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39.恋愛がよく分からないなどと供述しておる元軍人


私がシルドに抱き着いて(しがみ付いて)から、早数十秒。


私は、得も言われぬ新たな感情の渦で、目を回していた。


(こんなドラマチックな状況なのに、恋愛が分からないとか言い出しちゃうのはあれだけど、何この感情…!?)


160年生きていて、初めて体験したその感情は、エルにとっては衝撃的すぎる感覚だった。


心臓がキュウッと締まり、思わず喉も締まるような感覚と共に、緊張がありながらもこの状況を手放したくない。


正に、先ほどシルドに対して説明した、テンプレ恋愛感情のフルコースだった。


(も…もう、こんなに意識しているの…?)


昨日の夕方…つまり、今から24時間ほど前に500歳の同郷を頼ったばかりだと言うのに、伺ったことがこうも早く実体験することになるとは。


(こうして抱き着いているけど、私の鼓動は絶対に伝わっているはず……でも、どうせ”鼓動が速いな”くらいにしか思っていないんだろうな)


自他共に認めるほど、彼はごく一般的な人間より、色恋沙汰に疎い。


私の表面的なことでは、どうであっても彼には意識してもらえないだろう。


「…ねぇ、この状況って、どう思う?」


「どう思う…?大分摩訶不思議だと思うな。あと熱い」


案の定の回答だった。彼にその気が無くても、この回答はふざけている。


だが、こちらも伊達に行動に移したわけではない。


それも、エルフが抱擁を許すというのは、普通の人間が抱擁を許す以上に、何倍もの敷居がある。


「これ、かなり特別な行動だと思うんだけど、私が何を考えているのか当ててみて」


「……?」


頭を傾げるのは当然で、何だったら出会い初めの頃を顧みると、かなり仲は良くなった方だと思う。


ここで、もし私達が出会いたてだったとすると、こんなお願いをした所で無視されるのが良い所だろう。


逆に酷ければ、攻撃で気絶させられるかもしれない。


「誰かとハグするのって、かなり特別なことじゃないと有り得ない話よね?だから、私がこうした意味とかを、貴方も考えてみて」


「まぁ、考えておくが…一向に理解できなくても、文句は受け付けないぞ」


私はこれで良いと思うし、シルドもそれで良いと思う。


今にシルドを問い詰めた所で本当の気持ちが聞けるわけでもないし、シルドが答えを出してくれなかったら、それまでの関係だったということで切り捨てられる。


私の願いとしてはもちろん、後者ではなく前者が望ましいが。


「はぁ……もう良いわよ。いきなり抱き着いたりして、ごめんなさい」


「別に迷惑では無い。抱き着いて何かが良くなるなら、幾らでも胸を貸そう」


こんな頼り甲斐のあるセリフを言っておきながら、その本心は恋愛すら理解できていない子供なのだ。


(旅の終わりまでには、是非が聞けるといいな…)


人間一人よりも、圧倒的に永い時を生きるエルフ種ではあるが、勇気を出した質問の返答だけは、なるべく早く返してほしいと思うらしい。


「ここに居ましたか、シルド様」


抱擁を止めて丁度、一呼吸を置いた後に、ロズテッサと見知らぬ2人の男女がテラスに訪れた。


「ご紹介します。こちらの2人が、私の友人であるロークと、アンです」


左目に眼帯を着けている男がロークで、両目に直接光を浴びないよう、目の周辺を布で覆っている女がアンだった。


言うまでもなく、2人は戦いでこのような傷を負ったのだろう。


男の方は眼帯の下から、一筋の傷跡が大きくはみ出して見えている。


「初めまして。ご高名は、かねがねお伺いしております」


2人は手を繋いで行動しており、双方の左手の薬指には指輪がはめられていた。


「片腕を失っても尚、紛争の鎮圧に多大な貢献をしたと伺いました。神童の噂とは、違えない方なのですね」


アンは全盲とまではなっていないのか、顔はしっかりとこちらを追っているようだった。


「こちらこそ、急にお会いしたいと我が儘を言ってしまって、申し訳なかった。改めて、私はシルド。そして、こちらが…」


シルドは隣に居るエルに、場を譲るように移動した。


仲介は必要なさそうだと思ったのか、傍に居たロズテッサは軽く会釈をすると、その場から離れていった。


「シルドの弟子の、シャーレティーって言います。えっと…剣術を習っていますが、これでもエルフです!」


特筆して言うことが無かったエルは、よく言われることを加えて話してみた。


「まあ!妖精さんなのですか?本物の!?」


その加味が功を奏したのか、アンはエルの想像を超える反応で話しかけてきた。


「私、小さい頃にずっと好きだった本があって、それがエルフの生態と伝説が書かれた本だったんです!”エルフ創世記”って言うんですけど…」


「あぁ!軽く覗いただけですが、人の世界で出回っている本の中だと、トップクラスの理解度のあの本ですね?」


「ということは、人間界で出回っているエルフに関する本は、ほとんど間違いで構成されているということでしょうか…?」


ロークとアンは息を揃え、エルに質問を重ねた。


「はい。どこにでも出回っているような本は、理解度30%も無いくらいですよ。ほとんどは作り話ですね」


「例えると、どういった所が作り話なのですか?」


「”エルフ創世記”で言うと、冒険の末に大きなドラゴンと戦った~みたいな話は、私が知る限りは全くの嘘です」


アンは、鼻息を荒くして聞き入っていた。


「エルフの実生活って、ほとんどは自分達の森の中で過ごすか、稀に外に出ては木の苗を植えたりするくらいで、積極的に外の世界に出たりはしないんです。人間社会に出る人はごく少数で、人前に出るのも最近になってからですし…」


「では、姿を眩ます魔法というのは…?」


「あっ、それは本当です。ほら」


エルは”ウォークオフ”と唱えると、パッと姿を消した。


それを目にしたアンは、驚きの声を上げて嬉しそうにしていた。


俺はそんな2人を眺めていると、ロークが話しかけてきた。


「剣技を教えているとのことでしたが、弓術もシルド様が指導されているのですか?」


「いや、それは弟子の自前だ。故郷に居た頃から使っていたそうで、かなりの腕前を持っているぞ」


「そうでしたか。部隊在籍時から、シルド様があらゆる武具を使いこなすとお聞きしておりましたので…」


そして、会話はそこで一度途切れた。


終始楽しそうにエルと話すアンに、満更でも無さそうなエル。


「わぁ…!本当にお耳が長い…!」


「まぁ、エルフですから。少しくらいなら動かせますよ?」


この程度の交流であれば、エルには何の問題も無さそうだった。


耳を触らせているのも、友好の表れと言えるだろう。


「…貴方と彼女の目には、何か関係があるのか?」


少し聞きづらい話題ではあったが、どうしても何か繋がりがあるように感じたので、聞くことにした。


「ええ。私達が同じ分隊に所属していた時の話になりますが、彼女を魔物の攻撃から庇おうとしたら、間に合わず終いで…私は左目を失って、彼女は失明していないものの、物体のほとんどが正確に見えないそうです」


「ああして、濃色の布で目の周りを覆っていないと、光物が突き刺さるように痛むとも言っていました」


それを聞いた俺は、仲間のことを考えていた。


お互いを庇い、庇われなかったら、俺は左腕ではなく命を落としていたのではないかと。


そして、俺が抜けた今の魔王討伐部隊では、その配慮すらできないのだと。


部隊を抜けた俺には、彼らが生きるか死ぬかのどちらかだけを、不安でかき回されながら報告を待つしかないのだと、そう考えていた。


「…あれでは、庇ったと言えません。もう直に10年が経ちますが、今でも後悔しています。もっと自分に力があったら、と」


(それは……)


彼は、俺と同じことを考えていた。


ベッシーを失った時に、歯を強く噛み締めていた俺と、全く同じことを考えていたのだ。


そして俺も、今でも後悔している。”たられば”を考えている。


それに加えて、今は仲間の安否に”たられば”を見出し、仲間の訃報が無いことに一喜一憂する。


(………)


俺は、ある考えで思考が揺れていた。だが、それはあまりにも遅すぎる。


俺は既に衰えている。強さが半減と鈍っている今、それを行動に移すのは死を覚悟しなければならない。


「…彼女がどう感じているにしろ、貴方がどう思っているにしても、貴方の行動は道徳的に正しい」


哀愁を漂わせているロークに、俺はそう答えた。


「私も左腕を失っているが、仲間が居なかったら命を落としていたのかもしれない。私の意見としては、命を救ってくれた仲間には感謝している」


「ははっ…ありがとうございます」


口下手な俺の、言葉の真意を汲み取ってくれたのか、ロークは笑みを浮かべた。


その後も、社交と言う名の雑談はつつがなく続き、遅くなった頃に会場を後にした。


彼らは笑顔で別れの挨拶をしてくれたが、俺はまた一つ、新たな悩みを抱えるのだった。



──その日の夜 宿の一室にて


「うぅん……」


社交界から帰ってきた俺達は、眠る準備を進めていた。


エルは良い感じに酔っているのか、自分のベッドに仰向けに倒れ込んでから、一切動こうとしない。


「今日は疲れただろう。初めての社交界で、昨日は戦場に駆り出されていたんだからな」


「疲れたわよぉ…」


もう話す気すらないのか、眠そうな声と共に顔を枕に埋めた。


「忙しい連日だったし、そうだな……2日休んでから、イエーヌスノーに行こう。スノウクロウに頼りたい」


「イエ…?」


「細かい話は、明日になってから話そう。目を開けないで話すほど、かなり眠たいようだしな」


そう言われたエルは、シルドの方に向けていた顔を枕に戻し、眠気に身を任せるのだった。


最後までご覧いただき、ありがとうございます。

詳細告知などはX(Twitter)まで!

https://x.com/Nekag_noptom

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