33.番外編 シルドの視点
エルと別れてからは、先ずフェアニミタスタのギルドに向かった。
ギルドの戸を開けて、”隔絶区域イエーヌスノー”へ物資の輸送依頼が貼られているのを確認してから、市場の方へと向かって行った。
(必要な素材は確か、マジックマッシュルームとマグマ塩、ハーブに氷塊の雫だったか?)
マジックマッシュルームは手に入れていたため、残りはマグマ塩・ハーブ・氷塊の雫だったのだが、中々見つからない。
氷塊の雫は調合専用の素材のため、市場に置いていなくてもおかしくはない。だが、マグマ塩とハーブに関しては意外と一般的のはずだというのに、何故か見つからなかった。
市場の店主に伺っては位置を転々とし、市場から反対の通りでマグマ塩を手に入れ、逆に今度は市場の端でハーブを手に入れた。
売れ残りギリギリということもあり、マグマ塩とハーブは使えるギリギリの質だったが、この際文句は言えない。有難く思っておく。
そして、最後に氷塊の雫だが、これだけは市場で聞いてもほとんど話を聞けなかった。
だが運の良い事に、フェアニミタスタによく来るという旅商人の話によると、住宅街の路地裏に構えている薬屋がそれを並べているのを見たとのこと。
つい先ほどまで紛争を止めに行っていたこともあり、流石に足に疲労が溜まって来たところだが、言われた通りに住宅街の路地裏へと向かう。
時刻は、もう直に暗くなるくらいになっていた。
(誰も居ない…?)
旅商人が言っていたのであろう店が見つかり、一安心するも蝋燭が灯っているだけで、店主の姿は見当たらなかった。
だが、店のカウンター見ると怪しげなベルが置いてあった。
(これは……)
雰囲気から察するに、恐らく魔法が掛けられているのだろう。
軽く振って音を鳴らしてみると、目の前にはいつの間にか現れた40代から50代ほどの女性が立っていた。
「英雄さんじゃないか。何が欲しいんだい?」
卑屈な雰囲気を感じさせる口調で女性は話すが、俺は鳴らしたベルの方が気になっていた。
「氷塊の雫を3つほど。聞きたいのですが、今のはどういう原理で?」
「このベルかい?英雄でも知らないことが有るんだねぇ。ゴーストトークンだよ」
そう言われたが、レイネからも聞いたことのない魔法だった。
「それは、どういったものなのでしょう…?」
「それすら分からないのかい?全く、全然魔力を感じないと思ったもんだよ…自分の魂の片割れを作るんだ。だからベルを鳴らさなければアタシは見えないし、アタシもここには来ない」
魂の片割れを作るという、かなり複雑そうな雰囲気を漂わせる魔法に興味が出て、質問を続ける。
「なら、今俺が会話している店主は本物ではないということか…」
「分かってるじゃないか。今は遠征中で、店から離れているんだよ。だからゴーストトークンを使って、遠くからでも店をできるようにしてるだけさ」
そう言うと、店主は魔法でドアを開けて、店の中へと入って行った。
物音を聞きながら少し待っていると、溜息と共に女性が出てきた。
「やれやれ…長い事留守にしていると、中の空気が酷くて敵わないねぇ。ほら、3つだろう?銀貨50枚だよ」
「ありがとうございます。今はどの辺りに?」
「多分、ここいらの人には、説明してもパッとしない国だよ。東之国の更に向こうさ。アンタは無口で傍若無人って聞いてたけど、やけに社交的じゃないか」
ゴーストトークンという魔法が物珍しくて話を伺っていた部分が大きいが、無意識の内に明日の社交界に備えているのかもしれない。
「店主殿も珍しい魔法を行使するにしては、薬屋を営んでいるのは不思議です。私の元仲間である、魔法使いレーネオラですら知らないと思いますよ」
「…アタシも魔法使いの端くれさ。ゴーストトークンはアタシが生み出した魔法だから、他の誰が知らなくて当然だよ」
「魂の片割れを生成する魔法を…?」
そんな魔法を作ろうと考えるなんて、かなりの代償を払いそうなものだが、店主は最初から平気だったのだろうか?
「まあ、初めて使った時は、中々に気分の悪い魔法だったね。味わったことは無いだろうが、自分の精神が2つに裂かれる感覚さ」
そう言い表すが、精神が2つに裂かれる感覚もよく分からないので、再び考え込んでしまう。想像しただけでも痛そうではあるが。
「そう聞いてくるアンタこそ、氷塊の雫で何をするって言うんだい?流石に知らないことはないだろうけど、これは調合専用の素材だよ」
「”寒霊の祓い”を作るつもりです」
その言葉を聞くと、店主は納得した表情になった。
「イエーヌスノーに行くんだね。だが、寒霊の祓いは現場で調合する必要がある。もし憑りつかれた場合、誰か介錯してくれる人はいるのかい?」
「数ヵ月前に弟子を取りました。その者を同行させるので、恐らくは平気かと」
先ほどの納得した表情から、再び懐疑的な表情へと変化した。
「いくらアンタの弟子といえど、十分な実力が無ければ寒霊の憑りつきは死に繋がる。これ以上は口出ししないが、無茶な挑戦は自分だけじゃなく、周りをも滅ぼすよ」
それを言うと同時に、店主は元の体に戻ろうとしているのか、体が魔法の粒子に変わって散り始めていた。
「肝に銘じておきます」
散っていく店主を見つめながら、俺はそう言葉を返した。
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