32.女騎士の社交界にご招待
──近衛兵専用馬車の中にて
俺達2人は、友好の証と言われてロズテッサの馬車で帰路についていた。
馬車は内外問わずに装飾が施されており、当然ながら王家に近しい雰囲気を漂わせていた。
「お伺いしておりませんでしたが、御二人は何故フェアニミタスタに来訪されていたのですか?」
たまに窓の外を伺いながら、ロズテッサは聞いてきた。
「エルの装備のオーダーメイドを作るためだな。丁度割引券を他人から頂いたんだ」
「なるほど…」
そう言うと、ロズテッサはエルの顔を見つめた。
エルは少し困惑しているようだった。
「城下町にエルフの女性が住んでいるので、見慣れていると思っていたのですが…やはり、エルフは美しい顔立ちの方が多いのですね」
「え…それって、レイエナさんの事じゃないですか?」
消極的だったエルが、食い気味に質問を返した。
「おや、お知り合いですか?私は図書館で出会いましたが、もうお見えにはなりましたか?」
「いえ、本当に知り合いというだけなので…レイエナさんは図書館で働いているんですか?」
「ええ。城下町の国立図書館で勤めているようで、私生活もほとんど図書館で過ごしているそうですよ」
「な、何のために…なんですかね?」
その会話を俯瞰していた俺は、状況的に両手に花だと思っていた。
美人が2人。エルは種族として優れていて、ロズテッサは人として優れている。
(…いや、実際に手に入れたわけでもないのだし、両”目”に花の方が正しいか?)
失礼な物言いを訂正しつつ、俺は窓の外を見ながら警戒を続けた。
「詳しくは私も存じませんが、伺った時は学術書を読まれているようでしたね。ご本人は勉強をしていると仰っていました」
「あー……」
それを聞くと、私はエルフという種族を思い出した。
(私達が長生きする理由よね。すっかり忘れてたわ…)
エルフ種が長命の理由。それは、多くのことを学び、多くの経験を得ることにより、知性ある種族として個々を高めることが目的。
この話は、子供の頃に義務教育でも話された気がする。
「恐らく、日中であれば図書館にいらっしゃると思いますし、何かあった時は図書館に伺えばよろしいのではないでしょうか」
「そうですね…あと、レイエナさんの髪色なんですけど、白髪とかはあったりしました?」
「白髪…はありませんでしたが、エルフォレストラ様ほど強い金色ではありませんでしたね。白みがかっていたような気はします。何か問題でも?」
「い、いえ。そういうわけじゃないです!ただ、本人を見つけやすくしたかっただけなので…」
ロズテッサは納得の声を出すも、本当は違う。
年齢も知らない間柄であるのと、私が年寄りとあまり合わない感性を持っている故、髪色からおおよその年齢を割り出そうとしていたのだ。
エルフ種が年齢を重ねていく毎に劣化するのは髪色だけであり、人間のように顔にしわができたり背が縮むということは起きない。
白みがかっているということは、恐らく500歳は超えているだろう。
(丁度私が苦手な年齢かも…でも、同種で同郷の人に会いたい気持ちもあるし…)
これは、もう少し考えてから結論を出すことにしよう。
──1時間後 フェアニミタスタ城下町前にて
「そろそろ城下町に着きますね。では、私は近衛の衣に着替えなければ…」
城下町の門前が見えたという所で、ロズテッサは城内で着ていた衣服を取り出した。
着替えるとなると、今着ている鎧は脱ぐことになる。鎧の下が肌着ということはないだろうが、脱衣であることに変わりはないので、目線を窓外に逸らしておく。
「紳士な御方ですね…別に目を逸らさなくても構いませんよ。下は鎖帷子ですから」
露骨に態度に出ていたのだろうか、目を逸らしていたことを察知されていた。
俺は察知されたことに驚き、思わずロズテッサの方を見てしまった。
「んっ、と…」
俺がロズテッサの姿を視界に入れたと同時に、彼女は鎧のベルトを外して脱いだ。
その瞬間、俺は紳士として見るべきではないものに目が移ってしまった。
(はぁ……)
1秒も経たない内に目を逸らしたが、心の中で溜息を吐き、自分を責める。
(男として生まれた所為なのか、これは…?)
基準より遥かに大きいものについて、無条件に目移りしてしまう時がある。
鎖帷子の下には黒いタイトアーマーを着ていたが、それがボディラインを強調する原因になっていた。
胸部だけ不自然に浮いた鎖帷子が、やけに脳裏に張り付いて頭から離れない。
「………」
(…エルから何かを感じる)
主に言えば、視線を感じる。先ほどと同じく、ポジティブではない視線を。
感情を察知されたのかもしれない。頼む、見逃してくれ。
エルから物凄い視線を感じる気まずい中で過ごしていると、着替え終わったロズテッサが口を開いた。
「そういえば、明日に私の家名で社交界を開く予定なのですが、よろしければ御二方も参加しませんか?」
「社交か…」
社交界の経験は無くはないが、多くもない。士官学校に通っていた時に数回と、魔王討伐部隊に入隊した時に1回。
「もちろん強要はしないのですが、怪我で除隊した友人たちも招待しているので、話の合う方やコネクション作りにお手伝いができるかもしれません」
「コネか。特に困ってはいないのだが……」
俺は横に座っているエルを見た。
「……?」
(コイツに経験させるとしたら、悪くないのかもしれない)
参加を前向きに考えるが、問題点もあった。
「しかし、今の俺達はただの旅行者だから、正装も何も持っていないぞ」
「大丈夫です。私がご用意させていただきますので、その心配は要りませんよ」
杞憂だったみたいだ。エルを連れていくのであれば、十分有意義な経験になるだろう。
「であれば、世話になろう」
「えっ、私の意見は聞かないの…?」
俺が参加の意を伝えた瞬間、エルが不安そうな顔で聞いてきた。
「ただ、色々な人と話すだけだぞ。お前が考えているほど、社交界は億劫ではない」
社交界と聞くと、かなり厳格と言うか、気品を保って息が詰まるような思いをしながら上品に過ごすというイメージがついているかもしれないが、実際はもっとラフだ。
食事を楽しむ人も居るし、お酒だけを嗜む人も居る。ただ、そこに置かれている物は本来の目的ではないというだけで、誰かと楽しいひと時を過ごすためにそれが置かれているというだけ。
それでも、エルは少し引っかかった表情をしていた。
「大丈夫ですよ。初参加でも、エルフォレストラ様の美貌であれば、誰も文句は着けないはずです。簡単なガイドやエスコートもさせていただきますが、シルド様と共に居れば問題ないでしょう」
ロズテッサがエルを安心させると共に、馬車が止まった。
「では、ここで暫しのお別れです。社交界の会場へは、私の屋敷から向かいましょう。明日の16時に合流ということでお願いできますか?」
「ああ。問題ない」
夕暮れ時を前にして、俺達はロズテッサと別れた。
今回の支援任務の報酬に関しては、社交界にて譲渡されるとのこと。
静寂を求めてベルニーラッジから離れたように、他人と距離を取るようになってしまった自分を見つめ直す良い機会かもしれない。
今回の社交界には、エルだけではなく自分への期待も込めておこう。
「………」
エルと2人きりになった瞬間、馬車内での事もあってか、かなり気まずくなる。
足音以外が聞こえないその静けさに耐え切れず、俺の方から口を開いた。
「あー…俺は市場の方にまだ用事があるんだが、お前はどうする?」
「私は……図書館に行ってみようかな。レイエナさんにお礼を言いたいのと、同じエルフと話したいって思えてきちゃった」
思いの他まともに答えてくれたが、その顔は`_`だった。
紛争地からずっとそれだが、何かあったのだろうか?
気にはなるが、気まずい空気の中で聞くのも更なる気まずさを招くだけだと思うので、聞かないことにしておく。
今は、少しだけ別れて時間を過ごすのが吉なのかもな。
この別れる時間の間に、エルにあの現象について説明する文でも考えておくことにしよう。
そうして、俺とエルは別の目的地に行くため、大広場からそれぞれの通りへと歩いて行くのだった。
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