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41.Saikyo Burning


エルが、ホワイトテラーから解放されて、すぐのこと。


エルの体調を気遣いながら、いつ頃再び雪原の中を進もうかと考えていたが、病み上がりにそれは酷だと思い、護符を使うことにした。


「…思ったんだけど、イエーヌスノーの村に居る人達は、ホワイトテラーに襲われたりとかしないの?」


「村の区域内でなら、ホワイトテラーは発生しないそうだ。それも、スノウクロウが関係しているとかなんとか」


「スノウクロウって、大きなカラス…なのよね。魔獣じゃないの?」


「魔獣の特性である人を襲う習性が無く、村を守るどころか人間の良き隣人として接してくれる、暫定”大きなカラス”ということだ」


体長15mというスケールでカラスを想像すると、以外にも怖く思えた。


(そこまで大きいと、フクロウと同じくらいの体毛を持ってそうだけど……)


雪原を眺めながら、目の前で揺らめく焚き火で暖をとる。


「何にせよ、放し飼いにされているくらいだから、安全面の問題はなさそうだがな。村の近くにある氷の洞窟が本拠地だから、そこであれば試験が受けられるはずだ」


「試験……試験かぁ~…」


上級冒険者限定の任務を受けるためには、ギルド連合から指定されている魔物を倒し、証拠を提出する必要がある。


私達が頼ろうとしているスノウクロウがその一つであり、その知能の高さからか、認めた相手には”氷結の羽根”を渡すのだとか。


(中級までは試験とか特に無いし、新人でも実力があるなら受けれたんけど……試験って言葉を聞くだけでなぁ~ちょっとなぁ~…)


「シルドも受けたのよね。ドン………なんだっけ?」


「”ドンファントン”だ」


「そうそれ。古代龍の生き残りだとか言われてるらしいけど、何でわざわざ難易度が一番高い相手を倒したの?」


ドンファントンとは、”ドラゴンが食物連鎖形態の頂点に座していた時代の生き残り”とされており、エルの言う通り、古代龍とも呼ばれている。


基本的に、人が寄り付かない秘境と言われるような場所での目撃例が多く、今分かっているだけでも砂漠と雪国に生息しているのだとか。


極めて獰猛で、ライセンスを欲した中級冒険者が大勢亡くなった時期がある。シルドが倒した個体を境に、試験対象から外されたそうだ。


「…俺にも、荒れていた時代があったんだ。もし、あの時にエルと会っていたら、今の師弟関係にはならなかっただろうな」


「いや、それで倒せる相手なの…??龍よ?エルフと同格の存在よ???」


「俺が倒したドンファントンは、砂漠に生息していたことも関係したのか、さほど苦戦することなく倒せた。雪国に居る個体だったら、状況も変わっていたのかもしれない」


未知の存在として名高く知られている、エルフとドラゴン。


ドラゴンは、主にピスアモンタ山脈で生息しており、極めて動物的な外見をしていながら、人語を解して人との意思疎通が可能である存在。


翼があり、炎を吐くこともできる故、彼らを解析できれば多くの未知が解析できる可能性も有るのだが、生息しているのは少数ながらも人間を超える存在であるため、迂闊に手を付けられずにいる。


現代のドラゴンは理性を有しているが、ドンファントンはそうではない。それが違いだ。


(まぁ確かに、シルドが持ってる上級冒険者証明書に書かれてたしね…ギルド印の下に、ドンファントン討伐 単騎って)


ギルドの登録証には”退役軍人、元魔王討伐部隊所属、アクアウィッチャー討伐 単騎、魔獣討伐 100以上 単騎、ストーンハザード防衛戦参加 防衛成功”と、見せてもらった時には書いてあった。


アクアウィッチャーが何なのかは知らないけど、シルドから聞いた話だと”魔獣だと思って倒したのが、水魔法を使ってくる大型の魔物”だったらしい。


(登録証に書かれるってことは、かなり討伐が難しい魔物だったんでしょうね。それを魔獣だと思ったって…)


ストーンハザード防衛戦のことも知らなかったけど、”火山活動から重要資産物を守っただけ”らしく、特にこれと言ったものではなかったらしい。


(それなら、何でここに記されているんだって話になるけど…まぁ、またシルドが知らないってだけで、難易度の高い任務だったんだろうな……)


既に護符を使用したため、洞窟の中で救助を待つのは欠伸が出るほど暇だった。


イエーヌスノーに近付くにつれて、試験も近付くと言うことだから、早く村に行きたいのかと言われると違うけど。


「やっぱり、シルドも緊張した?その試験で、ドンファントンと戦った時」


「いや、当時は緊張どころか、戦いを挑んだのは自分だったというのに、何故か怒りに近い気持ちで挑んだことは覚えている」


「これまた何で…?」


「上手く剣を振れていなかった所為なのか、砂漠に赴くどころか、ドンファントンの素材すら貰えないことに怒っていたのか…今でも分からない。元の強い自分に戻れていないことに対して、焦っていただけかもしれない」


「そっか」


「ああ」


「………」


会話が長続きしない。


というか、そこまで話したいと思う会話も無いんだった。


ホワイトテラーの所為だろうが、気分もあんまり良くないし、あの幻覚は現実とほとんど差異がないように感じた。


シルドの尽力あって戻ってこれた現実だというのに、現実味を感じられていないのだ。


「……ねぇシルド?」


「何だ」


心の中で思うのも恥ずかしいのだが、死と隣り合わせであった今までと比べると、なんてこともないように感じた。


「いきなりで悪いんだけど…また、抱き着いても良い?」


意を決して言ったそれは、あの時と同じく甘えごとのようなものだった。


「………」


シルドは驚いたように少しだけ動きを止めたものの、すぐに私の傍に寄ってくれた。


「ありがと…」


そう言って、前とは少し違う抱き着き方をする。


いや、この姿勢になるのであれば、もう”抱き締め方”と言った方が正しいのかもしれない。


(暖かい…私もシルドも、ちゃんと生きてるんだ…)


それは、現実味が感じられない現実に怯え、身内にでも縋るような格好に見えた。


それこそ、父親の胸の中で眠りに着かんとする、文字通りの少女のようだった。


「…悪かった。お前がホワイトテラーで、こんなに怖い思いをしていたとは思わなかった」


シルドは私の気持ちを察したのか、急な謝罪を申し出てきた。


こういう時の気持ちは分かるのに、何で以前の”アレな展開”に繋がりそうな雰囲気マシマシの中での気持ちは理解してくれなかったのだろうと思っている私は、良い子なのか悪い子なのか、自分でも判別できない。


シルドがガントレットを外し、生身の腕で背中を擦ってくれた。


「今だけは、私達って似た者同士よね。同じトラウマを抱える仲間みたい」


「そうかもしれないな。前は俺が助けられて、今は俺がお前を助けている辺り、本当にその通りだ」


劣情のかけらもない、優しい感情が彼の心を満たしている。言い表すなら、今のシルドの心境は”妹をあやす兄”だ。


…嬉しいけど、ちょっと違う。


でも、自分から気付かせるようには動きたくない。何故なら、それが大人の恋愛だと思ってるから。


大人の恋愛と言っても、もしかしたらエルフの恋愛かもしれない。心の中から不純が感じ取れないのであれば、しばらく共に時間を過ごしてみるのみ。


私のお母さんは、そうしてお父さんを見つけたって言っていたから。お母さんの場合、”何か一緒に住んで子供産んでたら幸せになってた”とも言ってたけど…


少なくとも、シルドが今そういうような気持ちではないことだけは理解できた。彼の気が変わってくれることを祈るだけという、神頼みみたいな恋愛の仕方だが、臆病な私にはこれぐらいが丁度良いと感じる。


(今まで築いた関係が壊れるのは嫌だし、こういう感情も今だけしか味わえないしね…!)


この暖かさを逃すまいと、私は回している腕に目一杯の力を込めた。


ついでに、借りている胸にピッタリと頭を寄せ付けちゃう。温い肌だけではなく、彼の鼓動を聞く…つまり、これが現実であることを理解するという意味も込めているが、とりあえずくっ付きたいだけ。


シルドは、自分の胸元に来た私の頭を、先ほどと同じように優しく撫でる。


これが良いんですよこれが。(???)



幸せなひと時を堪能した後、1時間ほど経ってから迎えの馬車が来た。


私は、それに乗ってからも先ほどのスキンシップが忘れられず、普段よりシルドに近い位置に座っていた。


シルドもそれを許してくれているようで、動じずに手を握ってくれている。


「オラオラ────!!」


「……?」


馬車から離れた何処かから、誰かの声と共に火属性の魔法が感じ取れた。


ほんの少しだけだが、馬車内にも振動が伝わってくる。


それも、雪道の段差とも思えてしまうほど些細な振動だったため、感知魔法を使っていなかったら気付いていなかっただろう。


「…今、誰かの声が聞こえなかったか?」


「ええ。今って、吹雪のど真ん中よね…?」


先ほど聞こえた声調と、感じた火属性の魔法を見るに、猛吹雪の中で攻撃をしていることになる。


何に対して攻撃しているのかは知らないが、それが実体ではなくホワイトテラーの幻覚に対して攻撃していると信じたい。


「火ぃ纏っとけば、コート無くても余裕じゃねぇか────!!!」


「…さっきより、はっきり聞こえたわね」


「森の声とやらで分からないのか?」


「無理よ。吹雪の中だと、森の声も視界を通せないの」


ホワイトテラーが発生している場所に木が少ないということもあるが、荒れた所に居ると森の声も届かない。


かなり役に立つ能力ではあるが、万能ではない。


「あれっ?おい、じいさん!こんな所に馬車で走ってて平気なのか?」


「ん?…は!?お嬢ちゃん、何で防寒コートを着てないんだ!?」


どうやら、外から聞こえた声は本物の人間だったらしく、御者もといイエーヌスノーの管理人が声を掛けられているようだった。


「急ぎでイエーヌスノーに用があんだよ!あんな邪魔くさいの着てたら、燃え溶かしちまうからな!」


「…何か、凄く常人離れしてそうな人ね」


馬車と並走しながら吹雪の中を駆けているのか、その人物は御者と会話をしているみたいだった。


声からすると、恐らくは女性だろう。”お嬢ちゃん”とも呼ばれていたから、若い人なのだろうか?


「この吹雪を抜けたら、一旦止まって話そう!何が起こっているのか、まるで分らん!」


「しゃーねぇな。アタシが吹雪をブッ飛ばしてやるよ!」


そう言うと、並走していた足音が消えて、今度は馬車の前方から音と振動が伝わった。


「…上級冒険者か?」


「かもしれないわよね。吹雪を吹き飛ばすって、私にできるとは思えないし」


シルドも”体力の無駄”と言っていたくらいだから、吹雪を直接消し飛ばすのはそれなりの体力が消費されるはず。


(急ぎの用事と言っていたけど、本当に急いでいるからこそ、自分に迫る吹雪を消し飛ばしながらここまで来たのかしら…?)


もしそうなると、スタミナの時点でかなり化け物ということになるが、果たして何なのだろうか?


「──アサルト・フレア!」


断片的にそう聞こえたと思ったら、一際大きな振動が発生した。


先ほどまでの微かな振動ではなく、明らかに大技を繰り出したのだと理解できた。


「な、何今の…?」


私が混乱に陥っていると、緩やかに馬車が止まった。


「本当に消し飛ばすなんて…お嬢ちゃん、凄い冒険者なのかい?」


「凄くはねぇと思うが…悪ぃ、今は急ぎでイエーヌスノーに向かってんだわ。アタシに用なら、先に向こうで待ってるから、そっちで話さねぇか?」


「ま、待ってくれ!これでも、私はイエーヌスノーの門番なんだ。何の用でイエーヌスノーに?」


「スノウクロウと、荷物の届けモンだよ。聞いて驚け?何て言ったって、英雄シルドのお弟子宛ての荷物なんだからな!」


その会話を聞いていた私達も驚いたが、御者の男も驚きながらこちらに振り替えった。


「あんたらの知り合いかい?」


私達は揃えて首を横に振った。


「お嬢ちゃん、名前は?」


「ミカ・リングボルトだ。…なぁ、もう行っていいか?」


御者の男は、再びこちらに確認を取ってきた。


「…名前だけなら、ギルドで聞いたことがある。将来有望と見られている、中級冒険者のはずだが…」


「何、ギルドの掲示板って、そういうのも書かれてるの?」


シルドは聞いたことがあるみたいだが、私が無知なだけか、特に聞き覚えが無かった。


御者の男は納得した様子で、女性の方に振り返る。


「お嬢ちゃん、運が良いね。たった今、その人を馬車に乗せているんだよ」


「…マジで?」


腑抜けた声が聞こえた所で、御者の男が荷台を開ける音が聞こえた。


最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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