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31.女騎士にお姫様抱っこされる英雄を眺める弟子


地面に体を下ろしてから、何度か呼吸を繰り返した後、ロズテッサが口を開いた。


「どうやら激しく戦われたようですし、ここに留まっては、却ってシルド様のお体に障るかもしれません」


確かに、土煙を舞わせた事があるし、女の顔もチラつきはする。


「シルド、立てそう?」


「…っ……!」


そう言われて立てるか試してはみるものの、上半身が少し起こせるだけで、足は腰を抜かしたかのように痙攣するだけだった。


「…無理だな」


「先ほどの薬は即効性ですが、飲んで数秒で効き始めるようなものでもありません。それこそ、無理もないでしょう」


ロズテッサはそう言いながら、俺に少し近付いてきた。


「少し恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれませんが、私がお運びいたします」


「…えっ」


少し遅れてから驚きの声を上げるも、時すでに遅し。


まるで赤子を抱き上げるかの如く、俺の体を軽々と持ち上げた。


その抱き方というのも、劇場やおとぎ話でしか見聞きしないような、”お姫様抱っこ”だった。


エルも俺と同じく、驚きの視線をロズテッサに送っている。


「どこか、苦しい所などはありませんか?」


「い、いや…大丈夫だが…」


先ほどの液体を飲んでいた時とは違い、今度は別の何かを考える事さえできなくなった。


現状が信じられなさ過ぎて、思わず返答にも違和感が出てしまう。


「お、重くないんですか…!?」


エルが後方から声を掛ける。


「ええ。日々の訓練と、筋力トレーニングを欠かさず行っていますので、人一人は造作もありません」


「はぇ~…」


変な表情と声が出ているエルをよそに、ロズテッサは余裕のある笑みを浮かべて返答した。


(訓練と筋トレを別々に呼ぶのか…)


先ほど飲んだポーション?の効果が出ているのか、少し頭が冴えた気がする。


その証拠として、ロズテッサの不思議な発言に対して、自然とツッコミどころを見つけられるほどだ。


木漏れ日と、そよ風の中を移動していく内に、気まずさが少しづつ湧いてくる。


直接見なくても分かるほど、彼女は顔立ちが整っている。以前にも言ったが、本当に”人間になったエルのよう”だ。


髪を後ろで纏めて結ぶエルとは違い、ロズテッサは縛らず、自由に風に靡かせている。


その所為か、俺と年齢もさほど変わらないはずなのに、エルよりも大人の気品を漂わせている感じがする。


「………」


…これは体調不良による症状なのだろうか?エルから再び妙な視線…というか、雰囲気を感じる。


ロズテッサに抱き上げられているため、その後方に居るエルの姿は見えないが、やはり先ほどと似た妙な気配が発せられている気がする。


「我が軍も巡回中ですし、ここで良いでしょう」


しばらく歩いていると、元の紛争が起きていた平原にまで戻ってきていた。


ロズテッサは木の近くに俺を下ろし、木を背もたれにして上半身を起こすようにした。


「すまない、助かった」


「とんでもありません。近衛の称号を頂いているのですから、それに恥じない働きをするまでです」


ロズテッサは誇らしげに言った。


一方でエルの表情はというと…


「………」


(…何か、変な顔だな)


文字通り変な顔をしている。 `_` という感じの、何故その表情をしているのか、その意図すら掴めないような顔だ。


「汗は止まったようですが、体調はどうですか?」


「かなり楽になった。あの…飲ませてくれた、不安に作用する薬のお陰だろうな」


実際、何なのか説明を受けていなかったため、どう呼べばいいのか分からず言葉選びに迷っていた。


「良かったです。血の巡りにも気を配るとすれば、一度ガントレットを外した方が良いかもしれません」


医療的な知識もあるのか、俺は彼女のアドバイスに倣ってガントレットを外した。


特殊な装備であるため、手首を軽く振ってから勝手に外れていく様を、興味深そうに眺めていた。


「では、シルド様の処置が落ち着きましたので、先ほどの液体の説明をさせていただきます」


「あの液体は、質の良いハーブに、世界各国の香りが良いと評価される花を抽出して作られている物です。正式名称は決まっていませんが、私達は”安堵のポーション”と呼んでいます」


ざっくりとした原材料を聞き、疑問に思った事があった。


「材料は、ハーブと花だけということか?」


「ええ。不思議に思われるでしょうが、その2つだけで精神的な不安が和らぐと、治験結果からも評判だったそうです。香りを変える場合は、材料の花を変えればいいだけなので、故郷の花を材料に要望する兵士もいます」


意外な事実に、俺は驚きながら納得した。


だが、エルは他にも気になっている所があったようで、小心気味に質問をした。


「ということは、不安が和らぐのは、実質本人の気分次第ってこと…?」


「ふむ…そこが人間最大の謎の一つだと、ポーションの開発者や治験担当者なども言っていました。精神を構築する因果関係は予測不可能とすら言われますし…未知に溢れています」


ロズテッサは少しだけうめき、人体の神秘に頭を悩ませているようだった。


エルも納得したのか、頭を縦に振りながら話に共感していた。


「このポーションが開発された経緯としては、戦いで恐怖を植え付けられかねない兵士達の心を癒すと共に、士気を強く保たせる目的がありました。所謂、滋養強壮です」


「…失礼ながら、シルド様ほどの御方でもそれに悩まされているのだと思うと、位に大差があろうが人間味を感じるように思えてしまいました」


俯きながらそう言うロズテッサに、俺は軍人として質問をした。


「やはり、フェアニミタスタにも居るのか?俺と似たような状態の者が…」


「戦闘部隊に配属された、私の友人の半数がそうなりました。対して、自分は五体満足で近衛兵だなどと、そう考えると罪悪感を感じます」


その気持ちは、俺も生々しく共感できた。


戦場に仲間を置き去りにしている俺も、ふと罪悪感で思考が埋まる時がある。


「それに比べたら、今回の一件など取るに足らないようなものです。魔王軍と今も続く泥沼の戦いこそが、真の戦争だと思っております。私の友人も、それで体を傷付けているので…」


「どこの軍でも、起きる事は大抵同じだな。自分だけが苦しんでいるわけではないと思うと、少しは気が安らぐ」


「…それでも、五体満足だった頃が、恋しくなったりはしないのですか?」


少し聞きづらそうにしながら、ロズテッサは俺に直接聞いてくる。


似たような意見を持つ俺も、少し間をおいて考える。


「……恋しくなったことはない。だが、利便性に関しては愚痴をこぼしたくなるな」


両手を使う作業に関しては、特に愚痴る事が多い。料理とか、体を洗う時とか。


「そ、それだけなのですか?私のような五体満足でいる者を見て、不満の感情などは…?」


「片腕になって最も不満があったのは、戦闘への復帰だ。周りの人間の事など気にしていなかったし、今でもそうだ」


あまり納得がいかなそうな表情をするロズテッサ。


「…友を守れなかったことを、悔やんでいるのか?」


それは、俺の未来を示すような質問でもあった。


少しの沈黙の後、ロズテッサは口を開く。


「私が近衛兵になれたのは、実力が評価されていると自負しています。それと同時に、貴族の身分故の賜り物とも思っています」


「好待遇を頂いている身として…権力を持つ者として、魔王軍と戦う友人達にサポートができるよう、努力を重ねたつもりでした。しかし、彼らは私の望まぬ形で帰還しました」


”帰還した”というのは、重度の怪我により、戦場に立てなくなったからなのだろう。


「”命が有るだけ感謝”とは言いますが、そんなものは価値観の違いです。定かではありませんが、明らかな無茶に挑戦し、自殺したと思われる友人が2名ほど」


遠くなった目で、彼女は淡々と呟くように話していた。


「…それはきっと、君の所為ではない。”恥を見んよりは死をせよ”。その者らは、個人の価値観でそう選んだのではないか?」


そう伝えると、ロズテッサ少し笑みながら俯き、何度か頷く。


「やはり、先駆者ならではの貫禄を感じます。改めて、お会いできたことを光栄に思います」


「ことわざは暇に読んだ本の借り物だ。そもそも、軍人としての位も品位も、君の方が上だろう。丁寧な言葉遣いは不要だ」


自分でも無意識の内に足が動き、そのまま立ち上がった。


「おお…!もうよろしいのですか?」


「意外だな…こんなにすんなりと立ち上がれるとは。君がくれたポーションのお陰だ」


「互いの事情を知った仲なのですから、水臭いことは無しですよ。では、そろそろ軍の者を集め、帰還の準備を進めましょう」


俺は、少し離れた所でリスと戯れているエルを呼んだ。


「ハーイ」


不思議な声を出しながら振り返ったその顔は、再び`_`のようになっていた。


俺はブレスレットを振って、床に散らばっていたガントレットを呼び寄せる。


「興味深いですね。目新しい魔装具に見えますが、鉄が黒く冷たい…徹黒鉄でしょうか?」


「そうだ。君は知見が広いな」


徹黒鉄。その名の通り、どこを取っても真っ黒な鉄である。


装備店では有名な物として取り上げられるものの、その希少さから高値で売買されている。


良い素材には良い鍛冶師が付き物ということもあり、徹黒鉄が使われた装備は誰であろうと目が奪われる。


「世界で最も硬い鉄ですからね。並みの金属盾であれば、徹黒鉄の槍は力を入れる間もなく貫通するのだとか」


「ワァ…」


エルは相変わらず、`_`の顔を保ったままだった。


(文句を言われているような気がしてきた…)


変わらない表情とは裏腹に、感情の込もっていない変な驚嘆の声を上げる。


そんなエルを不思議に思いながらも、俺達は前哨基地に向かって歩き始めた。


「かなり値も張ったのではないですか?金貨……1000枚ほどでしょうか?」


「惜しいな。800枚だ」


(そんな値段したのそのガントレット…)


あまりにロズテッサがシルドと仲良さげにしているものだから、私は長くシルドと話せていない状態だった。


(軍人っていう共通点があるし、やっぱり共感できることが多いのかな?)


長らく会話に混ざれていなかった所為か、今更2人の会話に混ざろうとしたところで蚊帳の外だろう。


何より私は軍人じゃないし、そういう所の詳しい話は知らないから、シルドが話したいと思っているのなら邪魔したくなかった。


(………)


先を歩く2人の間を見ると、どう見てもロズテッサはシルドに好意的な接し方をしているようだった。


恋人かと言われたら頭を傾げるだろうけど、”親友みたいな仲のカップル”って言われたら頷けるかもしれない。


(…馬鹿だなぁ……)


その言葉が誰に向けられたものなのか、エル自身も分からずに心の中で呟いた。



──戦地から遠く離れた何処かにて


土が一直線に掘り返され、何かが凄い勢いで地面を通ったことが分かる。


掘り返された土の行く先には、ある女の蠢く姿があった。


「ぐっ…ふふっ…!!」


女の表情は苦しそうでありながらも、どこか恍惚としていた。


土塗れになりながら倒れ込み、体を起こせずに痙攣しているその女は、周囲の荒れた状況を考えると、途轍もない速度で地面に叩きつけられたことになる。


(流石、世界最強ね。私を吹き飛ばした一発でさえも、何も使わずに数キロ先まで殴り飛ばすなんて)


(私に掛けたスキルも、とても面白い。改造したウォーロックだけど、防御にだけ全てを振り切っている…)


シルドは”オルト・ウォーロック”と唱えていた。


本来のウォーロックであれば、女を吹き飛ばした一発の時点で耐えきれずに解けてしまうはずだった。


オリジナルだと攻撃してきた相手に持続ダメージが入るはずが、このウォーロックはそのリソースが防御性能で埋められていた。


物理と魔法どちらの攻撃も、レベルの低い攻撃では通らない性能になっている。


これだけ吹き飛ばされて、女が人の形を保っていたのは、その防御性能のお陰だろう。


(面白い…面白い!もっと知りたいわ……!)


何故、あれほどの強さを持つのか。微笑の女が終始知りたがっていたのは、ただそれだけ。


それだけではあるが、半年を使っても判明しなかったことと、本人にも解明できていないということ。


人並外れたトレーニングをこなすとは言っても、本当にそれであそこまで強くなれるのか。


彼の言っていたことが本当なのであれば、11歳の子供が約4年で今の強さを持っていたということになるが、それが現実的かと言われれば頷けるわけがない。


(私は……私が、私が解明するのよ…)


半年以上もシルドの近くに潜伏し、ラッシュ・アウトを盗んだどころか機密情報まで探し当てた。


歪んだ笑みの女が求めるものは、”真実”。


物事の明確化を図る行為こそ、人を狂わせる要素の一つなのかもしれない。


最後までご覧いただき、ありがとうございます。

詳細告知などはX(Twitter)まで!

https://x.com/Nekag_noptom

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