38.Feel my heart race
そのざわめきは、意外にもすぐに落ち着き、犯行の類ではないことが分かった。
ざわめきの中心人物が誰なのかと視線を送ってみると、ジュリア王の姿が見えた。
俺は、即座に身だしなみを整えた。
(そういえば、会場で報酬が手渡される話だったな)
ロズテッサに言われたことを思い出しつつ、身だしなみの確認を完了させた。
「お待たせしました、シルド様」
目の前に来たジュリア王は、かなり豪華なドレスと装飾品を身に纏っていた。
目に見えて連れている従者は2人。兵士1人と、ロズテッサが付いていた。
チェンバスは、恐らく人目に付かないどこかから見守っているのだろう。
「ご足労いただき、恐れ入ります」
頭を下げようとすると、人目に付くからという理由で、ジュリア王に制止を掛けられた。
「私は、社交を目的としてこの場に来たのです。流石に伏兵も込みで、ですが。さぁ、こちらが報酬です」
すると、兵士が手に持っていた箱を開け、中の報酬を覗かせてきた。
俺は、それを受け取ると共に、ジュリア王に感謝の言葉を述べる。
「シャーレティー様は、まだお越しではないのですか?」
「着替えに手間取っているのでしょう。私だけ、先行の馬車で到着しました」
ジュリア王は頷くと、バーテンダーに飲み物を要求した。
「それでしたら、少しだけ、私とお話しませんか?」
「お話、ですか…私に、ジュリア王を満足させられるほどの、お話ができるとは思えないのですが…」
「実は、これでも童話や、おとぎ話が好きな性分で…紛争鎮圧でのお話などを、聞かせていただきたいのです」
(紛争の話…?)
童話やおとぎ話とは、似ても似つかないような話になると思うが。
「我が軍の兵士達ですが、彼らはどうでしたか?死者は居ないと聞きましたが、負傷者はそこそこ居るとの報告があったので、兵士達の顔ぶれが心配で…」
王にしては、かなり自軍の兵士を気にする御方だ。
王という立場であれば、兵士一人一人など顎で扱える駒のようなもの。無意識にでも、ぞんざいな扱いになっておかしくないはずだが、ジュリア王はかなり大切にしている様子だった。
「戦争とは違い、ガラス瓶の破片や、死傷にならない程度の負傷者達が、数名居ました。戦争ではないはずなのに、戦争以上に惨く感じました」
「紛争の鎮圧は、今回が初めてですか?」
「ここまで深刻なものは、初めてでした。ここまで深刻化した原因も、敵がかなり大きな団体だった所為ですが…」
ヴァンタス・ロター・タム。彼らはそう名乗り、その統率者4人も、今はフェアニミタスタの監視下にあるとのこと。
まだ日が経っていないからだろうが、彼らは”微笑の女に雇われた”ということしか口を割っていないらしい。
「シルド様が戦ったという、統率者の4人達は、手強かったですか?」
「そうですね…ただのならず者では、ありませんでしたから。彼らなりのチームワークが無ければ、もっと早く鎮圧できていたでしょう」
「そう仰る割には、兵士達からは”圧倒的だった”との報告もありましたよ」
流石に報告されているか。あの時の俺は、正気を失った状態で戦っていたからな。
「引退しているとはいえ、あの程度の者共に負けては、ジュリア王に顔向けができませんから。支援任務を勅令したことにも、恥をかかせてしまうことになりますので」
それを聞いたジュリア王は、少しだけ微笑んだ。
「ジュリア王、そろそろお時間かと」
従者の兵士が、ジュリア王の耳元で囁いた。
「では、私はこれでお暇させていただきます。もっとお話を伺いたいところですが、公務が残っていますので」
「承知しました。また困り事があれば、いつでもお呼びください」
そして、束の間の会話は終わった。
まだ会場に来てから、20分も経っていない。
ジュリア王の後には、従者である兵士はもちろん、ロズテッサとチェンバスが続いていた。
結局の所、チェンバスは俺に真相を問いたかっただけなのか、危害も加えず、一瞥も無しに去って行った。
「………」
ジュリア王と接したことで、余計に目立ってしまったのか、好奇の視線が更に増した気がする。
そんな視線に、流石に嫌悪の感情が芽生え始め、まだ誰とも話していないというのに、テラスへと向かってしまう。
どうせ、外の空気を吸ったところで、この感情がリセットされるわけでもないというのに。
「ジュリア王。本当によろしいのですか?まだ5分も会話していないと思うのですが…」
馬車へと向かうジュリア王の後を追いながら、ロズテッサは尋ねた。
「ええ。彼がフェアニミタスタの敵になることは無いと、確信できましたから」
ジュリア王、ロズテッサ、チェンバスの3人は早歩きながら、シルドの処遇に関して議論を交わす。
「私には、まだ会話は不十分だと思えたのですが、あの少ない時間で、彼に何を聞いたのですか?」
「道徳心を伺いました。貴族は偏りが激しいですが、彼は孤児院出身故なのか、かなり常識を弁えた方に見えましたよ?」
「わ、私が申したのは、そういうことではなく…!」
ジュリア王は、ロズテッサにそう言われることを知っていたかの如く、即座にチェンバスに声を掛けた。
「チェンバス?貴方はどう思いましたか?」
少し考えた後に、チェンバスは口を開いた。
「…現状の話であれば、奴がフェアニミタスタを襲撃する可能性は、皆無に等しいでしょう。でなければ、今も諜報部隊で活動していたはずです」
「だそうですよ、ロズテッサ」
「………」
何か言いたげな顔をするロズテッサだが、上司のチェンバスとジュリア王の手前ということもあり、まともな論を帯びた反対ができなかった。
「貴女の言っていることも分かります。ですが、彼がいくら元軍人、世界最強と言えど、ただの子供である他ありません。そんな子を、政治と言うしがらみで囲いたいとは思いません」
その言葉を聞いたロズテッサは、同義を思ったのか、少し気持ちを落ち着けているようだった。
「それに、臣下との会議に持ち出すとなると、必ずフェアニミタスタにとっての利益を求める意見が出るはずです。そんな臣下を納得させるためには、こちらも一考を要するのです」
「だとすると…そうですね……」
ジュリア王は歩みを止めずに、何かを考えているようだった。
「…では、今から1年ほど、彼を見守ってみるのはどうでしょう?鎮圧に赴いていた兵士達の声からも、彼の脅威度は十分に理解しています。チェンバスが負けたほどですし」
その言葉を聞いたチェンバスは、沈黙を破って食い気味に割り言った。
「奴に負けたのは一度だけです。稽古のように正々堂々と戦えば、二度は負けません」
「頼もしくはありますが、あの時、彼を先見したのは貴方だと伺っています。その場合は、正々堂々ではないのですか?」
「……奴はナイフで、私は長剣でした」
表情には出ていないものの、チェンバスはバツの悪そうな雰囲気を出しながら反論した。
「近接戦のナイフは、剣に勝るということですか。私も稽古をつけられていた身故、それは存じていますが…」
「………」
”近衛兵隊長として、それはどうなのか”。
ジュリア王とロズテッサは、そんな爆弾発言を堪えたあまり、少し気まずい雰囲気が漂うのだった。
そんな雰囲気を破るように、ようやく建物の出入口を潜れたと思うと、そこにはエルフの少女が居た。
「じゅっ、ジュリア王…!?」
「おや、エルフォレストラ様。私は失礼しますが、会場でシルド様がお待ちでしたよ」
「あっえっと…あーいあうあいあえーっ…!」
王との一対一…いや、もの凄くお偉いさんとの、いきなりの一対三の状況を前に、エルは言葉が全く出てこなかった。
「では、ロズテッサ?今夜は節度を保って楽しむように。私はチェンバスと共に、馬車で帰りますので」
「承知しました。ジュリア王」
君主に敬礼を示すロズテッサと、唯一の知り合いであるロズテッサの傍で、慌ただしく頭を下げるエルなのであった。
「…はぁ……」
ベンチに腰を下ろし、誰も居ないテラスで溜息を吐く。
いくらテラスに出たとはいえ、後ろを振り返れば会場が見える。そのため、喧噪が止むことはない。
耳を塞ぐこともできない俺は、夜空に浮かぶ満月を見て、その喧噪を気休めることしかできなかった。
(…結局、人前は苦手のままだな)
ベルニーラッジを出た理由は、人々の喧噪が理由だった。特に、英雄として持ち上げられる声が嫌だった。
今でも、ほとんど変わっていない。ベルニーラッジから、かなり離れているこの国でも、俺を英雄と呼ぶ者は居る。
結局、俺が1年を掛けて取り戻したものは、何も無かった。
最近になって、ようやく剣を振れるようになったものの、全盛期の勢いには届かない。ラッシュ・アウトもそうだ。
以前は、2つの剣でラッシュ・アウトを繰り出していたが、今は1つに減ってしまった。
当然、ラッシュ・アウトで繰り出せる斬撃数は半減し、2つの剣で出る斬撃を1つに収束させて、最高火力を出す技も使えなくなった。
(気に入っていたんだがな…)
軍人として戦っていた当時の数少ない楽しみは、新しいスキルの開発や既存の物を改造し、戦闘で活用する事だった。
”奥義ラッシュ・アウト”。
本来であれば、ラッシュ・アウトは今ほど小規模ではなく、当時のシルドが奥義として使うほど、絶大な規模で使うものだった。
その”奥義”こそが本物のラッシュ・アウトであり、異常規模だったが故に名を馳せたこともある。
目撃者が居ようとも、同じ士官学校を出た仲間に聞かれようとも、”奥義”のラッシュ・アウトだけは教えなかった。
教えた所で扱えるわけでもないが、自分にしか使えない、知らない、特別な何かを持っていたかったんだ。
(この秘密は、レイネに影響された所があるんだったな。懐かしい…)
レイネは、”とっておきは、取って置くもの!”とか意味の分からないことを言いながら、俺達にも隠し玉を持っておくように言っていた。
(そう言ったレイネも、俺とアルサールが知らない技を隠しているって、自慢気に言ってたんだったか?)
満月を眺めながら、1年前に思いを馳せていた。
すると、背中に指先で突かれる感覚が伝わり、俺は気安く後ろに振り返った。
「………」
そこには、グラスを片手に持ったエルが立っており、何故かは知らないが、俺が振り返っても無言のままだった。
緑色のドレスと手袋に、琥珀が光る緑の布地の髪留めを着けており、緑で統一されたその姿は、”森の妖精”の名の通りだと感じた。
「…来たか。もう誰かと話したか?」
「………」
エルは、静かに首を横に振った。不思議なことに、ずっと無言を貫いている。
「どうした?具合が悪いのか…?」
俺がそう言って心配すると、エルは神妙な面持ちに変わった。具体的に表すと、`_`といったような顔だった。
(何故、あの時と同じ表情を…?)
その表情は、紛争の鎮圧から帰る時にも見た顔であり、結局の所、何故この顔をするのか分からないまま放置していた。
「い、いや……どう?」
どう?とは、恐らくドレスの感想を求めているのだろう。
「良く似合っている。異名通り、本物の妖精みたいだ」
そう伝えると、エルの表情が変わり、ほんのり笑みを帯びているようだった。
「そ、そう?…じゃあ、音楽に合わせて踊ってみちゃう?」
「!」
すると、先ほどまでの変な表情とは打って変わり、急にエルが体を寄せてきた。
肩を寄せるのではなく、真正面を向いた状態で体を寄せられたものだったから、思わず距離を取ってしまう。
「な、何よ?」
一度距離を取ったというのに、エルは強引にその距離を埋めてきた。
その手法も、今度は後ろに下がれないようにと、俺の服を掴んだ状態で歩み寄ってきた。
「…酔っているのか?」
普段とは違い過ぎる態度を見て、流石に疑いを隠せなかった。
「どうかしらね。そうなんじゃない?」
口調も表情も、酔っているようには見聞きできない。
(体温が伝わってきて…熱いな)
こんな風に体を寄せられたことが無い所為か、エルの体がかなり熱く感じた。
そもそも、何でこんな状況になっているのかが分からない。
「…満足か?離れてほしいんだが」
「……好きな女の人とか、居るの」
エルはこちらを見ることもなく、言葉に疑問符をつけることもなく、平坦な声調で聞いてきた。
「好きな人と言うのが理解できない。あと、この状況も分からない」
運の良い事と言うべきか、テラスの付近には誰一人として居ない。
ロズテッサの開いた社交界ということもあり、著名人が多く訪れているのだろう。その所為か、会場に来ている誰もが機会を逃すまいと、息巻いて交流に勤しんでいるように見える。
「単純でしょ。この人と一緒に居たいとか……結婚したい、とか」
エルは息詰まりながらそう言うが、一緒に居たいと思ったのは、子供の時にベッシーくらいしか居ない。
「強いて言うなら、前に話したベッシーだな。会いたいという意味でだが」
「…そういうことじゃなくて、この人が他の人に盗られちゃうとか、そう考えて、嫌だと思う人は居ない?」
かなり詳細に聞いてくるので、俺も一度、しっかりと考えてみる。
「……居ないな。軍人だったからか、恋愛の話は全く分からない」
「…あっそう。なら、大丈夫そうね」
エルがそう言うと、俺の上着にしがみ付く力が一層強くなったように感じる。
「なぁ、熱いんだが…」
エルの鼓動が鮮明に感じられるほど、体を寄せ付けられている俺は、もはや”暖かい”ではなく、”熱い”と感じる領域に来ていた。
「静かにして。今、すっごく良い感じなんだから…」
(何がなんだ…)
理解できない回答を貰った所で、不思議な状況のまま、俺は月を見上げた。
先ほどのエルの声は、少し笑んでいるようにも聞こえた。
(確かに、月は美しいが…)
シルドは、今の状況がシュールだと思った。
満点の星空に、輝く満月。その下で開かれる社交界。会場のテラスにて、抱擁(?)を交わす師弟。
シルドは、客観したその状況を、”何をしに来たんだ?”と思った。
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