35.番外編 任務報告 026
そこは謁見の間では無く、王の個室。風通しを良くするためか、窓とドアが開いていた。
「ジュリア王」
豪華なドアの傍に、無音を纏ったロズテッサが表れる。
「…戻りましたか」
窓際で夜空を眺めていたジュリア王だが、無音だったロズテッサを察知してか、そう言いながら窓を閉めた。
ジュリア王は振り返り、覇気を帯びてロズテッサの目を見る。
「近衛兵隊 中衛、ロズテッサ・リヴァイン。”任務の報告を”」
ロズテッサが膝を着き、首を垂れて報告を始める。
「任務026。対象は極めて危険です。お手が空いた隙に、臣下の者と会議を開くべきかと」
「どのように危険なのですか?」
「…私が見た景色だけでも、国が傾きます。それでも、対象は余力を残しておりました。本領を発揮されれば、我が軍は塵にすらなれません」
ジュリア王は無言のまま、寝具に腰を掛ける。
「紛争を耐え抜いた者達であっても、対抗できないと?」
ロズテッサは無言を貫き、肯定の意を表した。
「今後、彼が敵対するとは思いますか?」
「…仲間を特に大切にしている様子でした。それらを侵さなければ、あるいは」
ジュリア王はそれを聞くと、少し眉をしかめた。
「それだけですか?」
「問題の点は、本人も無意識の強さである可能性が高いことです。無意識な強さとは、森羅万象の天災に通ずる所があります。万全に備えておけば、損切も容易かと」
「あぁもう…ロズテッサ、勘弁してください…」
心労の籠った溜息と共に、頭を抱えながらジュリア王は呆れる。
ロズテッサは、急に雰囲気が変わったジュリア王を前にして、少し慌てている様子だった。
「ロズテッサ。貴女は彼の人柄を考慮した上で、今と同じことが言えるのですか?」
「し、しかし、国を守るためには懸念が___!」
「今だけは、国に仕える騎士としてではなく、1人の人間であるロズテッサ・リヴァインとして、意見を申してください」
遮られるように言われて、ロズテッサは今日の出来事を思い返す。
「…模範とされるような紳士の振る舞いで、博識でありながらも謙虚さを持ち合わせており、それでいながら完璧ではないという点が、人物としては信頼に値すると思いました……」
口ごもり、誇りある近衛の覇気はどこへやら、モジモジとした態度に変わってしまう。
「私が要求した以上の意見量でしたが…彼に問題は無いということで、よろしいですね?」
「はい……あっ、いえ。それでもどうか、会議を開くべきか御一考頂きたく存じます。明日の社交界まで、僅かではありますが考える時間は十分かと」
緩んだ態度から近衛の覇気を纏い直し、ジュリア王に再三に渡る忠告を伝える。
「…貴女は国の守護において、年齢に似合わないほど数多くの功績を残してくれていますが、それほどまでなのですか?」
ロズテッサは顔を上げ、ジュリア王の瞳を見つめて答えた。
その雰囲気は、真面目である他無かった。
「他に誰が、素手で大岩を砕きましょうか。一体何者が、片腕で乱戦を圧倒できましょうか」
「彼の戦いを見た時、それまで全盛期より劣っていると予想していた自分を恥じました。彼は正しく、”眠れる獅子”です。未だに世界最強なのです」
ロズテッサの真剣な面持ちに、ジュリア王も真面で言っているのだと理解する。
「そして不運だったことは、此度の戦いでは実力の底が見えなかったということです。先述の他に、それらを超える何かができても可笑しくありません」
「何れにせよ、武力として敵対された場合のリスクが図り知れないのです。現在から将来のフェアニミタスタを”続く”と表すなら、彼に敵対された時点で”終わり”です。衰退の余地は無く、瞬時に初めから無かった物のように消されるでしょう」
「………」
ジュリア王はうんともすんとも言わず、唸ることすらせず耳を傾けていた。
「どうか、御一考を。…任務報告、完了しました」
伝え終わったロズテッサは、再び首を垂れる。
「…分かりました、考えておくこととします。貴女も、緊急の任務でお疲れでしょう。よく休息を取るように」
ロズテッサは立ち上がり、ジュリア王の部屋から去って行く。
残されたジュリア王は、数少ない完全に独りの空間で、再び公務の事に思考が巻き戻されるのであった。
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