43.割とかなりデカいカラス
「───」
「………」
スノウクロウが、ようやっと落ち着き始めた頃。
落ち着いたとは言っても、嘴を撫でる手を止めた瞬間騒がれるのだが、俺は氷の洞窟全体を見回していた。
(魔法…なのだろうか?こんなにも不自然なドーム状だというのに、魔法でなければ何だと言うことになるが…)
多面球体のような形をしているその洞窟は、外で見た時から不思議に思っていた。
俺の感知魔法は最低限度でしか会得していないため、魔法かそれ以外なのかの二択でしか判別できない。
(魔法だとすれば、これは誰が掛けた魔法なのだろうか?大昔の勇者一行が訪れた場所だというのは知っているが、勇者一行の誰かが作ったものということか…?)
「──?」
目の前で壮大に広がっている鏡面を前に、思わずスノウクロウの嘴から手を放して見入ってしまっていた。
「それは、この子が作ったもんですよ。洞窟と言われているのに、拍子抜けでしたかな?」
突然、ソルが後方から話かけてきた。
俺が手を放してしまった代わりに、嘴を撫でていた。
「ただの動物…に、魔法が使えるということですか?」
スノウクロウを動物と呼ぶべきか、ほんの一瞬悩んでしまった。
大きくなったカラスにしては、突然変異ということになるのだろうが、あまりにも異色な点が多すぎる。
体の色も含めて、普通のカラスとは思えなかった。もちろん、パッと見たらカラスなのだが、細かい事を言うならカラスには見えないと言うか…
「その通りです。とは言っても、多種多様な魔法を使うわけではありませんがね。ちょっとした氷を作るくらいしか、鳥ちゃんは魔法を使いませんよ」
「そうなのですか?では、村に近付いたホワイトテラーの駆除をしているとも伺いましたが、それはどのように?」
「殴ってますよ。こう、パシィッって」
まさかの回答だった。
吹雪を殴るのか。ソルの手振りからして、翼で叩いているということだろうか。
(ホワイトテラーに実体は無いはずだが、スノウクロウは何かが特別ということなのか?)
「───??」
難しい表情のままスノウクロウの翼を見ていると、スノウクロウが頭を下げて俺の顔を覗いてきた。
(視線を察知できる……?いや、頭が良いだけか…)
拝めと言わんばかりに突き出してくる頭を、神秘の深読みながらに撫でるのだった。
「それじゃあ鳥ちゃん。”試験”できるか?」
「!」
スノウクロウがソルの方に振り返り、姿勢を正したかと思うと、翼を大きく広げ始めた。
「───!」
そして、如何にもな鳴き声を上げたと思ったら、氷の鎧のようなものを身に纏っていた。
2人の方を確認すると、ミカは不思議そうな顔をしており、エルはいつの間にかオーダーメイドの武器を装備していた。
「凄い…試し打ちしなくても分かる完成度…弦は、流石に固いな…」
「そういや、結局何だったんだ、この箱?何で安全な場所で開けろって言ってたんだ…??」
2人は意外にも、試験に対して緊張しているようには見えなかった。
互いに、手に持っていたものを吟味している。
「幅が細くされてるのに、ちゃんと両刃になってる……レイピアを参考にするって、なるほどね…」
「アサルト・フレア、ブーム・モーニングスター、サンミシリズ…どれから行くっかな……」
(…まぁ、一応準備はしているようだな)
一見不用心に見えたが、あれでも準備運動のつもりらしい。
「それじゃあ、どうしましょうか。鳥ちゃんは二対一でも問題ないのですが…」
「だってよ。どうする?」
「ええっ?うーん……じ、じゃあ、2人でお願いします」
(あんまり自信ないし、ミカさんと一緒ならイケるかも…)
エルは、少しのやましさを胸に秘めていた。
「ああ見えても、鳥ちゃんは自分の管理がしっかりとできる子なので、冒険者さんの自由に攻撃してもらって大丈夫です」
「───」
ソルの言葉に賛同するように、スノウクロウは声を出した。
俺とソルは少し離れた場所に移動し、2人と1匹?の試合を観戦することにした。
「おっしゃー!ブッチヤッてやるぜー!!!」
「こ、殺しちゃダメですよ!?」
「───!!」
三者の気合が高まった所で開戦かと思いきや、ソルが急に口を挟んだ。
「そうだ。言い忘れてましたが、魔法で攻撃するのは禁止ですよ」
「は?」「えっ?」
2人の言葉は同じ意味を持っていながら、違う声調で出てきた。
最も安全に近い試験である代わりに、魔法を使って攻撃してはいけないという条件があるのは事実だ。
お陰で、魔法使いはこの試験を受ける事ができない。厳密には受けれないわけではないが、攻撃は物理でなければいけない。つまり、純粋な魔法使いであれば、攻撃手段を持たないことになる。
「魔法の恩恵を受けるのは良いんですがね、鳥ちゃんと戦う時はそれが条件になるんです。魔法を使って攻撃してはならんと____」
「───」
ソルが言い終えてない中、スノウクロウが攻撃を合図しているかのように声を出す。
「うおっ!?」
ミカは、間一髪で突進を避けた。
「ミカさんっ!フォレストウィンド!」
エルが魔法を使うと、2人の足部が緑色に光り始めた。
恐らく、素早さが上がる魔法だろう。
「───!!」
スノウクロウは戦う気満々なようで、攻撃の手を止めなかった。
ミカとエルの間に入り込んだと思えば、今度は氷が付いた翼を広げながら回転上昇、そして地面に強く着地する。
その着地の衝撃だけでも、スノウクロウほどの巨体であれば、人間にとっては大地震だ。
「何でっ…先に教えてくれなかったんだよ爺さん!???!?!こちとら火の攻撃魔法しか使えねぇんだけど!?!??!??!!!!!!!」
大声を上げつつ、スノウクロウの攻撃を避け続けている。
そこまで声を張り上げていながら、スノウクロウの攻撃を危なげなくかわしている。
(小柄なのとはまた違うな。やはり、ミカは上級冒険者としての資格があるだろう)
実際、スノウクロウの素早さがどれくらいかと言うと、俺が全力で岩を投げるのと同じくらいだった(?????)
しっかりと速い。あれに氷ではなく、剣でも装備されていたら、掠っただけでも深手になりそうだ。
「火ぃ抜きだとっ!アタシの実力は半減ッ!!するようなモンなんだがぁあッッ!?」
怒り気味に話しながら回避を続け、隙を見ては剣を当てている。
ここまでの器用さと度胸を見せられては、最早実力に疑いの余地はないだろう。
「───!」
「はははっ。鳥ちゃんも嬉しそうにしておる…いいなぁ若い子っていうのはねぇ」
ソルの声を聞き顔を見ると、その表情は哀愁を漂わせていた。
「誰かが試験に来る度に思うよ。私も、満足に体が動かせたらなぁとね」
「こんのっ…!」
エルが弓を引き絞り、2つの矢を同時に発射させた。
驚くほどの一線を描いて飛んだ矢の後には、水蒸気が後を引いていた。
(これ、弦の効果…!?)
”天馬の鬣”を弦の素材に選んだエルは、その効果に驚きながらも飛んでいく矢先を見つめていた。
「!」
スノウクロウがそれに気づくも、それは目前になってからの話だった。
そして、翼に矢が命中する。
「………」
「………」
…命中したのだが、まるで地面にでも落としたかのような音が響いただけで、翼には刺さりも傷もつかずに美しかった。
「氷硬すぎだろ。弓効かねぇじゃん」
ミカがそう言えるだけの間を置いた両者は、再び激動することとなった。
「………ヒュッ……」
「…───!」
エルが声にならない空気を吐き出した直後、スノウクロウが叫びながらエルを追いかけ始めた。
「あっ、おい!待ちやがれッ!!」
それまでスノウクロウを引き付けていたミカも、急いで後を追いかける。
「はあっ、はあっ……!」
エルは風の魔法を唱えていたため、何とか距離を保ちつつ後退しているが、全力疾走であることに変わりはない。
逃げるのに精一杯で、剣に持ち替えることもできない中、スノウクロウの後ろからミカが迫っているのが見えた。
「捕まえたぞお前ァ!アタシから逃げんじゃねぇよゴラァ!!っっしゃあオラ!!!」
とても、先ほどまで全力疾走していた者の口数とは思えない。
ガン、ガン、ガンと、ミカは氷の鎧目がけて剣を振るう。
「───!!!」
スノウクロウも、後ろを取られたくらいで怯むことはなく、更に速度を上げながらミカに反撃する。
「おーらッッ!!」
タイミングを図り、ミカの強い一撃が氷の鎧に当たる。
「───」
攻撃された部分にヒビが入るも、魔力で回復したようだった。
(…独特な太刀筋だな。独学で剣を使い始めたタイプか)
独学で剣を扱い始めた者には、見て分かる特徴がある。
それは、強い攻撃になればなるほど、”切る”と言うより”殴る”ような振り方になることが多い。
剣術を習った者であれば、力を込めた一撃であっても綺麗な一線を描くことが多いが、彼女が見せた重い一撃は棍棒のような振り方になっていた。
「あっっぶねぇっ!」
頭の切れるスノウクロウは、ミカが攻撃した後の隙を狙って反撃した。
そして、即座に翼を羽ばたかせたと思うと、その跡から氷の棘のようなものが発生し、ミカを断続的に追尾し始めた。
「っ…チクショウが!」
距離を取らざるを得なくなったミカは、棘を剣で潰すか避けるかで手一杯だった。
「───!!」
そんな手一杯なミカの所に、一切の躊躇なくスノウクロウが突っ込もうとしていた。
(これは……流石に…っ!)
多少のダメージを覚悟してか、ミカは正面から防御する姿勢をとった。
___だが、ミカに攻撃が当たる直前。
その状況に既視感を感じていると、スノウクロウの後ろから剣に持ち替えたエルが飛び掛かっていた。
「はああっ!」
ミカよりは上品さを感じる掛け声を出しながら、スノウクロウの突進攻撃をいなした。
「!」
「早くて見えんかったな…鳥ちゃんのあれ、当たっとらんのか?」
目を見開いて驚く俺と、繰り広げられる戦いを楽しそうに眺めているソル。
(あれをいなせるのか…?)
遠征中であるため、旅路の途中で魔物と戦うことになる状況はたまにあったが、俺との手合わせはせずに日が過ぎていた。
その所為か、俺はエルがまだ”実力が足りない”と思っていた。
今日中でスノウクロウに勝てるとも思っていなかったし、1週間はここに滞在してエルに戦わせる予定だった。
正直、ここまでダメージを負わずに試験を続けられていることにも驚いたが、今の突進攻撃をいなしたことが一番の驚きだった。
(……そうか。ここに来るまで、何気に色々なことがあったからか)
紛争の鎮圧で乱戦を経験し、至る所で魔物に遭遇してはそれを倒してきた。
(紛争での姿はあまり見ていなかったが、傷一つなく終わったことを考えると、実力は相当上がっているのだろう)
子供の成長は早いと言わんばかりの経験を前に、初めて手合わせした時のことを思い出しては感慨深くなっていた。
「お前…どうやったんだ今の!?」
「えっ!?えぇっと、弾くんです!当てながら受け流す感じでっ!」
エルがミカの前に立ってスノウクロウと攻防するも、そのミカから話を吹っ掛けられている。
「なるほど弾くんだな!そんじゃあ、コンボ噛ますか!!」
「了解ですっ!」
(本当に、なるほどと言えるのだろうか…?)
あのいなす技術はスキルでも魔法でもなく、俺が修行をしている内に手に入れた身体能力と言える。
エルは修行に組み込ませていたから使えるが、他人がちょっと見ただけで真似できるようなものではない。
何せ、ステータスも大いに関係しているのだから。普段からその練習をしていない限り、ちょっとやそっとでできる芸当ではない。断言できる。
「───!」
2人が一体となって攻撃を仕掛ける一方、スノウクロウも力みを強めて攻撃を仕掛け始めた。
「いいぞエル!ハードアタッカーっつうのはなっ!こうやってッッ!!!」
ミカとエルが優勢だった一方、スノウクロウは再び翼を羽ばたかせようとしていた。
それを防ぐかのように、ミカは翼に向かって重い一撃を繰り出した。
「───」
広げていた翼を叩かれたスノウクロウは態勢を崩し、床に倒れそうになった。
「うっしょっと…こんな風に、相手の攻撃を攻撃でブチ飛ばすんだ!」
「そ、そう言われましても。私レンジャー…」
「何でも良いんだよ何でも!鳥ちゃんはまだやる気だし、気ぃ締めてくぞ!」
「っ!」
そう言って、スノウクロウに視線を送ると、魔力の高まりを感じた。
何かを感じた2人は、同時に攻撃を仕掛ける。
「───────!!!」
「ぐっ…!?」
左右から同時に攻撃を仕掛けた2人は、急に広げられた翼に吹き飛ばされてしまった。
翼を大きく広げたそれからは、氷の鎧の強化と拡張、翼部分に武器と見える棘のようなものが発生していた。
「おぉ!その状態であれば、あと少しですよ!頑張ってください」
「第2形態持ちかよ!?そんなん聞いたこともねぇんだが!!?」
「───!」
ソルが応援の言葉を送るも、勢いが増したスノウクロウの対応に手こずっているようで、返答する余裕も無さそうだった。
先ほどまでの余裕のある攻撃とは違い、今のスノウクロウは攻撃特化になったと言える。魔法を使わなくなった代わりに、強化された状態で直接殴り掛かっている。
そのどれもが素早く、先ほどまでお喋りだったミカでさえも余裕を無くしている。
「のわっ!?」
エルが順調に攻撃を受け流しながら機会を伺っていると、ミカが攻撃で突き飛ばされてしまった。
「────!!」
スノウクロウもこれが好機だと思ったのか、ミカに畳み掛けていく。
何とか回避を続けているが、それにエルが介入する余地は無く、後ろから攻撃しても鎧を破壊するには時間が足りなかった。
(マズい状況だな…)
2人の戦況を見ていると、思わず手に力が入る。
「───!」
「くっ!!」
洞窟の壁が背に着く所まで追い込まれたミカは、もはや打つ手なしの状況に陥っていた。
傍から見たその光景は、さながら凍てつく無慈悲だった。そして何を待つこともなく、翼を振りかざした。
そんなミカを助けようとしてか、エルが間に入り込もうとしたが、間に合いそうにはない。
「ミカさん!!」
その声と同時に翼は振り落とされ、両者の辺りに積もっていた雪が大きく爆散するように舞った。
これだけの威力で殴られていたら、ミカは死なずとも戦闘不能で間違いないだろう。
___だが、まだ雪で景色が濁っている最中、そこから姿を表したのはミカだった。
見た感じ、あの攻撃を食らわなかったように見える。
(ほう?どうやってあの危機を乗り越えたんだ…?)
その疑問は、その後すぐに分かった。
「───!」
「こうかッ!弾くってのも悪くねぇなァ!!」
ミカの後に続いて出てきたスノウクロウだが、その攻撃をこなれた様子で弾いている。
(まさか……いや、実力に見合っていると言えばそうだが、これはそう簡単に真似できるものでは…)
エルがそうしていたように、ミカは攻撃を弾いていたのだ。
先ほど俺が断言した、練習していないとできない技術を、練習無しに感覚だけで会得したのだ。
(”状況適応能力”…)
実際、シルドから見たスノウクロウの攻撃は、速いと言えるものだった。シルドであっても、不意打ちをされたら受け身をとるのが精一杯だろう。
意図的に受け継がせたエルが使えるならまだしも、”相手の攻撃を弾く”という行為は、ぶっちゃけ本番でできるようなものでは決してない。
(ギフテッドと呼ばれる者の中に、そういった能力を持つ者が存在するというのは聞いたことがある…ミカは、それなのだろうか?)
「────!!」
「っ!おらよッッッ!!!」
今度は回避した後に、重い一撃を繰り出す。
その一撃により、氷の鎧にはヒビが入った。
「ぼさっとすんなエル!ど突き倒すぞ!!」
ミカの非凡な能力を見て固まっていたエルも、それを聞いて動き出す。
「せいっ!!」
「はあぁああッ!!!」
2人が再び一体と化し、自由に攻撃を繰り出しつつも、互いの邪魔はしないという完璧なコンビネーションを見せた。
「───!」
「ふんっ!」
スノウクロウが翼を広げれば、エルが叩き____
「おらァッ!!」
___怯んだ隙を見ては、ミカが鎧を叩く。
そのコンビが始まってから、数秒後。
2人の猛攻に耐え切れず、スノウクロウの鎧が砕けた。
「───」
「おわっ!な、何だ!?」
鎧が砕けたスノウクロウは、大きくジャンプをして後方に下がった。
そして、身に纏っていた氷を解き、リラックスをするように全身を震わせた。
すると、スノウクロウの体からは、2つの羽根が飛び散った。
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