42.ハードアタッカーに憧れたハードアタッカー
「いやー!偶然遭遇した馬車の中に、宛先人が乗ってるとは思わなかったぜ!」
「ありがとうございます。イエーヌスノーにまで届けに来てくれるなんて…」
御者の男が荷台を開けたあの時、私達とミカという女性は思い切り目が合った。
『ぶあああああああっ!?!??!?馬鹿なぁあああぁぁあッッッ!!!!?????』
ミカは、シルドと目が合った瞬間、そういったよく分からない声を上げて発狂した。
その姿は、とても極寒の地に来るような恰好ではなく、上半身は胸元だけが隠れるスポーツアーマーだった。
軽量化に特化したその装備は、攻撃に特化した誰かさんと似ているような気がした。
ほぼ上裸のような格好だったミカは、どうやらシルドの熱狂的なファンだったらしく、持っている剣もシルドのデザインに寄せたらしい。
その持っている剣だが、ミカ自身が小柄な体格をしているため、シルドが持つと片手剣になるものを、両手剣として扱っている。
(私よりも小さい…150は……流石に有るか)
自分よりも小さくて強い女性に会った事が無い私は、隣で歩くミカを横目で観察していた。
ロズテッサとは違って、どこもかしこも小振りなミカは、出会って数十分だというのに愛着が湧いてきた。
だからと言って、全てが見た目通りなわけでもない。この人のクラスはシルドと同じハードアタッカーで、”実力だけなら”上級冒険者だからだ。
「いいよなぁエルはさ。シルドさんの弟子どころか、一緒に住んで修行してるだなんてよー?」
「えへへ…恵まれた環境ですよね」
「もう恵まれてるなんてレベルじゃねぇぞオイ!誰がどれだけ願っても届かないような環境なのに、お前はとんでもねぇアタリを引いたってことなんだぞ!」
話しているのはほとんどシルドについてだが、それに対して熱い姿勢を見せる所も、これまた可愛い。
かなり開放的な性格のようで、初対面だというのに呼び捨てで呼んでくれている。
(聞いた時は驚いたけど、この人19歳なんだよね…)
容姿からすれば、御者の男もそう言っていたように”お嬢ちゃん”なのだが、実年齢が19歳な上にハードアタッカーで実力者…
そして、小柄とは裏腹に勝気な性格。絶対に喧嘩を売ってはいけない相手だと思った。
「2人とも。今、聞き込みが終わったぞ」
少し話していると、スノウクロウについて聞き取りを行っていたシルドが、良いタイミングで戻ってきた。
「氷の洞窟の近くに、ソルという名前の老人が住んでいて、その人が特別スノウクロウに懐かれているらしい。戦えるかどうかは、その人に伺うようにとのことだ」
「シルドさんって、意外と庶民派なんすね!もっと高貴な人かと思ってました!」
「俺は元から庶民派だ。というか、君の方が年上のはずだが、何故敬語を使うんだ?」
「いやいや!冒険者って言ったら、本質は実力でしょ?実力社会において、憧れのシルドさんにタメ語なんて、恐れ多くてできないっすよ!」
それを聞いたシルドは、変な頷きを見せながら、微妙そうな顔に変わった。
確かに冒険者はそうかもしれないが、シルドはそういうことを気にするような人ではない。
(…とは言っても、私も一緒に過ごすようになるまでは、同じ気持ちだったんだけどね……)
シルドは基本不愛想だし、あまり表情を変えない所もあるから、近づき難い印象があるのは確かだ。
”もし、不快に思われたらどうしよう”。私も、出会った時に自分の方から声を掛けることになっていたら、そんな気持ちになっていたと思う。
「武器もすぐに渡したいんだけどよ、この箱は安全な場所で開けてくれって言われてんだよなぁ…何か、変な仕掛けでも掛かってんのかね?」
ミカは、背負っている弓と剣が入った箱を揺らしながら、そう話した。
「どうなんですかね?魔法の力は感じ取れないですけど…」
「おっ。感知魔法とか使えんのか?流石エルフだな~」
「これくらいなら、いつでも使ってますよ」
すると、ミカが少し考える表情に変わった。
「感知魔法と言えば…シルドさんさ、道中で火属性の魔法とか、使いました?」
私も驚いたが、シルドの体がほんの少しだけ跳ねたように見えた。
「…何故だ?」
「いやぁ、突っ走ってた雪道の端に、剣の跡と火属性の魔法を使った痕跡があったんです。アタシも火属性の魔法が得意なんで、そういうのには敏感で…かなり規模がデカいものを使ったっぽいっすけど、ヤバい魔物とかが居たんすか?」
(確かに、あの洞窟を出る時は感知魔法を使っていなかったけど、規模も分かる感知能力って…)
それだけ、ミカが使う感知魔法の精度が高いということだろう。私もできないことはないだろうが、それは種族特性による豊富な魔力にものを言わせることになるはず。
通常の人間であるミカにそんなことができるとは、流石は実力派だ。
「あそこまでデカいと、魔法使いレーネオラさんが使う魔法とも張り合えそうですけど…どうなんすか!?」
(えっ)
規模が大きいとは言っていたが、そこまで規模が大きいとは思わなかった。
私は出そうになった声を堪え、心の中だけに留めている。
「…エルが倒れたのは言っただろう?あの時、吹雪やら雪やらが邪魔だったから、それを発動しただけだ」
「ちなみに、魔法の名前って何なんすか?アタシも見たことない魔法っぽかったっすけど」
シルドは、少し間を空けてから続けた。
「”スルトの剣”と"ラグナロク"だ。……たまたま入った遺跡で本を覗いたら、勝手に頭の中に入ってきたやつだがな」
「は?」
「何すかその本!?アタシも覚えたいっす!」
思わず、乱暴に驚きの声が出てしまった。
その理由は、シルドが読んだという本にある。
(それって多分、禁書だったんじゃ…)
禁書…または、魔術書とも呼ばれる本。これは、本を読んだ者に対して強制的に魔法を受け継がせるものであり、現在では再現不可能な古代技術の一つでもある。
一見便利そうに見えるが、これが禁書と呼ばれることにも理由がある。
それは、本人にも危害が及ぶ魔法が書かれている可能性があるからだ。所謂、罠というやつである。
「へ、へぇ~…ちなみにそれって、今もその遺跡に置いてあるの?」
「一応置いてはあるが、その魔法の光景が見えた後には、書かれていた文字が全て消えてしまった」
「そんなぁ~……アタシも欲しかった…」
肩を落とすミカを見るも、どうやら禁書というものを知らないみたいだった。
聞いた限りは罠という感じはしないけど、一度読まれたら文字が消えるという効果が付いているのには、何かしらの理由があるはずだ。
(でも仕方ないか。最後に聞いた禁書の話って、全国各地からほとんど回収されたって言われただけだし、ミカさんはあまり知識が無いのかも…?)
だが、先ほど体を跳ねさせていたシルドは、恐らく知っているのだろう。
でなければ、今までその魔法を隠す必要はなかったはず。
それに、禁書に書かれていた魔法は書物がそう呼ばれているように、禁術ということになる。
(ば、バレなければ…まぁ……)
私の心には、謎の罪悪感が生まれたのだった。
「そういえば、ミカさんは何でまだ上級冒険者証明書を持っていないんですか?実力だけなら上級冒険者に通じるって、シルドも言っているくらいなのに…」
「それか?アタシ、元々は冒険者としての仕事にはあんま興味なくてさ、ただ戦って稼げるならいいか~ってくらいの感じだったんだ」
「ヴォーラックの近くでダラダラ魔物を倒してたらよ、シルドさん含めた魔王討伐部隊が通りかかったんだが、そこで見たのがシルドさんのラッシュ・アウトだったってワケ。も~あれには腰を抜かしたわな!」
「な、なるほど?」
話の導入が割と遠い所から始まったことに対し、少し混乱しつつも相槌を打つ。
「ラッシュ・アウトに感化されて、人間ってあんなことができるんだなーアタシもやってみてぇなーって思って、1年経って今に至るわけ」
「ふむふむ…」
「………」
歩きながら会話を続ける私達だが、シルドは恥ずかしいのか口を挟もうとはしなかった。
「で、ギルドで受けてたのは戦闘任務がほとんどだったんだが、魔獣をブッ倒してギルドに持ってったら、上級冒険者じゃないから討伐しちゃ駄目だって言われちまったんだ。それが、3日前の出来事だな」
「み、3日前…」
「おう。それで、城下町に2人が滞在してるって聞いたからよ、ちょっとだけでも姿を拝んでみてぇってことで顔を出してみたら、2人は丁度イエーヌスノーに向かっちまった所だったんだ」
「諦めて帰るか~って時に、立ち寄った装備店のばあさんが困ってたんだ。お前に武器を届けようと思ったら、今はイエーヌスノーに行っちまってるって」
(そこは、確かに盲点だったな…)
シルドは装備店に対して、少しだけ謝意を感じた。
「アタシは店に剣を作ってもらった恩が有ったし、それを届けるのに加えて、スノウクロウで証明書を貰おうって考えたワケだ!まぁ2人に会ってみたかったってのがあるけどな!」
かなり遠い所から話した所為か、私の頭は想像以上にこんがらがってしまった。
「うーんと…?つまり、元々はお金稼ぎくらいで冒険者をやっていて、シルドのラッシュ・アウトを見てからは強くなるために戦闘ばかりしていたから、上級冒険者証明書の存在を知らなかったってことで合ってます?それに加えて、武器を届けに来てくれたと?」
「そうだ!」
ミカは、ニッコリと元気良く笑って答えた。
彼女の状況を改めて考えてみると、私はミカが”方向性の違うシルド”に見えてきた。
(ミカさんは凄く愛らしいし、馬鹿にするのは本意じゃないけど…ちゃんと強い所を見てる所為か、ちょっとお馬鹿になったシルドに見える…)
シルド以来に見る上級冒険者(推定)を前に、私は知恵有る種族として恥ずべき感想を持ってしまった。
──氷の洞窟の前にて
ソルという老人の家を訪ねたが、留守にしているようだった。
仕方なく思いつつ、氷の洞窟を伺ってみると、そこにはスノウクロウと老人の姿があった。
「───?」
「ん…?」
スノウクロウが私達を見て、不思議そうに首を傾げると、同じくしてその老人もこちらに振り返った。
「いやデッッカ。大きなカラスって、文字通りだったんだな」
口走ったミカがそう言うも、シルドが老人の近くに寄ってから問い掛けた。
「”試験”を受けに来た者です。スノウクロウと戦うことは、可能ですか?」
「あぁ!冒険者さんね!驚いたわぁ、知らん間に後ろに立ってるんだから」
かなり高齢に見える老人は、笑いながらそう答えた。
手に持っている籠の中には、スノウクロウの餌なのか、焼かれた肉が入っている。
老人は籠の中から肉を取り、スノウクロウの口元まで寄せてやる。
「───」
「っはは。本当、良く食うなぁ…」
満足げに咀嚼をするスノウクロウを眺めながら、老人は嘴を優しく撫でていた。
「…ソルさん?」
「あっ、そやったそやった。私が、ソルっちゅう者です。見ての通り、この鳥ちゃんの世話係みたいなのしてます」
少し記憶が朧気になってしまう人なのか、本来の意図とは違うあれこれを話してくる。
「──??」
ソルの対応に困っていると、傍に居たスノウクロウが一際近づいてきた。
ここまでの大きさを持つ動物だと、何かをされた場合に抵抗できない状態になることを恐れ、俺は少しだけ後ろに下がろうとした。
「大丈夫、驚いてやらんでください。旦那さんのことが、気になってるんですな」
「─…──?」
微かに声を出しながら、俺の首周りや武装を物色しているようだった。
「ホントに大丈夫なのか?いきなり食われたりとかしねぇよな??アタシ、シルドさんが死ぬのヤだからな!?」
「なぁに、大丈夫ですよ。この鳥ちゃんがいつからこの村に居るのか、それは村の誰にも分かりませんが…人だけは、絶対に襲わないんです」
下手に行動できない俺を他所に、ソルはミカ達と談笑を始めた。
記憶が朧気になっているのか、あまり話に囚われないだけなのか、絶妙に判断しにくいと思う。
「──?─!」
「っとと……」
急に喉を鳴らし始めたかと思ったら、スノウクロウは頭を擦り付けてきた。
「あら…凄い懐かれてるね。珍しいよ、初対面の人にここまで懐くってのは。触られるのを嫌がるってこともないが、自分から触ってほしいと求めんのは、今まで私だけだったんですがねぇ」
「…なるほど」
「───♪」
力強く擦り付けてくる頭を受け止めようと、少し力みながらそう答えた。
「わっ!?」
「で?アタシとコイツ、2人分の氷結の羽根が欲しいんだけど、そこのデカい鳥ちゃんと戦わせてもらえんのか?」
ミカがエルの首に腕を回しながら、ソルに再び聞いてくれた。
「もちろんだよ。鳥ちゃんにも、食後の良い運動になるだろう」
(俺が話しかけた意味とは…?)
結局、俺はスノウクロウをなだめる役になっていた。
しかし、よく噂で耳にしていたスノウクロウとやらは、想像していた以上に大きなカラスだった。
(体が大きくなった、ただの白いカラスにしか見えん…)
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