36.私が作りました
紛争の鎮圧から帰還し、その翌朝。
私は、窓から入る日差しで目が覚めた。
「ん……」
実を言うと、昨日の寝る前の出来事は、ほとんど覚えていない。
(確か…図書館から宿に戻ってきて、シルドはまだ帰ってきてなくて……?)
疲労のあまり、夕飯を食べる間もなく寝てしまったことを思い出した。
隣のベッドで寝ているであろうシルドを確認すると、珍しくまだ寝息を立てているみたいだった。
(宿に泊まった、初日の朝にも同じようなことがあったよね…)
再び寝顔を拝んでやろうとシルドに近付くが、今度は深く眠っているように見えた。
”深く”眠っていると言うのはおかしいかもしれないが、普段は警戒のために浅い眠りの状態でいることが多いシルドが、ちゃんと寝ているということを新鮮に感じていた。
(顔を覗き込んでも起きない…!カワイイ!)
通常であれば見るはずもなかった、シルドの”本当の寝顔”を見てみると、私は無意識の愛嬌に心を射止められてしまった。
17歳。つまりは、大人の一歩手前と言ってもいい年齢だが、その寝顔だけは違った。
力を抜いて、完全にリラックスしているシルドの寝顔は、子供と言うべき顔をしていた。
(すやすや寝息立てちゃって…)
顔に掛かったボサボサの髪も含めて、やはりシルドは子供なのだと、改めて確認できた。
「ん……ぁ?」
「あっ」
調子に乗って、シルドが寝ているベッドに腰掛けた挙句、頭を撫でていたら、シルドを起こしてしまった。
寝起きが悪いのか、シルドは腑抜けた声を出しながら周囲を確認した後、不思議そうに私を見つめた。
「ご、ごめんね。起こしちゃった?」
「いや……」
私はベッドから離れ、自分の浅はかだった行動を反省する。
シルドはまだ意識がはっきりしないのか、そう言ったきり、再び体をベッドに預けた。
(寝起きが悪いのかな…?)
明らかにまだ眠そうな態度のシルドだが、ちゃんとした睡眠をとると、こうなるのだろうか?
眠い目を擦り、のそのそとした動きで体を起こしたシルドは、相変わらずに装備の確認、整備を始めた。
私も自分のベッドに戻り、自由にしていた髪を纏めようとしていた。
「今日は、午前中に装備店に行って、午後はロズテッサさんの社交界…でいいのよね?」
「…あぁ……」
確信に変わったが、どうやらシルドはちゃんとした睡眠をとると、このように寝ぼけが発生するらしい。
シルドは朝が弱いという新事実を知り、少し嬉しくはなったものの…
(こんな状態で、今日一日大丈夫かな?)
同じくして、少し不安にもなった。
──装備店にて
フェアニミタスタの街並みに溶け込むほど、小綺麗な装備店へと足を運んだ2人。
「いらっしゃい!おっ。シルド様と、そのお弟子さんじゃないか!」
「優待券を使って、オーダーメイドを頼みたいのだが、できるか?」
「もちろんだ。じいちゃん!オーダーが入ったぞ!」
店主の男がそう言うと、店の裏の方から立派な白髭を蓄え、鍛冶師のエプロンをかけたスキンヘッドの男が出てきた。
ちなみに、店主の男もスキンヘッドで、2人とも同じく筋骨隆々。瓜二つだった。
「…作って欲しいのは、どっちだ?」
逞しいその男は、俺とエルの両方に視線を送り、オーダーメイドの対象者を聞いてきた。
「弟子の方だ」
俺はそう言いながら、エルを差し出す。
「お、お願いします…!」
じいちゃんの存在感に圧倒されているのか、エルは緊張気味に畏まった。
「エルフの女か…ばあさんも呼んだ方が良いだろう」
店主にそう伝えると、じいちゃんは店の裏に戻って行った。
恐らく、店の裏に工房があるのだろう。
(”じいちゃん”に”ばあさん”…店主の男の祖父母ということか?)
じいちゃんが威圧的ではあったが、家族で経営しているという点を見ると、仲の良い関係なのだろう。
しばらくその場で待っていると、同じく店の裏から初老の女性が出てきた。
「どうも~。英雄さんに、お弟子さんだね?」
表れるなり挨拶をしてくれたばあさんは、先ほどのじいさんとは違い、明るく社交的な女性だった。
「オーダーメイドは、お弟子さんの方で間違いないかな?」
「はい。お願いします!」
じいさんの時とは違い、ばあさんに声を掛けられたエルは、元気良く答えた。
鑑みると、じいさん相手には、よほど畏まっていたらしい。
「それじゃあ、こっちにおいで」
ばあさんが先導し、店裏のオーダーメイド制作専用のスペースに連れられた。
店の裏は案外広く、もう少し向こうの方から金槌で鉄を打つ音が聞こえる。
「先ずは、どういう武器が作りたいのか教えてくれるかい?」
「片手剣と、弓です」
「了解。すると、これだねぇ…」
ばあさんは奥の方に飾ってある、サイズ別の片手剣と弓の型を持ってきた。
剣が3つ、弓が3つと合計6つの型が並べられ、選り取り見取りの光景が広がった。
「この中から、自分に一番合うと思う物を選んでおくれ。そこからサイズの微調整をしよう」
「なるほど…そうすると、これかな……?」
エルは迷いなく型を選び、手に取った。
「持った感じは、どうだい?今使ってる武器から、型を取ることもできるからね」
「え、本当ですか?そしたら、この弓通りに作ってほしいんですけど…」
エルは提げていた弓を取り、ばあさんに渡した。
ばあさんはしばらく弓を眺めた後、口を開いた。
「これは……凄いね、精霊樹の木材で作られている。それも、ここまで純度が高いものは、初めて見たよ」
「精霊樹…?昔から使ってた弓っていうだけですけど、特殊な木材が使われているんですか?」
「ええ。これは魔法の伝導性が高くて、丈夫な上に燃えにくい。この木から切り出した、魔法使い用の杖が幾らするか、知ってる?」
聞かれた俺達は、揃って首を横に振る。
「500はするよ。ノンオプでね」
「ご、ごひゃく…」
エルはドン引きしていた。
一方で俺は、レイネが使っていた杖を思い出した。
(確か、レイネの杖も精霊樹だったような気がする。杖に鉄のカバーを施していたが、あれは幾らしたんだ…?)
魔法使いの弱点。それは、敵を引き付けてしまうこと。
その弱点を克服しようと、攻撃力はないものの、自衛くらいはしたいとレイネは言っていた。
要するに、杖で相手の攻撃を防げるようにしていたんだ。
「じゃあ、型はこれを模倣する感じでね。最後に、素材は何を使う?運の良い事に、精霊樹は今朝入荷したばかりだよ」
「素材……」
(できれば、同じ素材を使った方が良いんだろうけど…私の予算って、金貨100枚だから無理じゃない…?)
呟くと、エルは考え込む姿勢に変わってしまった。
エルの考えていることが容易に想像できた俺は、話に割って入ることにした。
「上級冒険者が扱うようなものを持たせたいのだが、その要件を満たすとしたら、素材や必要な資金は幾らになるんだ?」
(えっ)
私は驚いた。
ここに来た目的が、オーダーメイドを作るためとしか思っていなかったからだ。
上級冒険者と同等の弓を持たせてもらえるとなると、隠しきれない高級感や、特有の機能を備えた物にもなるはず。
「う~ん…何かを薦めるっているのは、ズル稼ぎを狙っていると思われちゃうから、あまり気が進まないんだけどね…ぶっちゃけて言うと、全て最高値の物を選ぶことになるよ。ウチで用意できるものなら、600はするだろうね」
「構わない。金は度外視した上で、実用的かつ、こいつの要望に応えた物を用意してほしい」
「…へぇっっ………?????」
私の反応と共に、消え入る驚きの声が出た。
「えーっと、それじゃあ…精霊樹は確定で、弦には天馬の鬣か、アヅマ麻か……」
ばあさんはぶつぶつと呟きながら、素材を取るためか、辺りの棚を物色し始めた。
この隙が好機と見たのか、エルが即座に話し掛けてきた。
「ちょ、ちょっとシルド、本当に良いの?金貨600枚よ?大金よ???私が稼いだ100枚に、500枚を重ねて届く値よ?」
「別に、特段気にすることでもないだろう。元から、お前の稼いだ100枚には期待していない」
「ウ゛っ…」
私は、心が傷付いた気がした。
それに構わず、シルドは続けて言った。
「その100枚は、自分のために使え。今回のオーダーメイドを除いてな」
「えっ何?掛かるお金全部をシルドが払うの?じゃあ、私が金貨100枚を稼いだ意味って何なの??」
混乱が極まっているのか、エルは口調が崩れていた。
「訓練のついでだ。金貨100枚も稼げれば、自分の拠点として家を建てることくらい、そう遠くないように感じるだろう?」
エルは、あまり納得できないような表情をしていた。
納得させるためではないが、俺は続けて話した。
「…お前を仲間として認識した以上、簡単に死なれては気に障る。死ぬか、装備に助けられるかであれば、装備に助けられた方が、俺にとっては有益だ。そのためなら、金は惜しまない」
「は、はあ…」
何だか、少し恥ずかしくなってきてしまった。
後半こそ理解し難かったが、”簡単に死なれては気に障る”という言葉を聞いて、私を仲間として大事にしていると言われているような気がして、上手く言葉が出てこない。
「あ、ありがとう…?」
ようやく出てきた言葉は、珍しくもない感謝の言葉だった。
「気にするな。そんなことより、剣のことも考えておけ。弓より、剣の方が気になっていたんだろう?」
「え、よく分かったわね?」
「素振りを見ていたら分かる。あまり馴染まなかったみたいだな」
シルドの言う通り、デカルダの街で買ってもらったこの剣は、購入時こそ手に馴染むような感覚がした。
だが、この剣を使い慣らしていく内に、前の安物の剣の方が使い易かったことに気付いた。
重心が悪かったのか、柄の部分が悪かったのかは詳しく分からないが、剣を振った後に、体を持っていかれるような感覚が残った。
「お待たせ!精霊樹は重たいから後にして、天馬の鬣と、アヅマ麻を持ってきたよ」
箱に仕舞われていたその2品は、そこら辺に置かれている素材より、明らかな異様感を放っていた。
「簡単に説明しておこうか。天馬の鬣を弦に使うと、矢は勢いを失いにくく、他の弦より遠くに飛ばせる特性がある。アヅマ麻は聞き馴染みがないだろうが、東之国の特産品でね、ただ自然に群生していた麻とは思えない強度を持っていて、これを使うと矢の威力が上がるんだ────」
(長話になりそう……)
──弓の制作準備が整った後
「ふぅ…後は、片手剣だったよね?どれが一番合いそうだい?」
ばあさんは弓の型を除けると、片手剣の型を差し出してきた。
「うーん……」
エルは、手に合わなかった今の剣のことがあってか、弓よりも長い時間を物色に割いていた。
10秒は悩んでいたため、俺は声を掛けた。
「エル、今の剣を抜いてみろ」
「え?こ、こう…?」
慌ただしく剣を抜き、それを縦に構える。
「……俺としては、この剣に外見上の問題は無さそうに見えるが…あなたはどう思う?」
俺は、ばあさんにアドバイスを求めた。
「何か、違和感とかがあるのかい?」
ばあさんは、エルに意見を求める。
「振った後に、体が持っていかれそうな感覚が残るんです。握った感じとかは、問題無いんですけど…」
「そうだねぇ……そうなると、剣全体の設計を見直す必要がありそうだ。例えるなら…レイピアとかは、持ったことあるかい?」
「レイピア…無いですね」
「刀身の細いあれなら、流石に軽すぎるだろうけど…持ってくるよ!」
そう言うと、ばあさんは金槌を打つ音が鳴る方へ向かった。
数秒も経たない内に、暖簾の向こうから帰ってくる。
「さあ、持ってみな。出来が悪かった物だけど、ほぼ売り物と変わらないよ」
言われたエルは、恐る恐るそれを受け取り、少し距離を取ってから振ってみる。
「か、軽い…というか軽すぎて、腕を振った方が重く感じるくらいです」
「やっぱりねぇ。それじゃあ、レイピアの細身を参考にしようと思うんだが、両刃で良いかな?」
反応を伺われたエルは、少し不安な様子だった。
「でも、刺突攻撃専用になってしまうのでは…?」
「大丈夫さ。ここで仕事をしていると、君と似たようなオーダーをしてくる人が大勢居るんだ。普通の両刃剣としても使えるように作るよ」
エルは不安が解けたのか、胸を撫で下ろした。
「そしたら、水切か、雷鳥の羽根が使えそうだね。簡単に説明すると、水切は水を切るかの如く、対象を切りやすくする効果を持っていて、剣の切れ味が抜群に上がる。一方で雷鳥の羽根だが、これは聞き馴染みがあるんじゃないかな?人間が未だに制御できない、雷の魔法を使う魔物の羽根で、雷属性を纏った攻撃ができるようになるんだが───」
(またかっ……!)
エルは再び、ばあさんの長話に身を強張らせるのだった。
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