34.番外編 エルの視点
露店で買ったニンジン飴を食べながら、私は図書館の前に到着した。
(”フェアニミタスタ栄誉図書館”か…)
丁度ひとかけらだったニンジン飴を食べ終え、図書館の開放されている戸を潜り抜ける。
雑音に塗れていた外とは違い、図書館の中は人が散見できながらも静まり返っており、木と紙の匂いに満ちていた。
(不思議な感覚…でも、これだけ人が居ると、レイエナさんを見つけるのも苦労しそうだな…)
上から吊り下げられている、本の種類が書かれた板を眺めながら、とりあえずと学術書の場所を探す。
(ロズテッサさんは勉強してるって言ってたし、学術書の近くになら居るんじゃないかな?)
スタスタと、静かな足取りを意識して歩く。
ここでは私の種族よりも、本の内容の方が気になる人が多いようで、私は一瞥もされなかった。
(故郷の村と似てるかも…別段意識されていない感じというか、自由にしていいんだって感じがする…)
人目を気にする必要が無く、図書館内ではとても落ち着けた。
特異な目で見られる必要が無いからか、人間の文明に触れてから初めてここまで落ち着けた気がする。
(学術書……あった!)
学術書と書かれた板が提げられている所に着き、レイエナさんを探しながらそれとなく歩く。
(流石、栄誉図書館…学術書のスペースだけでも、結構な広さがある…)
今見ただけでも、6人座れるテーブルが4つ用意されていた。ここから見える2階にも学術書は置かれているようなので、見つけるのにかなり苦労するかもしれない。
端から見ていく覚悟を決めて、私は本棚の間を行き来した。
たまに気になるような題名の本を見つけては、目移りしてしまいそうになる自分を抑えて辺りを見回す。
それでも、隅々まで探しても全く見つからなかったため、探している途中に目移りした本を読むことにした。
(席を外しているのかもしれないし、テーブルで待ってれば会えるかも?)
私が読んでいる本のタイトルは、”『絶対悪』と『必要悪』”。
いかにも哲学的な雰囲気を感じたため、思わず手に取ってしまった。
別に、自分も独自の哲学を持っているとかそういうわけではないが、誰かの哲学は雑学や他の視点へと繋がりやすい。
新しい視点を見つけることは楽しいと思うので、その手の本であれば読み続けることはできる。この本には、近年の魔物達への見解が綴られているようだ。
(”人と魔物は、数千年に渡って争い続けているという記録がある。昔は絶対悪と表されていたが、今日に至るまで魔王の発現が無くなっていない以上、これは必要悪になり得るのではないだろうか?”)
筆者は数千年に渡る魔王の不滅性から、魔物と私達はどうあっても共生関係にあるのではないかと語っており、賛否が分かれるような内容が綴られていた。
だが、ここ栄誉図書館に置かれている通り、哲学の本という”一見解を述べるもの”としては優れていると思えた。
魔王も倒されはするものの、人間と同じく数年、数十年の時を経て、別の魔物が魔王として君臨する。この循環が今も続いているというのは、間違っていない。
しかし、魔王と相対する立場としては良い思いをしないことも事実であり、それでも論理的には正しさを感じれるような内容になっていた。
(……ん?)
まだ数十ページしか捲れていないが、ふと視野の端で梯子が動くのを捉えた。
普段であれば誰も確認しないような、別段不思議でもない状況だったが、梯子の下が本棚で隠れていたため、誰が梯子を使おうとしているのか分からなかった。
梯子に使われている木材の軋む音が聞こえ、隠れていた棚から少しづつ見えた頭の髪色は、白だった。
(も、もしかして…っ!)
特徴的な耳も確認できたので、レイエナさんとほぼ確定していながらも胸が高鳴り、私は急ぎたい気持ちを抑えて静かに梯子の元へ寄る。
期待と不安を同時に持ちながら梯子の下に着くと、そこには立ち読み専用のテーブルがあった。
開かれていない状態の本が置かれており、恐らくは今日読む分か、既に読んだ分なのだろう。
「あ、あの…!」
できる限りの小さな声で、レイエナさんと思われる人に声を掛けた。
「はい…?あら?貴女は…」
声に応えると同時に本を取ったその人は、私を見るなり梯子から降りる。
「もしかして、エルフォレストラさん?」
「そうです…!検閲の件ですが、本当にお世話になりました…!」
大きな声が出せないながらも、小声を上擦らせて感謝を述べた。
「わざわざ出向かなくても良かったのに。ごめんなさいね?探させてしまったでしょう」
「いえ、近衛兵のロズテッサさんに教えてもらいましたから。レイエナさんの援助が無ければ、到着初日は門前払いされるかもしれなかったんです…!」
「同郷なのだから、いつでも頼って良いのよ。というか、ロズテッサさんと知り合ったの?不思議ね、どんな縁で?」
500歳を超えているにしては、かなり話しやすい人だと思いつつ、同郷との再会と話に花を咲かせる。
「実は、私の師匠が魔王討伐部隊の一員だった人で、ついさっきまで一緒に紛争の鎮圧に行ってたんです。ロズテッサさんとは、支援要請の伝言で出会いました」
「あら、お師匠さんはそんなに凄い人だったのね。2人分の入国手続きをしてほしいって言われただけだったから、そんなに凄い人だと思わなかったわ…それで、何の用事で私の所に?」
「あっ。えーっと…」
この話をするのがレイエナさんに会いに来た理由だというのに、話が話なため少し躊躇ってしまう。
「……そう。恋愛話がしたいのね?」
その言葉を聞いて驚く私と、優しく笑うレイエナさん。
感情を読まれたというのが分かっていても、唐突に口に出されたことで反応してしまった。
「は、はい…その師匠が気になっているんですけど…」
「んー…私は恋愛経験があまりないから、力になれないかもしれないわ。ここで勉強しているように、学術的でなら少し力になれるかもしれないけど…」
「大丈夫です。気になってると言っても、師匠を好きなのかどうかすら分からないので」
一呼吸を置き、私は話し始めた。
「最近、師匠の事となると、心がモヤつく事が多くて…でも、別に師匠の事が好きだとは思わないし、特別だと思うこともないのですが、これは好きという感情で合っているのでしょうか…?」
「うーん…今のを聞いただけだと、恋愛感情とは思えないわね。具体的に、どういった時にモヤつくの?」
言いにくいからこそ表現を避けていた部分に切り込まれ、私は戸惑いながらも意を決して言うことにする。
「……その人は、たまに不安定になってしまうんです。頼り甲斐はあるんですけど、160歳の私でも分かるほど精神が未熟で、少しでも目を放してしまえば崩壊の一途を辿るような気がして…」
「それって、目を放せないというか、悪い事態に発展するのが見逃せないというような感じ?」
「はい…」
逃げ腰で話している私に対し、レイエナさんは明確に私の気持ちを当ててきた。
やはり、この人に話すのは正解だったのかもしれないと、少し嬉しくなる。
「それくらいだったら、友情や母性として普通に思えるけど…他に、お師匠さんにされたら嫌だと思うことは?」
「負の感情を持ってほしくない…っていうのは違いますよね。後は…」
再び、少し間を空けてから話を続けた。
「…他人に不純な目線を向けてほしくない、とか…?」
それを聞いたレイエナさんは、少し考えるようになった。
「不純な視線というのは、性的な視線のこと?」
「せっ…そ、そうです」
またもやズバリと聞かれ、学術的な物言いだということを思い出しつつ、出そうになった声を抑えた。
「それなら、異性として好きという気持ちに当てはまるんじゃないかしら。他の女性に目を奪われているのが嫌なのよね?」
「うーん……??」
想像してみると、何とも言えない気持ちになる。
確かに嫌と感じるかもしれないが、シルドを恋人にしたいかと言われると違うのだから、そう断言できないのが答えだった。
「その感じだと、まだ友達みたいな仲なのね。私が見た本の知識を語らせてもらうと、そういった感情を持つ人も少なくないらしいわ。一定の独占欲はあるけど、恋人になりたいわけではないってね」
「な、なるほど……」
(ということは、これからシルドのことを、どんどん好きになるかもしれないってこと…!?)
外面は平生を装い、心中では動揺を隠しきれずにいた。
全く予想のつかない未来を妄想し、彼に心の全てを埋められてしまうのかもしれないと思うと、これまでに感じたことのないような感情が湧き上がってくる。
(若いわね~。私も俯瞰して見れば、恋した人とはこんな感じだったのかしら?)
レイエナは優しく微笑み、同じく優しい視線で思考停止しているエルを見るのだった。
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