4.エルフとの共同生活?
シルドが誰かを匿い過ごす、初めての夜。
しかし、シャーレティーのある一言により、シルドの様子に変化が起きる…?
話によると、シルドの面倒を見ていたシスターは、格闘家の職業を持っていたそう。
冒険をするための格闘術というより、孤児を守るシスターとして必要だった、護身術を得意としていた。
そのため、不審者が教会や孤児に近付いた時は、率先して殴り出る脳筋シスターとしてシルドの記憶には残っているのだとか。
山の中での修行については、"複雑な環境で動き回った方が、普通に走るよりもメリットが多かったのでは?"と、シルドは予想している。
何故山の中で走り回るのかを聞いたこともないそうで、当時は気にもしていなかったらしい。
山は草木で生い茂っているため単純には走れないし、場所によっては川や岩場だってある。
そう考えると、確かにシルドの予想は正解に近いのかもしれない。
ちなみに、シスターに捕まった場合は罰ゲームが待っており、内容はシスターとの格闘対決をすることになっていたとか。
「な、なかなかに脳筋なシスターだったのね…」
「ああ。恐ろしく強かったからな。捕まったら死ぬ覚悟で木々の間を走っていた」
そのおかげか、シルドはシスターとの追いかけっこで2回しか捕まったことが無いらしい。
「あの人なら、山の木々をなぎ倒してでも俺を追いかけることだってできたはずだからな。森の中でも逃げ場があるとは思えなかった」
「シスターって、もっと神に仕える穏やかな人物像が浮かぶものだけど…その人は例外かも…」
シルドの語るシスターの話を聞く限り、神に仕える善良な人間というよりも、兵士の育成に心血を注ぐ熱血教官のようなイメージが形成される。
それでも、幾つかの心が温まる話があったり、シルドの言葉の端々からは、そのシスターが優しい人物であったことが感じ取れた。
シルドの手料理の中にあったあのスープも、シスターが夜中に作ってくれたものだという。
『シスター…お腹すいた…』
『何でこんな時間なのに起きているの?悪い子は、神様から見放されちゃうわよー』
あの時、俺は寝つきが悪くて夜中に目が覚めてしまった。
空腹だったこともあり、誰かいないかと院の一階に降りてみると、キッチンの方から光が見えた。
そこには、明日の朝食の仕込みをしているシスターがいた。
『ふーん。暑くて寝付けないのねー?ほんとに~??』
疑り深い眼差しで、シスターは俺の頬を突いてきた。
誰かが嘘を付いていそうだったり、疑っていることを質問する時はよく突いてくる。
『ほ、本当だよ。ただお腹がすいただけだよ…』
シスターは特別俺の頬で遊ぶことが多く、力関係的にも拒否することができなかった。
当時の俺はぶにぶにと摘ままれたり、団子をこねる様に頬で遊ばれていた。
『仕方ないな~…』
シスターは俺の頬でひとしきり遊んだ後、呆れの声と一緒に鍋の方へと向かって行った。
『シスター?何か作ってるの?』
『明日の朝食よ。スープだけど、それでもいいなら食べる?』
『!』
俺は、シスターの作るスープが大好きだった。
…いや、俺だけではなかったな。孤児院にいる全ての子供達が大好きだった。
綺麗に透き通ったオレンジ色で、野菜が苦手な子供でも美味しく食べれる、あのスープ。
その夜は確か、特別に一緒に作ることになったんだ。
『シド、意外と包丁捌きは上手なのね』
『?』
鍋で煮込み具合を確認するシスターの横で、追加の野菜を切り分けていたんだったか。
『__て…ファ__の子___』
違う。これじゃない。
『クロスボウ』
違う。
『鏃』
違う。
『包丁』
違う。
『鉄兜』
違う。
『祝祭』
違う。
『記念日』
違う。
『決心』
違う。
『運命』
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
違う。
…違う、違うはずだ。今はそんなことを話している場合ではない。
『原始の一よ、お前の子孫をどう思う?』
「___ド?おーい。シルドー!」
シャーレティーの呼び声で、はっと我に返る。
少し、嫌な思い出に当たっていた様だ。
「……すまん、気を抜いていた。何の話だ?」
「いや、酷い汗よ?いきなりどうしたのよ…」
それはそうだ。
別に熱帯夜であるわけでもなく、暑い季節でもないのに、こんなに大量の脂汗をかくのは異常だろう。
「…少し、話し過ぎたかしら?今日はもう休みましょう」
「…ああ」
止まらない汗と、心臓を握られている様な感覚で、俺は吐きそうだった。
胸糞が悪い。
「もう一度湯浴みでもする?背中くらいなら流してあげてもいいわよ?」
「いや、一人で十分だ」
シャーレティーの冗談に対して、まともに返事をしてしまう。
当然ながら、その反応にシャーレティーは違和感を覚える。
「…本当に大丈夫?」
(クソッ…風呂用の水、まだ残っていたか…?)
もはやシャーレティーに返事をする余裕もなく、室内へと入っていく。
体が無性に熱い気がする。
冷たい水を頭から被りたい。
覚束無い足取りで洗面台に向かうシルドに対して、シャーレティーはとある魔法を唱えた。
「ん…み、水…?」
「アグノヴァよ。全然大丈夫じゃ無いじゃない…」
アグノヴァは水属性の魔法で、水の生成・操作などに使われる魔法。
シャーレティーはアグノヴァを生成した状態で、シルドの額に手を当てていた。
「すまん、助かる……」
俺は求めていた感覚に身を任せ、その場で立ち止まってしまう。
シャーレティーが椅子に座ろうと提案し、そこでしばらく休むことにした。
「私が聞き入った所為ね。ごめんなさい」
「いや、たまたま体調が優れなかっただけだ。気にするな」
俺がそう返事をすると、シャーレティーは少し顔をしかめた。
「貴方はエルフに全く詳しくない様だから言うけれど、エルフは相手の感情を感じることができるのよ」
「………」
「あの話題に触れたから、複雑な思いをしたのよね。途轍もない負の感情が入り交じっていたわ」
深めに呼吸をしながら、シャーレティーの話を聞き続ける。
感情が読めるなんて、エルフの身体はどうなっているんだ…。
「何か伝えたいことがあったら、いつでも言ってね。貴方は、色々と抱え込んでいる様に見えるから…」
「…ありがとう……」
俺は、発熱でまともに動いていない思考に勢いを付けて、感謝の言葉をシャーレティーに伝える。
長い間碌に他人と会話をしていなかったせいか、その言葉はぎこちないものになってしまった。
「ふふっ。シルド、何だか可愛く見えるわ」
「………」
小馬鹿にされている気がするが、俺は彼女の厚意に甘えて、そのまま目を閉じた。
翌日の朝、シャーレティーは体調を崩して眠った俺を心配してくれていたのか、俺の近くで眠っていた。
(…結局、最後まで面倒を掛けたのか)
申し訳なく思い、自分が使っていた毛布を掛けてやろうとすると、シャーレティーも目を覚ました。
「あ…も、もしかして、私の体に触ろうとしてた…?」
「違う。俺はただ毛布を…」
名誉の掛かった疑いを晴らすべく、俺は淡泊かつ冷静に対応する。
耳が長いと聴覚も鋭いのだろうか、気遣いに毛布をかけることもできなかった。
「そ、そうよね。手に毛布を持ってるし、シルドがそんなことするわけないわよね!」
「ああ。迷惑を掛けてすまなかった」
疑いは晴れて喜ばしいが、迷惑を掛けたことを真っ先に謝る。
「気にしないでいいの。体調は良くなった?」
「お陰様でな。朝食を作るから待っていてくれ」
「私も手伝うわよっ。シルドも美味しいご飯が食べたいでしょ?」
元気よく飛び起き、俺と同じく台所に立つシャーレティー。
体に掛かっていたブランケットを放り、早朝の山の空気に触れる。
「へっくちっ!」
「ブランケットは掛けていた方が良いぞ。朝は気温が低いからな」
「そ、そうね。キッチンの火が暖かい…」
シャーレティーは火の傍でしばらく暖まった後、体の熱を逃がさないよう、足早にブランケットを取りに行った。
その間に、俺は卵と干し肉を出しておく。
(…朝食を済ませたら、また依頼を見に行くか)
今日の予定に少し悩みながら、戻って来たシャーレティーと共に料理を始めた。
シャーレティーは意外にも料理は得意な様で、慣れた手つきで包丁を扱っている。
俺だったら、あそこまで素早く正確に切ることはできないだろう。
俺は鍋の水を沸騰させたり、フライパンに油を引いたりして手伝っていた。
そこに次々と食材が投入され、あっという間に2人分の食事が完成した。
「…速いな。こんなに効率的にできるものなのか」
「2人でやったんだから当然じゃない。さあ、食べたらまたギルドに行くんでしょ?」
当然の様に、シャーレティーが作ったご飯は美味しかった。
”レシピを読んだだけ”と言っていたが、レシピはそんなにも凄い物だったのかと驚いた。
起床したのはいつも通りの時間だが、調理時間が縮まったことで、いつもより早く家を出ることができた。
シャーレティーは匿っているという範囲にあるが、一体何時まで匿うのが正解なのだろうか?
(とりあえず、一日で金貨数枚は稼げるようにしないとな…)
まだ全ての実力を見たわけではないが、魔獣化した熊には勝てないことと、まだ駆け出しということもある。
何と対面しても勝てるようになるまで…?
いや、それだと時間が掛かり過ぎるか。3年は匿うことになってしまう。
「何だか複雑そうね。どうかしたの?」
「…エルをどこまで育てるかについて、考えていた」
魔獣に勝てるようになるまでなら、半年もあれば余裕だ。
魔獣は元動物ということもあり、行動パターンが読みやすいものがほとんど。
行動パターンや対面にさえ慣れてしまえば、どんな戦闘職でも倒せるようになる。
だからと言って、いきなり戦えるというわけでもない。
そこら辺の動物や中級程度の魔物よりかはスピードもパワーも上だし、いくらパターンが読めていても、体が思考に付いて来なければ話にならない。
下積みは必須ということだ。
「確かに、いつまでも厄介になるわけにはいかないしね。何をすればいいの?」
まさかの丸投げである。
「…まずは、何までなら倒せるのか教えてくれ」
「んー…そこかしこにいる魔物ならなんてことないんだけど、各地固有の魔物になると撤退が限界だわ」
「なら、デカルダのロックトロールは倒したことはないか」
ロックトロールとは、デカルダにある山の山頂付近を住処とする魔物。
体の一部が岩の様に硬化している巨大な魔物であり、動きは遅いものの、その巨体から振り下ろされる一撃は、どんな者であっても命を失いかねない。
「無理ね。図体が大きい上に、すごく固いあの魔物でしょ?」
「ハードアタッカーなら、正攻法で倒さないと先行き短いというやつだが、急所を狙えばどこにでもある武器で簡単に倒せる」
硬化している部分は、ベテランであってもステータスが高くないと切り落とすことは難しい。
しかし、硬化していない部分はただの魔物と同じ。目つぶしを狙うのも有りだし、関節を狙って動きを封じるのも有りだ。
「中級冒険者であれば、誰もが倒せて当たり前になる魔物だ。難しくはない」
「聞いてるだけならまだしも、本当かしら…」
「俺が付いて行けば問題ない。討伐の依頼が無いか、見ておこう」
シャーレティーが半信半疑のまま、ギルドの依頼を眺めていると、報酬が銀貨30枚でロックトロールの討伐依頼が見つかった。
「場所は…スミル山ね。ここからかなり離れているから、一日潰しちゃうことになるわね」
「確か、その山の麓には馬宿があったはずだ。馬を使った方が賢明だろう」
そうして、2人は馬を使ってスミル山へ向かうのだった。
最後まで閲覧いただき、ありがとうございます。
詳細告知などはX(Twitter)まで!