんは疲れてないんですか?今思い出したのですが、私の代わりに前に立ってスノウクロウを相手してくれたのに…」
「あんなんはいつもの戦闘と変わらねーよ。むしろ、変に遠慮させちまわなかったか?アタシは普段、誰かと組むことなんてねぇからよ。かなり好きに攻撃してたモンだし」
「いえ全く!こちらの方こそ、前に立ってもらっていたお陰で、ほぼ無傷で終えられたのですから」
つくづく、タフな人だと思う。考えてみよう。出会った時から、この人は何をしていた?
ホワイトテラーの吹雪を爆散させながら駆け抜け、馬車に追いつくまでそれを繰り返していた。
その挙句、急に始まったスノウクロウとの戦闘で前線を張り、私に近付けないよう常に気を引いていた。
極寒に体力を奪われても尚、活動し続けられる体力を持っているのか。もはや手が付けられないと思ってしまう。
「…そういや、シルドさんがいないからこそできる話もあるよな?」
「……?」
急なお題の変更に、私は疲れも相まってか、反応が遅れてしまった。
「エルってさ、シルドさんとやることやってんの?」
「……!?」
その言葉が耳に入ってから脳内で認識に至るまでは、およそ2秒の遅延があった。
「な…何をいきなり……?」
「お前美人だし?正味、シルドさんに下心が全く無いってわけでもないんだろ?」
その言葉は図星だが、言われようがいささか…
「不純なものではないんですよ!私は好意を伝えたつもりですが、シルドは色恋を知らないどころか、かなりの堅物だったので伝わらなかったと言いますか…」
上級冒険者という上位存在相手に、何故か直感で”誤魔化すのは良くない”と考えてしまい、色々と吐き出してしまった。
「んーなるほど。言いたいことは言ったが、その意味が伝わらなかったってことだな?」
ミカにしては冴え…いや、この考えは潰して燃やそう。でないと、私が潰して燃やされることになる。
「シルドさんが堅物ねぇ~…想像通りだが、そんな露骨なことをしても気づかれないとは思わなんだ」
「………」
”ですよね”と言いたくなる半面、赤裸々に吐いてしまったことに少し後悔していた。
何故かは単純。もの凄く恥ずかしいからだ。
「…アタシも色恋沙汰は詳しくないが、これだけは間違いではないというのを知っている」
恥ずかしさ半分、期待半分で胸が膨らんだ。
「先ず聞こう。エル、お前はシルドさんがどれくらいの強さを持っていると思う?贔屓目無しに言え」
「えっと…本人も言っていたのが、上級冒険者のトップの人たちや、選抜部隊と魔王討伐部隊には勝てないって…」
私の言葉を最後まで聞いてから、ミカは口を開いた。
「部分的に正解、部分的に間違いだ!」
くわっとした顔つきになったと思えば、この返答だった。
(最初から正解させる気無かったんじゃ……)
「アタシも贔屓無しに言うが、確かに選抜部隊や魔王討伐部隊には敵わないかもしれない…」
「だが、冒険者の中では違う。はっきり言うが、冒険者を総じてシルドさんに敵う者は、誰一人として存在しない!」
「…あー……?」
それこそ、贔屓目な主張のような気がするのだが…
「シルドさんとこれだけ一緒にいるというなら、一度は目にしたはずだ。代名詞たる、本物のラッシュ・アウトを」
「そ、そうですね…」
「そのラッシュ・アウトを見て、どう思った?何を使えば勝てると思った?」
質問の連投に困惑したというのもあるが、ミカさんが何を言わんとしているのかは理解できた気がする。
「考えたこともなかったです。考えても、思いつかなさそうですが…」
「そうだ。複数の斬撃を一瞬で生み出すあの技は、弱体化したとされる今でも魔法以外での実現はできていない」
「スキルは魔法と違い、実際に体を動かさなくてはならない。それなのに、ラッシュ・アウトは一振りで複数を生み出す」
「つまり、ラッシュ・アウトはスキルでありながら、魔法の奇跡と同等なんだ!」
ミカは、バッと体を大きく開き、まるで凄い何かを表現しているようだった。
「………」
その意見には同意できたが、話の下りがおかしいと思った。
シルドに好意が伝わらないという話だったはずが、今やシルドのラッシュ・アウトについての話になってしまい、二転三転どころではなくなっている。
「そう!シルドさんに並べる者が、誰一人として存在しないんだ!」
「それは同時に、シルドさんが浮世離れした存在であることを示している!」
出会った時からそれは思っていた。
ミカの言葉に扇動されて、荒んだ心をしていた頃のシルドを思い出してしまった。
「浮世離れした存在ということは、常識が通じないということ!」
「つまり、エル。お前の好意が通じないというのは、そういうことだ!」
「う、うん……??」
思わず、疑問の声を洩らしてしまった。
何が何を表現していたのか全く理解できず、疲労もあってか再考することもできなかった。
「何だ、ここまでの力説をしたっつーのに、全部理解すんのは流石にムズかったか」
「は、はい…」
仰る通り、全部理解できませんでした。本当にすみません。
「人間は元来、ただの獣であったとされている。野生と引き換えに理性を手に入れた人間だが、三大欲求は野生の名残なのではないかとされているな?」
「………」
真剣にそれを聞いて、最早”あいうえお”すら分からなくなってしまいそうだった。
ここからどう話が収束するのだろうか?
「つまり、人間は男も女も獣…単なる動物に過ぎない」
「お前がすべきことは、言うまでもなく単純だ」
大きく息を吸ってから、ミカは再び口を開いた。
「裸になるんだっ!」
「………」
………
………
………
「……ん?」
「どれだけ浮世離れしていようとも、獣だったルーツは変わらない。そこに訴えるんだ!」
私は軽く息を吸って、吐いた。
「…つまり……」
「そう、色仕掛けだ。……いや、仕掛けなんてもんじゃねぇな。本番だし」
その言葉を聞いた瞬間、疲れがどっと押し寄せてきた。
そう言えばすぐ終わった話なのに、謎の話を跨ぎに跨いだ挙句に出てきた真意がこれとは。
(…跨ぐとか言うの、控えた方が良いわよね……)
「単純だろ?」
「え…ええ……」
脳が疲れたと、直接訴えてきているようだった。
何とか相槌は返すが、言葉を理解できているのか自分でも分からなくなっていた。
「恥ずかしいってのは拭えないだろうが…どうだ、できそうか?つーか、アタシが手本見せてやろうか?」
ミカは、スポーツアーマーの下にかろうじて着ていた、”布きれ”に手を掛けた状態で言った。
ミカのそれは、もはや布きれだった。スポーツアーマーを装備していた時から、まともな服を着ていないのは見て分かったが、まさか下着すら着けてないとは。
自分から振った話題に、何故そこまで食い気味に脱ごうとしているのかは知らないが、とりあえず遠慮しておく。
「さ、最後の手段として、頭の隅に置いておきます…」
私は恥辱で発狂するか悩んだ末に、穏便に済ませる道を選んだ。
疲労ノリと、そんなふざけた雑談で、夜は更けていくのだった。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
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