37.社交界で踊らない
「それじゃあ、完成したら届けるからね!」
剣の制作準備も終えて、オーダーメイドの費用を支払った後に、俺達は店を出た。
「1300枚の…金貨…」
エルの呟いた通り、支払いは剣と弓を合わせて、金貨1300枚だった。
これがどれほどの値段かと言うと、豪邸を立てた所に広い庭が付いてくる値だ。
「お前の金でもないのに、そんなに衝撃的だったか?」
返事が返ってくるかも危うい状態に見えたが、意外にも返事は直ぐに返ってきた。
「当たり前よ…富豪の額よ…?」
細々と、掠れた声でエルは言った。富豪の額と言うのには、同意できるのだが…
「まあ、そうだろうな。オーダーメイドの初期費用が金貨100枚なんだ。全体を大きくカスタムしたから、相当の値段だとは思うが」
サイズを調整するくらいであれば、普通は初期費用だけで済む。
上質な素材を指定した結果、初期費用の100枚から数百枚を足され、弓が600枚で剣が700枚の、合計1300枚だ。
俺のガントレットが800枚だったことを知っているのだから、そこまで衝撃は受けないと思っていたのだがな。
エルの様子を眺めていると、ふと言い忘れていたことを思い出した。
「…そういえば、紛争の鎮圧中に起きた、あの現象の話をしていなかったな」
そう話題を振ると、エルは調子を取り戻し、話に食い付いた。
「すっかり忘れてたわ。何で、あんなことになっていたの?」
「いや、原因は分からない。だが、少し気になることがあった」
「どんなこと?」
少し間を置いて、頭の中を整理してから口を開いた。
「…多分だが、森の声が聞こえていた。……気がする」
エル自身が以前に仮説していたためか、驚いたような感じではなかった。
「何で、そう思うの?」
「…今も記憶が混濁しているが、身の危険が知らされていたような気がするんだ。何か、色々な人の声が、聞こえた気がするんだ」
この言葉には驚いたのか、エルは顔色を変えた。
「ほ、本当に?そう聞こえたのは、いつ?」
「統率者達と戦っている途中から、お前が助太刀に来るまでだ。…多分だが」
それを聞くと、エルは再び考えるような姿勢に変わった。
(私が話しかけたら聞こえなくなった…確かあの時、私が話しかけてからは、それまで様子がおかしかったシルドも、いつも通りに戻っていたし…)
(森の声は、自分への脅威度が高ければ高い物事ほど、勝手に聞こえてくる。エルフ種限定で聞こえるというのが前提だけど、シルドが身の危険を知らされていたっていうのは、多分間違いじゃない…)
「……おい、大丈夫か…?」
声を掛けるも、エルは考え込んだ姿勢から変わらない。
「…できれば、故郷の呪術師に聞きに行きたいけど、まだ返事がないし…」
「前にも言っていた人か。俺も、あの現象が良い物とは思えない。詳しく分かる人が居るのなら、頼ってはみたいが…」
それを聞いたエルは、同義と言うような顔に変わった。
「…思ったんだけど、あの現象を”あの現象”って呼ぶの、少しややこしくなってこない?」
「確かにそう思うが…他に分かりやすい呼び方はあるのか?」
息を吐く間もなく、エルは答えた。
「シンプルに”獣”なんてどう?バーサークみたいだし。というか、バーサーク以上に野生の獣感で溢れているし」
「獣…あまり呼ばれて嬉しいものではないが、呼び方として受け入れよう」
そのまま会話を続ける俺達は、腹を満たすために市場へと向かうのだった。
──その日の午後 リヴァイン邸の前にて
「お…大きいわね」
「近衛兵かつ、貴族の出身だそうだからな。納得できる豪邸だ」
目の前に、立派にそびえ立つ豪邸を眺めながら、俺達は直立していた。
正確に言うと門前なのだが、門の鉄格子を遥かに超える大きさの家に、目を奪われてしまっていた。
「見張りの人とかも居ないみたいだし、どうやって入れば……ん?」
エルが門の周りを探っていると、門柱の目線の高さの所に、意味有り気な突起部分を見つけた。
(魔法が使われてる…?何かのスイッチかな)
その突起部分に触れたかと思うと、家の方から籠ったチャイムの音が聞こえた。
そして、数秒待っていると、制服を着た男女の2人が出てきた。
「お待ちしておりました。シルド様、シャーレティー様。私は、ロズテッサ様に仕える執事長の、ワードと申します」
「私は、メイド長のワシューと申します。ロズテッサ様の命により、僭越ながら、私達がドレスコードを整えさせていただきます」
その2人に先導され、俺達は続いて邸宅の中に案内された。
(す、凄い…本物のメイドが居て、当たり前のように家の中を整えている…!)
続いて歩く内に、廊下で何人ものメイドとすれ違ったが、その度に会釈をしてくれた。
この廊下だけで数人出会ったとなると、この豪邸には一体何人の使用人が雇われているのだろうか?
「シルド様は、こちらに」
「シャーレティー様は、こちらへ」
廊下を進んでいると、俺達は分けて呼ばれた。俺は左側の部屋に、エルは右側の部屋に案内された。
指示に従って部屋に入ると、そこには様々な衣服や装飾品が並べられていて、いかにもな”身支度を整える部屋”だった。
「お好きな衣服の種類などはありますか?何でもお申し付けてくだされば、必ずやご用意できるかと」
「…あまり、目立たないような物を選んでほしい。特に好きな物は無いが、似合いそうな物を頼む」
「畏まりました」
ワードはそう言うと、俺の体を簡単に触診した。
その一連が終わった後、俺の前に来ては、頭から足先まで容姿を確認し、衣服の選別に取り掛かった。
一目見ただけでコーディネートが決まったのか、手に取った衣服と俺を一度も比較することなく、流れるように机の上に衣服を並べていった。
そうして10分も経たない内に、俺は選別された衣服を身に纏っていた。
「良くお似合いですよ。鏡をご覧になって、何かご不満な点はございますか?」
そう言われて、俺は持ち出された姿見で自分の容姿を確認する。
「このマント…流石に、少し目立たないか?」
一番にして、唯一に思った物が、赤い布時に金の刺繡が施された、左肩から提げているマントだった。
「とんでもない!これでも、最も落ち着いた装飾かつ、シルド様を最大限に表現したつもりなのですが…」
「赤いマントと言うと、俺は王族の象徴のような気がするのだが…違う意味があるのか?」
「はい。シルド様が左腕を失くされた際の、魔王討伐部隊の一員として勇敢に戦っていた、ということから選びました。名誉ある部隊に所属してたことと共に、魔王討伐部隊への選別には、ベルニーラッジ国王のお目にもかかると伺っています。これほどの装飾であれば、誇張にはならないかと」
その説明をされた俺は、それくらいならと、頷くことしかできなかった。
結局はそのまま流され、身支度部屋から出る。
「それでは、シャーレティー様より先に会場に向かえるよう、馬車を手配しましたので、外までお送りいたします」
「何故、エルより先に行かなければならないんだ?」
俺がそう聞くと、ワードは少し笑いながら答えた。
「なに、淑女のドレスを相応しくない場所でお目にするべきではない、というだけです。共に会場に現れるというのも、変に関係を想像されてしまう可能性があるので…」
(そういうものなのか…)
それを一種のマナーとして納得し、俺は先に邸宅を出た。
──社交界の会場にて
(本当に着いてしまった…)
馬車から降りてすぐ、出入口付近がガラス張りになっている賑やかな建物を前に、俺は立ち尽くしてしまった。
この建物が誰の所有物なのかは知らないが、間違いなく高い建設費が掛かったはず。
(中の様子が少し伺えるが…かなり賑わっているな)
ボーっと建物を眺めていると、入り口からロズテッサが出てきた。
赤く、煌びやかな装飾が施されたドレスに身を包み、宝石が使われた髪留めにも目が留まる。
「ようこそ、お出で下さいました。シルド様本来の優雅さが感じられて、とてもお似合いだと思います」
「そうだろうか…俺は、君ほど赤が似合う人間ではないと思うんだがな」
そう言いながら、相変わらず視野の端で存在感を漂わせている、赤いマントを確認した。
「ふふっ。そう自分を卑下する必要はないと思いますよ。さあ、どうぞ中に入ってください。以前お話しした、友人達をご紹介します」
近衛兵ではなく、貴族らしい振る舞いをするロズテッサに先導され、俺は会場内に入って行った。
賑やかな人混みの中、向けられる好奇の視線を浴びつつ、会場内のバーに到着した。
(…1年が経ったとはいえ、やはり人混みは慣れないな)
未だ向けられる視線を感じ、除隊してすぐの頃を思い出していた。
「おや…おかしいですね。ここで待ち合わせの予定だったのですが…」
カウンターには、ロズテッサの言う友人達がいないようだった。
ロズテッサは探してくると言い、俺はここで待つようにと指示された。
仕方ないので、バーでノンアルコールの飲み物を頼み、そのままカウンターで待つことにした。
「………」
会場内は、人々や楽器の喧噪で溢れ返っていた。
それは、会場の前に着いた時から分かっていたことだが、相変わらずあまり好きな空気感ではない。
エルの他に、俺自身もこの空気に慣れるために参加を決めたが、今の時点で既に無理そうだ。
(この会場を後にする時、俺は正気を保てているだろうか…?)
出されたグラスの中の液体を眺めながら、ほんの少しの時を過ごした。
グラスを眺めては飲み、眺めては飲みを繰り返していると、知らぬ男が声を掛けてきた。
「社交界でひとり酒か?ファングネル」
唐突な声掛けだったので、急ぎ気味に振り返ったそこには、昔に見た顔があった。
ただ、一度しか会っていない上、まともな出会い方ではなかったが。
「チェンバス隊長…でしょうか?」
近衛兵隊長チェンバス。つまり、フェアニミタスタの騎士における、トップ中のトップという存在だ。
「この後にジュリア王がお見えになるため、扮装した状態で警護に当たっている。人々に背を向けるとは、社交界が苦手か?」
「ええ。苦手になってしまった、と言う方が正しいかもしれませんが」
フェアニミタスタ軍のリーダーとも言える存在で、本来であれば、彼が俺に話しかけにくる理由は無いはず。
声色からしても、友好を深めるために話しかけたわけではなさそうだ。
「腕を失って除隊してから、何をして過ごしているんだ?」
「出戻り修行を含め、拠点を決めるために各地を巡っていました。最近になっては、弟子にも恵まれた次第です」
「エルフの弟子を持ったと聞いている。何故、剣を使うエルフが居るのか疑問だが…」
そして、互いに無言になった。
彼の目的が何なのか、大体察しが付いている。
それが原因で気が抜けず、態度には表さないものの、彼の一挙手一投足に注意を払っていた。
「私を負かしたようには見えないな」
「………」
(やはり、意識していたか)
彼はボソッと独り言のように言うと、持っていた酒を一気に飲み干した。もはや隠せまい。
微笑の女が言っていた、”近衛兵とナイフ戦になった”というのは、この人が相手だった。
諜報には成功したが、その帰り道で、大ハズレを引いてしまったのだ。
「何をおかしなことを…軍人として、確固たる地位を築いた貴方の右に出る者など、存在するはずありません」
「あの時の侵入者がファングネルだと、今のお前を見て確信できた」
こちらに視線を向けないが、あくまで俺が犯人だと思っているようだ。
「その荒んだ雰囲気が、あの時と全く同じだ。体格もだが」
この話題を続けているにしては、少し不思議に思う所があった。
それが、直接俺に詰め寄るのではなく、あくまでカウンターで隣り合っているだけで、正面切って話しているわけでもなかった。
大事にするつもりはないのか、他人には聞こえないように話している。
「本物のナイフで切られて、俺は死んだと思っていたが…刃の無い、混乱と気絶の魔法が掛けられたナイフだったとはな」
「何のお話かは分かりかねますが、お体に支障が無いようで何よりです」
俺がそう答えた瞬間、会場の入り口の方からざわめきが聞こえた。
チェンバスは即座に確認に向かい、俺とは目を合わせることもなく別れた。
結局、俺と彼が目を合わせたのは、最初に声を掛けてきた時だけだった。
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